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事件1:林石大学関係者連続殺人事件(中)

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「また教授が殺されたのか、今回で何人目だ?」
 彼はイマイチ的外れなことを言った。
「いや、まあ。またなんだが、今回の問題は誰が殺したのかということなんだよ。ほら、大学関係者の連続殺人事件の犯人は捕まった…死んだ筈だろう。つまり、今回の事件には共犯者が居たということになる。」
「ああ、そうだったかな。ならば谷川君、稀にみる特ダネじゃないか。僕は君が鬱陶しいと思い始めていた所だ、君は一応記者だろう。さっさと出ていって共犯者の正体でも追ったらどうだい。」
 様々な資料や、文献の置かれた室内の中心にある皮製の椅子の上で踏ん反り返っている男。宇多田薫に鬱陶しい物扱いされた谷川君とは私のことである。
「しかし、君がこの研究室へわざわざ足を運んだ魂胆は大体把握しているよ。大手新聞雑誌の記者も、その共犯者とやらの人物像をまったく掴めていないのだろう。そこで君は早くも諦めた訳だ。大手の記者達に解決できない事が、自分たちのような三流ゴシップ紙の編集部解決できるわけがない、だから僕に意見でも求めに来たのかな。」
 相変わらず非道い言いようだ。しかし、彼は、宇多田薫は気を悪くして暴言を吐いているのではなく、ただこのやりとりを愉しんでいるのだ、とことんタチが悪い。
 宇多田は、ある大学の教授として研究室に席を置いている。主な研究の内容は胡散臭い精神分析らしい、どうやらあのユダヤ人を崇拝しているようだ。しかし、そんな彼の言った通り事件について相談をするためこの研究室を訪れたのである。
「宇多田、君はどう思う。今回の事件。」
「そんなの知らないよ。」
 一蹴された。
「おい、君はどうしてそんなに無関心なんだ。大学は違えども、君と同じ教授という職に就いた者が二人も犠牲になっているんだぞ。」
「ちょっと待てよ、僕を非情者扱いしないでくれるかな。僕は警察や記者じゃない、事件について一般人並の知識しかない。そんな私から正しい答えが聞けると思ったのかい?」
 彼は不機嫌そうに言った。
「それはそうだな…済まない、でも君はよく当ててみせるじゃないか。いろんな事件の犯人を。とりあえず分かっている情報を話そう。いつものように犯人の動機だけでいい。どうせ犯人の割り出し方は教えてくれないのだろう。」
「誰も協力するなんて言ってないが…まあいい、話ぐらいは聞こう。まずは、そうだな。連続殺人の根拠、つまり刺し方とか、犯行の現場、凶器の一致など。」
「刺し方や刺した箇所はそれぞれで異なっているが、使用された凶器は一人目と二人目殺害に使われた包丁が一致、四人目と五人目で使われた包丁が一致している。いずれも犯人の溝口の実家のキッチンで見つかった。犯行の現場は全て林石大学と同じ町内だ。犯人の実家もその町内にある。」
「というと、その溝口という男は実家暮らしか。そして、溝口の犯行に家族は誰も気づかなかったと言う訳だ。ところで、三人目と六人目に用いられた凶器は?」
「どの家庭にも置いてあるような刃渡り15センチほどの果物ナイフだと思われているが、見つかっていない。しかし、問題となるのが犯人の溝口達夫が林石大学と関わりを持たない、つまり在籍などはしていないということだ。つまり動機が分からない、何故恨みを持っていたのか分からないのだ。」
「しかし、溝口は大学関係者を次々殺めた。まあ普通は恨みを持っていたと考えるだろうな。例えその恨みの正体が見えなくても。そうだろ、谷川君。」
「そうだ、確証はない。しかし、そう考えるのが妥当なんだ。そして共犯者がいるとするともう一つの問題がある。溝口の母親の話では、溝口が家族以外の人間とは関わりを持っていなかったらしい。それに彼は無職、引きこもりだった。」
「ふん、息子が家の包丁を持ち去って人を殺していることに気づかない親に、息子の人間関係が分かるのか。」
 宇多田が事件に興味を持ち始めている気がした。
「まあそうだが、警察も調査を行ってはいるが、溝口と繋がりを持つ人間は見つからない。」

