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第五十二章『異世界の勇者』

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 晩餐会では、特に、ペルステン火山で倒したドラゴンゾンビの話題で持ち切りだった。し
かし、犯人探しは進んでいるのかと聞かれても、山城アーチェは答えを窮するしかなかっ
た。何より、霧島薙を匿った手前――
(しかし、霧島薙を懐柔しなければ、もっと、大規模な叛乱が起こっただろう)
ここはジステッド、ウェールズの地。魔人ルビアノザウレスが眠っていると言われている。
誰もがドラゴンと言うと、直ぐ、薀蓄を話したがる。
(大抵がホラではあるが……封印は事実だ)
「えー、コホン。お集まりの皆さん。本日はお招き預かり、大変、嬉しく思います。ラテ
ィエナ魔法師団長の山城アーチェ=エスティームであります」
階級が中将だと言っても、率いている兵数は空戦機甲部隊に魔法学園生徒と、そのOBを
合わせた精兵達と、霧島薙がそのカリスマで奪還・併呑した二十万の兵隊。普通、一個師
団は三万人とナポレオンが定めたと聞くが、山城アーチェ麾下の部隊数は大幅に上限を超
えている。それだけの大部隊を練兵するのは、聊か、無理である。
(私が本陣から離れている間、いざこざが起きぬと良いが……カシス殿に霧島薙を預けた
のは、心許ない)
「これを機に、浮遊大陸共栄圏諸国のよりいっそうの友好関係を深め、互いに尊重しあう
豊かな文明を、共に築こうではありませんか」
山城アーチェが『乾杯』と言ってグラスを掲げると、ホールに集った人間も、中将のそれ
に倣った。そこには、浮遊大陸経団連の会長を始め、貴族に政治家、退役軍人など、周辺
国家を動かすトップの人間達が集っていた。
「山城アーチェ様、花菱工業でございます」
(政治家の娘に、親族のグループ企業の名刺を渡される……ヤレヤレ。これだから、戦争
はやめられんな)
「瀬川電子でございます」
租界ではラティエナ軍の口添えがなければ、仕事はできない。ましてや、復興事業ともな
れば、生き残りを掛けて、我先に、だ。これも、彼女の仕事のうちではあるが、金の亡者
の相手はしたくなかった。もっとも、戦争は金がなければできないのだから、パトロンは
生かさず殺さずがモットーだ。
「復興工事には、是非、朝風建設を!」
しかし、山城アーチェはその会場で面白い物を見つけた。
(……ふむ。あそこの隅のテーブルの下に、『何か』いるな)
「車両の納入は大河内モータースに」
「山城アーチェ様!」
晩餐会は歓談ムードだったにも関わらず、山城アーチェが異変を察知できたのは自分に向
けられた殺気は、十里先からでも発する気が伝わってくる武人のモノだ。
「ああ、考えておこう」
財界人を適当にあしらい、片方の眉毛をピクンッとだけ跳ねさせて、困ったような表情を
した。何故ならば、この相手は彼女クラスの第六感ならば、潜んだ相手の心拍数すら察知
できる。
そこから判断して――
(かなりの手錬だな……どうするか。近づいて誘い出し、返り討ちにして踏ん縛る、か)
「山城アーチェ様! 一言、お言葉を!」
「八重山少尉! ……少しの間、この場を頼む」
山城アーチェは企業の連中を八重山に任せ、ゆっくりと例のテーブルに近づいてゆく。
「ハンデをくれてやろう」
恐らく、この距離ならば聞こえている筈だ。彼女は抜刀せずに、仁王立ちした。テーブル
までの距離は凡そ3メートル。
「どうするんだ? 私のクビがほしいんじゃないのか、それとも、唯の、腰抜け――」
 ガシャァァン――
 テーブルがひっくり返る音と共に、下から刺客が飛び出してきた。
「お前らの血は、何色だぁ!」
 カキィィイン――
 山城アーチェは凶刃を捌いた。雄叫びと共に飛び出してきたのは、高校生ぐらいの男の
子だった。これは思った以上に面白い玩具を手に入れた。腕が鈍らないか山城アーチェは
憂慮していたが、余計な心配だったらしい。
「衛兵! 早くコヤツをひっ捕らえ――」
「余計な手出しはするな!」
八重山が警備に当たらせていた兵士に指示を出すのを、山城アーチェは怒号で制止した。
会場がざわつく。
「本当のところは解らない。アンタを恨むのは筋違いかもしれない。でも……」
「でも?」
(戦争ではよくある話だ。そして、怨んでくれたって構わないッ!)
