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第一章『白竜の昇天』

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 季節はまさに、春眠、暁を覚えず――
『魔王ゲルキアデイオスを倒した者が現れれば、その者と現在の王位継承者、普岳プリシ
ラ姫との婚約を認める』
 この御触れ書きが出たのは、若葉が十六歳の時であった。彼は胸の高鳴りが抑えられず、
その日は、一睡もできなかった。姫様は、国民的アイドルで国の行事で生でも見たことあ
るが、見紛う事無く超絶美少女だった。しかしながら、現実は厳しく国軍に志願しように
も年齢が、まだ若輩者、故に、門前払いであった。そこで、彼はあらゆる方法を模索した。
しばらく熟考した後、彼は決心した。
(エルケレス市街地の広場にある、真の勇者にのみ抜けるという宝剣ヴレナスレイデッカ
に挑戦しよう――)
 彼には、時折、声が聞こえた。戦女神の呼ぶ声だ。
(これが勇者に示されると言う天啓ならば、引き抜くことが可能なハズだッ)
その試練は、一応、順番待ちがあるので、明朝、役所で手続きを済ませる事にした。
 伝説の剣、宝剣ヴレナスレイデッカ。曰く、真の勇者のみが扱うことが可能と言われる、
最強の武器。多々ある英霊の魂が宿りし神器の中で、群を抜いての威力。人類の存亡を掛
け、今日も多くのギャラリーに見守られながら、勇者選抜の試練は行われていた。伝説の
剣とだけあって、観光がてらの記念に訪れて挑戦する人なども居るので、いつも順番待ち
で長蛇の列が生まれていた。何せ、外国からも訪れる人がいると言う、観光スポットなの
だ。宝剣ヴレナスレイデッカとは、別の試練の魔導士ギルドが用意したレアリック・オー
ブもある。これは、勇者の資質はなくともレアリック・オーブを扱える高い能力の持ち主
が仕官するテストであった。この試験に合格すると、魔導士ギルドに入ることができる。
更に、才能次第で尉官クラスに取り立てられたり、騎士の称号を授かったりと、魅力的な、
見返りが満載だった。過去に、宝剣ヴレナスレイデッカのみだと順番待ちが長過ぎる為に
不評だった為、レアリック・オーブを用意したのだが、今や、そちらの方が人気も高いよ
うだった。何故なら、勇者は死の危険性が付き纏う。伝説の勇者となって魔物と戦うより、
後方で指示を出す魔導士となって人生ウィナーを目指す方が得策で、それは魔法学園に飛
び級するより社会的地位が上だった。
 この世界の森羅万象を司る創造神、超科学文明時代のマネジェスティック学士と呼ばれ
る科学者達が施した設定が、ある程度、解明されていた。まず、勇者へのクラスチェンジ
用のレアリック・オーブは神器の中から、順に、一定周期で選ばれる。選ばれなかった神
器はレアリック・オーブにはならないが、直系の血族にしか扱えない。もし、仮に、直系
が途絶えてしまった場合には、代を遡らず直系に最も近い眷族が次の使い手に選ばれる。
普岳プリシラ姫は一人っ子なので、婚約者との世継ぎは此れに当たる。更に、補足すれば
一族が途絶えた場合には、勇者が新たな始祖となる。そして、人類は、自らが持つ属性以
外のレアリック・オーブを扱うことはできない性質を有していた。よって、勇者の資格は
神器の属性を扱える人類の中から最適な者が選ばれ、現在の観測上、ここ、ラティエナ国
に伝わる伝説の剣、ヴレナスレイデッカが勇者の装備と言われている。つまり、この勇者
選抜の儀は、宝剣ヴレナスレイデッカの宿す光属性を扱える者に限られていて、世界中が
この地の勇者の誕生を待ち望んでいた。勇者にクラスチェンジすると、レベルを上げる事
によって退魔能力のスキルを会得する事ができるので、日々、魔物に脅かされて生きる、
世論の関心も高まっていた。
 若葉は申し込みを済ませ、参加費用を支払うと、早速、列に並んだ。まだ、早朝だと云
うのに、既に会場の外まで列ができている。原則として禁止されているはずの徹夜組も居
るらしく、折り畳み椅子やシートを引いて座っている人も居た。これだけ人が集まるのだ
から参加費用を徴収するだけで、魔導士ギルドの用意したレアリック・オーブを操り、仕
官したものへの報酬が払えると云う話だった。全く動く気配のない列を見て、ぼーっとす
る若葉。列が進まない理由に人数の問題もあるが、何より、引き抜く手段は問われていな
い事が要因だった。自己の魔法力を高める祈祷や呪いを用いる事も制限されていなかった。
特に、自らに神聖魔法を付与するのが通例だった。持ち時間は一人、二十秒と決められて
いたが、参加費用に延長料金を払えばそれ以上の時間でチャレンジすることも可能だった。
しかし、生憎、貧乏学生の若葉にはそんな余裕など財布にはなかった。
 小細工は一切しない。唯、意識を集中させる。全身の気の流れを、剣を引き抜く両手に
込めて、イマジネーションを統一させていく事だけを考えた。
 列が進み始め、会場へと入った。若葉の順番が近づいてくる。
 瞑想に耽る。若葉は攻撃魔法が使えない特異体質だったが、素養となる気の流れを体内
で操る事に長けていた。精神統一は自分の十八番だが、如何せん、人の目を引きやすい大
掛かりな魔法が放てないので、それが証明できなかった。誰も信じてはくれなかったので、
幼い頃から、あまり、その話を他人とする事はなかった。
 若葉がコンセントレーションを高めている最中に、一際、大きなどよめきが起こった。
何が起こったのだろうとそちらへ目線をやると、一人の少女がレアリック・オーブを高々
と翳していた。彼女の年齢は若葉と同じぐらいで、青いローブに身を包み魔法使いの帽子
を目深に被った金髪ロングヘアーの美少女だった。
「我の名はスカーレッド家の末裔にして、不知火・R・スカーレッド! 華麗なる一族は、
まだ、終ってはいなくてよ!」
彼女は剣先を太陽へ向けて振り上げた。
 スカーレッド家とは、極東神話の魔道物語に登場するウィッチの子孫と伝わる一族だ。
 会場は歓声と拍手に包まれた。威風堂々たる、その姿は、年端もいかぬ少女とは思えぬ
程のカリスマ性に満ちていた。ヴレナスレイデッカも抜けるのではないだろうかと思わせ
るほどの、気迫だった。
 場内が静けさを取り戻した頃、若葉の順番が回ってきた。目を瞑り、気の純度を高めて
いく。基本的に装備制限と云うのは、必要とされる属性の純度を高めなければならないの
だ。 両手で剣の柄を握り締める。気の純度を最大限まで高め、当方の武闘家達が極める
とされる無の境地に辿り着く。若葉は、無心が何たるかを心得ていた。具現化されない気
の流れは行き場を失い、体内で増幅され、やがて術者の器を満たす。その器の大きさこそ
が、勇者の資質なのだ。しかし、端から見ている分には、柄を両手で握り目を瞑っている
だけにしか見えないので、観衆達からは何が起こっているのかサッパリだった。が、次の
瞬間――
『ズッ、ズズズッ……』
と、音を立ててヴレナスレイデッカは見事に台座から引き抜かれ、その刀身は日の光を浴
びて輝いていた――
『こうして、秋雲若葉はデスクリム……じゃなくて宝剣ヴレナスレイデッカを手に入れ
た!』
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