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第六十三章『魔人ルビアノザウレス』

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 高雄南下の報せは、直ぐにジステッド総督府にも連絡が入った。
「魔人ルビアノザウレスって何者なの?」
ネスゲルナは聞いた。
「魔人ですわ」
不知火はぶっきら棒に答えた。
「いや、それは知ってるけど――」
「魔人とは、天部の神にも似ているが、天には非ざる存在。だから、魔の神ではなく、魔
の人と書く」
雷暗が説明をする。
「もっとも、テュポーンを魔の神と呼ぶのは、デルウルゴスより先に誕生したからでもあ
る」
「でも、他にも魔の神がいるんだろ?」
ネスゲルナは、再度、質問した。
「いや、正確にはテュポーン以外は魔の神ではなく、神の魔の間違い」
「つまり、神の一部だ。それは、神に対する解釈の一部と同義である。この概念は、一神
教に対する方便だがな」
山城アーチェは相変わらず毒づいた。
「元々は、アーサー王の不義理の子で名をモードレッド。彼は魔血魂を呑んで白竜の化身
となった――より、強力にな……そして、五行思想で白竜とは、西方を守護する神聖な龍
だと言われている」
万物は木・火・土・金・水の元素からなる自然哲学は、雷暗の専門分野だ。自然哲学とは、
西洋魔術における四大元素を変換した独自の流れを組む。よって、通常魔法のダメージを
受けない魔人属性でもモードレッドに対しては有効だった。
「しかし、闘神都市に来る為には、排他的偶像崇拝水域を抜けねばならん」
取り分け、イスラム原理主義の管制下であるオッテス大橋を潜らねばならない。太南洋に
は天界に通じる門がある為、大天使ミカエルが見張っている。聖杯を持つアーサーを裏切
った大罪は主によってしても、赦されない。
「そもそも、何故、東方に?」
「――逃げてきたのですよ」
大淀葉月はこれも生で見ている。
「テチス海に浮かぶブリトン島で敗北したのは知らなくって?」
「情けねぇ……」
ネスゲルナは魔人ルビアノザウレスが脅威なのか疑問すら覚えた。何せ、彼は異世界で英
雄だったのだ。
「確かに、な。白龍のクセに、何故、赤帝と名乗っているのかと言えば、正当な継承者だ
と自らを主張し、固執しているに過ぎない。だから、ヨハネの言うドラゴンと八岐大蛇は
首の数が合わないんだと言う俗説もある」
この世界では、それを日英同盟説と呼んだ。
「オッテス大橋はどうやって抜けたんだ?」
「ヤツは魚に化けられる。それに、龍と言っても魔人だから、下半身だけが、龍だ」
ネスゲルナはそれを聞いて姿を想像したら、ゾッとした。
「正しくないぞ、雷暗君。魚じゃなくて人魚だと授業で説明しただろうが」
山城アーチェに言われて『そうだっけ?』と雷暗は若葉に聞いている。
「イスラム圏が偶像崇拝を禁止した本当の理由を忘れてるよ。全ては、モードレッドを逃
がす為で、人魚の姿を見られてもばれない様、魚だと言う風説を広めた。それがバハムー
トだよ」
バハムートとはベヒーモスをアラビア読みしたものである。若葉はキチンと正解を述べた。
「ゲルカニオス・マントの持ち主が聞いて呆れるのですよ、あうあう」
「つまり、下半身が魚か龍に化けるんだろ? あまり想像したくはないな」
それを聞いた山城アーチェは、一瞬、複雑そうな顔をしたが、直ぐに合点が言った。
「ああ、言い忘れたが、モードレッドは女だぞ?」
ネスゲルナが言った『情けない』の一言で、性別を見誤っているのが解る。山城アーチェ
は『確かに』と相槌を打ったが――考えてみればネスゲルナの女性観は自分と違い、女性
は守るべき存在で、戦士ではない事を思い出していた。
「……へ?」
ネスゲルナは間抜けな声を出した。
「ボクが知る限り、魚と、龍と、人間――アーサーの遺伝子怪獣、ゲノラなのですよ」
「アーサー王が女性だった話も知らなくって?」
子供の存在がアーサーを男だとする東西の根拠だが、子供がクローン技術と遺伝子組み換
えの結晶なら話は別になる。
「龍と魚は同じく鱗を持つから変身している訳ではなく、鱗に光学迷彩を施して人魚に見
た目を変えているだけだ」
その技術を作ったのはイスラム圏だった。
「回廊を併合して、落ち着いてきたら、クックルーン方面からは講和を結び、撤兵する。
旧ブラナタス共和国領の西側に向けてクックルーン教皇庁圏内は進軍を開始するだろう。
ふむ、ヴィクトリアの奴のシナリオはこうだな。後は本陣か……」
山城アーチェは任期を終えて、本国へ戻る。今後の浮遊大陸の統治は、他の将官がする事
になる。山城アーチェの部下では、八重山だけが当地に残る手筈だ。仕事の引継ぎも順調
だった。
「あらかじめ、八重山を飛空戦艦ローレンバルトの艦長に任命しておいて正解だったな」
この場に居合わせてないが、後で、労いと激励の言葉を掛ける事になっていた。
「大丈夫かなぁ」
ネスゲルナは率直な感想を言った。感情任せなので、八重山とはあまりいい関係は築けな
かったままだ。
「恐らく、阿武隈公とて、天使圏に組するつもりはなくってよ」
浮遊大陸では、綱渡りが続く事になる。大きな戦闘こそなかったとは言えど、軍を動かし
たら政情も不安定になるのは仕方がない。燃料費や城塞の建築費用はかさむ――こうして、
ネスゲルナは異世界で見たのと同じ名前の大陸を後にした。
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