「アンタが生きてると、まだ、人が死ぬんだ!」
少年は裂帛の気合と共に、山城アーチェに切りかかった。
「ただの犬が! 思った以上にやるな!」
「はぁぁぁあ!」
(また、子供の相手、か……神様は私を託児所か何かと勘違いしてないか?)
少年の切っ先は急所を狙っていた。恐らく、最初の一撃を防がれた事によって、戦法を変
えたのだろう。山城アーチェは、念の為、ナノマシンで酸素を脳に運搬し、血液の流れは
止める事にした。そして、血小板を急所の周辺に重点的に集める。
ブンッ――
すれ違い様、少年の刃は空気を切る音がしたが、微かな手応えが、彼の手の中にはあった。
クビの頚動脈を切る事に成功したと思い、勝利を確信した。しかし、振り返るとそこには
――
「少年、チェックメイトだ」
「そ、そんな……」
逆に、山城アーチェが少年の首筋に刀の刃を宛がっていた。
「確かに俺は、急所を――」
山城アーチェが横髪をフサッと掻き揚げて見せた。
「切れてるな。一歩間違えば死んでたぞ?」
「お、俺は夢でも見てるのか!?」
そして、やがて、見る見るうちに血が固まり、瘡蓋となり、自然治癒していく。
「私は、例え、心停止しても、しばらくは、体に支障はない」
(若葉や金剛吹雪ほど惹かれる特異な要素は少ないな、この子は。唯、強いだけの純一戦
士か……)
属性場から精霊元素を取り込み自己回復能力を高める。取り分け、山城アーチェはそれに
長けており、例え、心臓を一時的に止めなくても、出血多量が原因で死ぬのは、余程、防
御を怠らなければ有り得ない。体内の造血作用が出血のスピードを上回る事も、しばしば。
黒魔術師ではないので魔法力に限界があり、物理攻撃に耐性がある亜魔族のレッサーデー
モン相手に弾切れを起こして、苦戦していたのも、彼女は松風ストックウェルと同じよう
に前衛型だからだ。少し、違うのは、山城アーチェが生まれた試験管の中では、交配する
際、特殊な機能を幾つか細胞核に埋め込むことに成功していた。彼女をカテゴリーで区分
けすると、アンドロイドとサイボーグの位置づけが難しい。
「閣下、如何なさいますか?」
八重山が聞いてきた。
「そうだな、手錠を一つくれ。私、自らが尋問を行う」
その場の収集は代役を立てて、山城アーチェは少年を連れて自室に戻った。
「さて、激しい運動の後だから汗をかいたな。私はシャワーを浴びてくる。適当にくつろ
いでおけ――と、言っても、手枷は外すつもりはないがな」
(珍しく、ここはお姉さんらしく、色仕掛けで攻めてみるかっ!)
山城アーチェは過去の経験を生かし、無謀にも、自分から接しようと考えた。
「あ。後、お前――の、覗いたりしたら、承知しないからな」
(凄く、不自然なお姉さんがいます……)
お色気担当じゃない彼女にとってこの作品は、最早、辛辣な出番しか残されていなかった。
 今、自分は、化け物の様な力を持つ一見、クールに見えて、実はお茶目! を、アッピ
ールしている戦争マニアの人殺しに軟禁されている。
「どうすればいいんだ」
このままだと、ゲリラが決起して、交戦状態になる。
(そしたら、また、大勢の死人が出るッ)
「もう、沢山だ!」
しかし、自分より力量が上回る相手と一対一で真剣に勝負して、完璧に負けたのだから、
あの人に組するのは間違いじゃないかもしれない。それが、武人と言うもので、理屈では
ない。
(紋章の力を持ってしても適わないなんて……)
圧倒的な敗北感。けども、それに反して、少年の中には、もう一度、戦いたいと言う充足
感が芽生えていた。
「戦士の性だ」
風呂から上がった彼女は寝巻きではなく、普段着を着ていた。
「アンタが……あんなマネをしたのかよ?」
少年は塞ぎ込みがちに暗い顔をして言った。
「ん? 話が見えてこないが……」
山城アーチェはポニテにして後ろで縛るために、串で髪を梳きながら言った。
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 山城アーチェには少年が自分の何を糾弾しているのか見当が付かない。
