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第三十七章『双月の空中戦艦』

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 数日後――
 ここはフリートエルケレスの作戦会議室。
「人間なんてこんなモンやな、自分は、民間人を使ってゲリラ戦を仕掛けておいて、しか
し、いざとなった時には、我が身可愛さに拠点防衛で自国民を犠牲にする。聖人君子とは
片腹痛い。様がないわ。ま、世間もこれで、ようやく目が覚めたやろ。惰眠を貪る平和ボ
ケ、と言う表現は陳腐で頭が悪いように聞こえるさかい、嫌いな言葉の一つなんやけど、
これからは、『法王』 NATO・ルーン・響に騙されていたって事を、大衆の首根っこを
掴んで、直視させてやればええ」
 この作戦の反響は大きく、ジャーナリズムも反戦を迂闊には掲げられなかった。教皇庁
が大聖堂を放棄しなかった事に、世界中が失望していたのだ。それどころか、昨今では、
ラティエナ王国の軍事作戦は勧善懲悪・正当防衛が如く受け取られる。偏向報道が可能な
宙吊りな社会で、病的な群集心理を動かす事など、雁字搦めで不可能になっていた。
「これで、後顧の憂いはなくってよ」
悪人に人権はない。
「小競り合いや地域紛争ではなく、攻めて来る近隣諸国との全面戦争……当初は避ける予
定だったのでは?」
ヴィクトリアは顔を伺いながら普岳プリシラに尋ねた。
「軍事顧問としては良い質問や。せやけど、情勢が変わったとしか言いようがない。少な
くとも天道宮・改を破壊した大スウィネフェルド帝国は、確実に攻めてくるやろな」
「まだ、こちらは手の内を隠しているのですが、相手は、どう出るか……ふっ、面白い。
これに乗じる賊党も一つ二つではなかろうしな」
山城アーチェは、ワイングラスを傾けた手が不意にストップモーション、余裕の表情だっ
た。
「空戦機甲の降魔戦争における実戦データは、確かに、どこの国も手に入れてはおりませ
ん」
ヴィクトリアは気が進まなかったが、忠義に欠けるのも後で後悔しそうなので、情報網か
ら得られたモノは開示することにした。
「果たして、空戦機甲を侮って各国が進軍してくるかしら。無論、全ての戦力を淘汰し、
無力化できるのはよくってよ?」
「社会が戦争に耐えられるなら良いけど……」
一応、作戦会議に参加していた若葉の声は、少しだけ暗かった。
「まぁ、せめてもの救いが、ゲリラの拠点を叩いたことで、暗殺の可能性は、ほぼ、なく
なったのであります」
金剛吹雪の言うとおり、当初の目的は達成されたと言える。
「捕縛したゲリラの頭目のフレイムカーンと、捕虜交換を教皇庁が申し出ていますが、如
何しますか」
「それはカードとして残しておく。手札は多いほうが良いさかい。それよりも、当面の課
題はサイド5・レムレースの処置や」
ヴィクトリアがコンソールパネルに資料を表示する。
「依然、レムレースは割れています。我々につくべきか、それとも、教皇庁側に立つべき
か。唯、ジステッドの場合と違うのは、彼等には、既に、帝国の強力な支援があると言う
ことです。現在、入港している高雄大将の艦隊は、十字軍最強です。これによっても、レ
ムレースの世論は、残念ながら、大いに変化しました」
ヴィクトリアは状況を把握した上で、この続きを言うのを躊躇った。一戦、交えて死ぬの
は敵だけではないのだ。それを察して、山城アーチェが、その続きを普岳プリシラに進言
した。
「この戦争に勝利せんとするならば、レムレースも、又、掃討しなければなりません……
レムレースこそ最も重要なキーストーンとなります。ここで立ち止まる事は、どう考えて
も、得策とは言えません」
「明日の御前会議で今後の方針を決める方向や。ま、楽しみにしとき。勝てば、全てが手
に入る。名前も、名誉も、そして銭も、な」
このメンバーにとって、あまり、メリットがある話ではなかった。
「それ、ブラックジョークっスよね?」
「当たり前やろ」
こうして、作戦会議は終えた――翌日。
「レムレースでの一戦は、戦局の全てを決することになる! 否っ、決しなければならへ
んのや! この戦いに敗れた者には再挑戦の機会は与えられん、心せよ諸君。十字軍は烏
合の衆やが、真・メテオバースト作戦で受けた痛手の報復の意思に燃えているやろう。そ
の戦意を、侮ってはならない! 国王陛下の下に全軍一体となり、王国の興廃を賭けて戦
ってのみ、勝利は可能となるっ……では、作戦説明や。艦隊総司令、ヴィクトリア=千歳
中将!」
「負ければ、我々は、皆、戦犯。絞首刑ってことを忘れないでほしいっス」
コンソールを叩きモニターに図解が映し出される。
「敵の本体は、二つに分けられ一つは高雄大将の艦隊。戦力はモアイ戦艦十五隻、空中戦
艦ゴリアテ三十隻、他にミサイルフリゲート艦、輸送艦……これだけで、我が全艦隊に匹
敵するっス。しかも、現在、我が軍にはモアイ戦艦を凌ぐ火力を持つ艦は、このフリート
エルケレス、一隻のみ。更に、クックルーン『法王』 NATO・ルーン・響の本隊が来
るっスよ。これは、恐らく、高雄の艦隊に倍する勢力。これを、どう迎え撃つかっ」
「三倍の、敵が……」
『どよどよ』と、将官達から、ざわめきが起こる。
「そおっ、三倍! 兵力差は、今更、如何ともしがたい、故に! 少ない兵力を、更に割
って敵に当たる愚策を採用せず、我が軍は、全勢力を持って高雄の艦隊を、叩く!」
ヴィクトリアはモニターをバンッと叩いた。
「で、『法王』 NATO・ルーン・響の本隊はどうするつもりじゃ」
「陛下、問題はそれっスよ。『法王』 NATO・ルーン・響の本隊には……」
ヴィクトリアは画面を切り替えた。そこに映し出されていたのは――
「次元城を発し、るな・ツーを迂回させた特別機動大隊を、当てる!」
空戦機甲部隊の事は、軍令部には、まだ、詳細が伝わってはいない。以前に、山城アーチ
ェが軍の管轄に魔法学園を組み込む話をして以来、王族特秘の扱いだった為だ。
「特別機動大隊?」
「はて」
「それは、どういう……」
当然、疑問の声が上がった。
「諸将が不案内なのは承知しているっス。が、既に緒戦で充分な戦果を挙げている部隊で、
今回はこれを二個中隊に編成し、それぞれをラティエナ最高の勇者二人が率いるっスよ! 
紹介しよう、山城アーチェ=エスティーム大佐と不知火=R・スカーレッド中尉!」
二人は開かれたドアから王の間に一歩、入り、敬礼をした。
「大佐に中尉、だと? ここは将官以上の御前会議だったんじゃあ……」
「しっ」
ヴィクトリアは他の将官の発言など、何処、吹く風で二人に言った。
「二人とも、この作戦が成功すれば、二階級特進だと言う事を忘れないようにっ」
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