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第五十六章『全権委任』

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 同時期にして、ここはラティエナ本国――
 フレイムカーン処刑の後、次の一手を打つべく、普岳プリシラは霧島薙の教育係代行を
務める蒼龍カシスを呼びつけた。
「次に全権を委ねられるのは、アンタしかおらへん。カシス中将」
カシスは霧島薙の特別顧問の大儀を果たしたとして、将官に昇進していた。八重山と同じ
で実効支配を強気に顕示する為である。
「ウチが推挙した。生徒総会長も承知の助や。任命は確実やな」
虎の子の白鷹など、側近達の方が昇進は遅い。理由は任務が危険なモノほど評価も高い。
しかし、常に、前線へ送られる為、よく戦い、そして、よく死ぬ。
「お尋ねしてもよろしいでしょうか? 何故、私が?」
折角、内地で仕事に有りつけても、それは、何らかの布石でしかない。カシスは納得のい
く理由を女王に求めた。
「アンタが教皇庁寄りだからや。カシス中将」
(それは、否定できないが――)
「ルーンに魅力を感じない者を大聖堂に遣る訳にはアカンやろ。そのような者は彼等に何
も求めようとせんやろな」
「何を求めよ、と? 事実上の降伏に等しい休戦協定以上に、何を?」
普岳プリシラにクックルーン大陸諸国に対する積極的な領土的野心はなかったが、好機は
適切に捉えなければならない決断だった。
「クックルーンの富と、国土や」
「!?」
カシスには意外な返答が帰ってきた。既に、非魔装国家郡に融資して莫大な金利を得てい
る。ヴィクトリアが議会を掌握して、充分だとも思っていた。
「エクソシストの勝利と、その見返りとしてのクックルーンルイネハンガス連盟脱退を望
むだけの者は、もう、充分、幕引きの頃合だと見とるやろ。でも、アンタはそうではない
はず……願わくばクックルーン教皇圏に侵攻し、文化文明の果実と精神の聖地を回復した
いと考えとる。違うか?」
誰が入れ知恵したのか解らないが、面白いことを言うヒトだとカシスは感じた。
「恐れ入りました。お察しの通り――しかし、その様な者が休戦協定全権では……」
「全権では?」
普岳プリシラは片目を閉じて、敢えて、聞き返した。
「まとまる会議もまとまりますまい。私は……むしろ、戦争の続行を望みますから」
ちなみに、この頃、山城アーチェから不知火への極秘通信の類が、カシスには届けられて
いなかった。霧島薙を厳しくしつけていた為、彼女は自らの教育係への情報伝達を怠った。
彼は、この後、迷走することとなる。
「いいんや、それで。戦争は続行されなければならへん」
カシスが望む戦争は、先行き不透明な国際社会における閉塞感の打破が目的だった。情報
網を持たぬ彼は、従軍しなければ自らの道が開けてこない。
「クックルーンはレムレースの敗戦で打ちひしがれとる。失敗したとは言え、真・メテオ
バースト作戦による被害も甚大や。彼等は、今、痛切に休戦を望んどる……のみ、為らず
我が王国内にも、停戦を望む向きがあるんや」
ソーラ・レイの攻撃を受けた所為で、クックルーンとラティエナの休戦交渉は有耶無耶の
まま、締結していない。今、現在、国際法に則れば、両国は戦争状態にあるということに
なる。事実上の休戦と言う暗黙の了解があるだけで、休戦の合意の目処は未だ立っていな
かった。
「知っています。私ごときでも」
「間違えんといてな、中将。アンタは停戦の使者やあらへん」
普岳プリシラは目を細めていった。
「クックルーン侵攻の長として、大聖堂に行くんよ?」
カシスは戸惑った。少なからず、疑問を持っていたからだ。
「ウチの一存で言ってるんやない。ヴィクトリア陸相も同じ考えや。いずれ、話があるや
ろ」
「二つほど、質問してもよろしいでしょうか?」
今は、諜報部の情報を開示するよう、彼は求めた。
「ご存知の通り戦争には相手が必要です。クックルーンの戦意が決定的に失われている場
合、振り上げた拳を、どこへ振り下ろすべきか?」
それは前回の様に一般市民に対する民族浄化、もしくは、内乱を暗喩した言い回しだった。
つまり、女王が前者なら不知火親派、後者なら、現状、左遷中の山城アーチェ一派に別れ
る。
「はぁ……もう一つの質問も、合わせて聞くわ」
(回りくどいので女王陛下はウンザリしている様だが、女の元で戦はしたくないモノだ)
「単純です。保障は? 私と、私の軍は謂わば、敵の中にパラシュート降下するのです。
こう言ってはナンですが、捨て駒にはなりたくない」
特に、現在、カシス率いるカガヤルナウス龍機兵師団は、霧島薙軍と同一視されているの
で彼女のカリスマを世間的に削ぐ目的で、切り崩しを狙っての判断なら、自分は山城アー
チェを救援する旨の発言だった。
(これは造反ではなく、交換条件として成り立つ……はず)
「流石やな。実に的確な質問攻めや。なら、二つ目から答えるで」
そう言うと、彼女はメガネを掛けた。
「金剛吹雪を遣るわ。ウチが最も寵愛する我が花婿をアンタの下に配属させる。王国が決
してアンタを見捨てぬという何よりの保障となるやろ?」
(ッ!? これは予想外だ――が)
そこまでして山城アーチェを浮遊大陸に骨を埋めさせたいのか――と、言う感情論は抜き
にできない。もしくは、軍事的に言えば、魔人攻略を侮っていると推測された。
(しかし、冷徹な判断だが、むしろ、そこは逆か……)
ここでリスクを犯さば、山城アーチェ亡き後、彼女の部下をスムーズに軍に再編できる。
そして、この異例とも言える人事は、士気の高揚にも繋がる。前線で敵を叩く為の的確な
用兵思想が、毅然として認められると言う前例になるからだ。だが、仮に、もし、金剛吹
雪が死んだ場合は――
(不知火女史が、恐らく、若葉殿の第二妃になるだろう)
実質的には、普岳プリシラが正室であったとしても、それは次代までの建前で、不知火が
事実上の支配者。影の王妃になる。つまり、これは王位継承を懸けた勝負ということにな
る。
(フム……山城アーチェ殿は承知しているのか? いや、むしろ、決着を付けさせる為に
自らが提案した可能性も否定できない)
「最初の質問。クックルーンが戦意を喪失し、継戦が不可能である場合……天佑と言うべ
きか、ヒトは本質的にイクサを好むモンや。愚かにも、そして、賢明にも――」
これぞ、何もかも、ヒトの心を流し動かす策士の業なり。
「安心してや。哲学問答ではぐらかそう等と、考えてはおらへん。手は打ってあるさかい」
しかし、彼女は不敵に笑った後、こうも言った。
「それと、カシス中将。これだけは覚えておいてや」
(ん……ナンだろうか?)
「アンタは他の凡将とは違う高い器量の持ち主やから言うんやけどなぁ……」
『凡将』と言う表現が引っかかるが、黙って聞くことにした。
「ウチは、生徒総会長を――好かぬ!」
それは、霊的無能であった父・先代に対しての侮辱は、王族のプライドが許さない――そ
ういう旨の発言だった。山城アーチェ中将の配慮、金剛吹雪次期元帥の死から予測される
不知火少佐の台頭、そして、併呑した20万もの霧島薙私兵団の造反。
「問題が私の想定内なら、自分が片付けて見せましょう。仰せの通りに」
カシスはそう言い残して、部屋を去った。
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