(少々、人の恨みを買いすぎたな……しかし、フム)
彼の顔色から落胆の色が消せないのは、それだけの強さを持っていながら、凡そ、何故、
自分の力を弱き者の為に使わないのか? という、疑念であろうことは察せられた。
「あんなマネ、と言われてもな……人に殺めるのが仕事だからな、軍人は。心当たりが多
すぎて思い出せんな」
山城アーチェは、少しだけ、凄みつつ、脅してみた。
「アンタは……その強さを身に付けて、何を手に入れたかった? 何を守りたかった!」
少年は怒鳴った。
「あ~、悩み事相談ならカウンセラーの仕事だが、まぁ、器の違いと言事もあろう。他言
しないから、話せ」
彼は少し間をおいた後、静に語りだした。
「……信じてくんねーかも知んないけど、俺は、元々、この世界の人間じゃない。異世界
からやって来たんだ」
この場合の異世界とは、時間軸の違う虚数空間にある平行世界か、もしくは、数万光年離
れた星系からやってきた宇宙人。山城アーチェは、そう理解した。
「月が二つある世界で、その月が重なり合うと別の世界に行き来できる方法がある」
「そんなオカルトありえんな。差し詰め、その左手に巻いたサラシに隠された刻印は、殺
傷兵器を持つと威力を発揮する――だとか言うのだろ?」
この地特有のブラフだと思ったが、自分と互角に渡り合える人間など、そうそういない。
山城アーチェは尋問を開始した。
「なっ!? どうしてそれを……」
「この世の中には色んな魔術体系があってな。例えば、地火風水の四代属性を全て足すと、
無属性になって魔法が使えない。君の元、居た世界でも、そうなのか?」
沈黙が時を支配する。少年は、これ以上、喋るつもりがなさそうだった。
(凡そ、飼い主の身の危険を案ずるが為に、黙して語らずだな。よし!)
「因みに、さっき、言ったのは古の言い伝えだ。気にするな。似たような呪術も現存する
し、約束どおり、他言しない」
「信用できるかよ! 俺がこの世界に来た時、何を見たと思う!?」
少年の自己中心的な言い分は聞きたくはないし、それ相応の身分だが、耳を傾ける事に山
城アーチェはした。この時の彼女にとっては気紛れでしかなかったが……
「戦争を見て怖気づいたか?」
「アレは戦争じゃなくて、一方的な虐殺だった。浮遊大陸を街へ向けて落とすとか、アン
タ、狂ってるだろ!?」
(あー、アレ……か)
山城アーチェは、ようやく、話の合点がいった。
「あれは、でも、向こうが大聖堂を守る為に破壊したから街へ落ちたのだぞ?」
「だから、自分達は知らないって言うのかよ!? 艦砲射撃をしなくても、中の人達は毒
ガスで皆殺しに合っていた……白を切るのかよ――」
少年は悔し涙を浮かべていたが、山城アーチェは意に介さず、ドライヤーを当てて髪を伸
ばし始めた。
「まぁ、落ち着け。何と言うか、ホラ、アレだ。作戦を立案したのは、きっと、お前好み
の、胸の大きな18歳の美少女だ」
嘘は言ってないが、既にフィアンセがいる。それと、コイツを本国に送ったら捨て駒にさ
れる可能性大。
(ルリタニアはフリーだったな……若葉をお兄さんとコイツが呼ぶのも、悪くない)
山城アーチェは、既に、この『何処か』でよく訓練された猟犬を魔法学園に引き込むつも
りだった。
「……な、何だよ。ソレ」
「男は素直だからな。ま、残念ながら、その話の続きは後だ――それよりも、だな」
図星だったらしい。浮遊大陸は胸の大きな女性が好きな人間が多い。
(国民性、か……自分も例外ではないのだが)
「あの時、所属不明の戦闘機の位地と、その機種がこちらでも確認されていてな。差し詰
め、零式艦上戦闘機で、星間航法で次元跳躍して、この世界にやって来た。間違いないと
思う。要するに、君が勘違いしているのは、ここは異世界ではなく、ワープしただけだ」
山城アーチェは話を変えた。どっちが多く殺したかなど、不毛な議論をするつもりはない。
「……俺の前の前に居た世界。生まれた世界は、魔法とかなかったんだ。この世界の科学
でだって、魔法とか証明できないだろ?」
「超能力の類はナノマシン制御で開発され、因子が遺伝子に組み込まれる。やがて、バリ
