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第1話:彼がヒーローです。

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 この街にはヒーローがいる。彼は誰かが困っていると、どこからともなくやってきて救いの手を差し伸べる。ビルからビルへと飛び移り、喧嘩をすれば百戦錬磨。噂によると、とてつもなく凶悪な組織と戦っているとかいないとか。
 彼は僕の憧れだ。それは昔からヒーロー物が大好きだったことが最大の理由である。オタクみたいな知識は無いけれど、ヒーローに対する愛は誰にも負けない。
 今、自分の教室から見えている景色、つまりこの街のどこかで彼が活躍している様子を思い浮かべることが、僕の授業中の唯一の楽しみだ。
「おい小浦。ぼーっとしてないで、この問題解いてみろ」
「え!? あー、えーと――」
 ちょうどいい具合に校舎に響きわたった終業の鐘。同時に憂鬱な本日の授業もすべて終了となった。
「助かったなあ。まあ次はお前から当てるから、覚悟しておけよー。はい、号令」
 やれやれやっと終わった、と寝ていた奴も頭を上げ、集中していた奴らも伸びをしたり隣の子と話たりし始める。それをよそに僕は帰りの準備を始めた。
「こーうーらーん! 帰ろうぜー!」
「うん。帰ろう」
 帰りはだいたい決まった奴(または奴ら)と一緒に帰る。こいつ、大堀(おおほり)もその一人だ。二人はその足で商店街へ向かう。帰り道がその方向ということもあるが、僕らは高校二年生で帰宅部であり、まっすぐ帰っても暇なので暇潰しをするのだ。大抵ゲームセンターかどこかのファーストフード店に行く。今日はゲームセンター。大堀は『ドラムの達人』のハイスコアを塗り替えると意気込んでいる。


――二時間後


「フー。フルコンはやっぱ難しぜ、この曲は。このランク一位の『GDO』って人は神だな。さーて、こうらん~、そろそろ帰ろうぜ」
「うん。帰ろう」
 無意識に携帯電話を開く。時刻はもうすぐ六時になるところ。まだ空が明るいのは、もうすぐ本格的な夏が始まるのを知らせているのだろうか。でもまだそんなに暑くはない。暑い夏は何かと楽しいことが多くて嫌いじゃないので、僕は暑いの到来を楽しみにしている。
「じゃあな、こうらん! また明日!」
「うん。また明日!」
 

 自宅への途中には、マンションが立ち並ぶところがある。最近開発が進んで、広い空き地のような公園だったところに建ったのだ。遊び場が減るのは迷惑な話だ。
 不意に光りが僕の目をくらませた。原因は、夕日がマンションの窓に反射したためだった。こういう弊害があるからもっと迷惑である。手を目の前に持ってきて光を遮った時、その光の中にちらっと人影が空を舞う姿を僕は見逃さなかった。まちがいない、彼だ。
 僕は息を弾ませながらエレベーターに乗り込んで、最上階へのボタンを押した。そこに居てくれと強く願いながら。あわよくばサインをっ! とも願って。エレベーターを降りるとすぐさま屋上への階段を探し、登った。階段を登り切ったところでドアが見えた。僕は急いでそれを開けようとした。
「お疲れ。ほれ、ジュース」
 その声が聞こえて、僕はドアノブにかけかかった手を引っ込めた。


「お、サンキュー。いくらだった?」
「金はいらねーよべつに」
 どういう事だろう。これはここに彼がいると考えていいのだろうか。それにしても、もう一人は誰だろう。声的には女の人みたいだけど、よく聞こえない。
「あー、暑い。今年の夏がもし暑かったら、つらいよこれ」
「もうヘルメット取っちまえよ。それにそのままじゃ飲みにくいだろ」
「それもそうだね」
 うーん。もっとよく聞きたい。ドアに耳をくっつけた方が聞こえやすいかな。そう思ってドアに耳をつけて、少し体重を前にかけた。
 ギイイっという音と共にドアが開いた。僕はそのまま前のめりになり地面にひれ伏す形になった。幸い両手が前に出ていたので顔面を打ち付ける醜態はさらさずにすんだが。
「おふぅ……」
 少し顔を上げると、四本の足が見えた。そのちょっと上にはヘルメットが見えた。間違いない、彼の物だ。僕は期待に胸を膨らませてさらに顔を上げる。
「見いいたあああなああああああ!!!!」
 金色の金属バットを持った女……否、鬼がいた。
「ああああ、ヒロミ、ちょっと落ち着こう!」
 彼のヘルメットをもった男の人が鬼を羽交い締めにした。この人、なんだろう見覚えがある。
「おいどこ触ってるんだよ! 変態!」
「あっ、ごめっ!?」
「隙あり!」
「ぐふあっ」
 男の人のみぞおちにアクションスターばりの肘の一発が入った。そして鬼は封印から解き放たれた。
「てめぇ、どうなるか分かってんだろうなあ!!!!」
 僕の悲鳴は夕方の屋上のもの寂しい景観の中へ、それはそれは美しく響きわたったらしい。
 
