Neetel Inside 文芸新都
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トワとの距離
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 和樹と知り合ってから約半年が過ぎた。最近の和樹は絵がどんどん上手くなっている。多分僕が生きてるうちに僕よりも上手くなるだろう。それは嬉しいことであり、羨ましいことであり、少しだけ妬ましいことでもある。

 和樹はまだあまり意識してないだろうが、最近の僕の絵はどんどんダメになっていっている。体が朽ちていくのがはっきりわかる。でももういい。こうなることは分かっていたから。

 僕が生きている間に、僕が絵を描き続けられる間に、あと季節は何度巡る? 桜の薄桃色の花弁が舞い散る長閑な春を、木漏れ日と水のせせらぎが彩色する夏を、紅葉と黄昏で紅く染まる熱情の秋を、降り積もる雪で表情を変える寂寞の冬を、あと何度見ることが出来る? あと何度感じることが出来る? 最近、そんなことばかり考える。

 けれど別にもう焦っていない。両親は僕のことを十分過ぎるくらいに愛してくれたし、信じられないくらい大事な友人も出来た。その人たちのために、僕が今出来ることをするだけだ。誰かと会うときには、柔らかく笑っていたい。その人が笑顔になるように。先が見えるほど限られた時間の中で、僕は出来るだけ笑顔でいたい。そう思って今は過ごしている。

 でもいつかはそれも出来なくなる。動くことも表情を変化させることも出来なくなる。それがどれ位の期間続くかはわからない。でも僕の大事な人たちはきっとその期間に磨耗してしまうだろう。死んだ時の印象がそんなモノなんてのもいやだ。だから僕は大事な人たちに、今の絵画に短い手紙を添えて送ることに決めた。両親への手紙と絵はもう完成してる。後は和樹に書く手紙だけ。

 しかしもう随分長いこと考えているけど、なかなか上手く言葉に出来ない。全てを書いてしまうと、ぐちゃぐちゃになってしまう気がして、どうにも進まない。

 この半年間ずっと楽しかった。和樹と過ごした時間が僕にとってどれだけ貴重で大切なものだったか、きっと彼には解らないだろう。そして僕が笑顔で彼と話せるまで、その時間はまだ続く。それはすごく幸せなことだ。けどそれはいつまでも続かない。永久なんてものはせいぜい絵画の中くらいにしか存在しないのだ。そしてきっとそれでいいものなんだ。美術館に掛けられた校庭の絵、あれを描いている時がずっと続いていたら、僕は和樹と会うことはなかったし、こんな穏やかな幸せを感じることもなかったのだから。死は怖いけど、今なら受け入れられる。そう思えるようになった。

 和樹に送る絵は、去年美術館に出したあの場所と同じものを描いた。でも描いてるときの気持ちは全然違う。和樹ならその絵だけで僕の伝えたいことは全て解ってしまう気がするけど、短い手紙をつけることにした。言いたいことはいっぱいあるけど、一言で大丈夫だ。彼は絵を見ればたくさんのことがわかってしまうから。

 『ありがとね、和樹。楽しかった』

 ずっと一緒に絵を描いていられたら楽しいのかもね。けどそれは無理だから。でもそれで良い。いつまでも続いて欲しい時間は絵の中にだけあれば良い。それでも僕はちゃんと笑顔でいられる。

 僕が望む永久との距離は、この紙の薄さ程度だよ。

 描いていれば、いつでもそこに辿り着く。

       

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