Neetel Inside ニートノベル
表紙

アクティブニートと助手
3:IS〈Invincible Sakino〉

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「福引きしたらこんなの当たった」
「……随分と古くさいフラグを立てるんだね、聡ちゃん」
 梅雨が過ぎ、暑さと湿気が悪い意味で絶妙に混ざる初夏手前の季節に、スーパーで貰った福引券で3等(因みに1等は空気清浄機、間に合ってます)遊園地のペアチケットを当ててしまうという中途半端に運を使ってしまった俺は何気なく咲乃に報告していた。
「そんな回りくどい方法でデートからの性行為を狙わなくとも聡ちゃんが希望すればいつでもやらせてあげるというのに……いかなる状況下においても出来るよう常に準備は万端だよ?」
「痴女じゃねーか」
「因みに陰部と肛門には常時ローターが刺さっている」
「止めろ、それはもう引かれるタイプの下ネタだ」
 どう考えても本編開始数行目で発していい言語じゃあないぞ、咲乃よ。
「勿論聡ちゃん御用達の君の陰部を僕のアホ毛に巻き付けるプレイも――」
「とりあえず黙ろうか」
 俺にそんな御用達はない、腋はあっても髪はない。
 その内下剤の準備は万端だよとか言われそうだな。
「別に疚しい気持ちがあって言った訳じゃねえよ。大体遊園地のアトラクションなんて咲乃にとっては巨大で壮大な拷問器具にしか見えないんじゃないのか?」
「ジェットコースター至っては暗闇の洞窟を抜けた途端隣に座っていた人の首から血飛沫が上がるらしいしね、とてもじゃないけど恐ろしくて乗れたものじゃないよ」
「お前コ○ン大好きだな」
「いずれにしても全身筋肉痛を避けられない長旅はご勘弁だよ」
「まあ、そりゃそうだよな」
 遊園地に行くだけでガスマスクとベビーカーが必要とか俺も御免だ。
 しかし、どうしたものか。
 遊園地なんてよっぽど好きでない限りそう1人で行けるものじゃないし、かといって折角当たったものを捨ててしまうのは勿体ない気がするしな。
 ……どうせ捨てるくらいなら誰かに譲るのが一番無難か。
「行く相手がいないなら私が行ってあげたったってもいいけど?」
「……とりあえず窓から入ってくるな、不法侵入者」
 逢坂結。
 同級生であり、友人でもあるモンジャラヘッドの茶髪女。
 とある事情から今は俺と同様に咲乃の助手として働いている身。
「オイオイ、私は咲乃ちんの助手様だぜ? 不法侵入な訳ないじゃんよ」
「助手は窓から入っていいルールとかないから、あと別に『様』とか付く立場じゃないから」
 それにしてもあの一件以降コイツのウザさがアップデートされている気がする。
 ……いやでも、それもあの一件がもし正しい方向を向かえていなかったら、こんな御転婆な逢坂はもう二度と見ることは無かったのかもしれない、そう思うとこのウザさも少しは我慢出来るような気が「うるせー! 一々揚げ足取んなこのペドフィリア!」しない。
「それはいいとして、逢坂は遊園地に行きたいのか?」
「あえ?」
 別に不意を突いた訳では無いのに、何故か間抜けな声を上げる逢坂。
「そ、そーだよ! だって折角当たったチケットなのに捨てるのは勿体ないだろ? だから代わりに私が行ってあげてさしあげたってもよろしいでございますのぜという訳よ」
 一遍に言葉を押し込みすぎて日本語がパニックになっているが要するに無茶苦茶遊園地に行きたいってことか、やっぱり女の子ってテーマパークとかそういうのが好きなのか?
 まあそんなの別にいいか、誰かに譲れればそれでいいし。
「そういうことなら別に構わな――」
「ちょっと待ったぁ!」
 聞き覚えのある声がする方を向くと東橋が腕組みをして仁王立ちしていた。
 主に窓際で。
 東橋夕季。
 彼女もまたとある事情に巻き込まれた俺の友人であり、咲乃の助手の1人。
 あの一件以降彼女には際だって変化見られない(それでも東橋が運営していた3年生の学校裏サイトは自主的に閉鎖させたらしい)が、以前より頻繁に話し掛けられるようになった(?)様な気がする、華奢な身体に三つ編みがチャームポイントの天然美女だ。