「偶然じゃないのか?」

「偶然、だって?」
「そう、偶然。例えば五人目までは溝口が殺して、6人目と思われていた被害者はまったく別の理由で殺されたというのは、どうだ。」
 なるほど、盲点だった。しかし、
「そんな偶然、あるのか?いままで林石大学の関係者が殺された事なんてなかった、ましてやニュースに取り上げられるような事件さえ起こらなかった。それが急に連続殺人と全く別の殺人が偶然起こるなんてことは…あると思うか?」
「まあ、無いだろうね。でも偶然だと思うんだけどな。」
 一体何が偶然だというのだろうか。しかしその事については触れないことにした。
「そういえば谷川君、あの女の子の証言はなんだったかな、ほら、犯人を刺した女の子だ。確か、5人目の被害者となった女の子をじっと眺めていたとか言っていたらしいな。」
「ああ、そのとおりだよ。溝口を刺した女の子…えっと、天野美紀が現場に着いたとき、被害者である高木水子の遺体を堪能するように眺めていたらしい。ほんと猟奇的な男だよ。」
「いや待て、天野は高木を助けるために溝口に飛びかかったのだろう、だから彼女はまだ生きていたはずだ。」
「結果的に高木は亡くなったんだし、彼女が死にそうになっているのを楽しんでいたんだ。同じじゃないか。」
「全然違うよ、溝口が眺めていた高木が生きていたかどうかで、事件の様相も大きく変わるんだよ。」
 どういうことだ…?
「宇多田、何か分かったのか?私にはこれだけの情報では何も分からないのだが。どうやら君は少し事件が気になり始めているな。まさか溝口は、君の興味をそそるような精神障害者だったとでもいうのか?僕と同じ…」
「何故、そうなる。君みたいなネクロフィリア、つまり死体愛好家なんてそう簡単にいるもんじゃない。それに死体愛好家は人殺しなんてしない。君だってそうじゃないか。」
「私が愛好家だというのは君の勝手な判断だろう。しかし、彼は実際楽しんでいたじゃないか。愛好家でないならじゃなかったら、彼はなんだ?殺人快楽症だったとでもいうのか?」
「だから僕は溝口が精神障害者だとは一言も言ってないじゃないか。君が勝手に精神的に何かあるやら言い出したのだ。仮に君の言うことが正しいとして、共犯の線はどうなる?」
「それは、その通りだな。済まなかった、だが事件はやはり何も分からないままだ。」
「…そうだな、谷川君、取材をするんだ。写真とかも撮ってくるんだよ。」
「どこに、取材に行くんだよ。」
「そんなの決まってるじゃないか。溝口の家だ。」
「でもあの家族は犯行について何も知らなかったと。…もしかして共犯者は溝口の家族か?」
「それはないと思うけどな。ただ原因は家庭にあると考えているがね。」
 その時、
待て、と張りのある声が室内に響いた。すると予期せぬ男が研究室に現れた。
「ちょっと待ちな、どこに取材に行くんだって?」
「松平の旦那?どうしてここに。」
 黙ってろ、彼はそういって私を制した。
「谷川、てめえどうやらこの事件について嗅ぎ回ってるらしいな。どうだ、何か掴めたのか。」
「いや、それは、何も掴めていないよ。」
「そうだろうな、お前はこの仕事には向いていない、お前ははっきり言って邪魔だ。逮捕されたくなければ、さっさと手を引くんだな。」
 今日の旦那はヤケにイライラしている。やはり事件の捜査は進んでいないらしい。
「旦那、無礼だぞ。そこの谷川君だって挨拶くらいはできる。」
 助けてもらえたのか、貶されたのかよく分からない。
「ふん、二人して何を考えているのか、気になったんだよ。事件解決のためには意見も多い方がいい。」
 割って出た宇多田に不機嫌そうに言った。
「相変わらず不器用だな。素直に手助けを頼めないのか。まあ旦那なりの協力願いだと受け取るよ。」
「ちっ、まあいいさ。宇多田、お前は今回の事件どう考える?」
「その話はもう終わった。あとで谷川君から聞くんだな。しかし、ちょうどよかったよ。旦那、天野美紀だったかな、彼女の証言を聞かせてくれないか。犯人を刺した理由とかはもう聞いたからいらない。そうだな、高木水子との関係を教えてくれ。谷川君、君はさっさと溝口家の取材に行くんだ。そうだ、写真も撮るんだぞ。家全体の環境は重要な手掛かりになる。」
「おい宇多田、溝口家は探っても無駄だぞ。」
「旦那、手助けが欲しければ、僕たちの邪魔はするな。旦那はさっさと高木水子について話すんだな。」
 宇多田の前では、あの松平の旦那も歯が立たない。私は旦那が宇多田に話を始めるのを見届けて研究室をあとにした。

