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第6話:僕と変人です。

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 朝日が目に当たり、それが眩しくて避けるように身体を動かした。それでも顔に日差しが当たり、鬱陶しくなって小浦はのそっと布団から起き上がった。今何時だ……。と枕元の携帯電話を開く。寝起きて焦点の合わない目を擦りながらディスプレイに映っている時計を見る。

『9:13 Tuesday』

「……うわあああああああああああああああっ!?」
 平日のこの時間に起きてしまった時の、あの大事な何かを失ってしまったような絶望感。そしてそれにより引き起こされた寝起きと思えない位高速に働く思考。解る、解るぞっ! 今何をすべきか、これから何が起きるかっ! 小浦は今大事な物を失って覚醒したヒーロー状態。何も怖いものなど無い……っ!
「なんてやってる場合じゃないか……」
 遅刻の言い訳を考えつつ僕は制服に着替え急いで家を飛び出した。
 通学路には学生はおろかサラリーマンもいなかった。朝の静けさと爽やかさを肌で感じる。何ていい朝なんだ……。そして何で寝坊したんだ……。軽い虚脱感に襲われながらも足をせわしく動かす。
 学校まで半分という所まで来た頃だろうか、少し向こうに人影が見えた。今日初めて見た人間の姿に、人類は滅亡した訳じゃ無いんだなという意味不明な安堵を感じた。
 心の中で「おはようございます! 一日元気にいきましょー!」とその人に挨拶。これが遅刻の魔力、現実逃避というやつか……。
「ゴホッ……ガハッ!」
 僕が挨拶をした刹那、その人は咳き込んで苦しそうにうずくまった。これは僕が遅刻した罰なのか!? それとも本当遅刻の魔力が起こした……なんてやってる場合ではない。
「だ、大丈夫ですか!」
 僕が駆け寄ると、その人はぷるぷると右手を挙げて返答した。と同時にまた咳き込み始めた。
「と、取り敢えず救急車呼びますねっ」
「や、休めば平気ですよ」
 ガラガラ声。如何にも苦しそうだ。「持病なんです」と顔を上げて僕の顔を見た。少し痩せている初老のオジサンだった。
「あ、何か飲み物買ってきますね!」
「あああ、すいませんねえ……」


 少し休むといくらか調子が良くなったようで、僕はほっとひと息ついた。
「いやはや、本当にありがとうねえ」
「いえいえ」
 オジサンはお礼を言ったあと、まじまじと僕を見た。
「その制服、もしかして住江高校の子かね?」
「ええ、そうですが」
「じゃあそこの生徒会長を知っているかね?」
 おお、会長さんは近所のオジサンにも知られているくらい有名なようだ。まあ学校内での人気を考慮に入れれば当然だろうが、自分の知り合いが有名だと自分のことのように嬉しく思える。僕が会長さんとは友達だというふうに話すと、少し意外そうな顔を見せたがすぐにニヤリとし「彼はね、僕の甥っ子で今は一緒に住んでいるんだよ」と得意げに言った。
「え!? じゃあオジサンは叔父さんってことですか!?」
「ふふふ、そうなるねえ。でも呼び方はオジサンでいいけどね」
 予想通りの反応を僕がしたのだろう、オジサンはとても満足気だった。たしかに喋り方や雰囲気がどことなく似ている。でも顔は会長さんの方が……。
「ああ、わかってるわかってる。自慢はこれっきりにするよ」
「ふぇ?」
 不意にオジサンは言葉を発した。周りを見渡す。僕が自分の世界に入り込んでいる間に誰かが話しかけてきたのかと思ったからだ。だが、周りには人影すらない。
「ああ、ごめんごめん。驚かせちゃったかな?」
「えっと……」
「しょうが無いじゃない、癖なんだもの」
 これは僕に対して言っているのか? それにしては先ほど僕に話していた時の態度と全く違う。もう全然状況が読めない。まさかこのおじさんは危ない人なのでは……。そう思うともうおかしい人にしか見えてこない。
「おっと、ごめんごめん。どう説明すればいいかなあ」
 もうオジサンの一挙一動が疑いの目でしか見れない。うわっ、頭を掻いてる。うわっこっち見た。
「最初に言っておくけどわしは別に精神病患者とかではないよ?」
「え、そうなんですか?」
 なーんだ。安心。
「わー素直な子」