エーションごとに魔術の宗派が形成され、今日の姿があるだけだ……宇宙からやってきた
のは君のことだな」
黙示録に書かれたドラゴンと、この地のドラゴンは、やはり、違う――
「正直、自分でも解らない」
だが、ゼロ戦が存在した極東の八岐大蛇……その頭を一つ切り落とした龍が、ヨハネの言
うサタンだと山城アーチェは推測した。アリアハンの勇者は完全に島根半島で大蛇を退治
した訳ではなく、スサノオは西方へと龍を逃がした。朝敵となったスサノオは帝に討たれ
る。そうすると、キリスト教を弾圧した皇帝の名前に一つ、空席ができる。それが、照和
の御門。
(古典的な発想だな……勿論、彼が伝説の使い魔であったとしても関連性はないのだが)
「じゃあ、ここは近未来なのか?」
「さぁ、な……そんな事より、何故、以前、居た世界を捨てた。カネか? 彼女と喧嘩で
もしたか? それとも、同じ様に軍が嫌になったか?」
可能な限りの情報を引き出す。黙られても山城アーチェは困るだけだった。
「どれでもない、元の世界に帰りたかった」
「主を置いてか?」
少年はビックリした。ただ、声が出なかった。
「ふふん、近未来は正解に近い。ただし、お前についての文献は、殆ど、残っていないが
な」
「じゃあ……あの後の事は――」
先日、八重山に歴史は勝者が作ると言ったが、あれは予感めいたものが山城アーチェの中
にはあった。
「そういう事が起こらぬよう、イクサには勝たなければ為らない。後悔先に立たず、だ」
言うのを躊躇ったが、占領統治下での売春は酷い。強要だ。
「恐らく、捕虜になった後、売り飛ばされたんじゃないか?」
意地悪そうに釣り目を細めながら、山城アーチェは少年に顔を近づけて言った。
(少し……戯れてやろう)
「いや、そんな……まさか、ハハ。アイツに限って――」
「この世界が近未来だと言うのなら、お前が住んでいた国家の血脈は残っていない。歴史
は勝者のみが作るのだ」
恋愛ごとは花も恥らう晩生なのに、戦争によって踏み躙られる女性に対しての道徳観。軍
人なので、彼女は詳しい上、人殺しの方が強姦より罪は重いという自覚がある。
 ダンッ――
「早く帰る方法を教えてくれ!」
「ほー、そうすると、この世界の虐げられし社会的弱者は、見殺しか?」
(ニヤニヤ……)
山城アーチェは他人が聞いたらこの不快極まりない会話が心底、愉しそうだった。少年は
『糞っ!』と言って、座っていたソファーを蹴っ飛ばしてしまった。
「ヤレヤレ……あー、巨乳美少女がどうとか言ったが」
「そんなの、興味がない! さっさと、手錠を外してくれ!」
山城アーチェは碧眼で少年の目を真っ直ぐ見た。
「私も、同じ女だ」
沈黙がその場の空気を襲った。
「捕まったら、辱めを受けるだろうなー」
もっとも、そんな気は更々ない。山城アーチェは自爆する事すら可能だ。
「……悪いが、アンタを守る余裕はない――」
「誰かつよーい護衛がほしいのだが」
彼女は聞く耳を持たない。若葉が宝剣ヴレナスレイデッカを引き抜いた時、自分は新任教
師で、まだ、22歳だった。しかし、既に、作者が連載を続けた為に、サブヒロインだっ
たはずが25歳の処女になってしまった。彼女にも、焦りがあるのかも知れない。
「ん? 私が求めているのは強い護衛と言った筈だが? 生憎、ウチは孤児院じゃないん
でな」
「ああ、そうかよ」
山城アーチェの口から『孤児院』と言う言葉が侮蔑的に出ていることに、少年は気づいて
いないようだ。
「ほー、己が負けを素直に認めるのだな。少し、見損なったぞ? 『コヤツなら気骨ある
やも知れぬ』と期待しておったのに――」
この少年は、どうにも、戦争をなめている。地図から彼の地の名前が消えた理由と、伝説
の使い魔を取り巻く人間関係が、温かった為だろう。
「一先ず、帰る方法が先なんだ」
「解った。では、答えを言う。元の世界に戻る方法など存在しない」
『えっ』と一言だけ言った後、少年の目がレイプ目になっていた。
「酷だから喋るのを気づかって、先延ばしにしてやった」
