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第五十章『金剛吹雪』

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 金剛吹雪は朝の鍛錬を欠かさない。
「はっ!」
一人、気を吐く。最近は、るなと一緒に過ごすことも減った。宮中祭祀に忙しく、偶に顔
を見合わせる程度だった。
(孤独には慣れている――)
「ので、ありますよ!」
ブンッ――
と、大鉈が空気を切り裂く。金剛吹雪は自問自答した。
(あれから……どれだけの時間がたったのでありますか?)
 それは十年前のこと――
「いいか、金剛吹雪。私が死んだら次の当主はお前だ……お前が、我がフラナガン機関を
統率し、タイケヌサそして、教皇庁を他の勢力から守っていかねばならん」
「はい、父上」
ここはタイケヌサ本拠。金剛吹雪の父、ラルットアヌ=ストックウェルは病床にあり、数
日が山場だと見られていた。どの道、彼の命は、もう短くない。彼は意識があるうちに、
息子に、その理想を継がせるべくして語った。
「金剛吹雪。お前には、もっと、教えたい事、伝えたい事……たくさん、あった。お前に
脈々と流れているタイケヌサの血と誇り。もっと、ずっと、見守ってやりたかった」
そこには息子の金剛吹雪を含め、彼の縁者達が集まっていた。
「エルニック、頼む。どうか、頼む。金剛吹雪をどうか支えてやってくれ――」
「はい、兄上」
 三日後――
 ラルットアヌは危篤状態に陥った。そこで、後継者を選定すべく、秘密裏に御前試合が
行われる事となった。場所は松代実験場。ルールは簡単、どちらかが命を落とすまで戦う。
提案者達はラティエナ本国の枢密院。叔父のエルニックは、この話に乗った。
「父上が意識不明となっているのに、叔父上。貴方はあまりに人でなしすぎるのでありま
す」
164, 163

  

 兼ねてより懸案の次期、婿殿探し。姫様争奪戦。ヴィクトリアは収集したデータを元に、
選抜を進めていた。
「なになに、奇蹟の血量? ほー、面白そうっスね。しかし、肝心のクロスの効果は――
ニュー……タイプ能力?フム」
 モグモグ……
 昼飯にとコンビニで買ってきたバナナロールを食べながら、データ照合していた。
(これは旨い。今度、また、買ってこよう)
 寿命が人類に比べて長い代わりに、成長速度も遅い天使である彼は、この時、既に、国
政に携わっていた。背広組の官僚主義に限界を感じ、軍の機敏さに目をつけて士官学校へ
入るのは、これより、後のことである。ラティエナ王の茶坊主として、枢密院の副議長を
満四十歳(肉体年齢は十六歳)となり、勤めていた。
しばらくして、タイケヌサ家の家長が重病と聞き及び、ヴィクトリアはラストタイケヌサ
領主の臣であるエルニックを召還するよう進言した。
「私は、多少、人より勘がいいという程度で――」
国王を目の前にして、エルニックは当惑していた。
「浮遊大陸のエネルギー船団を率いた君の才能のデータは、揃っているっス。フラナガン
機関の研究報告は受けているっスよ。これね」
ヴィクトリアは資料のプリントをエルニックに手渡した。
『エルニック=ストックウェル大尉におけるニュータイプの発生形態……』
「私に、その才能が、あると!?」
「そう! 君は自分でも気付かぬ才能を持っている。それを王国の為に役立ててほしいっ
ス」
ヴィクトリアは調子よく彼を盛り立てた。
「尤も、ニュータイプのことは、未だ、知られていぬ事が多いとは聞いているのじゃが、
な」
ラティエナ王は、これから散り逝く我が兵士の命に対する手向けとして、そう付け加える
事も忘れなかった。案外にも国王陛下とは前時代的な人だなと、エルニックは印象を受け
た。この時点で拒否すべきなのではあるが、そこが、彼の限界だった。
「謹んで、その大役。お引き受けさせていただきます」
「よろしい!」
ヴィクトリアは満足して、仰いでいた扇子を『ピシャ』っと畳んだ。
 そして、運命の生死を別つ、御前試合。両者が、それぞれの兵器に搭乗する。
(金剛吹雪、お前は闇に閉ざされる。目も、耳も、口も! その中での勝負だ。楽しみだ
な)
レーダーを完全に使用不能なまでのミノフスキー反粒子濃度がバトルフィールドに散布さ
れた。
「かわせるかな? いや、かわせる筈はない! ニューロンを駆け巡る電磁波の動きは!」
有線アームからビーム砲が一斉射された。しかし、金剛吹雪の機体は熱源を感知する前に
横っ飛びをする。それをかわす事に成功した。
「いいぞ! 近親のニュータイプ!」
 八歳にして実戦に放り込まれても、金剛吹雪は冷静だった。
「高度計と対地ソナーは生きているのであります」
家庭教師を担当していたメイドさんに、言葉使いから何からナニまで厳しくし付けられた
というのもある。かつて、一人の少女を異能者に育て上げた前歴を持つ、指導者としては
折り紙つきのエキスパートだった。
『非常になると言うことは心を殺して殺人マシンになると言う事ではない……生きる為に
他の命を糧とする事を自覚し、他の命を奪う事から目を逸らさず、真っ向から見つめる強
さを指すのであります』
(あの喋るカチューシャと無言の圧力は、一生、忘れないのであります)
「はぁ……」
事、戦闘に限って言えば、エルニックのオールレンジ攻撃は、然程、苦にならない。むし
ろ、クロスレンジに磨きを掛けた方が、ニュータイプの感応波が導く直感を活かせる。
(アレは、弱者の戦い方――兵器に頼り、日々を怠っているだけなのであります)
166, 165

  

 戦闘は、その後、十数分に及んだ。勝敗は金剛吹雪の勝ちで、黒煙を上げながらエルニ
ックのブラウ・ハンマは落下していく。
「ヴィクトリア総帥閣下! エルニックは御期待に応えられませんでした! しかしっ、
何故、閣下! 私にこんな任務を与えられたのですか?! こんな――」
エルニックはヘルメットの脳波コントロールを行うデバイスコードを引き千切った。
「モルモットのようなことを、しなくとも……閣下。 ……私、エルニック=ストックウ
ェルは、充分、王国のお役に立てましたものを!」
最期、エルニックは号泣して叫んでいた。やがて、制御を失った機体はバトルフィールド
の隔壁に激突し、爆発して、彼の命は散った。
 そして、ラルットアヌはどうにか死ぬ前に、一度だけ、目を覚まし、息子に息絶え絶えな
がらも、こう、遺言を言い残した。
「金剛吹雪よ……伝説のニュータイプは……うっ……メ、メソ――」
そこで息を引き取った為、『メソ』の後にラルットアヌが何を言おうとしたのかは解らない。
(メソって……何でありますか? ――父上)
168, 167

  

 瞑想に耽っていると、つい、昔の事を思い出す。金剛吹雪は精神統一の修行を目的とし
た日課を終え、再び、鉈を構えた。素振りを再開すると、刃が虚空を切り裂く。無心で鉈
を振るう金剛吹雪の姿は、まるで、何か、答えの出ない悩みを振り払うかのように――
 しかし、その金剛吹雪が抱えていた謎が解かれることは、生涯、なかったと言う。
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