Neetel Inside 文芸新都
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人間戦隊ヒトレンジャー
第2話 ヒーローとして

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「立ち止まって、泣くことすらできないんだ」










 強くいなければいけない。常に強くあって、弱いものを守らなければいけない。そんな、いつかどこかで聞いた、誰かの説教が耳鳴りのように脳を巡る。
 テスト期間のため、いつもより早い放課後。人間戦隊ヒトレンジャーのリーダー、ヒトレッドは鞄を肩に背負って家路についていた。眉間に皺を寄せるその表情も、すっかり様になっている。

「ようレッド、昨日はすまなかったな」

 不意にかけられた声に、振り返ると二つの見知った顔があった。その内の一人、軽く手を掲げながら近寄ってくるのはヒトブルーだ。

「メールでも言ったがバイトだったんだ。俺が抜けると、他の人に迷惑がかかるんでな」
「いや、仕方ないさ。大した敵でもなかったし」

 隣に並び、曇ったような微笑を蓄える彼にそう告げると、残るもう一人に視線を向ける。

「だけどブラック、お前はどうして来なかった。メールも返してこなかっただろう」
「実は、あの、ケータイを手元に置いてなくてよ」

 だらしなく胸元を開けたシャツ。ジャラジャラと趣味の悪いスカルの腕輪。ワックスでいい具合に跳ねた後ろ髪。
 悪びれた様子のないヒトブラックの言葉に、レッドの眉根はますます険しくなった。

「なんだと?」
「俺ってさ、試験勉強するときってケータイ見ない人なんだよね。そんで気づかなくってよ」

 少し前のレッドだったら、すでに手が出ていただろう。地球の危機をなんだと思っているんだ、と。
 だが、彼は「そうか」と呟いただけだった。使命感もなにも、とっくの昔に消えてしまったのだ。今はただ、ヒーローだから戦っているだけ。ヒーローになってしまったから戦っているだけ。

「いやホント悪ぃと思ってるよ。次からはマジちゃんと行くし。な?」
「怒ってはいないさ。今度から気をつけてくれればいい」
「そうだよな、仲間だもんな、怒らねえよな。仲間だもんな、俺たち仲間だもんな」

 取り繕うように。ブラックは何度もそう繰り返すと、二人の少し前に躍り出て、ぐっと握った拳を天高く伸ばした。

「ヒトレンジャーは誰か一人が欠けてもいけねえ。仲間5人、全員で力を合わせて戦うんだもんな」

 レッドも、ブルーも。何も言わずに、彼の背中を見つめる。空には雲が祝うように流れて、平和な一日の昼下がりを飾る。
 ブラックはうんと空気を吸い込んでから、笑顔で二人に振り返った。

「俺たちは立ち止まれねえんだ。この世に悪がなくなる日まで!」

 その瞬間どこからかトラックが突っ込んできてブラックは死んだ。

「おおビックリした。ブラック!」
「駄目だ、死んでいる。あれほど前を見て歩けと再三に渡り注意してきたにも関わらず、道路の真ん中で笑顔で振り返ったりするから……」
「どうする、ブルー」
「とりあえず、本部に連絡しよう。戦死ではないが、相応の手当ては出るかもしれんしな」

 俺たちは立ち止まれない。ブラックは最後にそう言っていた。
 まるで、その言葉のまま。

「立ち止まって、泣くことすらできないんだ」

 四肢が好き勝手な方向に曲がって、臓物があちこちにぶちまけられている、ヒトブラックの亡き骸。戦友の亡き骸を後にして、ヒトレッドは呟いた。眠る仲間へ手向けるように。






       

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