(それと、戻る方法がない事を告げる前に、やはり、自分と元カノを天秤に掛けたかった
が……)
「嘘……だろ?」
茫然自失な少年と、対照的に、困った表情をする山城アーチェ。
(何から説明すれば良いのか解らんな)
「ただし、一定条件が揃えば……この世界より前の世界。魔法が開発される前の超科学文
明の時代に、平行世界や亜空間と言った異世界を実験場にして、幾つかの魔術体系のパタ
ーンが試験運用された」
「ッ! それってどういう――」
これ以上、騒ぐと外に声が漏れて、面倒だったので、彼女は刀を抜いて、少年の首に当て
た。そして、小声で言う。
「このフロアはスイートルームだが、同じ階を軍で貸切とは行かない……少し、黙ってく
れ。言った筈だ、私は『左遷』で飛ばされて来たと」
これだけでも機密事項に近い。憶測は立つが、根本的には女王陛下の『前世の記憶』が絡
む。そして、少年にも話してやる必要があった。
「元の世界には戻れないが、会いたい人に会う方法は、ある。それも、複数――」
「マジかよ」
(と、言うより……仙人ども主催、か)
山城アーチェは刺客を送り込んだ相手の憶測がついた。本来は封神台に魂魄だけならある
為だ。
「もっとも――だ。霊体として意識を一定時間、具現化させる。要は、幽霊だが……大概、
今を強く生きろとしか、言わないぞ。お化け達は」
「えー、何でだよ、それ」
今と言う時代が、この世界が、ベターだからであり、現実から肉体ごとテストサーバーに
データコンバートした人間と違い、その世界で英霊となって、現世に彼の様に再召喚され
る人間は電脳化して移動する。それが、異世界ファンタジーがご都合主義たる由縁だ。魔
術体系の構築の為に、少年の元カノは造られたタイプだから、一般人と違って、魂魄は保
存されている。
「不平等だと思わんことだ。お前は英雄だから具現化される。しかし、この世界の魔術体
系構築の為の物語のヒロイン達は、道具でしかないのかも知れない」
「事実、俺には、そう聞こえる」
(猪武者、か……私の何処が気に入らないのか?)
「ただし、人の一生は短く、戦いで命を落とす事もある。この完成された世界で、例え、
一緒に暮らせなくても、お前の人生の中で、そのお化けが最も愛された人物には違いない
のだ」
それは決して不幸ではない。最前線で戦う者としての覚悟も必要。山城アーチェは目を伏
せて言った。
「お化けとか言うなよ! とりあえず、一秒でもいいから、会いに行きたいんだけど……」
「いや、それがな……その施設、崑崙山に有るぞ?」
ポカーンとしてる少年を尻目に、山城アーチェは浮遊大陸群の地図を開いた。
「御前を嗾けた連中の居城だな。私も将官だから、察しは付く」
敵の主力である仙人の祖先を少年一人が相手にするのは無理だろう。
「そ、それで……いつ、攻め落とすんだよ?」
「んー、私は攻め落とすつもりはないぞ? 当面、外交問題としても取り扱わないが――」
そう言って地図から視線を少年に移す。
「正直な話、お前を生かしたままだと、示しが付かない。解るな?」
山城アーチェは殺気を当てた。丸腰の少年には堪えただろう。
(裂帛の気合すら、紋章頼みではな……)
彼は腰を抜かした。
『クハッ』
「ちなみに、今のが私の使う妖術の類だ」
少年は死を覚悟して、脅えていた。
 死に対する恐怖心と言うのは、脳の伝道物質を止めて仮死状態になっても、案外に覚え
ない。むしろ、生きていたいと思う気持ちの方が強くなる。寝ている状態とは、まるで、
違うからだ。投薬でその経験のあるものは、死を体感したと言って語弊はない。しかし、
若干、死に逝く年配の年寄りに対する気の持ち様が違ってくる。やはり、本音で言うと、
年寄りが下等生物に思えてしまう。自分も歳をとって死ぬにも関わらず。よって、より刹
那的に生きようとする。引きこもりのニートを安易に精神科へ連れて行くと逆効果を生む
場合もある。
 山城アーチェが、植えつけた死に対する恐怖と言うのは、所謂、高所恐怖症の人が覚え
る恐怖心。恐怖感そのものは脳に備わる機能であり、高所恐怖症でなくても、同じ様に『殺
