トップに戻る

<< 前 次 >>

第四十五章『山城アーチェと金剛吹雪』

単ページ   最大化   

 春休み――
魔法学園は卒業式、終了式を終えて休みに入った。
「これで、当分は昇進も、ナシ……か」
宿直で山城アーチェは学園にいた。
「……暇だ」
『法王』 NATO・ルーン・響の選定は、まだ、決まっていない。ヴィクトリアとはあ
れ以来、決定的に仲を悪くした。
(また、一人、恋人候補が消えたな――)
昔はヴィクトリアのヤツはあんなに可愛かったのにと、学生時代のツーショット写真を見
て物思いに耽る。
(こんなモノをいつまで持っていても意味がない)
思い出にと、常に財布の中に忍ばせておいたが、無駄だった様だ。若葉や金剛吹雪も悪く
はないが、既に意中の女の子がいる。
(フッ)
「いや、金剛吹雪は解らんが――」
「自分がどうかしたのでありますか? 中将」
「わあああああああああぁぁぁ」
いきなり独り言を聞かれて山城アーチェはビックリしていた。そこには、未提出の課題を
持って来た金剛吹雪がいた。
「何故、貴様がここにいる!?」
「はて、これは異なことを言われる。課題を忘れた生徒は罰として、春休み中に私が宿直
の時に持って来い――そう、仰られたのは、教官殿だったと記憶しているのであります
が?」
金剛吹雪から驚くほどに気配が感じられなかったと言うより、単に山城アーチェがぼーっ
としていただけだ。
「?」
「な、なんでもないから気にするな」
まさか、自分の本音をここで言う訳がない。
「おや、これは――」
(しまった、金剛吹雪が写真に気付いた!?)
「い、いや、これはだな……」
「ふーん、これは?」
金剛吹雪が意地悪そうに山城アーチェに問い詰める。
「こ、これは……」
「これは?」
山城アーチェは少しだけ目尻に涙が溜まってきた。
「まぁ、何と言うか……ヴィクトリア閣下と喧嘩されたのでありますな」
「あれは仕方がなかった。別に作戦の発案者である不知火に女々しく当たるつもりはない
し、それこそ、武人の沽券に関わる」
はぁ……とだけ、山城アーチェは溜息をついた。
「もう片方で、恋に恋してる自分がいるワケでありますな」
「なっ!?」
山城アーチェは金剛吹雪に見透かされた事に意表を突かれる格好となった。
「馬鹿を言え! ――もう、付き合っておれん。さっさと、それを寄越して女王陛下の所
でヨロシクやっていろ!」
「丁度、ホワイトデーですけど、飴玉は間に合っているのでありますな」
金剛吹雪はキャンディーをチラつかせたが、山城アーチェはそっぽを向いている。馬鹿馬
鹿しい、などとブツブツ文句を言いながら、金剛吹雪が手にしていた課題を取り上げた。
「迷惑、序に、もう一つだけ聞いてもよろしいでありますか?」
「断る」
黙々と採点しながら、金剛吹雪に目をやることなく山城アーチェは答えた。
「自分達はいつ死ぬのか解らぬ身。思いの丈は打ち明けなければ悔いが残るのであります
よ?」
「人は知らない方が良いこともある」
(そして、どうせ、私は傷つくだけだ)
「自分は、魔法学園に来るまでは施設で人体実験の道具に過ぎなかったのであります。だ
から、教官殿には――」
「いい加減にしてくれ」
傷口がどんどん広がっていく。金剛吹雪が抱きついてきて襲われそうになった時、もし、
拒まなければ、既成事実を作り上げて普岳プリシラとの縁談をご破談に持ち込むのは可能
だったかも知れない。
(思えば、あの頃のコイツは可哀想な目をしていた)
「私はお前に、お節介ながら相応の人生のレールを引いてやったに過ぎない」
「お節介ではなく、道を示してくれたのであります」
一先ず、課題の採点が終わった。しかし、山城アーチェは顔を上げて机の隣に立つ金剛吹
雪の顔を見ることができない。今更、優しくされても困るだけだった。
「お前だって……あの戦争で、このままでは普岳プリシラが若葉に取られるって泣いて喚
いたではないか!」
『――ドンッ』
と、机を握りこぶしで叩く山城アーチェ。金剛吹雪は戸惑いを隠せなかった。
