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第十三話「……たまにはまじめな話でも。」

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「……私たちも、あと二年もしたら社会に出るかもしれないんだな……」



 他の三人がアホな話題で盛り上がっている横で、真奈は少し浮かない顔をしていた。
 そろそろ日も暮れようかという時間。多少疲れてだらける時間帯を超えて、場は少しナチュラルハイな雰囲気になっていた。
 ……はずだったのに、その矢先の真奈のこの発言である。
 真奈以外の三人も何事かと真奈の方を振り返る。



「なんだ真奈そんな暗い顔してー。就職するのがそんなに嫌なら大学に行けばいいじゃーん。働いたら負けだと思ってるのかー?」



 きょうこはそんな真奈にお構いなしで、少しとろんとした目でご機嫌だった。あるいはそんな軽い調子は真奈を元気づけるためのものだったのかもしれない。
 



「でも不安にもなるわよねえ……。先生たちもだんだん勉強勉強言うようになってきてるし……。私は進学するつもりだけど、就職する人もいるのよね」



 サヤもいくらか明るさがそがれた様子で言う。進路の話題は希望と懸念をたっぷりと含んでいて、なかなか手放しで明るく話せる話題ではないようだ。



「……就職なんてしたら、一体どうすればいいのだろう……」
「まあまあ、真奈。そう思いつめるなよ。しっかり働いたら、お金もちゃんと入ってくるんだぞ? マンガとか大人買いできるぞ?」



 改めて落ち込んだ様子の真奈に、鈴も慰めるような調子で話しかけた。
 真奈も三人の心配した様子を感じ取ったようで、打ち明けるかどうかを悩むかのように少し躊躇した後、顔を上げて話し始めた。



「……考えてもみてくれ。私はまだ人生経験も何もまったく持ってないただのガキだ」



 真奈は両手のひらを天井に向けて、自嘲するかのように語る。




「……面白味も無いし、すごいことなんて何もできない。どこにでもいる量産型の人間なわけだ。……そんな私が……」
「……真奈ちゃん……」



 真奈は調子を変えずに語り続けた。その発言を否定したいのか、サヤがわずかな言葉を発するが、その続きは飲みこんでしまう。
 真奈の演説は続く。



「……あと二年。二年だ。厳密にはもう一年半しかない……。それで私が就活して、運よく就職できたとして……皆ともお別れになって……朝から晩まで働いて……給料もらって……」



 残りの三人も顔を伏せる。
 自分たちはまだ高校生。小学生の時に描いた「将来の夢」は、まだまだ先にあると思っていた。
 それでも、その将来はもう目の前にあって、今の楽しい生活とは永遠にお別れ。そんなイメージだけがあったのだった。



「……上司に飲みたくもない酒に付き合わされて……そして、その時には……」



 真奈はそこで一度言葉を切る。本当に言いたいことをこの後口に出すというのが、空気でわかる。



「……一発芸をやらされるに決まっているんだ!」



 真奈以外の三人は顔を伏せたまま、一瞬考える。そしてその後、全員同時に顔を上げた。



「い、一発芸ー?」
「そうだ……考えてもみろ。あと一年半しかないんだぞ。入社したら絶対に歓迎会とかあるだろう。その時に新人が芸の一つも持っていなくてどうすると言うんだ……!」



 きょうこの問いに、真奈は真剣な様子で声を張る。
 場の空気が急激に緩み始め、いつもばかばかしい雰囲気が戻ってくる。




「ぷっ、くふっ、あ、あはっ、あっはっはっは! な、何を言い出すかと思ったら、い、一発芸かよー! ……いやまーそりゃあやるだろうけどさ」
「……な、なんで笑うんだ。人がこんなに真剣に悩んでいるというのに。きょうこはなにかやるあてがあるって言うのか?」



 
 腹を抱えて笑い続けるきょうこに、真奈が憮然とした様子で詰め寄る。真奈がお互いの顔がくっつきそうなくらいの距離まで顔を寄せても、きょうこは笑い続けるのだった。




「で、でも確かにそう言うの不安ではあるわねぇ。就職じゃなくても、大学のサークルとかでもありそうじゃない?」
「そうだなー。歓迎コンパで一発芸とかありそうだ。……芸の無いやつは一気飲みしたりして、エライことになるんだろうな。ストップ! 一気飲み!」



 サヤも今までの沈んだ空気を切り替えるかのように、明るく言った。
 鈴はさりげなく社会派な発言をしつつ自分のコップを持つと、中に入ったココアを一気に飲み干す。
 場の空気はすっかり鈴の口の中と同じように甘ったるいものになった。  



「別になんでもやればいいじゃーん。手品とか、歌とか、ジャグリングとかさー。サヤなんて、とりあえず歌えばいいんだし」
「……確かにサヤはずるいな。合唱部というだけで、一発芸界ではかなりの優位に立てるじゃないか……」



 きょうこと真奈の指摘に、サヤが苦笑いで答える。
 


「歌えればいいんだけどねぇ。合唱は一人では歌わないから、いきなり歌えって言われても何歌えばいいか困っちゃうかも」
「普通にうまくても受けないかもしれないしな。ネタ的な歌を歌えばいいんじゃないか。あたしはぜひサヤにソロで『愛を取り戻せ!』を歌ってほしいよ」



 手をほほに当てて合唱部なりの悩みを打ち明けるサヤに、真奈が無茶なフリをした。サヤはすでに死んだような顔で首を振って拒絶する。
 
 そんな時例の歌い出しに乗せて、突然きょうこが叫んだ。



「よわっしゃー! あれって結局なんて言ってるんだ?」
「……YouはShock! って言ってるらしいぞ。とりあえずサヤの就職祝いには、モヒカンのカツラとトゲつき肩パッドをプレゼントしようか」



 真奈のあまりにも酷な提案に、サヤは少し泣きそうになっていた。
 そこで少しの間会話が途切れる。四人はなんとなくポテトに手を伸ばしたり、ケータイを開いたりする。
 そのちょっとした沈黙を打ち破るように、鈴がつぶやいた。



「でもまー、確かにあと一年半だな」



 今度こそ、ホントに言葉通りの意味。鈴は言葉を続ける。



「今こうやって皆でだらだらして、結構楽しいけどさ。なんだかんだ高校卒業したら会えなくなるだろうし、やっぱりちょっとはさみしいよな」



 そしてまた沈黙が訪れた。四人はそれぞれうつむいたり、ぼんやり天井を見上げたり、鈴の言った言葉をかみしめていた。
 次の静寂を破ったのは、きょうこの妙に明るい声だった。



「まー確かにその通りだけどさ! とりあえず今は楽しいじゃん! 鈴らしくないぞまったく」
「……今を生きるって言葉を知っているか鈴」
「そうだからこそこういう時間を楽しまないとね!」



 きょうこと真奈とサヤの前向きな発言に、鈴の眉はゆるんだ。
 一つ息をついて背もたれに倒れ込みながら、鈴はぼそっと呟く。



「そうだな。最悪サヤに秘孔をついてもらって若返ればいいか」



 鈴のその発言に、全員が笑う。
 窓の外には、沈みかけの太陽がそれでも粘ってその日最後の光を放っていた。
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