気』で恐怖感を働かせる事ができる。
「どうする……つもりなんだよ」
「幾つかプランがあるぞ?」
彼女は殺気を解いてから話し掛けた。
「ふぅ……それなら、さっきのは何でやめてくれないんだよ」
「フッ、脅える御前がそそるからに決まっている」
少年が『怖っ!』とだけ言ったので、再び、刃を喉元に突きつけた。
「ククク、黙れと言っているッ」
「だって、さっきから……会話を業と伸ばそうと――」
ボスッ――
 山城アーチェの膝蹴りが少年の鳩尾に決まった。
『グハァ』
少年は這いつくばった。山城アーチェのことを少年は自分と同じ異能者か何かと思ってい
るようだが、基本的な戦闘力が桁違いだ。彼はどうやら、この世界の女性が概念武装して
いる事を知らないらしい。身体能力を外見から判断しすぎていた。それでも、彼は歯を食
いしばって山城アーチェを睨み付けた。
「はぁ、傷は付かないようにしてやっている。何故だか解るまい?」
少年はペッと唾を吐いた。
「クッ……検死で捕虜虐待がバレるからだろ?」
「違う。時間を稼げば稼ぐほど、私はあらぬ疑いが掛けられる!」
山城アーチェは『どーん!』と腕組みをして構えた。
「どういう――意味だよ?」
「私にも色々と事情があってな、国家反逆罪の逮捕状を司法当局が起訴猶予処分にしたり、
クーデター疑惑とか掛けられているのだッ」
嘘ではないが、例の件を嗅ぎ付けた議会が騒いでいるだけで、王族自身が握り潰している。
民主主義に反するのではなく、王族が被害者であるが為、親告罪だから捕まらない。アイ
ドルを兼任する普岳プリシラ女王陛下は如何に支持率を下げずに、魔法学園とコングロマ
リットが共同開発を進めていくか。それが使命。
「それで左遷かよっ」
「つまりは、崑崙の仙人どもに一泡吹かしてやるぞ? 明日の朝刊の見出しは『山城アー
チェ=エスティーム教育総監暗殺未遂事件』ではなく?」
少年は『?』という顔をしていて要領が掴めていない。
「はぁ……これだから、童貞は」
山城アーチェは『ヤレヤレ』と言った表情だ。もっとも、彼女は処女であるが故に、自ら
がストライクゾーンの高めギリギリなのに気づいていないと思われる。
「いや、先生。話が見えませんよ」
「『若い男女がホテルで二人っきり!』に検閲で見出しを変えておく」
山城アーチェは『ふんーっ』と得意気に鼻息を荒立てた。もしかすると、成り行き上、御
子を授かるかもしれない。
(しかし、それは、まだ、黙っていよう。油断大敵、焦りは禁物)
「いや、えっと……大変、お気持ちは嬉しいのですが」
「そう、遠慮するな。何、実際、疚しい事はしてはおらんさ。私のプライバシーが、多少、
傷つくだけで、内地で内通している議員達は暗殺には失敗したモノの、充分な戦果だ。恐
らく、崑崙の連中も、そう思うだろう」
もっとも、ヴィクトリア達の仕事は増える……だけでは済まない。
「私をクーデターの首班に据えた場合、婚姻相手はラティエナ国の貴族や将校ではなく、
外部の人間の方が良い。それは、解っているな?」
実際、適任者もいなかった。
「山城アーチェさんが結婚すると、どうしてラティエナ王制の都合が悪くなるんですか?」
「私は優秀な人間を作り、王族と結婚する為に試験管の中で遺伝子操作によって生み出さ
れたが、オールインワン性能を目指した為に、手違いで『概念武装』を取り込んで女の子
が生まれた。姫様が生まれるのは解っていたから、男子が生まれてこなければ為らなかっ
た。つまりは、私は女の王子様だ」
少年は少し合点が行かない部分があった。
「姫様が生まれるのは解っていた……と言うのは?」
「トップシークレットだから答えられない。ただ、その時期が来れば話す。ラティエナは
男子が王制を継ぐことになっているから、私にも民を統治する力がある。拡大解釈すれば、
王位継承権があるとすら平然と言う青年将校もいる。そうやって、国家を崩壊に持ってい
こうとする」
ここで、普岳プリシラの前世の話をすると、面倒な事になるから山城アーチェは明言を避