 ちょっと和んだ。



 
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「……キミはわしが見えない相手からの声が聞こえると言ったら、信じるかい?」
 オジサンは唐突にそう言った。
「さっきからのアレですか?」
「話が早くて助かるねえ。そうだよ」
「ええっと……」
 僕が言葉に詰まっていると、オジサンはにっこりと微笑んで口を開いた。
「何言っているんだって感じだね。でも証拠があるだなあ」
「証拠……ですか?」
「キミは奇跡を信じているかい?」
「ええっと……信じてますかね」
 何故信じているか、と聞かれても根拠はない。強いて言えば何事もいい方に信じたいからだと思う。
「そうか……。変わったねえ」
「変わった?」
「いやいや、こっちの話。それより証拠だったね」
 オジサンはこほんと咳払いし、姿勢を改めた。僕もつられて同じように姿勢を正す。
「あれは、三年前だったかな。わし、余命宣告をされちゃってね。後もって一カ月って」
「三年前って……本当ですか!?」
「うむ。それで宣告を受けて失意にくれていた時に声がしてね。『俺をお前に住まわせてくれ。そうすれば生かしてやる』てな。わしは藁にもすがる思いで承諾したんだ」
「それが今の見えない相手ですか」
 にわかには信じ難い話。だが、今生きている彼が何よりの証拠であることは確かだ。
「そう! だから奇跡もあるし、わしは異常者でもないんだよ! わかったかい?」
 正直なところ彼の話は狂言にしか聞こえなかった。ただ、なんとも言えない説得力が備わっていたのも事実だった。僕はただ「はい」と答えた。

 太陽が僕らを照らす。さっきまで日陰だったところが既に日向になっていた。僕は大事な事を忘れている気がする。……まあ、いいか。暖かくて気持ちがいいし。
「さーて、そろそろオジサンは御暇するかなあ」
 そう言ってオジサンは重い腰を上げた。この時僕はオジサンに出会ってから初めて携帯電話を開いた。そして、血の気がさっと消えていくのが日中の陽気と対比されて寒いくらいに感じた。声にならない叫びを上げている。
「が、学校に行く途中だったかな? こりゃあ悪いことをしたねえ……」
「いや……もともと遅刻でしたから……」
 そう、これは身から出た錆。オジサンを責めるなんてことはお門違い。僕は、僕は今から決戦へと向かう。聖戦だ。僕の明日への系譜(出席日数)を手に入れるための……っ!
「キミのような若い子は珍しいねえ。あの子のお友達がキミで嬉しいよ」
「照れます」
「あの子は本当の友達が少ないんだよ。あんなに人気者だから、逆にね。でもあの子は誰よりも友達、仲間思いの子だ。これからも仲良くしてやってくれると嬉しいねえ」
 もちろんです。むしろこっちからお願いします。と誠心誠意言った。オジサンは本当に嬉しそうだった。その後すぐに僕はオジサンと別れ、戦場へと走っていった。



 男は最後まで親切な高校生の背中を見送った。
「……いい子だ、本当」
 そう言って天を仰ぐ。太陽はもう頭上にまで来ていた。眩しさで目がくらむ。男は目をこすった。
「いいや。わしはしがない物書きでもう満足してるよ」
 から元気な声で言う。苦し紛れに高校生のくれた飲み物をすべて飲み干した。
「ああ、そうだな。体に障るからもう帰ろう」
 そうしてゆっくりと歩み始めた。
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