Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 休日だというのに酷く暇を持て余す昼下がりだった。
 読者が思っている以上に僕はテレビっ子だったりするのだが、そんな関テレの土曜の正午から始まるバラエティ番組三連発もあっさり見終わってしまい、粗方2chも煽り倒したいま、ただただ僕はソファーベッドの上で仰向けになるしかなかった。
 世紀末テストも終わりを告げ、あと二週間もすれば半裸の夏休みが全裸でこっちにやってくる。まあ、万年夏休みみたいな僕が今更夏休みに思いを馳せることなど何もないのだが、聡ちゃんとほぼ四六時中一緒にいられるとなれば話は別だ。今世紀最大級の夏休みになること必至、むしろ僕が全裸で待機しておきたくなるぐらい否応にテンションが上がるというもの。
 確実にCまではもって行きたいところだ、可能なら未知のDまで食い込みたい。
 しかし、お気づきだと思うが今ここに聡ちゃんはいない、仕事で出払っているのだ。
 何の仕事? と不覚にも思った人がいるかもしれないが、こう見えても神名川人生相談事務所は慈善活動とはいえ法律事務所や探偵事務所のように依頼基づいて問題の解決にあたっている。基本家に籠もっている上に、第一章以来ロクに仕事らしい仕事をしている描写がないものだから、本分を忘れられてしまっているのも仕方が無い気もするが、見えない所でそれなりに仕事はこなしていたりするのでご注意願いたい。
 因みにここ最近の依頼内容はリア充の恋のキューピット役や、親の金をくすねて望んだ安田記念で全額すってしまった憐れな学生を、逢坂結が宝塚記念で全額取り返したり、体育館の天井に引っ掛かったボールを回収したり云々――
 そして、聡ちゃんは今現在同じクラスに在籍する爬虫類マニアの女の子、群馬景子が飼育するコーンスネークが脱走したとのことで捜索に向かわせている。だがしかし、食物連鎖が崩壊してでも爬虫類の撲滅を願ってやまない(本人曰く、虫が絶滅しても、その食物連鎖の穴は他の生物が埋めるから問題ない、とのこと)ほど大の虫嫌いである聡ちゃんは当然この依頼をジャンピング土下座で拒否したのであるが、とあるレイプ未遂疑惑(前章参照)をネタに強請にかけたところ、福本漫画の敗者の顔張りに悲痛に歪んだ顔で、渋々手伝いに行ってくれた。
 ご存知の通り僕は弩級のマゾなのだけれど、どうやら両刀なのかもしれない。
 よくよく見返すと『人生相談』などと銘打っている割に碌にそれっぽいことをしていなのはご愛敬なのだが、まあ、あくまで名目上そうなだけで実際は初めに言った通り万屋としてやっていくつもりだったから、そこら辺の定義は適当ということで。ホラ、こういうのって無意味だとしても名前って付けたくなるじゃない? 要は気持ちの問題なんだよ。
 それに――こんなもの、適当でも何でもいいというのが本音だしね。囲いがあって、そこに意味が存在しているのなら別に万屋だろうが、相談事務所だろうが、どんなものでも構わない、何ならフィリピンパブにしてもいいぐらい――いや、それは流石に国籍的に無理だけど。
「それにしても暇だな……」
 確か逢坂結はインターハイがどうとかで休日返上で練習しているのだっけ。
 設定している割にはこれもまたあまり話が触れられてないから忘れられがちなのだが、結は陸上部の短距離部門のエースとして活躍しているのだ。新都高校はスポーツに関しても相当力を入れているから、将来を担う才能に溢れたプロの卵が結構集まってくるのだけれど、その中でも彼女の襲来は陸上界において衝撃を通り越して絶句であったらしい、僕は陸上など己の身体と比例して昔から超が付くほど興味が無いのだが、結が助手として働いている現在においても、陸上に関する情報を殆ど調べた記憶がないにも関わらず、鼓膜を劈く勢いで彼女の活躍は耳に押し寄せてくるものだった。
 まあ、そうは言っても当たり前と言えば当たり前だ。新聞のスポーツ面を開けば、彼女のキメ顔が飛び出し、ニュースを見ていれば前触れもなく彼女のドヤ顔がアップで映る、彼女の陸上情報から逃れながら暮らせと言う方が無理があるまでに有名なのだから。大会に出場する度に圧倒的な速さで記録を塗り替え、しかも陰毛ヘッドを除けば中々の容姿端麗ときている、マスコミという名の鴉がその獲物を逃すはずがない。
 それにも関わらず、彼女がマスコミやファンに露見ことなく、忙しい合間を縫って僕の事務所で仕事をこなせているのは大いなる愛の力と言えるだろう、最近はその力が更に増大して同じ短距離のエースである男子にも二メートルもの差を付けて勝ってしまっているらしい、らぶぱわーというのは全く恐ろしいものである。その愛が哀にならならぬよう常に学内外で絶妙な情報操作を怠らない僕の身にもなって欲しいものだが。