けた。虚無の使い手の前世をドラゴンブレスで呼び起こせと言うに決まっている。
 普岳プリシラに関しては大淀葉月曰く――
『容姿が似ているのですよ。関西弁が乱暴で、少し、性格に可愛気がない部分以外は』
どうしても、レプリカはズレる。染色体の操作ができない為だ。それと、神器の担い手の
家系でなければ、容姿も性格も全く異なる。実験上となった別世界の魔術体系に合わせて、
ヒロインの能力を決定する。この安定した魔術体系を背景にした現世では、異世界のヒロ
インの残った因子を集めて作られる。
(今のアンタに、もう一人の『アイツ』が探し出せる訳がないじゃない! ……か)
「解ったよ……今日のところは、大人しく寝る」
「フム、明日からの行く宛ては? しばらくは芝居に付き合ってもらうぞ」
芝居とは、デートしたり、その街中を二人で歩く姿をフライデーされたり――山城アーチ
ェは生まれてこの方、デートと言うものをしたことがない。
「実は……前金でそれなりに貰ってるんだ」
これは流石に頂けない。山城アーチェは聞き逃すわけにはいかなかった。
「本当に吐かせなければならない時、私が手荒なマネはしないと判断したな?」
「アンタは古流武術を得意とした侍。一度、剣を交えたら、太刀筋でそれが解ったんだ」
空戦機甲の威力は知らない様子だが、どちらにせよ、後で見せるので、その話を山城アー
チェは端折った。
「フム、別に話す必要はないぞ?」
「へ?」
少年は間抜けな声を出した。
「御前に迷惑を掛けたくない」
山城アーチェが聞き逃さなかったのは、自分が殺される。つまりは、負けると言われたの
を聞き逃さなかったに過ぎない。
「いや……えっと」
「御前は勘違いしている。私が死ぬとか有り得ないからな。ただ、今晩、復興事業を請負
に来た民間の者でなければよい。民間人を殺すのは気が引ける」
(八重山は妻子持ちだったな。もし、デートが成功の暁には昇進も考えてやらねば……)
山城アーチェ=エスティーム中将、人生初の春である。
「しかし、そうか……お金を持っておるのか、お前」
山城アーチェは『チッ』とだけ舌打ちをした。
「前金と言ったって、マンション住まいが関の山。ここら辺はクックルーンとの戦争で田
舎にしか家屋が残ってない。今、首都に立っている物件は高いぞ~。オマケに食料だって
高騰してるが……」
「誰の所為だよ?」
『む……』とだけ、山城アーチェは言って、概算してみた。
「少なくとも、ラティエナ王国が敗北していたとしても、これより酷い惨状になっていた
と思う……とだけ」
そう言って、ソファーで横になっている少年を、山城アーチェはよっこいしょと、お姫さ
ま抱っこをする。
「降ろせよ!」
「ふふん、嫌だ!」
山城アーチェはシャワーを浴びた後なので、フワっとした石鹸の匂いがしていた。それす
ら、少年は拒んだ。
「お前、どれほど、強情なヤツだ? それに、私はそんな気は『今は』ないぞ?」
そう言って、少年をベッドに降ろした。
「暗殺が二段構えの可能性に配慮する為、今夜は徹夜で待機だ。お前を捕縛したまま……
な。私が、直接、説得に当たったのは、脱走された時、別働隊と連携されては困るではな
いか? 逆に、口封じで内通者がお前を消す可能性もある。孤立無援に等しいからな」
魔法学園の外に出すと言うのは、ほとんど死を意味する。彼女がそれでも、この地で成し
遂げなければならない任務があった。枢密院は、その時までの、後見人に過ぎない。
「アンタは……今まで、ずっと、そうやって生きてきたのか?」
「どうだかな。ただ、君より死人を多く見てきている」
山城アーチェは足を組み、腕を組んで、背を壁にもたらせて、鞘に収まった太刀を抱える。
「……家族は?」
「ふふん、育ての親なら幾らでもいる」
超能力者や異能者、異形の力ではなく、飽く迄、人類の細胞の働きを強化した。ありとあ
らゆる手段で。だから、彼女は常に自然体。精霊元素を取り込むだけで、戦闘力は上がる。
オカルティックな力は必要ない。自らを制御し易く、魔法学園空戦機甲課設立と山城アー
