Neetel Inside ニートノベル
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 逢坂結。
 俗に言う委員長タイプである彼女の概要を少し語らせて貰うとすれば、こう言いうのも何だがはっきり言って委員長と呼ぶにはとても無理がある外見をしている。
 一般的な委員長イメージを、街頭百人アンケートを取ったとすればやはり『眼鏡に三つ編み優しい性格』の三拍子や『黒髪ロングでクールな性格』の二拍子が大概であろう。
 だが俺のクラスに存在する『委員長』という名の化けの皮を被った逢坂結は一味違う。
 何と言うかまず見た目が無い。委員長といえば暗黙の了解として黒髪が基本だというのにコイツは思わず二度見し、そして戦慄してしまう程に完璧な茶髪なのである、加えて先天性もっさりパーマによって何かもう頭にうんこ乗ってるみたいに見えるし。
 そして何と言っても極めつけは性格である。委員長キャラというのはどこまでも行っても、地平線の果て、いや、宇宙の外側まで行っても雅さを忘れてはならないのだ。確か「委員長の手引き」の1頁1行目に赤文字で書いてあった筈である。そんなのないけど。
 しかしコイツは見事なまでにそれを裏切った「よう聡一! 濡れ煎餅見たいな面してどうしたよ!」な性格なのである。
 …………。
「……それを言うなら湿気た面だろ、あと語尾に煎餅とか付けないから」
「あれ? そうだっけ? でもあんまり大差無いだろ? あべこべいうなって」
「つべこべな」
 そう、古典的にアホなのだ。それに底抜けに明るいという片頭痛発症オプション付き。
 いやな、これが普通の、一介の生徒であれば別に何の文句はないだろう。むしろクラスに1人はいても何の違和感も無い、常識の、コモンセンスの範囲内と言っていい。
 しかしながら、委員長というものに対して高遠なる理想を抱いている俺にとっては、逢坂程度の輩が委員長の席に居座っている事に我慢ならんのである。反吐の極みである。
「別に落ち込んでいた訳じゃねーよ、まあ、考え事みたいな奴」
「ふーん、お前みたいな脳天気な奴でも悩む時があるんだな」
 ……もしコイツが女じゃなかったら今頃腹パンからの顎へし折りスマッシュだな。
「ま、何に悩んでいるのか知らないけどあんまり深く考え過ぎんなよ、学校にいる時ぐらい何も考えず、楽しくいないと生きていて損だぜ」
 そう言うと咲乃張りに可愛い笑顔を見せる逢坂。
 ……まあ、こういう裏表が無い、はっきりしているような奴の方が、案外クラスを引っ張って行いけたりするものだし、こういう委員長も意外と悪くはないかもな。
 ……俺っていつか笑顔を使った詐欺に騙されそうだな……。
「あ、そういえば文化祭に必要な紙を朝の内に取りに行かないといけないんだっけ」
 すっかり忘れていたよ、と言い残すと逢坂は陸上部のエースとして培ってきた自慢の足を、これでもかと見せびらかすように教室を後にしていった。
 彼女の机の上に置いてある「文化祭要項」と書かれたプリントも残して。
 ……うん、やっぱり委員長は知的である事は必要最低条件だな。
「や、聡一君、おはよーさん」
 東橋夕季。
 腰まである長く黒い髪を三つ編みにし、実に整った顔をした彼女は、まさに「ええ所の子」の清楚オーラ全開の見た目をしていて、その所為か彼女の口から放たれる優しくおっとり口調は、関西弁だというのに何故か京都弁の様な上品さを纏っているのである。
 そうなるとついテンプレート通り彼女はきっと明治から続く財閥の娘なのだろう、とつい思いがちになるが、何てことは無い、彼女はただの一般庶民というから恐ろしい。
 因みに補足、というか比較であるが、逢坂はこの学校の理事長の娘であったりする。
 まさに育ちの良さは周囲の環境ではなく親の躾なのだと実感した瞬間だよね。
「ああ、おはよう、東橋さん」
「ん? 何や偉い暗い顔しとんな、どうかしたん?」
 え? 俺ってそんなに感情が表に出るような顔しているのか?
