Neetel Inside ニートノベル
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俺とミケの一年
1月

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 1月。正月くらい、俺にだって帰るべき場所がある……実家だ。
 とはいえ、ミケを放ったらかしにも出来ないので、渋々連れてきた。
 実家は県の外れにあり、周りには農家しかない、まさに田舎の家と呼ぶのに相応しい日本家屋で、歴史はあるが地震の心配もある。
 幸いな事に、この歳にして祖父も祖母もまだ健在で、両親と、妹夫婦と暮らしている。家の裏には爺ちゃんが管理している畑があって、そこでは世界で一番うまいきゅうりがとれる。
 俺はコタツにもぐりながら、テレビを見ていた。チャンネルに対応する局がうちとは違うので、たまに帰ってくると混乱する。まあ、正月特番しかやっていないから、そう不便な事でもあるまいが。
「ミケちゃ~ん、かわいいねぇ~ほらほら、うふふふふ」
 この気持ち悪いのが俺のおかん。猫好きだったとは、実の息子である俺も今日まで知らなかった。
「そんな事ないですぅー。うふふ、おばさま撫でるの上手だから、ついつい甘えちゃうなぁ」
 この気持ち悪いのがミケ。猫被っていやがる。
 気持ち悪い者同士馴れ合うのは一向に構わないが、隣の部屋でやってくれとも言いたくなる。
「あ、そうだ! ミケちゃんにお年玉あげないとね」
 おかんはポンと手を叩いて(古い)、立ち上がると、タンスから財布を出した。横目でちらっと見る。なななんと、あれは、福沢諭吉先生ではないか。
「ちょ、ちょっとおかん! ミケに1万はやりすぎだろ!」
「そうですよー、うふふ。そんなにもらったらミケ、困っちゃう」
 とか言いながら、おかんからは見えないように「余計な事言うな」とでも言いたげに、般若みたいな顔をして俺を睨むミケ。なるほど、ここまでかまととぶってたのは、これが目当てという事か。とんでもない招き猫だ。
「そう? でも良いじゃないの、これで何かおいしい物でも食べなさいよ」
 と言いながら、おかんはお年玉袋に1万円を包む。断固として俺は反対。
「そんなにあげたって猫に小判だっつの」
「あら、上手い事言うわね」と、おかんが言うので、
「それなら俺にもお年玉くれ」
 とおひねりを要求したら、見事に無視された。
 1万円もらって小躍りするミケを尻目に、俺はふてくされながらお雑煮を喰らった。


「こんな所で寝ていると風邪ひくよ」
 優しい言葉をかけてくれたのは、初詣から帰ってきた我が妹だった。俺はコタツから起き上がり、「何時?」と尋ねる。これぞ完全なる寝正月。
「もう夕方の6時。晩御飯出来たから、起きてくださいね~」
 妹は、一昨年結婚した。
 昔っから手のかかる子供だった。どこに行くにも俺についてきて、勝手に転んで泣いて、その度に俺がおんぶして帰ったのは良い思い出だ。そんな鼻たれも今や1児の母。時の流れは恐ろしい。
 居間には既に食卓が整っていた。俺は寝ぼけ眼をこすりながら席につく。
 長いテーブルの1番端、先祖の写真が飾ってある真下に陣取るのは爺ちゃん。昔っから無口な人で、未だに何を考えているのかが俺には分からない。口を一文字に結び、久々に孫が帰ってきたというのに、その表情には喜びの欠片も無く、まさに頑固一徹。昔ながらの日本人という面持ちだ。
 その隣、爺ちゃんと同じ顔をしているのが親父。無口は遺伝するらしい。煙草も酒もやらない堅物で、何が楽しくて生きているのかが分からない。ちなみに俺は高校性の時に1度だけ殴られた事があるが、前後の記憶が吹っ飛ぶ威力だった。
 台所と食卓を世話しなく行き来するのがおかん。もうテーブルに乗りきらないというのに、台所でまだ料理を作っているのが婆ちゃん。世界で一番俺に優しい存在だから、出来るだけ長生きして欲しい。
 そして俺の向かいに座っているのが、妹夫婦と、その息子大地君(2歳)。妹の夫となったのは、男から見てもイケメンで、わりと有名な商社に勤めているのに、妹が「子供が小さいうちは実家で暮らしたい」とわがままを言っても許してくれる優しい人間だ。まさしくテンプレ通りの、幸せいっぱい家族。
 そして俺の隣にいるのはミケ。昼間、おかんに全力で媚を売っている時と違って、なんだかやつれているようなので、「どうした?」と声をかけてみる。
 するとミケは小声で、「あんたが寝た後ずっとあの子の相手させられたのよ」と答えた。なるほど、確かに2歳児の相手は骨が折れそうな仕事だ。
 ようやく婆ちゃんも席につき、全員が揃った。食卓を囲む8人と1匹の大所帯。
「いただきます」
 とばらばらに言って、豪華絢爛な正月特別バージョンの料理に舌鼓を打つ。
 やはり婆ちゃんの料理は世界で一番うまい。ミケも、普段何も食べさせてもらえない子みたいに、刺身をパクパクと口に運ぶ。
 にぎやかな食事の最中、何の前触れもなく、おかんが思い出さないでも良い事を思い出した。
「はぁ、これであんたに良いお嫁さんがいれば完璧なんだけどねえ……」
 俺は無視を決め込むが、妹がその話題に乗りやがるものだから、いつまで経っても愚痴が終わらない。やれ選り好みはするなだとか、本当はいるんじゃないかだとか、幼馴染のあの子はどうなのかだとか。いつまでもいつまでも盛り上がる。それを咎めずに無言で聞いているあたりを見るに、親父も爺ちゃんも早く嫁をもらえというのには同意見なのだろう。
 今ここに、俺の味方はいない。
 と思いきや、いた。1匹だけ。
 ミケはかわいらしく、いや、むしろわざとらしく小首を傾げ、俺から見たら演技丸出しの愛くるしい声でこう尋ねた。
「あたしじゃ駄目ですかにゃ?」
 そして見事に騙される家族一同。かわいいねーの嵐はしばらくやみそうになく、ぽんぽんと景気良く、ミケにおひねりが飛ぶ。結局、俺に味方はいなかった。いたのはもっとたちの悪い雌猫だけだ。
 俺は心の中で大声で叫ぶ。
 いや、駄目に決まってるだろ!
 ていうかお前、語尾に「にゃ」なんてつけたの今が初めてだぞ!!! と。

       

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