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最終話:彼は……

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 会長さんと例の男の子はそこにいた。そして、僕は絶句し彼らの前に立ち尽くした。
「小浦、なのか?」
「は、はい!」
 生きている。それが確認出来たことは何よりも嬉しかった。が、その事実が返
って残念な選択を強いることになるとは思わなかった。
「と、とにかく瓦礫をどかさないと……」
「無駄だ。もう俺は助からない」
 そう言った彼の顔には笑みが見えた。一瞬、冗談に思えた。
「で、でも……」
「もう時間がない! せめてこの子だけでも助けてやってほしい。お願いだ!!」
 何故こんな形で僕の、彼から頼られたい、という願いが彼の死という対価で叶ってしまったのだろうか。不条理だ。あんまりだ。そして、この願いを断ることも出来ない。彼を救うことも出来ない……。
「あきらめちゃ……だめですよ。ま、まだ可能性だって……」
「俺を助けている暇はもうない! 急げ!!」
 分かっている。分かっているけど……。もしヒーローなら、どちらも救う道を選ぶはずなんだ。そしてどちらもみごと救出するはずなんだ! こんなのって……ないよ……。
「……小浦、もう一つお願いがある」
「えっ?」
「ヒロミの、あいつの為にヒーローになってくれ」
 今度はとても真剣な顔だった。
「そ、そんな……」
「お前なら、なれる。俺が保証する。あいつは寂しがりなんだ。誰かが、ヒーローになってやらないと駄目なんだ」
「でも……」
「お前はこの子を助けるためにここまで来たんだろう? なら大丈夫だ。お前はもう既にヒーローだからな」
 僕が……ヒーロー? でも、僕のヒーローはあなただけなんです。僕がヒーローだなんてそんな……。
「ひーろぉ……」
 男の子が突然倒れた。それを僕は地面につくぎりぎりで抱え込む。まずい。もう本当に時間がない。これ以上もたもたしていると全滅だ。
「ッ……」
 下唇を思いっきり噛み締めた。すこし血の味が乾いた口の中に広がる。そして男の子をだき抱えたまま僕は会長さんに背を向けた。
「ありがとう。頼んだ」
「はい゛……っ!」
 弱々しい、が迫力のある声が僕の背中を押す。それに震えた声で返事をする。頬を伝う涙が熱ですぐ乾く。僕の足は全速力で動き出した。後ろは決して振り向かなかった。


 この日、僕らは大事な人を失った。僕らの悲しみは、涙となって溢れでた。そして、数日が経った――


 
「おい、早くしろ! 置いていくぞ!」
「ちょ、ちょっとまってよ! こっちは荷物全部持ってるんだぞ!」
 セミが鳴き、大きな入道雲が空を覆う。時折吹く風が汗と混ざりひんやりと気持ちがいい。世は正に夏真っ盛り、そして僕らは夏休み真っ盛りだ。そんな中、僕とヒロミはあの日から毎日こうして事件のあったビルへと足を運んでいる。
「このビル、廃ビルになるらしいぜ。まああんなことあったから当然だよな」
「……そうだね」
 花を供え、サイダーを一本置いた。近所の人たちはそれを不思議そうに見る。それには理由がある。



 あの事件の後、僕は新聞に乗った見出しは『高校生ヒーロー、少年救出!!』警察から表彰も受けたし、親にこっぴどく叱られもした。なにより、僕とヒロミ以外悲しむ人は誰もいなかった。警察も、死亡者はゼロと発表した。僕とヒロミは戸惑った。警察にも相談した。が、やはり死者はゼロ人だった。その時は淡い希望を持った。彼は
何とか助かったのでは!? と。だがそれはとんだ間違いだった。そしてもっと深刻で不思議な問題だった。


「生徒会長? 二組の村田のことか?」
 事件後何日か後、僕は大堀に誘われて外に遊びに出ていた。あの事件以来なんとなく引篭もりがちだった僕を心配して、わざわざ誘ってくれたのだ。
 そして今は昼食をとるためにファミレスにいる。そしてヒーローなのになんでそんなに落ち込んでいるんだ? と不思議そうに質問された。そこで会長さんの話題を出したのだ。
「いや、元生徒会長の方の。あの、すごい人気で女子もキャーキャー言ってた」
「?? お前大丈夫か? 前回も今回も生徒会長は村田だぞ? あいつ一年から当選してずっとやってんだろ?」
「な、なにいってんだよ? そんなはずないだろう!?」
「いや、ガチだから。なんならクラスの奴らに聞いてみてもいいぞ?」
 一言で言えば、彼の存在自体が無くなっていた。僕は取り乱した。まさか、ありえない!? だってこの街のヒーローじゃないか! みんな知っているはずだ!
「おい、こうらん」 
「なんだばふはうい」
 口の中にあっついグラタンを突っ込まれた。それを見て大堀は爆笑する。僕はなんとかそれを飲み込むとすぐに近くにあった水で口の中を冷やす。うー、すっげえヒリヒリする……。
「な、なにふんだほ!(な、なにすんだよ!)」
「そうそう。お前は元気なのが一番だよ。何があったか知らないけど、お前はそっちのがいい」
「おおほり……(大堀……)」
 僕は、素晴らしい友達を持ったと思う。でも、会長さんが何故存在しないことになっているのか、僕には理解できなかった。この後、偶然出会った会長さんのオジサンでさえ彼の存在を覚えては居なかった。覚えているのは、僕とヒロミだけだった。














 
42, 41

  

「私、最近思うんだよね。アイツとの思い出は、夢だったんじゃないかってさ」
 花に手を合わせて、立ち上がり、空を見上げながらヒロミは言った。
「夢?」
「ああ。すごくいい夢。まあ、アイツが消えて最後は夢らしく終わったってことなのかもな」
 ケラケラと笑う。彼女が強がっているのは良く分かる。事件の日以来、彼女は一回も泣いていない。いつも僕い笑顔を見せる。まるで何かを悟られないように。会長さんの最後の言葉が頭をよぎる。
「任せてください」
 小さい声で言った。今の僕にはこれがやっとだ。まだまだ、大声では言えないけど、いつか絶対に言ってみせる。
「ん、なんだよ?」
「なんでもないよ。さあ、熱中症になる前に帰ろう。この後もやることあるし」
「りょーかい。期待してるぜ、新米ヒーロー」
 一瞬強い風が吹いて、僕らの背中を押した気がした。


 ヒロミは夢だといった。だが僕は覚えている。そして夢ではないということも分かっている。あの人はこの街にずっといて、これからも僕らの中にずっといる。もし、いつか僕が彼との思い出を話し、そして最後を締めくくるときは必ずこう言うだろう。


 彼はヒーローでした。そして、今でも彼は僕の、いえ、みんなのヒーローです。

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