「少し……舞い上がり過ぎていたのであります」
「お前が、何故、謝る必要がある! それが解ったら、さっさと出て行け!」
人並の幸せを掴んで人生を送ってくれれば良い。唯、自分には、もう、あまり、関わって
ほしくない存在だった。
「居場所が……なくなると……思って」
金剛吹雪は泣いていた。それに気付いた山城アーチェは、どうしようと焦った。自分と違
って金剛吹雪は繊細なのだ。それに、何か重大な勘違いをしていたらしい。
(金剛吹雪は女王陛下の事が別に好きじゃないのか?)
施設に預けられていた金剛吹雪を、豪腕と称される自分のやり方で半ば強引に連れてきた
が、金剛吹雪の資料について山城アーチェは目を通していなかった。そもそも、研究施設
は空戦機甲を開発した自分の管轄、もとい、出資社の軍産複合体とは異なる組織の研究機
関。脳波コントロールや刷り込み現象の類で人格制御が施術、又は、精神汚染されている
可能性もある。所謂、強化人間と称されている。
(サイコキネシスは専門外……望月先生に後で調べてもらうか)
「な、なぁ。金剛吹雪」
「……はい?」
くすんくすんと泣きながら返事をした。
「お前が転校してきた時の事を覚えてるか? あの時は大目に見たが、やはり、教育上、
それもよろしくない。質問の前に私に謝るべきだと思うが」
「済みませんでした」
金剛吹雪はしゅんとしていた。
(それにしても、金剛吹雪は可愛いな。しかも、フリー、か……)
「で、聞きたい事って何だ?」
「あ、いや。さっき、自分がどうとか仰られていたので気になったのであります」
さて、どう誤魔化すかと山城アーチェは考えた。
「ああ、アレか。お前は霧島薙と違って器が不足気味だからな。国家の安寧を憂いていた
だけだ」
ニュアンスに無理があるが、多少の誤解は仕方が無い。
「国に厄災をもたらすような自分なら解らんが、霧島薙殿なら――と言う意味であります
か?」
「知らない方が良いこともあると言った筈だが?」
(むぅ……これでは私が嫌われてしまう。それでは意味が無い!)
確かに、信頼を勝ち得てないのは事実かも知れない。しかし、それは金剛吹雪にとっては
少なからずショックだった。
「――やっぱり、自分は普岳プリシラ姫の道具に過ぎないのでありますか?」
金剛吹雪の声は暗い。
「ふふ、人は案外に孤独なモノさ」
そう言って、山城アーチェはヴィクトリアと撮った写真をくしゃっと握り潰してしまった。
「あ……」
「これで御相子だな。例え、翼をもがれていなくても、選ぶ権利などないのだ」
そう言うと、山城アーチェは金剛吹雪の肩をポンと右手で叩いた。
(やれやれ、私は強がりの塊だな)
金剛吹雪がどう思うか解らないが、好きとか嫌いとかではなく、少しだけ、気付いてほし
いこともある。そうでなければ、この先、生きていくのがツラく感じるハズだ。とてもじ
ゃないが、あのお転婆姫に振り回されて巧く行くとは思えない。それが、山城アーチェが
第一に取り組むべき仕事だった。
(やはり、後で金剛吹雪の資料に目を通そう)
「金剛吹雪」
「何か?」
あー、うーん……と腕組みをして一仕切り考えた後、山城アーチェは言った。
「自分の居場所はな、基本的には自分で作るのだ。中には例外もあるがな。例えば、お前
を監禁していた施設とか。唯、外の世界に出たからといって、勝手に自分の居場所が与え
られる、等ということは無い。肝に銘じておけ」
「道具としか、見ていない教官殿に言われても、真意を測りかねるのであります。中将と
して用兵上、自分にどこか不満があるのでありますか?」
金剛吹雪は困惑した。山城アーチェの発言は矛盾している。
(しかし、ここは甘やかすワケにはいかない。私は金剛吹雪の母親ではないのだ)
「まぁ、そうだな。お前の私生活など私には関係の無い話だったな」
「えっと……」
少しだけテレながらクーるな振りをして山城アーチェは言った。
「嘘を言った。解らんというのは――普岳プリシラに一途かどうかが解らん、と言った意
味だ。しかし、国体の変革がどうとかの他意はない。間接的にはそう聞こえるかも知れん
