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プロローグ

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 どうして?



 どうしてなの…?







 足元に小石のように転がる、小さな宝石のようなチョコレートたち。
 その一つ一つに心を込めて、祈りを込めて、愛を込めて作ったの。笑顔で渡したかったのに。受け取ってくれると思ったのに。
 なのに、どうして?


 
 私は、百円均一で購入した手のひらサイズの紙箱を拾い上げた。白地にピンクのハート模様のプリントが散りばめられた、可愛らしい長方形の箱。選ぶのに30分もかかったっけ。
 たくさんの絆創膏でぐるぐるに巻かれた指で、それをそっと拾い上げると同時に涙がこみ上げて来た。
 ポタン、ポタン。
 一粒、また一粒私の頬を伝って零れ落ちる涙。

 ねえ、どうしてなの?



 あの人が私を見つめている。潤んだ二つの瞳で、じっと私を見据えている。すぐそばにいるのに、私の手も心もあの人を捕まえることはできないの。
 だって、もうあの人は動かない。網膜に私の姿を焼き付けたまま、時間を凍り付かせてしまったんだもの。
 
 凍らせたのは私。
 あの人を永遠の眠りにつかせてしまったのは私なの。
 私はただ、手作りのチョコレートを受け取って欲しかっただけなのに。その唇で触れてその口に含んで、あの人の体温でゆっくり溶かしてあの人と私の血液がひとつになる瞬間をずっとずっと楽しみに待っていたのに。

 
 私の身体を駆け巡るこの血液。あの人を思って震える指先にそっと包丁の先をあてて、チョコレートに忍ばせたのはあの人とひとつになりたかったからなのに。
 心臓がとまってしまうほどドキドキして、でもどうしても渡したくて。チョコレートを並べて華やかにラッピングした小箱を差し出したら、あの人断った。きっと照れてるんだと思って私、あの人の胸元に押し付けた。そうしたら、なんてことなの。あの人、私のチョコを、私の心を払いのけてしまった。

 だから、私、あの人を突き飛ばしてしまった。
 あの人は勢いよく倒れてしまったの。教室の、ありふれた机の角に延髄を叩きつけて。
 


 いつも部活で熱心に私を見守るあの人を愛していたのに。
 厳しくても、いつだって励ましてくれたあの人を信じていたのに。
 私がやっと黒帯を取った時のあの人の嬉しそうな顔、私はあの笑顔に初めて恋をしたのに。
 私よりも少しだけ背が低くて、私よりずっと軽い身体のあの人。私に教えてくれた受身、どうして取れなかったの?
 私は泣いた。頬を流れ、ヒゲの浮いたアゴを伝って落ちる涙が尽きることはなかった。

 

 どうしてなの?



 どうして、私は、女の子に生まれてこなかったの………





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