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第四章『浅黄色(カオティック・ブルー)』

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 思えば、人生、良い事があまり無かった。モテないリーグ優勝だった。そんな自分に空
から美少女が降ってきたのだ。ここで必死にならなければ男が廃る。
「必ず死ぬと書いて必死。その覚悟をなくして戦場で生き残る資格はない!」
人類最強の咆哮が周囲に木霊した――その時。
「その覚悟だけは褒めて差し上げてもよくってよ!」
超強力な仲間が現れた。その一人は、一発の魔法でレッサーデーモンを四、五匹、葬った。
(後はゾロゾロと戻って来た君達の仕事だね)
若葉がそう思ったとき、そこで、彼の意識は途切れた。
「やはり通信を使うべきだったか? 傍受される危険性から使用しなかったが……」
山城アーチェは生徒達に向かって聞いた。
「その為の勇者ではなくって?」
「そうだな、全くだ」
救護班が治癒魔法で若葉を手当てしているのを横目で見ながら、二人は微笑んだ。
「傷の方はもう大丈夫です。二、三日もすれば意識も回復すると思います」
ふむ……と不知火は思案した。
「何故、憑依を解いた」
そこには再び実体化した大淀葉月が居た。
「解いたのではなく、自然に、解けてしまったのですよ」
大淀葉月自身も理由は理解していないらしい。
「成る程。恐らく、勇者自身がピンチに陥っても人類の危機に値するのだろう。レッサー
デーモンから受けた傷が原因で溜まっていたEXPの分だけ、レベルが一時的に上昇した
と云う事か……」
レッサーデーモン討伐は、取り敢えず、幕を下ろしたのであった。
「予定通り、明日、魔法学園へ帰投する。今日はゆっくり休みように」
憑依に成功したので落第を免れた事を若葉が知ったのは、それから三日後のことであった。
「ピンチになると融合可能なのか。これからも死線を潜り抜ける事になるだろうから、よ
ろしく頼むよ」
若葉は手を差し出した。
「足手まといにならないように頑張るのですよ」
多少、躊躇いながら、大淀葉月は若葉と握手を交わした。
「今日から転校生を紹介します。皆も知っている通り、若葉専用ライゼッタのフェアリー
こと、大淀葉月だ」
山城アーチェに紹介されて、大淀葉月が教室に入ってくる。
「よろしくなのです」
「席は若葉の隣だ。若葉=秋雲、色々と、本学園について教えてやってくれ」
まぁ、憑依する事を考えれば、世話役は自分の仕事だろう、そう若葉は思った。が、
「教官、学年トップの不知火さんの方が適任だと思うんですけど?」
念の為に聞いてみた。
「空戦機甲の兵器としての目処が立ったので、生徒会長は忙しくってよ」
 生徒会が軍の上層部に運用テストのデータを送って、その見返りに資金提供を受けてい
るから、生徒会費が小国の国防予算に匹敵していた。
「と、言う訳だ。よろしく頼むぞ、若葉君」
ちなみに、山城アーチェ少佐は空戦機甲計画担当者のトップでもある。この要請には逆ら
えなかった。
「やはり、ボクは邪魔者なのですか?」
大淀葉月には右も左も分からない世界だ。そんな風に思われるのは良くないよな、何より
不安なハズ……と若葉は思った。
「や、別に僕が大淀葉月の事を嫌っているとかじゃないよ。唯、不知火は一年生なのに生
徒会長を勤める位、優秀な魔導士なんだ」
大淀葉月は不思議そうな顔をしている。
「生徒会長とはそんなに凄いのです?」
大淀葉月は、この学園の生徒会長を担うことは、何を意味するのか、知らなかった。
「一番、優秀な人がなるんだよ。一応、ね……」
若葉は、面倒だから、適当に、説明した。人望がなければ成れなかったり、カリスマ性が
尊ばれたりするが、素顔は性格ブスなんだ、とは言えなかった。
「それ、一応、と言う表現を説明された方が、何か聞こえに引っ掛かりを覚えなくって?」
こいつはエスパーか、と不知火の笑顔に威圧感を覚える若葉であった。
「まぁ、勇者よりは優秀、とは言えないからな。だから、一応、なのだ」
山城アーチェが助け舟を出した。そして、一限目を始めるぞとー、と言っている。朝のホ
ームルームの時間が終了した。
 実践学習の時間、若葉は憑依できないので、サボっていた。特にすることがない。
(むしろ、願う事ならば憑依できるようなヤヴァイ状況に今後は出会いたくはない……)
案の定、放課後になって山城アーチェに呼び出しを食らった若葉は、顔に青い痣を付けて
職員室を後にした。
(僕だって憑依して経験が積めるなら、文句を言いませんよ!)