 この世にはいるのだ。
 何が起ころうとも、美しくあり続ける人間が。
 彼女はその代表だったのだ。しかし、今の私には彼女が何処へ行ったのか分からない。いや、もしかしたら彼女は美しさを捨てたのかもしれない、だから見つからないのだろうか。その判断をすることもできない。
 だから、私は探すのだ。彼女の代わりを。

翌日正午過ぎに、私は再び宇多田のいる研究室を訪れた。
「宇多田、残念だが、大した証言はとれなかった。溝口についても報道されている程度の事しか。」
「君の聴取能力は把握している、最初から期待していないよ。大事なのは写真だ。彼が犯行を起こした原因となった環境が知りたい。」
「環境が犯行を起こしたのか?」
彼は私の言葉など無視して写真を手に取った。写真といっても、家の外の写真のみだ、それも期待にそえる物とは思えないが。
「犬小屋。」
「は?」
「犬小屋がある、しかし、この中に犬の写っている写真はないな。」
「犬はいなかったよ。」
「家族の誰かが散歩に出かけたとかではないな?」
「ああ、言い忘れていたが、溝口は母親と二人暮らしで、父親は数年前に他界していたんだ。つまり現在あの家には溝口達夫の母しか住んでいない。」
「というと、犬は死んだか、少なくとも家からいなくなったということか。谷川君、溝口家の玄関くらいは覗いただろ。犬の餌や散歩用の紐は無かったのか。」
「そういえば、玄関に餌が置いてあったな。犬はいないのに、何故捨てないのだろう。いなくなったばかりだから整理してなかったのかな。しかし、どうしてそんなに犬を気にしてるんだ。」
「犬は最近いなくなった。そう考えるのが正しいだろうな。…決まりだな。あとは旦那からの電話を待つだけか。」
彼は私の問いをまるで気に掛けていないようだった。
「なあ、宇多田。昨日の聴取を終えて私なりに考えてみたんだが、今回の6件目の連続殺人と思われた事件は君が言った通り、偶然に起きた事件だと思うんだ。」
「と、いうと?」
「溝口の母親の供述を聞いてよく分かった。溝口は本当に引きこもりで外部との連絡手段も持っていなかった。母は溝口の事を殆ど見放していたようだが、それくらいは分かっている。だから、5件目までは溝口の犯行で、6件目だと思われていた事件は共犯者の犯行ではなく、5件目までの事件とは全く関係ない人物の起こした、全く関係のない別の事件だと私は思う。」
「昨日、そんな偶然はあり得ないと言った筈だよ。しかし、共犯者は存在せず偶然に起こった事件だと考えたことは評価しよう。」
「…宇多田、やはり君は分かっているんだな。今回の一連の事件の真相が。」
「まだ、確証はないがね。」
 その時、宇多田の携帯が鳴った。
「もしもし、僕だ、待ち侘びたよ。で、どうだった。そうか、ありがとう。」
 電話の相手は旦那らしい。
「何かを頼んでいたのか?」
「昨日君に頼もうとしていたもう一つの調査だよ。その調査の結果では事件の起きた町内では、犬や猫の死体も見つかっていたらしい、勿論自然死じゃないよ。」
「な、どういうことなんだ?」
「僕は今から溝口の母に会いに行く。君も来るかい。」
「い、行くとも。しかし、何故、君はそんなに事件解決に協力的になったんだ?」
「何を言っているのか分からないな。僕は事件を解決しに行く訳じゃない。溝口の母に会いに行くだけだ。彼女は事件の犯人じゃないから僕が彼女に会ってたところで事件は解決しない。ただ、彼女は溝口が犯行に至った理由を知らなければならない。いや、違うな。彼女は知りながらも現実から目を背けているだけだ。だから、この事件と真正面から向かい合わせて反省させてやらなきゃならない。それは僕にしかできないことだからな。それだけだ。」
 宇多田はよく分からないことを言いながら立ち上がると、コートを羽織った。
「さあ、行こうか。」
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