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第四十四章『若葉と霧島薙』

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――チュン、チュン。
朝。鳥のさえずりが聞こえる。
(アレから数日……)
 停戦合意に至り、若葉は普段の学園生活を取り戻していた。激戦を乗り越えたフリート
エルケレスは絶賛、修理中。山城アーチェに、しばらくは再出撃する必要もないと、クル
ーである生徒達は聞かされていた。
(そろそろ、進級だな)
顔を洗って歯を磨いて、朝ごはんを食べる。若葉はこのままいけば無事に進級することが
できたので、別段、普段と変わらぬ日々を送っていた。
――ピンポーンッ。
インターホンが鳴った。
「誰だろう、こんな朝早く……」
来訪者は霧島薙だった。
「何か、ご用ですか? 霧島薙さん」
若葉は珍客を部屋へ招き入れ、霧島薙の分の紅茶を出す事にした。霧島薙はきょろきょろ
と部屋を見渡している。
「? あの、何か?」
若葉は怪訝そうな顔をして霧島薙に聞いた。あまり、彼女の相手はしたくない――敵の総
大将だったこのちびっ子は、大勢の味方を帰らぬ者へとしてしまった。勿論、魔法学園の
生徒もその中に含まれる。
「いやな。これでも、余は、充分、君達の気持ちは理解しているつもりよ。私は君達の同
胞を葬った」
その言葉には、全くと言っていい程、心が込められていない。政治的空白を避ける為に、
彼女は生き永らえている。
「そうですか……ところで、今日は一人なんですね。いつもは、屈強な戦士を四人、護衛
にされているハズですけど」
「ああ、アルガス騎士団になら別の仕事をしてもらってる」
アルガス騎士団とは、騎士アサティス、剣士アスワン、闘士北上加古、法術士妙高リオル
と言う霧島薙親衛隊の事を指す。
「もっとも、屈強とは言えど、君の妹君に力量は劣るわ……感服だ」
紅茶をすすりながら、幼女は今日一番の笑顔で応えた。
「あの、自分には、アナタの事が、まだ――」
「だろうな。そうだろう、そうだろう」
彼女はウンウンと頷いている。
「まだ、子供にしか見えない! つまり、そう、言いたい訳だ」
「……は?」
全く話がかみ合わない。呆気に取られた若葉をどこ吹く風と、その幼女は続けた。
「君が小学生には興味がない。その辺はリサーチ済みなの――」
彼女は喋りながら立ち上がって、若葉のベットの端に片手を手に掛けた。
「さ! と……」
『――ドンッ』
音を立ててベッドは横に倒れた。すると――
「……」
「若葉君、なんなのかな。このエッチな本は? 君、まだ高校生だろ。こういう本は買っ
て良いのかね?」
そこには若葉にとって、夢が詰まった宝の山があった。
「……え、えーと」
「ま、健全な高校男児と言ったところよ」
彼女は言ってる意味が解っているのか、若葉は疑問だった。霧島薙はパラパラと本をめく
っている。
「あ、あの。それぐらいで、良いにしましょう。ところで、つかぬ事をお聞きしますが、
何故、ベッドの下に隠している事を……」
若葉は、多少、戸惑っていた。
「んー……意地悪をしても仕方ないので、喋るのだが。金剛吹雪に聞いたわ。安心せい、
女の子で知っているのは、余ぐらいのモノだ」
(あ、アイツめぇ~……)
若葉は心底、怨めしく金剛吹雪を呪った。が、今はそれ所ではなく、早く彼女をその卑猥
なブツから遠ざける必要があった。
「そ、そうですよ。健全な男子高校生ですよ。やだなぁ、アハハ――」
「ふーん。お、DVDとやらがある……ところで、余は、本来、何をされても文句の言え
ない立場。敗軍の将は潔くな」
霧島薙は適当にお色気DVDを選んで再生し始めた。
「時に――我が国の房中術では、子供はホークブリザードが運んでくると学んだ」
「え? いや、それは……は? 一体、何を?」
彼女は目線をディスプレイから離さず、若葉の顔を見ずに言った。
「別の文献によると、キャベツ畑から拾ってくると書いてあった。非常に興味深い」
「……念の為、お聞きしますが、その書物のタイトルは?」
(まさか、信じてはいないよね)
「民明書房から出版されている、肉体の神秘」
ないない――と、彼は言おうと思ったが、旧法の不敬罪に当たるので黙った。ここは、真
面目に話を聞いた方が良いのかも知れない。
(まだ、小学生だもんね)
「大人になったら、そのうち、解りますよ」
若葉は頭を掻きながら、困った表情で言った。
「話を戻すが、散って逝った者たちの為に、余は責任を果たさなければ成らないと思う」
胸をちくりと刺す痛み――それを嘲笑う者たちに背を向け逝く。
「そこで、だ。余は自らの全てを、勇者である君に捧げたい」
「それは、困ります。僕には不知火がいる」
若葉は真剣な顔をしていた。
「チッ――」
(え? 今、舌打ちした)
若葉は焦った。
「いや、正室でなくても余は構わんサ。君はいずれ、一国一城の主となり、領主となりお
るわ」
ハハハ……と、霧島薙は乾いた笑いをした。
(ゴクリ……)
若葉は喉を鳴らしてしまった。
「しかし、なぁ。困った事に、肝心の子供の作り方を誰も教えてはくれなくてな」
ここで初めて、霧島薙はPCに向かう椅子をくるりと回転させて、若葉の顔を見た。少し
だけ、顔が紅潮している。猥褻な代物を一緒に見ていた所為だろうかと、若葉は胸がドキ
ドキしてきた。
(お、落ち着くんだ!)
