Neetel Inside ニートノベル
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俺とミケの一年
3月

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 3月の終わり、この寒さから逆算するに、コタツの活躍時期はまだまだ長引きそうだ。ミカンを買いだめしておこう。ミカンの無いコタツなんて、そんなのただの暖房器具だ。
 たった1人の部屋、思い出すのはつい2日前のミケの台詞。
「あたし、彼氏が出来たらから出て行くわ。じゃあね、ばいばい」
 もう1年近くも世話してやったというのに、別れる時はたったの一行。猫というのは実に薄情な生き物だと再認識する。
 彼氏というのはどうやら同じ三毛猫のオスらしい。何でも、猫視点から見て大層なイケメンだそうで、1週間ほど前に道端で出会ってからというもの、ミケはぞっこんだったらしい。
「もうね、毛づくろいが超うまいの! 野良なのに全然臭くないし、大きな縄張りもあるみたいで、エサに困ってる感じじゃないのが好印象なのよね~」
 嬉しそうに語るミケ。俺は「ああそうかい」と適当な返事をして、聞き流していた。
 だから、本当に出て行くとは夢にも思わなかった。
 しかしミケが出て行ってくれたおかげで、随分と食費は浮く事になるだろう。大体あいつは食べすぎなんだ。食べるくせに全然運動しないから、ぶくぶくと太りやがる。最近はダイエットしていたみたいだが、そのダイエット器具を買わされたのはやはり俺だ。
 そうだ、これで会社の後輩を連れてきても何の問題も無くなった。前は散々な目にあったからなあ。あの後、誤解を解くのに実に半年以上の時間がかかってしまった。未だにあの時のミケの顔を思い出すたび、怒りがこみ上げてくる。
 俺はふと、玄関の方を見た。ミケは自分で家出したくせに迷子になって、犬のおまわりさんに連れられて帰ってきた。あの時のミケのくやしそうな表情ったらない。またそうならない事を祈らせてもらおうじゃないか。
 目を細めると、そこにミケがいる景色が浮かぶ。
 ……ええい、何を湿っぽい事を言っていやがるんだ俺は。
 気づいた。1人というのが良くないんだ。俺は決死の思いでコタツから脱出し、適当に着替えると外に出た。寒い。雪でも降りそうだ。
 近くのコンビニに行って、少し立ち読みをした後、たっぷりと悩んでカップ麺とペットボトルのジュースとお菓子を買った。これぞまさに、独身男のあるべき姿だ。家で留守している猫を気にして、買い物だけしてそそくさと帰る姿は実に情け無い。
 家に帰ってくる。鍵を差し込み、ドアを開ける。そこで自分が無意識に猫缶を買ってきた事に気づく。
 自嘲しながら顔を上げると、そこにミケがいた。思わず俺は叫ぶ。
「ミケ!」
 と思ったら、丸めたタオルの見間違いだった。
 なんだこれは? 末期じゃないか。俺はこの1年で、どんだけ弱くなったんだ?
 ふいに目頭が熱くなってきた。断言させてもらうが、これは決して、ミケの事を思ってだとか、また暮らしたいだとかそう言った類の物ではない。断じてだ。ただこの寒さによって、外気との温度バランスを調整するために、変温動物として目頭を熱くしているだけだ。もちろん、この目からぽたぽたと零れ落ちる水滴も、乾燥しきった空気に潤いを持たせるための生理的、かつ合理的な反応に過ぎない。何を言ってるんだ俺は。
 ……ああ、もう正直に言おう。俺は、ミケに会いたい。こんな寒い日は、コタツに一緒に入って、ミカンでも食べながら、くだらないテレビを見ていたい。
 ミケ……。
 次に気がついた時、俺はコタツに突っ伏していた。口からミカンがはみ出している。俺が初めて出会った日のミケと一緒だ。目はヒリヒリとして、鼻水まで垂れている。そういえば、初めてミケと会った日も、こんな寒い日だった。
 ふと、窓に目を向ける。あれ? なんかいる。
 俺は反射的にコタツから飛び出して、窓を勢いよく開けた。
 そこに、ミケがいた。今度は見間違いではない。本物のミケだ。エアコンの室外機の上に乗って、寒そうに肩を震わせている。あの日の光景が、フラッシュバックした。
「なんだ、フラれたのか?」
 さっきまで、もっと言いたい事があるはずだったのに、口をついて出てくるのはこんな言葉だ。ミケはそっぽを向きながら、口をとがらせて言う。
「あんたが太らせたからよ。責任取って頂戴」
 粉雪が、灰色の空から舞い落ちた。


       

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