Neetel Inside ニートノベル
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俺とミケの一年
4月

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 もう4月だというのに、やけに寒い日の出来事だった。
 俺はコタツに身をうずめ、野暮なドテラを羽織りながら、ちまちまとミカンをつまんでいた。
 都会の片隅、ボロアパートのワンルーム。咳をしても一人。
 段々黄色くなってきた指先で、ミカンをむく。スジもきちんと取ってから食べるのが俺の流儀だ。
 テレビのチャンネルを変えても、面白い番組はやっていない。電波は無味無臭、いつもの事さ。
 ため息を漏らすと同時に、ふと、窓が目に入った。正確に言えば、窓に映った黒い影。
 大きさはちょうど、実家の漬物石くらいだろうか。片手でぎりぎり持てるようになったのは、中学生の頃だった。
 その影が妙に気になった俺は、コタツから身を這い出して、窓を開けた。暖房器具のラスボスを倒したんだ、凄まじい根性だと誰か褒めてくれ。
 とにかく、俺は窓を開けた。するとそこに、猫がいた。エアコンの室外機の上、ちょうど窓から見下ろせる位置に、丸まって座っていたそれは確かに猫だった。三毛猫だから、多分メス。野良だろうか、それにしては毛並みも良い。
「こう寒いと、雪でも降ってきそうだな」
 呟くと、猫は振り向いて、俺の目を見てこう言った。
「馬鹿ね、もう4月よ。雪なんて降る訳ないじゃない」
 言い終わった瞬間、一つまみの雪が猫の頭に乗っかった。
 俺は空を見上げる。季節はずれの粉雪だ。
 猫は、ふん、と鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。
「家の中、入るか?」
「……」
「コタツあるぞ」
「……」
「ミカンだってある」
「……」
 結局、猫は「変な事したらタダじゃおかないから」と曲がった釘を刺して、堂々とコタツに入りやがった。
 まあいい。一人よりも、一人と一匹の方がマシだ。こんなに寒い日は、特に。
 俺はミカンを?いて、やっぱりスジもとって、コタツから頭だけをちょこんと出した猫の口に放ってやる。
「お前、名前何て言うんだ?」
「なんで言わなきゃならないのよ」
 とことん素直じゃない猫らしい。
「……まあいいさ。ほれ、ミカン食え」
 少し狭くなったスペースで、俺も猫のように丸まりながら、テレビを見ていた。
 気づくと、猫は眠っていた。口からミカンが零れて、おまけによだれまで垂れている。「きったねえなあ」気づいたら俺は笑っていた。
 どうやら俺もそのまま、コタツで寝てしまったらしい。次の日の朝、慌てながらスーツに着替え、家を出る時、猫が言った。
「ミケよ」
「え?」
「あたしの名前。あんた聞いたでしょ」
 俺は靴を履きながら、「ベタな名前だな」と呟く。
「なっ……余計なお世話よ!」
「いってきます」
 返事は無かった。
 仕事が終わり、会社から帰ると、家にはまだミケが居た。
「まだいたのか」
 その一言が気に障ったらしく、
「だ、だって勝手に出て行ったら鍵かけられないし、あたしのせいで泥棒に入られたって言われても嫌だし……そ、それに、えーと、えーと……」
「分かった分かった。まあこれが無駄にならなくて良かったよ」
 コンビニの袋から、猫缶を取り出す。
 タイミング良く、ミケの腹がきゅうと鳴った。ミケはそっぽを向いて、自分の音じゃないとでも言いたげだったが、んなわきゃない。だって俺とミケしか居ないんだから。
「器が無いな、いいや、これをお前のエサ皿にしよう」
 ずっと使ってなかった食器にも役割が出来た。
 ミケは皿に盛った「まぐろとささみ」の匂いを嗅いで、
「ふん、食べられ……なくも……ないわね」
「食うか生意気言うかどっちかにしろな」
 むしゃむしゃと食べる。腹が減ってたんだろう。
 皿が空になると、急に気まずくなったらしく、そわそわとしだした。
「こ、こんな事されたって、別にあんたに感謝なんかしないんだからね」
「ああ、いいよ。好きでやってんだ」
「す、す、好きって……」
 照れるミケ。
「そういう意味じゃない。昔からな、困ってる奴見るとつい人助けしちまうんだ。まあ、この場合は猫助けか。とにかく気にすんな」
「……」
 食い終わったミケは、またコタツに潜った。今度は頭も出さずに、全身すっぽりコタツの中だ。
「……てもいい」
 小さな声。何を言ってるか聞こえなかった。「え? 何て?」と俺は聞き返す。
「……ってもいいって言ってんの!」
「聞こえねえよ。コタツから出てこい」
 スポッとミケが頭を出した。
「しばらくこの家に居てやってもいいって言ってんのよ! マヌケ! バカ!」
 居候するのはそっちの癖に、何でそこまで言われなきゃいかんのか。だけど、なんだか反論する気にもなれなかった。
「ああ、分かったよ。気の済むまで家に居てくれ」
 こうして、俺とミケの共同生活が始まった。







☆ミケの気まぐれブログ☆ 4月



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