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第五十一章『山城アーチェの左遷』

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 ここは浮遊大陸ジステッドの新首都バンチ、フェザーランド――旧都である天道宮・改
の修復は不可能だと判断し、遷都がなされた。無論、ジステッドには総督府が設置され、
強力なラティエナ本国が擁立した傀儡政権の帝政の元、富国強兵が推し進められていた。
 ――ここは、そのフェザーランド有数の軍艦ドック『ラビアン・ローズ』のある暗礁空
域。山城アーチェは中央から期限付きではあるが、事実上の左遷となり、教員として研修
を受ける事になっていた。もっとも、これは表向きの話で裏の事情は異なる。
「ほう、これが……」
 ゴリアテの様な軽金装甲では気包裂が生じ浮沈艦とは程遠く、ドラゴ・ルミナスの様な
竜に背負わせて飛ぶのも積載に限界がある。それでも、レビテーションなどの空中浮遊魔
法で持ち上げられる木星の艦よりは、随分、マシではあるが――
「飛空戦艦ローレンバルト。その名前――ウェールズとは、不幸にも身を結ばぬ烈火のよ
うに、悲恋の末に命を落とした一人の若者の名に因んで付けられたと聞くが?」
「はっ! その通りであります、閣下。ジステッドの中には、異世界から召還されたと主
張する民族と、その掲げる民族主義が根強く残っております。ウェールズという人物は、
一説では皇太子だったとも言われており――」
甲板を見て回りながら、彼女は、一応、部下の話を聞く事にした。
「それで、ウェールズ、か……」
「は! 民衆の人身掌握を兼ねての命名であります! ……あの、お気に召さなかったで
ありましょうか?」
山城アーチェは首を横に振った。
「いや、歴史は勝者が作る。しかし、因果な物で、こうして、現代に復刻される敗者の歴
史も存在するのだな、と」
「お言葉ですが、我が軍は無敵です! ご心配には及びませんっ」
(案外に、使えん男かも知れん。不知火の輸送艦の元副艦長だと聞いていたが……)
山城アーチェは頭痛がした。
「八重山少尉、と言ったな」
「は! 名を覚えていただけて光栄であります」
(しかし、無下に扱う訳にも行かない。孤島の要塞で孤立無援では話にもならん)
山城アーチェは、まず、人脈を作る事にした。幸い、この、八重山。不知火が仲介役を買
って出てくれたお陰で、問題なく駐留できている。
「時に少尉。不知火は優秀な生徒だ。私も軍人として誇りに思うだけでなく、教育者とし
てハナが高い」
「不知火少佐は自分などが言うまでもなく、素晴らしい能力の持ち主です。しかし――」
輸送艦の艦長から一気に士官に昇進。今では、浮遊大陸の戦後復興に携わっている。
「しかし?」
「自分は、あの戦いで、大変な感銘を受けました! ……失礼ながら、自分は死を覚悟し
ておりました故、まさか、あの齢にして、戦況を打破なさるとはっ」
何の因果か知り合った、この元下士官。
(手名づけてみせる、さ――)
「そうか。それは良い事だ」
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 八重山=ドレン少尉。彼は、本国から、この橋頭堡たる地にやって来る、お偉いさんの
エスコート役を頼まれたが、実際、力量を過小評価していた。
「本日は迎賓館で、崑崙山の代表が主催する晩餐会だったな」
後になって彼は思う。自分は命拾いしたワケではなく、兵隊は、皆、指揮官によって生き
長らえさせて貰っているのだと――
「警備は万全です。蟻一匹、侵入は許しませんっ」
山城アーチェはそれを聞いて、ふふん……と鼻を鳴らしていった。
「仮に間者が紛れたところで、私は死なんがな」
八重山は、この時、初めて、この人が『鬼』だの『カミソリ』だの言われた理由を、ホン
の少しではあるが、垣間見たのであった。と、同時に、背中に冷たい汗が流れ出ているの
に気付いた。
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