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1-append『ガール・ミーツ・ポンコツボーイ』

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 彼女が転校してきた理由はごくごくシンプルなものだった。来年には大学受験、志望大学が遠方、どうせ一人暮らしをする(予定)なら早いほうがいい(という彼女の持論)。
 なので、一足先に一人暮らしを始めるという口実で、志望大学付近に引っ越してきたのだ。
 
 思い切ったことをしたもんだ、と彼女は思う。一人暮らしは大変だ、だの、ちゃんと勉強はできるのか、だの。親の心配はもっともだったので、言い負かすのに相当骨が折れた。特に兄を説得するのがひどく大変だった。
 
 まあ、それはそれとして。
 
 土日のうちに引っ越して、月曜日には新生活。タイトなスケジュールだったけれど、どうにかなった。
 苦労した甲斐あって念願の一人暮らし。何でもできるけど、何から何まで自分でやらないといけない一人暮らし。
 
「うわー、楽しみ、めっちゃ楽しみ!」
 
 ちょっとおかしいテンションに、彼女は叫んでしまう。
 
 ……と、いけないいけない。関西弁が出てしまった。
 ようやく地元から離れることができたのに。ちゃんと標準語を使わないと。
 
「あー、楽しみだなぁ!」
 
 彼女の期待は膨らむばかり。
 
 
 新しい学校、新しい制服。いよいよ新しい学校生活。
 さすがの彼女も少し不安だった。
 
 友達はできるだろうか。
 ちゃんと勉強できるだろうか。
 ……ちゃんと生活できるだろうか。
 
 親の前でも見せなかった不安が、今になってやってきた。
 
「どうしたの?」
 
 担任の教師が心配する。それもそのはず、先ほどまで無意味に元気よく話していた生徒が急に黙り込んでいるのだ。少しぐらい心配になる。
 
「いえ、大丈夫ですよっ」
 
 気丈に振舞う。いけないいけない、第一印象こそがすべて、元気良くしないと! 彼女はぶるぶると手を震わせる。
 教室の前に止まる。そこが彼女の新しいクラスらしい。
 
 彼女は思う。
 
 うまくやっていけるといいなぁ。
 趣味が合う人、いればいいなぁ。
 
 彼女は一般受けする(比較的クラスの中心にいれそう、という意味)キャラクターをしているものの、趣味が少々特殊だった。
 小説(主にライトノベル)が好きだったり。
 テレビは野球中継か特撮モノ、マンガは少年マンガを好んだり(この辺は兄の影響が強い)。
 そして極めつけは、ボーカロイドが好きだったり。
 
 以前の学校では、そっち方面の友人はいなかった。クラスの端で繰り広げられるそういった会話に入りたくて入りたくてしかたなかった。
 
 ……まあ贅沢言っちゃアカンよね。
 
 教室に入ると、好奇の視線がグサグサと彼女に刺さる。
 痛い思いをしながら彼女は前に立つ。さすがに緊張、でも笑顔を浮かべる。
 
「立川はるかです、よろしくお願いしますっ」
 
 勢い良く頭を下げ、そっと上げていく。そして、目だけで周囲をうかがう。問題ない、好印象だ。
 彼女はほっと胸をなで下ろす。
 
 そのとき、ふと。
 
 ふと。
 
 ある男子生徒と、目が合った。
 
 整った顔立ち。おおよその女子なら高評価を与えるような造り。
 綺麗な黒髪。クセがなく、艶があって、するりと下に流れる髪質。
 雰囲気。他の人のように好奇心を燃やすわけでもなく、ごく自然で、それどころか興味がない、といった様子。大人びて、何とも冷たい印象を受ける。
 
 そして、その目。すごく、すごくキレイな目。どこか無機質なのに、どうしてそんなに優しそうなんだろうか。
 
 慌てて目をそらす。このままだと、ずっとフリーズしてしまう。
 席は、なんとその男子生徒の隣。
 
 音楽が流れる。一時期ずっと聞いていた曲。恋する女の子の気持ちが描かれた、あの曲が。
 その中の歌詞が、彼女の中に溢れた。
 
『恋に落ちる音がした』
 
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 ある日の授業中。彼女は隣の彼のことをこっそりと、じぃっと見つめていた。
 
 彼女は不機嫌だった。
 返ってこない。
 
 返事が来ない!
 
 手紙の返事が来ない!
 
『昨日の晩ご飯なんだった? 今夜の参考にするんで教えてほしいな
 ちなみに私は昨日、ハンバーグ目玉焼き乗せだったよ』
 
『普段テレビとかって見てる?
 私は特撮とか好き。仮面ライダーW(仮題)とか仮面ライダーイビルとか。そんな意味で日曜日が待ち遠しいの』
 
『私、野球好きなんだけど、アサダくんはどう?
 おすすめはラビッツ!! TXって知ってる?』
 
『音楽って聞く? 好きな音楽ってある?
 もし良かったら、好きな音楽を共有とかしてみない?』
 
 なんで、なんで相手されないのか!
 
 そのイライラが疲労に直結しているのか、彼女のまぶたは重かった。
 昼食後。嫌いな数学な時間なので致し方なし。しかたない、眠いのはしかたない。
 
 うん、しゃあないな、しゃあない。
 
「……はふ」
 
 あくびを一つ、彼女は眠ることにした。
 せめて顔は隣の彼に向けておく。
 
 どうすれば興味を持ってもらえるのか。そんなことを考えながら、彼女は眠る。
 
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