女だからビンタかと思っていたら、左ストレートがモロに入った。流石は、鬼教官だ。何
とか、憑依する方法を探す為に、図書館に来てみた。情報端末で検索して該当してそうな
本を探す。どうやら二階の西側の区画に憑依について書かれた本が収納されているらしい。
若葉は行ってみる事にした。それらしき本を数冊、選んで近くの机に並べて椅子に座る。
(むむ……)
読み始めて数時間、欲しい探している資料など、どこにもない。彼は、今日ところは諦め
て帰る事にした。風呂に入り、今日、一日の疲れを落とす。風呂から上がり、一杯のフル
ーツ牛乳を腰に手を当てて一気飲みする。コーヒー牛乳でないところが我ながらアウト・
ローだなと思った。
『ピンポーン――』
 不意に、インターホンが鳴った。こんな夜に誰だろうと思ったが、出てみると、そこに
は大淀葉月が立って居た。
「どうしたの? こんな遅くに」
「あの、とても重要な話があるのです……」
(ふむ、重要ときたか)
「ま、乙女心は複雑だからね。良いよ、話を聞くよ」
「乙女心って……エッチな話じゃないのですよ!」
何やら、一人でエキサイトしているらしい。
「誰かに聞かれると困るから、部屋の中へ入れて欲しいのです」
「ピュアなのか、積極的なのか分からないね、君は」
もう、自分を無視する事にしたらしく若葉の横を通り過ぎて、靴を脱いで勝手に上がり込
む大淀葉月。
「で、何の用なの?」
ドアを閉めて、テーブルの向かいの椅子に座る。
「他にも憑依する方法があるのですよ」
(――えぇ!?)
「本当なのかい!」
見つからない答えが見つかった。之で、一件落着する。若葉はそう思った。が――
「魔王ゲルキアデイオスの封印を解くのです。この際、人類の犠牲も貴方が傷付く必要も
ないのです。魔王ゲルキアデイオスの復活こそ、人類のピンチとして働き掛け対抗した抑
止力として成長限界のリミッターが、外れるのですよ」
(成る程、それで聞かれてはマズいんだね……)
「でも、そんな事をしたら魔王ゲルキアデイオスが人類を滅ぼそうとするんじゃない?」
こんなことを画策しているのがバレたら、また、山城アーチェ教官に殴られると思う。
(……それは嫌だ)
「封印状態の魔王ゲルキアデイオスを人為的に覚醒させても魔王ゲルキアデイオスは役目
を、果たそうとはしないから問題はないのです。魔王ゲルキアデイオスの封印が、自然界
のバランスが著しく乱れた場合に破られる時とは魔王ゲルキアデイオスの性格が違うので
す。人類を滅ぼす必要がない場合、人類の被害はゼロなのですよ」
(うーん……)
考え込む、若葉。その辺は、超科学文明の作ったシステムだから矛盾があっても、この際、
どうでも良かった。
「ヤケに魔王ゲルキアデイオスの肩を持つんだね。もしかして、知り合いなの?」
昔の男だったりするのだろうか、等と勘繰ってみる。
「ち、違うのです、唯、ボク達は科学が滅亡するまでは同じ研究施設に居たんです。幼馴
染と言うか……」
大淀葉月はモジモジしながら顔を赤くしている。
「知り合いなのかと聞いたのに、恋仲がどうかを相談されてもねぇ」
『ボンッ――』
大淀葉月の頭の上に湯気が出た。
「……まぁ僕の方も何やら誤解されているみたいだけど」
そう言って、視線を窓の外へ向ける。大淀葉月も若葉に従って窓の外を見る。そこには、
箒に乗った魔法使いが居た。
「今晩も、ご機嫌はよろしくて?」
若葉は大淀葉月を部屋に入れてから、直ぐに、その視線に気付いていた。人に聞かれると
大淀葉月は都合が悪いと言っていたが、不知火ならば問題ないと思ったからだ。信用に足
る人物には違いなかった。
「実は――」
事情を不知火に説明する若葉。
「成る程。それは、興味深い話ではなくって? 私は、てっきり貴方が大淀葉月ちゃんに
乱暴すると思っていてよ」
性質の悪い冗談だ。
「僕は君を傷付けたりしないよ」
キザっぽい台詞を言ってみる。
「ひよっ子はガン無視ではなくって」
不知火にとって、若葉はアウト・オブ・眼中と言った風だった。何せ、彼女ほどの実力者
ならばパートナーは吊り合いの取れた相手を選べるのだ。いつ、どこで死ぬとも限らない
新米勇者の相手など願い下げだった。
 失ったときのショックが大きい――
 丁度、昔、飼っていたグリフォンに似ている。アンデルセン(名前)が死んだ時も、ず
っと、悲しかった。今でも、共に、遊んだ頃を、覚えている。
「つまり、魔王ゲルキアデイオスを解放しなければ憑依できなくって? ……うーん、山
城アーチェ先生に相談すれば手を打ってくれるのではなくって」
魔王ゲルキアデイオスを監視する戦力が必要だった。その為の協力を惜しまないと考えた。
「できる事なら、静かにひっそりと暮らさせてあげて欲しいのです。彼もそう望んでいる
のですよ」
どうやら大淀葉月は二人で幸せになろうと考えているようだった。応援してあげない訳は
特にない。
「その頼み、引き受けない訳にはいかなくってよ」
「僕も可能な限り協力するよ」
今の大淀葉月にとって二人は、この上ない仲間だった。
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