「わっ、私も遊園地に行きたいんや!」
 勝ちたいんや! みたいに言うな。
 と思わず言いそうになったが、もしかして大阪出身なら日常言語だったりするのか?
 どうなんだろ、いや割とどうでもいいな。
 それにしてもデ○ズニーランドに行ける訳でも無いのにえらいテンションだな。
 夢も希望も無さそうな既視感溢れるマスコットしか闊歩してなさそうなのに。
「何言ってんだよ東橋ちゃんよ、今交渉権は私の手中にあるんだぜ? それを後出しじゃんけんだなんて卑怯な真似で奪おうだなんて……感心しないなあ~」
「うっ……そっ、それは確かにそうやけど……」
「まあ当然私の交渉が決裂してしまえば交渉権はあんたに移行してしまうけど……果たしてそう簡単に物事は運ぶかな? そこで指咥えて見守るだけもあり得るかもよ~?」
「ぐぬぬぬぬ……」
 別に先着順とかルールを設けた記憶はないけどな、普通にじゃんけんすればいいし。
 ていうかこの遊園地のチケットってそんな凄いものなのか? 実は知る人ぞ知る凄いアトラクションが満載だったりするのかな……プリキュアショーあるなら俺も大興奮するけど。
「ほっ、ほんなら私はあんたの行動を監視する為に同行させて貰う事にするわ!」
「なぁ!? テメーやってる事が卑劣にも程があるぞ! この偽造女野郎!」
「いやいや、そんなん言うたかて私にはその使命があるしなあ、な、神名川さん?」
「確かにそうだね、第一東橋さんはそういう名目で助手になった訳だし」
 何故か薄ら笑いを浮かべながら答える咲乃。
「まっ、待て待て! そうだとしても聡一がいいとは言ってないだろ!」
「別に俺は構わないけど」
「!?」
 そう言って俺は逢坂と東橋にチケットを渡す。
「「は?」」
「何かよく分からないが2人とも遊園地に行きたいのは確かなんだろ? なら丁度2枚あるから1枚ずつ上げるよ、俺も捨てるのは勿体ないと思っていたから本当に助かる――ん?」
 ――刹那、俺の焦点が定まらなくなる。
 そして意識が追いついた時には何故か仰向けで倒れていた。
 石にされるんじゃないかと思う程冷たい目で見下す、東橋のおまけ付きで。
「えっと…………綺麗な一本背負いですね」
「死ね」
 え、えぇ……。
 お望み通りにチケットを譲ったら投げ飛ばされた上に罵られた。
 恩を仇で返すってレベルじゃねーぞ。
 しかも逢坂は強かに拍手してやがるし。
「鈍感もここまでくると公害もんやな」
「ほんま被害が最小限に済んでよかったで」
 逢坂が関西弁になるほどにいつの間にか2人は意思疎通し合っていた。
 俺、関東人と関西人が不可侵条約を結ぶまでの悪事を働いた記憶なんて無いぞ……。
「いやいや、最高に面白い喜劇をどうもありがとう」
 と、ここに来て傍観していた咲乃が笑いながら壇上に上がってきた。
 実は一連の元凶は全て僕が仕組んだんだよとでも言いたげな、黒幕張りのノリで。
「やはり所詮君達じゃここまでが限界だろうね、全く、たった1つの固有名詞を入れるだけでエロゲーの主人公並に鈍感な聡ちゃんでも瞬時に分かるというのに……それじゃいつまでたっても僕との距離は縮まらないよ、潔く新たな運命の人探しに精を出したらどうだい?」
「はあ? 何言っているんだ咲乃――」
「そ、そんなん言えたら今頃苦労してへんわ!」
「偉そうな事言いやがって! じゃあお前はすんなり言えるのかよ!」
「聡ちゃん、僕とイチャイチャラブラブし合う為に遊園地に愛を育みに行こう」
 は? 何で急にバカップル用語全開なんだよ。
「いや、お前さっきご勘弁って――」
「まあこんなものだよ、残念だけど僕は君達と一緒に3馬鹿ユニットを組めそうにない」
「ちくしょう……引きこもりの癖に引きこもりの癖に……」
「いくら幼馴染みとはいえ……ここまで出来るんか……」
 そしてまたしても俺は爪弾きにされるのだった。
 俺、語り手の筈なのにね……。
「何、僕だって他人の不幸をおかずにしてご飯を食べるほど憐れな人間じゃあない、ちゃんと栄養になるおかずを毎日4品は食べないと気が済まないタチだからね、安心し給え」