「ほーれ、起きろー」
 無機質で冷たい感触をほっぺたに感じた。瞼を開けるとジュースの缶を僕のほっぺたにあてている男の人がいた。
「あ、え?」
「おー起きた起きた。死んじゃったかと思ったよ」
 うーん、なんで僕は屋上で寝てたんだろう? でも、なんだかとっても怖かったという感情がおぼろげにある。それとこの僕に優しく微笑んでいる男の人は、誰だ?
「ったく、軟弱なやろーだな。私がちょっと脅しただけで気絶するなんて」
 金色のバットを担いだ女の人が、僕の顔を覗き込んだ。何故だろう、普通の人に見えるのに、すごく怖い。
「そりゃあヒロミ、君があんな剣幕で脅したら俺だって気絶するよ」
「一発殴られたいのか?」
「遠慮しときます」
 ……いまいち状況がつかめない。話によると僕は気絶していたらしいし、よくわからないけどさっさと帰ったほうが良さそうだ。
「あの、なんだか分からないけど、ありがとうございました。えーと、お邪魔しました」
 僕はそそくさと立ち上がると、近くにあった自分のバックを担いで足早に扉を目指した。いや、つもりだった。気がつくと目の前には金色のバットの先端があって、僕の体は静止していた。
「なーにしれっと帰ろうとしてんだ。お前見ただろ?」
「……な、何――」
 さらにバットの先端が僕の顔面に近づく。反射的に体を少し反らした。
「知らばっくれんな! 見ただろ? こいつがあいつの正体だってよ!」
 そう言って女の人はバットを持っていない方の手で男の人の手元を指さした。そこにはヘルメットがあって、ああそうかと僕は気絶する前のことを全部思い出した。
「……えーと、はい。見ました」
「わー素直な子」
「お前、ちょっと黙ってろ」


 もう太陽は遠くに見える山の向こう側に行きそうで、今日はよく晴れていたので反対側には綺麗な月が見えた。うーん、なんて気持ちのいい夕方なんだろう。
「おら、よそ見してんじゃねえよ!」
 誰もここから出さないという剣幕で屋上の出口の方に陣取った女の人は、その鋭い眼光を僕に突き刺した。
「まあまあヒロミ、落ち着こう、な?」
「お前は正体ばれたんだから危機感を持て!」
 この温厚な人が、どうやら彼の正体だったようだけど、これがいわゆるギャップ萌えって奴なのだろうか。それにしても、僕のイメージしてた、熱血漢で正義感に溢れている彼とは全然違う。アイドルの私生活を見ると幻滅してしまうそれと一緒かもしれない。
「で、ヒロミはどうしたいの?」
「それはお前が決めることだろうが」
「いや、だって引き止めたのもヒロミだし、俺はもともと顔をかく――」
「だあああ! 私が決めりゃあいいんだろお!?」
 完全に蚊帳の外。……今のうちに逃げられるんじゃないだろうか?
「おい、変な気起こすなよ」
「はい。ごめんなさい」


「なー、もう六時半だし、俺塾あるんだけど」と、男の人は飲み干したジュースの空き缶を両手で弄びながら言った。ヒーローが塾……。僕はあんまり見たくない現実を見た気がした。
「……ッチ。わーったよ。私もう知らねえからな!!」
 振り下ろしたバットが男の人の空き缶を綺麗に吹き飛ばした。無機質な音が屋上に響き渡った。それにしても、素晴らしいバットさばきだ。
 遠くに飛んでった空き缶を拾う男の人のよそに、女の人は壊れるくらい思いっきり屋上の扉を閉めて帰ってしまった。
「……もう。あー、君、高校、あれだよね、住江高校だよね?」
 僕の高校を一発で見抜いたのは制服を見たのだろう。あんまり特徴は無いが、この辺でこの制服といったら僕の通っている高校しかない。
「何年何組?」と彼はヘルメットを付けながら言った。
「二年B組です」
「二年生なんだ」と今度は屈伸をしながら彼。
「そうです」
「うんわかった。明日行くね」
「え? 明日?」と僕が言い切る前に「じゃ、俺急ぐから!!」といって僕に背を向けた。そうしたかと思うと次の瞬間には屋上を全速力で駆け抜け、フェンスを軽々と乗り越え宙を舞った。


 その姿は夕日に映えていて、すごくヒーローぽかった。

 


 
2, 1

  

