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第五十七章『乱舞界』

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 数日後――
 ここは、再び、浮遊大陸群首都バンチ『フェザーランド』にて。山城アーチェは春日丸
卿と交渉すべく、ジステッド王の阿武隈ハガーが主催する舞踏会に来ていた。
「先生――」
ネスゲルナが山城アーチェに話しかけた。
「ん、何だ?」
(ここは、取り敢えず、からかうべきだな)
「そのドレス、似合ってますよ」
「うっ、うるさい、この馬鹿!」
思った通り、山城アーチェは顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。晩餐会でも彼女は
軍服だったので、こういうのには馴れていないんだ――とはじめが睨んだとおりだった。
「先生」
「知らん!」
フンッと鼻を鳴らして彼女は腕を組んで目を閉じ、横を向いた。
(あら、案の定だな……ククク)
「踊らないんですか?」
「柄ではない!」
山城アーチェは早くこの場から逃げ出したそうだった。
(柄じゃないってことは、一応、踊れるってことだよな――よし!)
「じゃあ、俺と……踊りませんか? 山城アーチェさん」
「な! 本気で言ってるのか!?」
少年は異世界で英雄時代だった時に――とは言っても、作者曰く『最早、本人の妄想』で
はあるが……
(もういいよ! どうせ、厨二扱いだろ!?)
何度かヒロインと踊った経験があるとかないとか。初めは、その子の足を踏んでしまった
りした『らしい』――
(死ね! 作者呼んで来い!)
「ど、どうしたんだ? なんか、お前、殺気立ってたぞ?」
「イヤ……心の中で、俺にしか見えない邪悪に向かって叫んでたんです」
(流石は武人――)
デレてる最中でも気を張り詰めている。と、言うより、山城アーチェは、元々、そういう
体質だった。
「ふ、ふむ……ま、まぁ、折角だし」
「え?」
山城アーチェは頬をぽりぽりと掻きながら、彼から目線を逸らした。しかし、そこへ招か
れざる者が割って入ってきた。はじめ、ぴーんち!
(……え?)
「おや、踊られないのですか? よろしければ、私がお相手しましょう」
「あ、いや……私は、その」
やって来たのは厳島春日丸卿だった。ちなみに、仮面はつけたままだ。
「アナタほど麗しの女性は、早々、このような場所では巡り合えない」
「そ、そんなことはないと思うぞ――うん」
いつもの仏頂面で平静を保っているのがはじめには解る。だから、強引に割って入った。
「いや、普段から着飾っている貴族の令嬢などは、自らを磨こうとしない。山城アーチェ
みたいな女性こそ、魅力的なんだよ」
「……は? えええええええぇ~!?」
呼び捨てはマズかったかなと思いつつ、ネスゲルナは正体不明の男を牽制した。山城アー
チェは翠星石が、まるで『突然、何を言うですかっ この白饅頭!』と、言ってデレると
きぐらい動揺している。
「ほう……これは一本取られたな。邪魔者の私は退散するとしよう」
(ついでに、お前も引っ込め。俺の中の、もう一人のマインド!)
「あ、あの……えっと」
しどろもどろする山城アーチェを見て、少年は右手をすっと差し出して、優しく微笑んだ。
二人は、いつの間にか、ホールの中心で踊っていた。そして、本日の、皆の注目の的だっ
た。これにより、舞踏会の後、阿武隈ハガーにお目通り適うこととなった。一重に、少年
の人を引き付ける力が働いた。
「芸は身を助ける……か。今日は助かったぞ。異世界の勇者は伊達じゃないな、思いもよ
らぬ収穫だ」
「いや、別にそんなつもりじゃ――」
実際、ジステッド王家と個人的に親しくなれれば、立場上の問題も気持ち程度、和らぐ。
その気持ちが問題だった。
「あー、しかし、だな。コホン……私を呼び捨てにするのは十年速い」
少年は『ボカッ』と頭をゲンコツで殴られた。
「痛いです……」
「ふふん、大人をからかった罰だ」
その発言が、照れ隠しなのか、力量不足からなのか、判断できなかった為、はじめは口を
慎んだ。
(今、一歩――距離が縮められない)
そして、謁見の間――
「阿武隈公のお気持ちは、よく、解りました。人類史上最悪のこの戦争はやめなければな
りません」
ジステッド国王、阿武隈ハガーは頷いた。
「ジオン・ズム・ダイクンの教えを信ずる者達を、空に棲む悪魔と思ってきた多くの下界
市民は、阿武隈公のお考えを知るべきです」
(ここが、もし、近未来なら、アイツの子孫と言う可能性も……)
ネスゲルナは国王の顔を見たが、似ても似つかないと言うか、年寄りは年寄りにしか見え
なかった。
「知らしめてもらえまいか。それを汎く、世界に――」
山城アーチェとはじめは跪き、黙って聞いている。
「カインとアベルの昔から、人の反目と争いは絶えずバベルの塔の崩壊――この方、ヒト
と人は解り合えずに居る……神と人との契約の地が、そうであると言う理由から長い間、
最も血腥い争乱の地となった。嘆かわしいことだ。ジオン・ズム・ダイクンはフロンティ
アⅣ(ドラゴン・レインボウ・クエスト)の移民の町の、導き手の任を自覚した時に、そ
うした呪縛からの解放を考えた」
(話が長いな……それよりも、あの仮面の人。俺に用があったんじゃあ――)
はじめはマスターソードをくれたのも偶然である筈がないと考えていた。しかし、そうで
あったとしても、山城アーチェをかどわかそうとしたのは許す訳にはいかない。耐性も免
疫もなさそうな山城アーチェは、簡単に騙されかねないから油断ならない。
(俺の経験を踏まえると、この人は無防備だと思う)
「異世界を含む万物が神の創造物にあるにせよ、かつて、浮遊大陸に渡ることで得た解放
感に数倍する希望を、我々、空の民が得て悪いことがあろうか? ダイクンはそう考え、
新たな新世紀のプロトコルを発した。我々、同志はその旗の元に集った。新しい人間への
希望が、かくもおぞましい、憎しみと大破壊を招くとも知らず……将軍、事を収めること
はできまいか? ワシと貴官の手で!」
「ジステッド家の方なら、いざ、知らず――私に何ができましょうか?」
 実際、既に山城アーチェは春日丸に返答している。遺伝子標本としてネスゲルナを解剖
したいらしいが、お断りだった。その意思は、今日になって、より、頑強なモノとなった。
「判る。判っている」
阿武隈は立ち上がった。
「よく判っているとも、将軍」
そうとだけ言って、王は退室した。謁見を終えたのだ。
「我々も、これで」
山城アーチェは衛兵にそう告げて、その場を後にした。
192, 191

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