「やっぱりそう見えるのか? 別に落ち込んでいた訳じゃないんだけど」
「やっぱりって、誰かにも同じような事言われたん?」
「アホの逢坂にちょっとな」
「こら聡一君、そんな人の事軽々しくアホなんて言うたらアカンで、どうしても言いたいならもっとオブラートに『他者と比べて若干学習知能が劣る知恵遅れの愚者』って言わな」
「え、何その卑劣な表現。絶対オブラートじゃないよね」
 そして長いわ。
「え? せやろか。私は『アホ』何て言うよりは断然ふわふわ言葉やと思うんやけど」
「ふわふわ言葉って、またえらく懐かしい言葉を持って来たな」
 東橋は見た目だけで言えば彼女以上に委員長が似合わない奴はいないと断言できる程委員長タイプなのであるが、先程御覧頂いたよう言語が結構、かなり、大分アレなのが偶に傷じゃない次元にいらっしゃるので、俺は委員長に推薦するのを踏み止まったのである。
 つまり何が言いたいかというと、彼女は生粋の大阪の血が騒いだ故に反射的にボケてしまったのでは決してなく、ごく自然に、マジで言ったのである。
「んー、しかし、こうなるとあの噂もあながち嘘じゃない気いしてきたなあ」
「……? 何だよ、急に、俺が変な事でもしたか?」
「いやな、最近聡一君がか弱い少女を甚振って快楽を得ているっていう随分不快な噂を聞いてな、流石に冗談やと思とってんけど、ちょっとどうなんやろな~って」
 いつ探りを入れようか倦ねていたのに、まさか東橋から訊いてくるとは。
「……それはいくらなんでも見切り発車が過ぎやしないか? 大体『アホ』程度の陰口なら誰でも言うだろ、確かに容疑者扱いされている訳だから少しの言動でさえも怪しく思えてしまう気持ちは分かるが……、それでもそれだけで犯人に仕立て上げられるのは少し心外だな」
 と言ってみたものの、自分でも怖いぐらい言い訳臭たっぷりの台詞が出たな……。
 しかもこの言い方じゃまるでその事情を知っている体で話しているみたいじゃねーか。
「む、それは確かにそうやな…………ん? 待てよ? そうなるとこれって私が聡一君にかなり酷い事言った事になるんちゃうか……? これは土下座して詫びなあかん……」
「待て、落ち着け、早まるな、ここでもしお前が地に顔を伏せるような真似をしてしまったら何の心配をする必要もなく、一瞬にして俺の疑惑が明確なものとなり、打ち首になる。だからその既に地についてしまっている膝を今すぐおあげなさい」
 真に受けてくれたのは助かるけど、猪突猛進し過ぎです。
 それにしても、この見た目に見事に反した後先考えず暴走する性格、是非とも仮面委員長という称号を与えたいぐらいである。
「ほっホンマや……! 私、一度じゃ飽き足らず二度も聡一君を嵌めようとしてたんか……!? さっ最低や…………聡一君! どうしたらええ!? このままじゃ私の気がすまへん! 何でも言う事聞くから私に何か命令してくれ!!」
「うん、じゃあとりあえず心を落ち着けようか」
「心にオチを付けるんか!? 中々難しいお題を出してくるな……」
「あー、うん、違う。じゃあ代わりに俺の質問に答えてくれないかな」
「質問? そんなんでええんか? 遠慮せえへんでええねんで? 聡一君のお願いとあればスカトロプレイも辞さないつもりやってんけど」
「何故俺がスカトロ癖を持っている前提で会話をする。そうじゃなくて! 俺は東橋にさっきの噂についてもっと詳しく聞きたいだけなんだよ!」
「え? 聡一君が幼女を凌辱して昇天している噂の事?」
「マッハで噂が飛躍したな、何でだ」
「うーん、せやけど、昨日三組の博嶋さんと話してた時に突然『北海堂とは関わらない方がいいよ』って言われてな、何でかよー分からんかったから理由聞いたら、聡一君がいじめをしているっていう噂を教えられただけやからなあ……、詳しくと言っても……」
「博嶋さんは誰からその噂を聞いたとか、言ってなかった?」
「うーん、誰がどうとかは言ってなかったと思うけど、掲示板に書いてあったとかどうこう言ってたような……、ごめん、話半分に聞いてたからあんまり思い出されへんわ」
 流石に裏サイトを媒体にしているから芋蔓式に犯人を見つけるのは無理、か。