 ――翌日――
 終業の鐘が昼休みの始まりを告げた。お腹も丁度いいくらいに減っている。購買に昼食を買いに行こう、と僕は席を立った。
 そういえば、昨日僕のことを迎えに来るとかあの男の人が言っていたけど、結局なんだったのだろう、とふと思った。やはりここは無難に待ったほうがいいか。いや、僕の胃袋はそれを待っていられるほどの余裕は無い。
 にわかに廊下が騒がしくなっていく。きっとみんな購買に向かうのだろう。早く行かなければ住江高校購買名物の『ソースカツサンド住江スペシャル(略してソーカス)』が売り切れてしまう。こうしてはいられない。
「あれ? あれ生徒会長じゃない?」
「あれ、ホントだ! キャー、なんでー?」
 僕が教室を出ようとした時、女子がこそこそと盛り上がっている声が聞こえた。少し立ち止まり彼女達の視線を追うと、そこには端正な顔立ちの男の人が立っていた。そして彼と僕は目が合い、彼は僕に満遍の笑みを向けた。
 にわかに騒然とする女子達。
「え、今小浦と!? なんで!?」
「ちょっ、ありえないんですけどー!?」
「やあやあ、迎えに来たよ!」と彼は昨日と変わらない調子で爽やかに僕の方に向かってきた。
「どおりで見たことあると思ったら、生徒会長だったんですね」
「はは、元だけどね。まあ俺は結構顔知られてると思ってたけど、気づかない君もすごいよ」
「いやあ」 
 彼は『元』生徒会長。でも、任期の時、爽やかな性格とルックス、さらに申し分のない才能が織り成すカリスマ性を存分に発揮し、その人気から今でも生徒会長や会長の愛称で親しまれている。
 そんな彼が実はこの街のヒーローだったということを昨日口止めされたことが記憶に新しい。
「さて、じゃあちょっと時間もらうけど、いいよね?」
「え、あのお昼……」
「青春は待ってくれないよ! さあ行こう!」
 無理やり連れていかれる僕を、クラスの人たちは呆然と、そして好奇心を持って見ていたに違いない。現にこの昼休みの後、女子達の質問攻めという一生に有るか無いかのハーレム状態を味わったのだから。
 たどり着いたのは屋上。初夏の空は気持ちいいくらいに透き通っていて、昼休みにここでご飯を食べるのもいいかもしれないなあ、と思った。
「おっせえよ」
 飛び降り防止のフェンスに寄りかかって紙パックジュースをすする女の人が、うんざりした顔でこっちを睨んだ。昨日のあの女の人だ。なぜか上着に体育のジャージを着ている。今日はそんなに寒いという訳ではないのだけれど、女の子やることはよく分からない。
「ごめんごめん」
「あー、いいからさっさと要件すまそうぜ」
「そうだね」
 まあそこに座って、と会長は僕に座るよう促した。僕は黙ってそこに正座した。
「えーと、まあ昨日見たと思うけど、俺はヒーローなんだよね、うん」
 ちょっと恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「意外でした」と僕は本心のまま言った。やっぱり正義の味方はもっと熱血漢であるのが僕のイメージだったから。 
「そう? まあそれでさ、俺の正体黙ってて欲しいのは昨日それとなく言ったけど、まあなんていうか、君がよかったらでいいんだけど、えーと……」
「あーもうじれってえな!! 要はお前も私たちの活動手伝って共犯になれってことだよ!!!」と彼女はその勢いのまま紙パックを握りつぶした。その迫力は僕に「NO」の一言を頭の中から消し去った。
「きょ、共犯ってひどいんじゃないの?」
「うっせえな、どうでもいいだろ。で、やるのか、やらないのか。まあ……わかってるよな?」
「はい。やります」
 二つ返事。この場でこの言葉意外を言ったら僕の身が危なかったはずだ。でも本心からすると正直嬉しかった。だってイメージとは違ったけれど、大好きなヒーローの助手を出来るなんて、妄想の世界でしかできないと思っていたからだ。
「よーし決まったな。で、お前名前なんて言うの?」
「小浦です。小浦 勇樹(こうら ゆうき)」
 ふーん、お前小浦っぽい顔してるしな、と意味不明な事を彼女に言われ、じゃあ俺は君をこうらんと呼ぼう、と会長。この人達はっても自由だということが良くわかった瞬間だった。
「よし、小浦って呼んでやる。私は鬼嶋 弘美(おにしま ひろみ)ね。呼びかたは適当でいいや」
「じゃあ適当――」
「言っとくが、適当っていう名前とかそういう小ネタはいらねえからな?」
「ごめんなさい」
「あ、俺はとりあえず会長でいいや。元を付けてくれると区別的にありがたいけどね」
「わかりました。えと、これからよろしくお願いします!」
 僕がその言葉を言い終えるのとほぼ同時に昼休み終了の予鈴が鳴った。


「あ、お昼……」
 そう思ったが、不思議と空腹感は消えていた。 
 
 
4, 3

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