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冴草君の最終回

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 海辺でザマッチは頭部だけ出して浜辺の砂に埋まっていた。
 顔の隣には缶詰がシュールに転がっている。
 ここへは大方電話にする貝を拾いに来たんだろう。これでもう6度目だ。
 どうせまた俺に捻り潰されるだけなのに。懲りないやつだ。
 砂に埋まるザマッチの視線はぼんやりしていてどこか精気がなく遠い。
 こんな男でもそんな時があるんだな。めずらしい。
 俺はザマッチの缶詰を気付かれないようこっそり手に取った。
 そいつは以前俺が食い損ねた代物。プルトップが歪んで開かなかった鯖缶だ。
 ザマッチは本気でそれを次男坊とほざいてるが、そんなもん俺がいつか食ってやる。
 そして新しい鯖缶を密かに用意し、こいつが異変に気付くか観察してやる。
 多分、いや、どうせこいつは気付かない。
 一緒に風呂へ入るだろう。どこへでも一緒に出かけ、寝食を共にするだろう。何の疑問も持たずにな。
 そんなザマッチへ俺は一週間後くらいに真実を明かす。
 そのときの奴の顔を想像すると面白くてたまらない。
 大笑いしてやる。いつものようにこいつを大バカにして。
 ははは。
 我ながらつまんねぇ悪戯だ。
 っつうか、悪戯ってのは本来つまらんもんか。ははは。
 

 どうでもいいが早く帰りたい。
 なんで俺はザマッチのいる海にわざわざ来たんだろう。
 眼前に広がる海は灰色でもう夏のそれじゃない。
 波の音にありがたみもなければ、ゴミの混ざる砂浜はやたら冷たく目に映る。
 俺にとって海は女の子がいる青い季節だけでいい。今の時期こんなところ必要ない。
 そういう訳で俺はザマッチを連れ帰るべく気を引こうと試みた。
「俺、みっちゃんと別れた」
 反応を期待したが、ザマッチに変化はなかった。
 ただじっと変わらず遠く海を見ているだけだった。
 俺がみっちゃんと別れた理由は特にない。彼女は良い女だ。何一つ文句ない。
 正直別れる必要もなかったと思う。
 ただ、良い女を使い捨てると勝った気がする。それだけだ。
 加えてザマッチが憧れていた女ならなおのことってだけ。
 そんなとこで勝ちを感じるあたり俺は薄っぺらくて小さい男だ。
 けれどこれが俺の日常。ずっとそれは変わらないだろう。
 俺は変態にも変人にもならない。俺は普通の芸大生だ。それでいい。
 今楽しければそれでいいただの怠惰な学生だ。
「ザマッチ、お前本当のところ何がしたいんだ?」
「冴草君、私は使命を帯びた宇宙人。この星の調査がしたいだけだよ」
「そうか、っよ!」
 相変わらずの返答に俺はむしょうに腹が立ち、ザマッチの頭へ蹴りを入れた。
 何回も踏んづけた。
 鯖缶を投げつけた。鯖缶凹んだ。目ん玉にむけて砂を投げた。
 ザマッチは苦しそうにもがいていたが無視して俺は笑い続けた。
 いつものことだが、なぜこいつはそんなに宇宙人であろうとするんだろう。
 わけが解らん。
 俺のことはいつのまにか敵対する地球平和維持組織のボスにされているし。
 何なんだそりゃ。
 このお遊びはいつまで続く。楽しいか? 面白いか?
 俺はこうやって遊んでいるのが、正直面白いんだよ。このクソボケ!
 ……。
「なあ、ザマッチ、お前には今何が見えてるんだ」
「スク水の小学生女子がそこ――」
 俺はさらにザマッチを蹴った。ボコボコにしてやった。アフロのズラを取って海に投げてやった。
「そうじゃなくて!」
 これから時化てくる海や灰色の空。見かけ倒しに奇麗な町や入り組んだ路地裏。お前が調書に書き綴ってきた物全て、お前はどんなふうに見てきたんだよ。俺が聞きたいのはそこだ。
 仮にも俺ら芸大生だぞ。
 俺は凡人で今見ている世界はただそこいらに転がっているだけの代物でしかない。
 けどお前にはもっと違って見えてるんだろ。
 お前にはもっとこう、ほら、キラキラして見えてるだろ。
 奇人や天才とかって、どうせそういうふうに見えるらしいんだ。
 だからお前もそうなんだろ。別に脳みそがどうこうとかじゃなくて……。
「なあ、ザマッチ」
 俺は松の枝を拾ってザマッチの頭をウンコみたいにつついた。
「もっと笑わせてくれよ。面白がらせてくれよ。解ったな」
 お前の楽しい世界を俺に沢山見せてみろ。
 俺が見ている現実で面白いのは所詮お前くらいなんだから。
「お前、せっかく変人なんだし」
「いや、だから、冴草君。私は変人じゃなくて……」
 俺はまたザマッチをボコると、そこらじゅうに落ちていた松の枝をチンコの上の砂へ刺しまくった。
 天才なんか早く死んじまえとか思った。
 海から二ケツで帰る気なんて早々になくなっている。
 俺はザマッチを海辺に残し、独りCubに乗って砂辺をあとにした。
 
 ザマッチの下宿に着いた俺は早速あやちゃんとセックスをしてバイバイした。
 その6時間後、ザマッチは磯臭い体でふらふら鯖缶と帰ってきた。
 俺ってば、もう二人ほど女の子呼び出して色々やっててもよかったか。
 なんてな。へへへ。
 

 おわり
 
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