 余談だが彼女は陸上界において『日本版GODZILLA』と称され、畏怖されているらしい、どこからどう突っ込めばいいか分からない実にシュールなあだ名である。
「結のネタはこんなものか、東橋夕季は……何でいないんだっけ」
 ああ、そういえば実家に帰っているのか、寮住まいだからテストが終わるとそこからは休みに入るまで実家通いになるとかどうとか言っていたような気がする、どう考えても夏休みが始まってから帰った方が楽に決まっているのだけど、まあそこら辺は家庭の事情がどうとやら、といったところだろう、深く詮索するつもりはない。
 それに、夕季の仕事は基本的にサイトの管理と依頼人との仲介役が主になっている、パソコンさえあれば常に連絡は取り合えるのだから常に事務所にいる必要などないのだ。
 学校裏サイトに関する件は実はこんなところで役に立っていたりする。
 加えてその一件は僕の活動は想像以上に学校中に知らしめてしまったらしく、湯水のように増えてしまった(といっても一週間に二、三人程度であるが)依頼客に対し、双方共に面倒さを取り払うために、単純な依頼であればメールのやりとりで済ませようということで彼女に我が事務所のサイトを作って貰ったのだ。因みにサイトの装飾はどこかの公式サイトと勘違いしてしまうほど無駄にお洒落で、クリエイター顔負けの高度な技術が駆使されていたりする。
 恐るべしパソオタ根性、おもくそCPU喰われるけど。
 依頼をする時は是非とも携帯サイトの方を利用することをオススメしたい。
 そういう訳で僕の事務所は若干厄介な四角関係を除けば毎日が平穏そのものと言えるだろう、最近も桃鉄でリアルファイトに発展しかけるぐらいの平常運転だし。
「なーんて……、勘違いもいいところだ」
 台詞を借りさせてもらうなら、戯言? 嘘?
 本当に平常運転なら、日常を噛み締めたりしないだろうに――
「それでも暇なことに変わりはないのだけどね……」
 仕方なくゆっくりと上半身を起こして、そして思案する、聡ちゃんも、逢坂結も、東橋夕季もいないこの状況で、一体何をしてどう時間を潰すべきか。
 オナニーの回数最長記録に挑戦するのも悪くないな、いやでも、テクノブレイクしたら洒落にならんし……。ならジョジョを第一部から読み直すか、いや駄目だ、何巻か抜けていたような気がする。だったら潔くコナンが始まるまで惰眠を貪るか、と言いたいところだけど起きてまで3時間も経ってないから無理ダナ。こうなったらライフライナーに扮してtwitterで哀れな子羊でも演じてやろうか、それとも――
「おーい、さきのんいるかー?」
 ――と思ったが、ここでインターフォンを使わずに声で住人を呼ぶという原始的且つ荒技な手法で僕の名前が聞こえてきたので、仕方なく思考を止め、足を地面に降ろす。
 とはいうものの、特に出迎える気も起きないので、返事もせず足をプラプラしていると、案の定奴は『御邪魔します』の挨拶も余所にズカズカとリビングへと押し入ってきた。
 ……まあ、ベランダを玄関と間違えなくなっただけ合格としよう。全然駄目だけど。
「うん? 何だ、さきのん、いるじゃねーか、いるなら返事しろよな」
「常識が粉砕骨折している結に説教されるほど僕は都落ちした記憶はないよ、だいたい、他の友人の家に御邪魔する時も君はそうやって不法侵入しているのかい?」
「い、いやさ、つい癖でやっちゃうんだよ、なんて言うかインターフォン云々を介さないと入れない壁みたいな感じ? それがどうにも落ち着かないっていうか、理解出来ないっていうかさ……気づいたらいつも特攻しちゃってて――」
 不覚にも、彼女が短距離で活躍している理由が分かったような気がした。
「結が一定の有名人じゃなかったらとっくの昔に青い公務員と友達の輪で繋がっているところだよ、だとしても、我が家の玄関を潜っていればそれぐらい学んで然るべきだと思うのだが」
「ないんだな、それが」
「……は?」
「だからないのよ、玄関。扉みたいなのは確かにあるけど車専用の地下入り口に通じるものしかないし、あと個々人の部屋以外は全部自動ドアだしさ」
「え、何、一体誰と闘っているの」
「さきっちも社長令嬢だからこのあるあるは共感すると思ったんだけどなあ」
「ねーよ」
 ボケとかいう次元じゃないよ、箱入り過ぎて脳みそダチョウになってますがな。