が……生憎、私は政治屋ではなく戦争屋だからな」
「有耶無耶にされても困るのであります」
ハハハと乾いた笑いを山城アーチェは飛ばした。
「野暮ったい話は、私はしない主義でな。さて、遅ドレン昼食でも摂るか。金剛吹雪、お
前も一緒に来るか?」
「あの、申し訳ないのであります。自分は女王陛下と――」
皆まで言わずとも山城アーチェは口を挟んだ。
「ほら、見ろ。それが今のお前の役目だ。なぜ、私に謝る必要があるのだ? そう言った
筈だが。気を病むほど、大した用件ではなかっただろう」
(それを天命などと、誇れる人間になってみたいものだな)
 そこで彼女は金剛吹雪と別れた。しかし、食堂へ向かったのではなく、行き先は保健室
だった。
「望月先生。ちょっと、用が――」
「あら、こんにちは」
山城アーチェは金剛吹雪のデータの解析を求めた。一応、理由を聞かれたので、教育上と
用兵思想に基づくデータ収集という事になっている。口が裂けても――
「気になっているカワイイ男の子を調べたいとは言えない、ワケですね?」
うふふ、と邪悪な笑みを浮かべる保健医。
「そ、そんな事はないです。公私混同は有り得ません!」
「やだ、もう。顔に書いてありますよ」
本当に人が悪い。
「まぁ、それは置いておいて、資料を拝見しますね」
モニターに映し出されたデータを弥生は流し読みしていく。
「特におかしな所はありませんね――あら?」
「どうかしましたか」
山城アーチェもモニターを覗き込む。
「奇跡の……血量だと?」
「4代前祖先と3代前祖先が共通の眷属となる場合、4×3のクロスとなる。そのときの
血量は6.25+12.5=18.75%となり、これを特に奇跡の血量と呼ぶ――へぇ
~、興味深い話ですね」
金剛吹雪は自らが災いをもたらすと言った。
(これが原因、か)
「共通する祖先の能力を大きく引き出せる反面、濃すぎる血量は虚弱体質や意志薄弱など
弊害もあると言われている。そのギリギリのバランスがこの奇跡の血量18.75%と考
えられる。しかし、これは経験則によるところが大きく、科学的な根拠には乏しい――ふ
む」
「該当する三代前祖先と四代前祖先……ユミルと閻魔大王が同一の存在なら、アウトクロ
スではないんですね、金剛吹雪君は」
その力は未知数だが、圧倒的な力を有しているだろう事は確かだった。両方とも特殊な生
物だ。統計のグラフも出ている。しかし、御前会議の話は修正しなければならない。
「似ていますね」
特に、ユミルは雌雄同体なので金剛吹雪の容姿の説明がつく。
「ん?」
「あら、失言でした?」
(確かに、自分も似たような生い立ちだ)
山城アーチェは試験管の中で生まれたサイボーグ忍者だ。その真実を知る者は少ない。
「別に――」
「……本来は男性を作る計画だった。しかし、生まれてきたのは女の子。そこで開発員達
が『暴君』と言う意味を込めて、古代レンシスの王と同じ名を付けた赤子がアナタ。そし
て、今、人工的に作られた別の婿が現われた」
選ぶ権利などないと言ったのは間違いだったかも知れないし、そうでないのかも知れない。
「いやーん、守ってあげたくなりますよねっ?」
笑顔で遙は山城アーチェに話を振った。
「私がか? ふっ、冗談はよせ……私は『女の子』だからな」
しかし、別に計画が完全に頓挫した訳ではなく、山城アーチェのケースは優秀な遺伝子を
持つゲノム兵として活用される事になった。現在は、こうして、第一線に投入されたり、
要職を兼任したりしている。
「もう一人の女王陛下――」
「さっきから、下らないですよ、望月先生。下世話な連中に知れたら面倒な事になる。そ
もそも、私はラティエナの眷属ではない」
一見、一枚岩に見えるこの国も、多数の事情を抱えている。
(果たして、金剛吹雪をどこまで守ってやれるか……)
「それに、まぁ……戦いは非情さ」
「ふふ、そうですね」
156

片瀬拓也 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る