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第六十章『西部戦線』

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 ラティエナ北東、本陣――
「高機動要塞ガルフェニアは確かに受領したっス。任務遂行ご苦労様――」
霧島薙は右手を差し出すと、ヴィクトリアも快く握手をした。
「女王陛下も満足しているっスよ、スウィネフェルド外相殿」
「だと、良いが……」
霧島薙は苦笑いをした。金剛吹雪の中で、ユミルとヤマのシンクロ率が、ここの所、低下
している為だ。
「本機の運用で戦局は画期的に変化するっス」
ヴィクトリアは細長い目で、地平線を見つめた。スウィネフェルド領内とは陸伝いで、こ
の先を進軍する手筈になっている。移動要塞はラティエナ本陣の、人と蛇のキメラを主力
としたハイテク連隊ギガンテスの要である。しかし、蛇と言っても唯の蛇ではなく、生き
血を求めて生贄を必要としたクロウ・クルーウァッハのクローンであり、例え、心臓に杭
を打たれたとしても、その構造上、半身が蛇である故、死なない巨人達。彼等こそ、ユー
トピアと同じ三日月の形をしながら逆さまのお月様を象った、このクックルーン大陸にお
ける不敗神話の象徴なのだ。
「しかし、予備役に居られても、流石は霧島薙殿。腕はナマっておられませんな」
「下手な世辞はいい。それより、女王陛下によく伝えてくれ」
霧島薙はヴィクトリアの目を見た。その眼光は鋭い。
「もし、陛下がお望みなら、このまま、お任せくだされば大聖堂を奪取することも容易な
のですが」
次の言葉は霧島薙の代わりにルリタニアが言った。
「はは……然もありなん」
ヴィクトリアは、やや、困ったような表情をして笑った。そして、霧島薙に視線を戻して
言った。
「が、参謀本部と西側諸国が話し合いで決めた手順。従っていただきませんと……」
「誰も従わぬとは、言っておらぬ」
コツ、コツ……と、ゆっくり歩きながら、遠くの空を見上げて彼女は言った。
「現に、こうして機動要塞ガルフェニアも引き渡した。それより、しかと、確認するぞ? 
目標の第一はクックルーン南部に位置するエリッサリア回廊の併合。大聖堂の占拠は第二
――これで、良いのだな?」
三日月の形をしたルーン・ミドガルド南東に位置するラティエナから見てエリッサリアは
西。浮遊大陸群は南東の太南洋上、弥生か真東には超海洋パンサラッサを隔てて沿岸諸国
連邦。クックルーン教国は大陸の中心部にある。更に、北西に進むとテチス海が広がって
おり、逆に、細長く西へ続くエリッサリアは、国土の南は太南洋に面している。
「熱核ホバー式陸上艦、ガルムス・デラス五百台で、その任務を全うするとなると、電脳
クジラを海へ逃がさない為の空陸の連帯と、絶えざる情報の提供が必要だが、遺漏はある
まいな?」
「も、もちろんっスよ」
二十余万のウィルザッポル魔工兵団で構成された兵力を持ってすれば、まだ、敵国のエリ
ッサリアを領土に与えられるのは、悪くない話ではある。以前、約束した若葉に領土を授
けるなら絶好の機会で、地政学的に悪くない。しかも、現在、自分の元にルリタニアが同
伴している。
「ならいい。見事、やりとげてご覧に入れる」
ヴィクトリアは黙った。
「スウィネフェルド領は遠いぞ? ヴィクトリア陸相、気をつけて行け!」
こうして、機動要塞ガルフェニアは北へ向かっていった。
 霧島薙に同伴しているが、それは、予備役である霧島薙は視察しているだけで、権限を
持たない。アルガス騎士団の四人も、体面上は彼女の秘書官でしかない。よって、この場
合、20万の兵を率いている軍属は、勇者若葉=秋雲の妹、ルリタニア=秋雲と、言うこ
とになる。
「情報と補給で支援すると言うお話も、どこまで、本当なのやら……」
ルリタニアは霧島薙と人目を忍んで夜に二人っきりになり、不安を口にした。
「厄介なのだろう。我々、山城アーチェ中将直衛の部隊が望月卿の管轄下で動き回るのだ
からな」
しかし、実際の所、山城アーチェと望月家は疎遠になっている。それでも、望月タキジと
ヴィクトリアは水と油だ。
「それだけで済めばいいわ……」
ルリタニアは疑問を口にした。
「む?」
「白鷹先生は油断のならないお方と聞いております、外・相・殿」
普岳プリシラの側近である白鷹を以前、山城アーチェは目の仇にした。
「勘繰りすぎだ、妹。余は政治屋だ。回廊を併合したら、すぐ、本国へ帰る」
「恐れながら……霧島薙さんは、今度の任務――どういうおつもりでお受けしたのです
か?」
自分が、切り札である移動要塞ガルフェニアを引き渡すのは、少し、理解できないかもし
れないと霧島薙は考えた。
「不服なのか?」
「……いいえ」
(あまり、父上が立派には見えなかった)
単なる反抗期にさしかかったからかも知れないが、違うとも思う。ブレンハイム=クライ
ムと言う人は、時代遅れなのだ。
「確かに、今度のことは、先代を亡くしたラティエナ王家の恨みから出ている。仇討ち等
と言う時代掛かった仕事に興が乗っている訳でもない……」
霧島薙はルリタニアの目を、その鋭い眼光で見て、真剣な表情で言った。
「しかし、だな。この手で回廊を征服してみろ。妹は二階級特進だ。生徒達の生活の安定
にも繋がる」
「生徒達の……為?」
ルリタニアは霧島薙の言うことが理解できなかった。
「妹の為でもある。ラティエナ家により近い暮らしができる。つまり、貴様も普岳プリシ
ラのようなアイドルにだって――」
「はぁ……この非常時に、まだ、その様な事に御未練が?」
ルリタニアは、もう、充分だと思った。しかし、霧島薙は違う。
「未練なぞないが、悔いはある。『法王』 NATO・ルーン・響への忠誠を守った事で、
スウィネフェルド家は信仰心を示したが、軍人としては大陸の役に立てる機を逸した……」
「お気に為さる事はありませんわ。私も、ここまで、共に来た兵達も、勝ち馬に乗ろうと
は思わなかった者ばかり。別に、気に食わない事は、何も――」
天下分け目の血戦で、敗軍の将となった。
(自分は凡将だった……普岳プリシラ姫がカシスに言った通りだろう)
「心配するな。まぁ、見ていろ。決して悪いようには――」
「あっ、流れ星! 二つ、三つ……」
二人は空を見上げた。
「思ったより、空気は汚れておらんのかな」
「かも、知れないわね」
ここは偏西風で黄砂が舞う。原因は、クックルーンで落ちた浮遊大陸の影響で空気が澱ん
でいる。
198, 197

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