 基本突っ込みは聡ちゃんに丸投げしていたから、あまり気にしたことはなかったけれど、いざ結を相手にするとここまでエゲついない疲労を伴うのか、聡ちゃん、ごめんよ。
 まあ、閑話休題として。
「それはともかく、君は――何か相談事があって来たのだろう?」
 そう告げると、僕はゆっくり人差し指を向ける、結――ではなく、その隣にいる少女を。
 身長は結よりは低いが僕よりは高いといった感じで、最近の言い方をするならばパッツンというのか、綺麗に切り揃えられた前髪と後ろ髪は例えるなら雛人形のようであり、そこから垣間見えた気弱そうな目はとてもじゃないがスポーツを嗜んでいるそれではなかった。どちらかと言えば茶道部でお茶を啜っている方が明らかに様になっていると言えよう。
 ――ところが、彼女は僕に応答せず、何故か結の後ろに隠れてしまった。
「…………………………むむ」
 なんて調子の狂う真似をしてくれるんだ、とりあえず僕のドヤ顔を返せ。
「ああごめん、この子私達と同い年で陸上部の友達なんだけど、半端なく口ベタな上に人嫌いかってぐらい人見知りでさ……、ほら! お前が相談したいって言ったから連れてきてやったんだろ、後ろに隠れてどうすんだよ、私は保護者じゃねーんだから」
「はっ……あわ、あわわ」
 そうやって結に押されて再度僕の目の前に現れた彼女だったが、しかし、それでも僕と目を合わせるのには躊躇いを感じるのか、俯いてひたすら首に架けられたヘッドフォンを弄くり続けるだけで、一向に会話たる会話が起こる気配がしなかった。
 ふうむ……、別に男の子と話しているわけではないのに、これは致命的なまでにコミュ障な子だね、これで一体どうやって十八年間も生きて来られたのか不思議でならない。
 ……ん、いや、そんなこともないか、いくら会話が苦手だと言っても友人がいない訳ではなさそうだし、まして陸上部に所属しているのだから内気過ぎる、という訳でもないのだろう、それなら何の問題もない、単純に己を主軸に行動が出来ないというだけのことだ。それなら僕よりはマシ、主導権をこちらに移せばいいだけのこと。
「うーん、じゃあそうだね、とりあえず名前を教えてくれてもいいかな?」
 ここで素人AV物の触りを思い出してしまった僕はただのエロい子。
 でもあのシュチュエーションは結構興奮するよね、初エッチ年齢訊くところとか特に。
「え、えっと……あの……その…………」
「うん?」
「か……籠嶋……冬子、十八歳、といいます……」
「――――」
 その名前に、一瞬、顔が強ばる。
 無論、その表情を悟られないよう次の瞬間には笑顔を繕っていたが、それでも素直に反応出来なかった所為か、不審とまでは思われなかったと思うが、結が僕を見て、徐に口を開く。
「うん? さきのん? もしかして、カゴちゃんのこと知っているのか?」
「……いや、僕が依頼以外で他者の個人情報を調べることはまず無い、ましてや僕は学校に通っていないのだよ、彼女のことなど知りようがないだろう」
 そう言い終えてから、己の狼狽えっぷりが更に露呈したような気がして、余計に怪しまれるのではないかと危惧したが――渡りに船。突然鳴り響いた音楽によって会話が遮蔽される。
 そしてその救世主は――どうやら僕のスマートフォンからだった。
「え、うわっ、魂のルフランって……、また偉く懐かしい選曲だな」
「はは、なに、これは早く『Q』を公開して欲しいという僕なりの意思表示だよ」
「作者が推敲サボり倒した所為でもう公開日発表しちゃったけどな……。それで、電話か?」
「いや、メールだね、もしかしたら聡ちゃんが勢い余って蛇を踏み殺したかもしれない、一応確認のためにも、少し失礼させてもらうよ」
 まあ流石にそれは無いと思うけど、聡ちゃんの場合、踏み殺すより先に、意識が踏み殺されるだろうから。
 そうして意識なく開いた未読メールに――僕の意識が遠のきそうになる。
 ははは、ちょっと待てよ、まだ依頼内容すら聞いていないんだぜ? 言わばRPGのOPを見ている状態に等しい、なのに、これはちょっと横暴過ぎやしないですか?
 立て続けに起きた小さな予感が、積もって山となり、崩れて雪崩となり、僕を生き埋めにするような、そんな感覚が脳髄に流れ込んでくる。
 それを塞き止める力は、僕には無いというのに。
「聡一大丈夫なのか?」
「あ、いや、すまない、ただのメルマガだったよ」
 一体、どういうつもりだ?

『籠嶋冬子の依頼を拒否しろ』

       

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