「勇者よ、汝に問う。余の事はキライか?」
まぐわいあい慰みの掌に、虚しさだけが膨らむ。
「す、好きとか嫌いとかは、まだ、早すぎますって」
「ほー……では、これは何だ?」
そう言うと、再び霧島薙はDVDの入った段ボール箱を漁り始めた。
(ま、まずい! 非常にまずいぞ! と言うより、気付いてる!?)
「さてと……ニヤリ」
霧島薙が手にしたそれは、洋ロリ物のラベルが張ってあった。
「兵隊御用達の、所謂、独裁者の落とし子たち。どこで、こんなモノを手に入れた? 非
合法の闇ルートに手を染めたら、如何に勇者とは言えど、立場が危うくなるぞ?」
スキャンダラスな事件は、例え、経済に波及しなくても、お上の品行方正が疑われ、権威
の失墜へと繋がる。現代人達とは、そう言った人種なのだ。
「いや、こ、これはですね! え、えーと……」
若葉はしどろもどろした。
「中身は見ないで置いて使わせるが、余が葬った魔法学園の生徒と、このDVDの幼女は
どちらが可哀想かな?」
「前線に送られる兵士の命運と、過酷な状況を鑑みれば……ですね」
霧島薙は愉しそうだった。若葉の頭の中では、目に映る自分はどういう風に妄想を描き立
てているのだろう? ほんのりと頬が熱くなる。そして、自分がニヤケると、若葉が目を
逸らすので、また、ニヤケが止まらない。その笑みは、凄く、卑猥だった。
「狂乱に興じても良い、と? 丁度、目の前にもおるではないか。没落貴族で身の振りを
他人が干渉しても問われない合法ロリが」
「こ、これは、その散っていった者への冒涜ですよ」
どうやら、若葉は理性が勝った様だ。未練を断ち切り、また、一歩、強くなったのである。
が、しかし――
『フワリ――』
と、霧島薙は中空に刻印を画いてレビテーションで浮いた。そう、若葉との身長差を埋め
る為だ。
「こうしないと届かない故な」
ゆっくりと若葉に迫る霧島薙。そして、両手を首の後ろに回す。若葉は、魔が差したとい
うか、誰も見ていないし、大丈夫だろうと判断した。
『ふぅー……』
若葉に抱きついた霧島薙は、息を耳に吹きかける。
「あ、あの! ちょっと、ダメですってばぁ~!」
若葉は嫌がっている様だが、既にその声はだらしなく、全く、説得力がない。霧島薙から
は見えないが、顔も緩んでいる。そして、霧島薙は若葉の耳元で、できるだけ甘ったるく、
こう呟いた。
「霧島薙たんとちゅっちゅしたいおよぉ~」
そこで、若葉の理性が吹っ飛んだ拍子――
『ドゴォォォォォオン!』
何と、部屋の壁も吹っ飛んだ。
「チィッ、しくじったか……」
「え?」
立ち込める煙から不知火が現われた。
「人の恋路を邪魔するなら容赦はなくってよ? 四人にはお灸を添えさせて頂きました
わ」
若葉はアルガス騎士団の四人が時間稼ぎの為に、毎朝の様に登校を誘いに来た不知火を妨
害していたのを察した。
「余は別に疚しいマネなどしとらんさ」
「なら、結構」
四人を嗾けた張本人が言うのは白々しい嘘に聞こえるが、不知火は追求しなかった。若葉
は勇者なので、浮気など過度でなければ目を瞑るのが内助の功。
「ご、ごめん……」
「お気になさらなくって結構ですわ」
不知火の寛大な措置は偉大な包容力の成せる業。
「そうだぞ。英雄、色を好む――とも言う」
しかし、この小学生に反省の色がないのは如何な物か。若葉が言うのも何だが。
「しかし、これはHA・NN・ZA・Iなのだわ。後で、ゆっくりと話さなくてはならな
くってよ、若葉」
「マジですか!?」
顔はいつもの様に笑ってこそいるが、彼女はやはりお冠のようだ、と若葉は思った。が、
これは、どちらかと言うと、霧島薙を追い払う為に不知火が嘘をついたのが真相なのであ
る。
「おお、こわいこわい」
霧島薙は顔をブンブンと大袈裟に左右に振って見せた。
「戦争で勝てないからって、少々、見苦しいのではなくって」
「――99822人だ」
霧島薙が目を伏せて吐き捨てるように言った。
「え?」
若葉は何の数字か聞き返す。
「余の為に死んでいった自軍兵士の数だ。余は、死者に対し哀悼の意を表する事しかでき
ない」
ギリッと奥歯を噛む霧島薙。
『フワッ――』
若葉は霧島薙を優しく抱いた。
「今日だけですからね」
そう言って、頭を撫でる。不知火は別に制止しなかった。
「お、おい、不知火女史が見ておるぞ?」
霧島薙は若葉を気遣う。慌てて本音が出てしまった格好だ。
「スキって感情と独占欲は違いますわ」
若葉が返答する前に、不知火がそれに答えた。
「唇はダメですけど、これでガマンしてください」
そう言うと、若葉は霧島薙の右手首を取り、手の甲にキスをした。
「達観しておるのだな」
「僕らも付き合いが長いですからね」
若葉は霧島薙に微笑んだ。
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