友達の冴草君はちょくちょく私のアジトへやって来る。何故かは知らない。
女の子の所以外、ここしか行き場がないのだろうか。
野暮用の後でお腹を空かせているだろうから、私は彼に「侍ライス」を与えようとした。
しかし彼はまたも私を蹴り飛ばした。雑魚が嫌いなんだろうか。もしくはパン派?
彼はカルシウムの恩恵をまるで解っていない。だから怒りっぽいんだ。
まあいい。そんな現代っ子冴草君のナキボクロは今日も色っぽい。
待てよ、彼は私のアジトの合鍵を持っていたのだった。よくここへ来ても当然か。
そんなことより、クローゼットのダンボールに入っている、黒い書類を物色するのはよして欲しい。それは大事なもので、ちょっと、その……。
みっちゃんには言い難い代物なんだ。
まあ、くれぐれも人目につかぬよう片付けておいてくれ。特に女性の眼には毒だ。
大学入学以来私は模範的宇宙人らしい日々を送っている。その為か変わり者多しと言われる芸大でも、さすがに学生達は私の扱いに初め難色を示していた。
私の様相は全くの地球人。彼らとは馴染めると思ったのだが。無理だったようだ。
なぜだろう。親近感をはかるため、宇宙人らしく星と土星のバネつきカチューシャまで被ったのに。
やはり私がユニバーサルジェントルマン過ぎたのだろうか。
そんな時、ひょんなことをきっかけに、冴草君とはよく話すようになった。
多分彼は私に惚れ込んだのだな。仕方のない子だ。
「ザマッチ、な……、何なんだこれは」
冴草君が始めて私のアジトへ来た時の一言だ。
部屋の中一帯、縦横無尽に張り巡らされている透明なテープに彼は唖然となっていた。
コタツから壁、壁から天井、天井からコタツ、コタツから窓。
窓から壁、壁から壁、壁から天井、天井から窓、窓から床。
床から天井、天井から床、床からコタツ、コタツから……。
ニュース映像で見る警察のテープよりもそれは醜悪だった。狭いアジトの中で成されているその現象に彼はかなり違和感を覚えたらしい。
「セロハンテープで蚕の繭ごっこでもしようっての?」
「すまない冴草君。これは本国からの書類でね。昨晩目をとおしていたんだ」
振り返ると冴草君の姿は視界になかった。彼は脚を絡ませ転んでいた。
「し、書類って……、これが、か?」
「そうだ。これは立派な書類だ。地球のペーパーの概念と少し似ているかな」
「似てねえよ。てか、お前日本人だろが」
冴草君はその後、書類へ向かって散々文句を言っていた。何せ粘着質のある書類を、体から剥がすのに一苦労していたのだから。
素材が似ているせいか、彼にはどう見てもセロハンテープとしか思えないらしい。
まあ、実際のところ地球司令部から書類が送られてくる際はセロハンテープで代用されているらしいが。私も一介の調査員なので詳しいことまでは知らない。
しかし所詮は地球品。品質がいまいち。
「こんな……、ねちょねちょ……の、どこが……。コノヤロ」
おかげで冴草君がアジトへ来ると、しばらく書類がゴミ箱行きばかりになった。
私はこのヘアースタイルなのにちっともへばり付いたことなんてない。
彼が器用なのは作品作りと女の子の相手くらいなんだろうか。
その後変態と宇宙人の区別がつかない冴草君は、書類を体から剥がし、私の同居人に目をとめた。
「おお、ザマッチ。やっと買ったのか、冷蔵庫。あと、なんでインコ?」
「二人合わせてイズミヤで広告の品、にーきゅっぱだった。彼らは本国で同僚だった」
「さすが変態。いや、今度は変人だ。早速擬人化趣味もおさえている」
私にはそんな趣味なんてない。それに、私は変人でもない。宇宙人だ。
今朝、隣の地球人が見ていた新聞広告で彼等のことを知って連れ帰って来たのだ。
予算の都合上他の同僚は連れ帰れなかったのが悔やまれる。
そうだ、一様初対面だから彼等の紹介を冴草君にもしておこう。
冷蔵庫:組織コードネーム イザック
白が基調で性格は冷たいやつ。けど、結構いろいろ守ってくれていた。
本当は熱いやつだったりする。
インコ:組織コードネーム ディアーカ
特にポリシーのないやつ。時々情に弱い一面があった。
降格したって聞いたけど、マジ?
冴草君、自己紹介中にイザックの扉をパタパタ開閉しないでおくれ。
頭に血が上り易い彼が熱くなってしまう。
「そのうちピアノが弾ける緑の電子レンジとか買ってくんなよ、ははは」
私といると退屈しない楽しい毎日が送れると彼は感謝してくれた。
私のどの辺で、何をどう楽しんでいるのか知らんが、彼の退屈しのぎに貢献できて私も誉れ高い。
また少し冴草君との距離が縮まったかな。(みっちゃんよりは遠くに置いておくけど)
冴草君が今日もアジトにいるついで、私は昨日得た特殊携帯電話を彼に見せてあげることにした。それは非常にナイスな代物だ。
私はそれを、一日がかりで海へ行って探してきた。
その電話は私の目によって厳選された特別の品だ。
「さ、みてごらん冴草君」
私はちょっと鼻が高い気分で特殊携帯電話を彼に差し出した。
「渦巻き貝――。ぐあはははははは」
おかしいな。電話ごときで何がそんなに面白いんだろう。
「これが電話かよ、ははは」
「いかにも。海は特殊携帯電話の集積所だ」
私は冴草君にこの電話で地球司令部や、世界に潜伏する宇宙人仲間と、コンタクトが取り合えると説明した。
「因みにまだ電話回線の申し込みは済ませていない」
「貝にそんなもんまであんのかよ、ひひひひひ」
「君の電話にもあるだろう。同じだ冴草君」
「ザマッチやっぱ変人だわ。紙一重へへへ……」
だから、違うんだよ冴草君。私は変人でも変態でもないんだ。
宇宙人なんだって。
いい加減認めたまえ。
つづく