Neetel Inside ニートノベル
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俺とミケの一年
12月

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 12月も終わりに近づき、寒い日が続く。気づいたらもう、ミケとは半年以上の時間を共に過ごしている事になる。驚愕だ。このわがままで、きまぐれで、なまいきな猫と一緒に暮らしていけるなんて、俺は菩薩か?
「うー、寒い寒い」
 と言いながら家のドアを素早くしめる。部屋を見渡すと、そこにミケの姿はない。俺はコタツの布団を捲って、声をかける。
「ただいま」
 赤い灯りの下で、ギロリと大きな眼が光った。
「寒いからとっととしめなさいよ」
 ただいま、と主人が言ったのだから、おかえり、と返すのが普通だろう。という意見を述べるのさえ億劫になるほどの、見事な傲慢っぷり。


 さて、今日はあくまでも平日だ。
 平日にすべき事は、満員電車に乗り、会社に行って働き、帰ってきて風呂に入り、飯を作って喰らい、晩酌をする。ただそれだけ。たったそれだけの事であって、その他の事は一切無い。断じて無いのだ。
「あ」
 コタツの中からミケの声、器用にも頭だけすぽっとコタツから出して、禁断の言葉を言う。
「今日はクリスマスイブよ?」
 俺が必死で忘れようとしていた事をいとも簡単に思い出させてくれた親切なミケ。自重してくれ。
「だから何だ?」
「ふふん。ねえ知ってる? クリスマスイブだっていうのに、遅くまで残業して、帰ってきたらきたで、1人でビール呑んでる奴がこの世の中にはいるのよ?」
「……俺の事だろうが」
「良く分かったわねー!」
 ミケは目を細めて嬉しそうに笑う。俺はいよいよムカついて、しかしここで怒りに任せてもふもふしまくるのも大人気ないと思い、まずは言葉で牽制する。
「お前だって似たようなもんだろうが」
「だってあたしは猫だしぃ。キリストは猫じゃないから関係ないしぃ」
 あやうく血管がブチ切れるかと思った。
「そんな事を言い出したら、なんでキリストの誕生日の前の日にカップルで過ごさなきゃならんのかって話になるだろうが。大体海外ではな、クリスマスってのは家族で過ごす日と決まって……」
「あーあ。これだからモテない男の妬みってのは醜いのよねー」
 よろしい。ならば戦争だ。
 実は俺も、今日、こういう流れになる事は分かっていた。あのミケが、彼女のいない男を合法的に、徹底的にイジめられるこの日を逃がすはずがない。だから俺は秘密兵器を用意しておいた。
 無言ですっと立ち上がり、鞄の中から伝家の宝刀を抜く。
「そ、それは……!?」
 くらえ! 伝家の宝刀、「またたび」だ! 
 ミケは雌猫のくせにまたたびに目がない。以前、一緒にデパートへ買い物に行った時に、またたびを買ってくれと言って子供のように駄々をこねた事がある。その時も結局俺が折れて、買わされる羽目になった。
 俺はまたたびの枝を片手に持って、ミケが届かないように天井近くまで掲げ、高圧的にこう言う。
「まずはお手だ! ほら、お手!」
「あたしがそんな事する訳ないじゃないの!」
 と言いつつも、両手で必死に俺の手からまたたびを奪い取ろうと飛び跳ねるミケ。今こそチャンス。日ごろ溜まった鬱憤を全て吐き出させてもらおう。
「お前太りすぎてジャンプ力弱くなってるじゃねえか!」
「飼い主は俺だぞ! 生意気な口をききやがって!」
「ていうか本当に太ったな! どうなってんだお前!?」
 ミケはくやしそうに俺を見上げる。
 なんという快感。
 俺は猫でもないのにまたたびを持って、恍惚の表情を浮かべる。
「さあ、観念したらお手をしてから3回まわってワンと鳴け! それが出来たらこのまたたびをやらんでもないぞ! ん~?」
 ミケはくやしそうに、口を一文字に結び、涙目で俺を見上げる。
 ……と思いきや、そっぽを向いて、布団づたいに窓際に乗っかった。
 そして鍵を外し、窓を開ける。まさかこいつ……と思った時には、もう手遅れだった。
「誰か助けてー! おーかーさーれーるー!」
 ミケはありったけの大声で、外に向かってそう叫びだしたのだ。当然、俺は慌ててミケを止めに走る。が、ミケは振り向きざまに鋭い爪で一閃。俺の顔に縦線が入る。悶絶して倒れる俺。ミケはなおも外に向かって叫び続ける。
 やがて集まってくる近所の人、大家さん、ミケの猫友達、そして犬のおまわりさん。
 なんてこったい。


 なんだかんだで事情を説明するのに2時間もかかってしまった。
 取調べを終え、家に戻ってくると、ミケはまたたびを抱いてごろにゃあしていた。
 憔悴しきった俺に、ミケが嬉しそうに声をかける。
「おかえり!」
 何も答える事が出来ない俺に、ミケはせせら笑うように言う。
「今日はイブなんだから、大人しくプレゼントを渡しておけばこんな事にはならなかったのよ?」
 とんだクリスマスイブだ。俺も猫じゃなくてトナカイを飼えば良かった。
「ふふん、これでどっちが飼い主なのか、分かったでしょ?」

       

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