チェ自身の開発は同時進行ゆえに、担任を務める為には、これがベストな能力だと、当時
の望月家は判断した。しかし、女性が生まれても、偶発的にそれが天才を生んだ。
「……好きな人は?」
「他人の人生に興味を持った事は……特にない。他人に興味を持てば自分が守れなくなる
――好きだと明確に思えた相手は、居なかったな」
少しだけ、山城アーチェは寂しそうな顔をした。
(金剛吹雪のレイプ未遂で踏み躙られたのは黙っておくか)
 地火風水のマクスウェルが統べる四大元素。全てを足して四分の一にしても、全ての属
性倍率が打ち消しあって全属性相性が100%とはならない。これを光の五芒星で示す五
行思想との誤差修正範囲と呼ぶ。尤も、霧島薙の様に属性を会得しなければ、全属性相性
は100%にはなる。ただし、正四角形は存在せず、浮遊大陸ジステッドに伝わる伝承と
は異なる。
 では、山城アーチェの能力とは……前述した様に、常に、自然体である事。その結果、
越えられない壁を彼女は越えることに成功した。この世界の物理法則では、上記したよう
に、人は100%中の99%ジャストで止まるようになっている。何故ならば、0以上~
1未満の小数点以下の数値、例えば、0.1は分数で表記すると1/10であり、これは
1割と言う『概念』を示す為、固体数を表す数式ではない。よって、才能に比例する成長
限界の最高水準は等しくLv99である。では、Lv99とLv100の具体的な違いに
ついてだが、これはHPがLv475に相当すると言われている。何故ならば、算術士の
Lv5デスの最高即死レベルが95。無論、Lv100は計算できない。つまり、Lv5
デスを20回唱える必要があり、それは、最高HP~1を0にするのがデスという魔法の
性質である為だ。これがイカサマのダイスを二つ用いた概念武装『頭ハネ燕返し』である。
ヘラクレスは12回目で死んだが、山城アーチェは最低でも19回は自爆できる計算にな
る。自爆とは、残り全HPをエネルギーに変換して敵にぶつける技だ。その名は『神風』
と呼ばれ、由来は精霊元素の干渉を受けないが故に、至純とされた祖国ラティエナのシン
ボル的意味合いを持つ。
 ――ちなみに、任務遂行の確実性を上げる目的で、擬似的にLP20なのだから『幻魔
剣』を装備するようにヴィクトリアに勧告されたが、山城アーチェは断った。自分の自爆
回数の残弾は国民の士気高揚に関わる。
「なぁ……少年。私の元に来るつもりはないか? お前は、まだ、若いし、鍛え直せる」
少年は首を横に振った。
「もう、人殺しはやりたくないんだ」
「いや、軍に入れるつもりはないぞ? 私は、左遷中の身だと言ったが、今は浮遊大陸総
督府の教育総監として着任している。予備役ではないし、階級は中将ではあるが」
山城アーチェは苦笑しながら言った。少年は、多少、呆気に取られた。軍のお偉いさんら
しいそぶりを一つも見せない。それに、相手は仮にも貴族だ。平民とは違う。少年は彼女
の提案に興味が沸いたようだ。
「えっと、『戦う』以外に、アンタの元で俺は何をすればいいの?」
「私は、とある事情で本国でも教員をやっていて、ここへは研修の為に来ている。君を本
国からの留学生扱いで、学校に連れて通うのは、どうだろう?」
この子なら、きっと、説得に応じてくれる。山城アーチェは些か自信があった。
「……解った。けど、条件がある。俺は本名を誰にも明かさないし、この手に巻いた布も
はぐるつもりはない。それで、良いなら」
「そうか。なら、仮の名が必要だな。私が名付け親になろう。ん~、そうだな? はじめ
=エスティームと名乗るがいい。私の親戚のフリをしていろ」
あと、それと――と、彼女は続けた。
「主との出会いが、もし、運命だと思っているならば――」
(それは、この世界において、天命とも言えよう)
「信じるものは自分で探せ。そして、次の世代に伝えるんだ」
少年は少し腑に落ちない顔をしていた。
(良かった、強い子に会えて……)
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