「今から聞いてこよか? もしかしたら聡一君の疑惑を晴らす証言を聞けるかもしれへんし」
「いや、別にいいよ、大体俺もそこまで気にしている程の事じゃないしさ、それに……俺って友人少ないし……、そもそも損害自体あまり被って無いっていうか」
 自分で言っていて虚しくなるけど、割と事実だしな。
「いや! 私は聡一君を二回も傷つけてんで! これぐらいして当然や! それに聡一君はよくても私はよくあらへん! こんな人の心を弄ぶ様な真似して……私が絶対に犯人を見つけたる!」
 そう言うと彼女は弾丸の如く無鉄砲に走り去ってしまった。
 何か探り出そうと思ったものの、結局あんまり聞き出せなかったな――
「でもな」
「え?」
 その声に前を向くと、何故かついさっき走り去った筈の東橋が立っていてギョっとする。
 流石に何か突っ込みを入れようとしたのだが――しかし、見上げた彼女の顔には先程のテンションは日本海に沈めてしまったのかと思わせる程――突然、何故かとても憂いを帯びた顔つきになっていて――俺は思わず口を噤んでしまう。
「仮にこの噂が真実やったとしても、そんな事どうだっていいねん」
「……何で?」
「友達やから」
 そう言うと彼女は歯を見せてニコっと笑って「さーて、お花摘みに行ってこよー」と言って颯爽と教室を出て行ってしまった。犯人探しに行くんじゃなかったのかよ。

 ……しかし、もし咲乃の言う通りならこの数少ない2人の友人の内どちらかが犯人という訳になる――か。
 正直、助手の分際である俺が、こう言うのも何だが、実は咲乃の読みは外れていて逢坂も東橋もどちらとも犯人では無いのではないかと思っているのが本音の所だ。
 別に根拠があって言っている訳じゃ無い、ただ、俺はこの2人とほぼ毎日会話をしているのだ。歴は浅くとも、上っ面であろうとも、間違いなく咲乃よりは2人の事を知っている。
 だからこそ咲乃の推理は違うと言える、そう言いたい。
 第一、逢坂は純粋にアホなのだ。天然物のアホと言っていい。
 単に勉強が出来ないのは勿論だが、行動も実に安直で何か考えているようにはまず見えない。
 裏を返せば裏表の無い性格とも言える。
 そんな奴が匿名性の強い裏サイトで姑息に俺を悪人に仕立て上げるような真似なんてするだろうか? 寧ろ面と向かって『死ね』って言われる確率の方が圧倒的に高い気がする。
 東橋もそうだ。
 もし俺に対して不満があって行為に及んだとするならば、わざわざ犯人探しを、それもあそこまでアクティブに買って出るような真似をするだろうか、これが本当に自作自演だとしたら、いくら天然だとはいえ、それこそ本当に何がしたいのか分からない。
 そもそも、何故普通に、気さくに話しかけてくる? 己の疑惑を晴らす為? そうだとしたあまりに本末転倒だ。不満や嫌悪があると無視するのが人間というものじゃないのか?
 別に、2人を庇っているつもりはない。
 ただ、辻褄が合わないのだ。
 2人のどちらかを犯人に仕立て上げるにはあまりに根拠が――
 Brrrr。
 突如、俺のポケットが震えだす、電話?
 ポケットから携帯を取り出して見ると、咲乃からの電話だった。すぐに出ようと思ったが、タイミング悪くHRを告げる予鈴が鳴ってしまった為に、先生に鉢合わせないように窓から教室を抜け出し、すぐ近くの校舎の裏門の隅に隠れ、そこでようやく電話に出る。
 ……何か進展でもあったのか?
「……もしもし?」
 しかし、何故か返事は無い。それどころか遠くから何か――悲鳴?
「何だ、これ? おい咲乃、何かあったのか――いつっ」
 頭に何かがぶつかり、思わず呻いてしまう。
 これは……飴?
 何でこんな物が空から降ってくるんだよ……雨ならぬ飴ってか、糞つまんねーよ。
 しかし、次の瞬間、もっと凄まじい、否、とんでもない者が降ってきている事に気づく。
 結論から言わせて頂くとすれば、今度は女の子が降ってきたのである。
 というか、咲乃だった。

       

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