「そのおかずを作っているのは俺だけどな」
「そこで、だ。この遊園地のチケットを賭けて勝負をしないかな?」
「勝負……?」
「そう、勿論この1枚だけを賭けてね。逢坂さん、東橋さん、そして僕の3人で勝負して勝った者がこのプレミアチケットを手にする事が出来るんだ。どうかな?」
「もう1枚はどうするんだよ?」
「鈍感で不感のスカトロプレイヤーは黙ってて」
「え、あ、はい」
 おかしいよ、こんなの絶対おかしいよ。
 その言い方だとまるで俺がスカトロを得意とするインポ男優みたいだよ。
「勝負は何でするんや?」
「そうだね、やはりここは学生の本分である勉強で勝負するのはどうかな? 確かあと2週間後には期末テスト、通称『世紀末テスト』がある筈だろう? そこで全教科の合計点数で勝負をするんだ。一番得点が高かった者がこのプレミアチケットを得ることが出来る。単純明快だし、即席のゲームで勝負するよりは期間もあるから上手く行けばチケットが手に入る上に成績も格段に伸びるかもしれないよ、勝てば一石二鳥、仮に負けても一石一鳥、最高だろう?」
 相変わらず感心させられるが咲乃は利点ばかりを誇張して並べ立てて上手く欠点誤魔化そうとするのが本当に上手い気がする、咲乃のスタート地点はゴールライン手前じゃないか。
 ところが意外にもその欠点に気づいたのは逢坂だった。
「いや、それは駄目だろ、だって咲乃ちんはあの『女神様』なんだろ? いくらこれから2週間寝ずに勉強しても学年1位の点数なんて取りたくても取れるもんじゃないぜ? 出来レースもいいとこじゃねーか、流石に少しはハンデをくれないと釣り合いが取れないだろ」
 一瞬ニートの一面しか知らない逢坂が何で? と思ったがすぐにある事を思い出す。
 そういえば逢坂の父親と咲乃の父親は旧友なんだっけ、その関係で確か咲乃については少し知っているとか何とか言っていたな、なら咲乃の異様なまでの学力は承知済みって訳か。
 でも、こうなると有利な立ち位置でのフェアな勝負は出来なくなるぞ。
 すると咲乃は平静な態度のままとんでもない事を言い出すのだった。
「それは確かにそうだね、なら逢坂さんと東橋さんが獲得した点数を足した合計点数と僕の獲得点数で勝負してあげても構わないよ? つまり2対1で勝負という訳だ」
「「え?」」
「確か逢坂さんは大体250人中約180位くらいだったかな? たいして東橋さんは50位前後だった筈だ。これなら2人の点数を合わせれば案外とあっさりと僕を負かすかもしれないよ? それに僕に勝った後はお互いのどちらか点数が高い方を勝ちにすればいい、そうなれば僕というより最早君達2人の一騎打ちになるんじゃないかな?」
 彼女がした提案はあまりに無謀なものだった。
 たとえ全教科満点を取っても負ける可能性が十分にある、それ程のもの。
 しかしそれでも――彼女には余裕を感じられるように見えた。
「神名川さんがそう言うなら私は別にかまへんけど……」
「こっちは否定する理由が無いしな、後で後悔すんなよ?」
「なに、僕が言い出したのだから心配御無用だよ、第一馬から落馬するみたいな日本語の使い方をするような人に負ける気がしないしね」

 こうして。
 かくして咲乃と逢坂と東橋の間で熾烈なチケットを巡る闘いが始まったのであった。
 もしこの勝負にオッズが付くとすれば間違いなく咲乃が1.2倍で断トツ1番人気だろう。
 調子が悪くとも彼女の異質さ、異様さ、異常さ――は変わらないのだ。
 大逃げなんて生ぬるいものじゃない、トップスピードのまま、走りきるのだ。
 因みに俺はというと――まるで卑猥物を扱うかのような勢いで隅に追いやられていた。
 だから、という訳でもないがどうやら今回もまた俺の存在意義は見事に薄いようだ。
 ――けれどその間に俺は1人の女性と出会う事となる。
 女の子――ではなく女性に。
 まるで何処かの誰かさんをトレースしたような、そんな女性に。
 僕は出会う事となる。

       

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Neetsha