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第六十六章『提督の決断』

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 国王が空位となった為、プロイセンに倣った立憲君主制を一時的に取りやめ、共和制へ
移行。跡取りがいない為、喪主が居らず、葬儀自体ができない。ラティエナがバラバラに
はならない理由に、軍の統制が取れている事と、現在、交戦中である東スウィネフェルド
帝国皇帝の娘である霧島薙が議会で実権を握っている。理由は、霧島薙が実の親に対して
牙を剥いている為だ。これでは、造反しようがないがない。一先ず、クックルーンとは停
戦交渉が結ばれる事になった。金剛吹雪を帰還させる為である。
「マンハッタン計画?」
山城アーチェは停戦交渉に赴いていた。委任統治領・ジステッド総督府の国境の東から、
西部戦線へ。東奔西走である。
「このルーン・ミドガルズ大陸全土を巨大な光学術式でステルス迷彩を施し、天使圏の干
渉を断ち切る」
『法王』 NATO・ルーン・響は言った。光学を用いるので夜景に因んで『マンハッタ
ン』と名付けているらしい。
「相済みませぬな。今は、まだ、協力できませぬ」
「何故か?」
答える必要があるのか疑問だった。
「やられっ放しでは、我が軍の威信に関わる」
「『白い霧』事変は特殊な事情があったと聞き及んでいる――で、あるからこそ、貴方が最
高指導者では?」
確かに、霧島薙は停戦を望んでいるかも知れない。北へ攻め上れば、スウィネフェルドの
領民は傷つく。それでも、譲れないモノがある。武人としての誇りは失うまい。
「ステルス迷彩『アトランティス』……開発開始だけは決定事項。これは留意してほしい。
どうしても、仇討ちがしたいのであれば――」
「あれば?」
この場で、一悶着あるかなと山城アーチェは勘繰ったが、どうやら違うらしい。彼等は平
和主義者なのだ。
「魔人ルビアノザウレスの封印場所が記されています」
『法王』 NATO・ルーン・響の従者がメモを渡してきた。
「馬鹿な。回廊に潜伏させているなどと、信じられん!」
太南洋には天界まで繋がるゲートがある。聖杯を争って敗れたモードレッドにルーラシア
ン沿岸諸国連合が加担するのは、サクソン人の勝利と言わんばかりで露骨過ぎる。
「クックルーンは一見、従順に見せかけ、ギリギリの交渉を続けているのです。例えば、
封印されたモードレッドを回廊付近に配置すれば、それ相応の譲歩が引き出せる。アトラ
ンティスの開発が進むのです」
「リスクを犯しても?」
しかし、この話はラティエナ共和国にとって、悪い話ではなかった。
「そうです。しかし、いずれかは処理しなければなりません。できれば、クックルーン大
陸の内戦に見せかけたり……」
「それは、天使と人間のハーフであるヴィクトリアが死に、デス・フォッグによって女王
を闇に葬られた、今、我々に打ってつけの弔い合戦だな」
山城アーチェは過去と決別した。それに、二人の死が無駄にならない。
「おお、それでは――」
「但し、代償は高くつくぞ?」
最終的には西から回廊・本国・東スウィネフェルド領を版図とするルーラシアン沿岸諸国
連合への窓口を、全て占有するというのが暗に示した条件だった。
「善処しましょう」
 ルリタニアは、少々、エリッサリアでの暮らしに辟易していた。再び、学校を転校する
ハメになり、両親も心配している。何より、歌が歌いたかった。文化祭みたく、大勢の前
で。
「はぁ……」
勉強と雑務の毎日――とは、言っても、それも今学期限りの留学だから、そろそろ、帰れ
る。近いうちに、本国から山城アーチェと数人の魔法学園の生徒が来ると聞いている。占
領政策の引き継ぎの為だろう。それと、元・姫様。
(本当に死んじゃったんだろうか……)
自分にとって、あまりにも惜しい人を亡くした。おセンチな気分になるところがスイーツ
なのだ。今日も回廊を東へ西へ、右往左往、陸上艦ガルムス・デラスは走り回っている。
そんなコンソールに映し出される情報を、ジュースを飲みながら見ていたら、自分宛に電
話が入った。
「ああ、ルリタニアか? 明後日、私がそっちへ向かう事となった」
「用心してくださいよ。陛下の件といい、物騒です。何か聞いたところによると、山城ア
ーチェ先生も暗殺されそうになったとか」
ルリタニアはネスゲルナの件を詳しく聞かされていなかった。
「心配は要らん。私は死なない」
(だと、良いけど……)
 二日後――
 山城アーチェは雷暗中尉と、やけに親しげな見たことない顔の新米を連れてやって来た。
「えーっと、長旅ご苦労様です」
ルリタニアは雷暗の顔を見てウンザリした。
「まず、紹介しよう。雇われ傭兵のネスゲルナだ。階級は関係ない。私専属の護衛を雇っ
た」
「よろしく」
ネスゲルナは右手を差し出し、握手を求めた。
「私様は不知火生徒会長の義妹、ルリタニア=秋雲です」
ちなみに、普岳プリシラの死後、不知火は視力も回復したので生徒会長に返り咲いている。
「え、もしかして若葉の妹さん?」
少しばかり、彼は動揺している。
「言っただろ、顔は可愛いって」
雷暗の言う事に、一々、腹を立てるのも不毛なので私様は無視した。
「ルリタニア。早速だが、仕事の話がある。この面子だけで話せる部屋を案内してくれ」
「解りました。ついて来てください」
ルリタニア達は小会議室へと向かった。
「――魔人退治?」
単刀直入に話を切り出した。
「人数が足りないんじゃ……」
ルリタニアは正直な感想を言った。
「仕方がない。各戦線に常備兵力は必要だからな。変わりに、新兵器も幾らかくすねて来
た」
山城アーチェが説明した。ルリタニアは初対面であったとしても、ネスゲルナの腕を疑っ
たりはしなかった。何故ならば、山城アーチェが認めた存在であるからだ。それは同時に、
山城アーチェを疑う事になりかねない。その辺が、器がよくできている。
「場所はこの山岳地帯。明朝、現地へ向かう」
「イキナリですね……って、明日、死ぬ事になるかも知れないじゃないですか!」
鍛錬は積んできたつもりだが、不安はある。
「三人とも、遺書は書いておけ」
「俺様は書かない。死ぬつもりはないからな」
と、言うより、雷暗は植民地であるレムレース出身。軍規に対する宛て付けのような遺書
とか残されると面倒な事になる。書かないのも問題だが。
 そういう訳で、二日後――
 山間にある洞窟の中でルリタニア達は魔人らしき存在を発見した。
「……名は?」
山城アーチェは既に抜刀して構えている。四人の後ろには数十人の工作員の死体があった。
「名前などない……アナタと同じだ」
振り返った彼女は、光を浴びても黒目の部分が反射しない、無機質な目をしていた。体か
ら紫色の妖気が立ち込めている。本物の魔人だ。
「やはり、私の真名を知っているな? ――ならば、貴様を消す必要があるッ!」
209, 208

  

 山城アーチェは霊刀・菊一文字を上段に構え直して、魔人と対峙した。
『少年、言い残した事がある。後で、これを見ておけ――』
無線で山城アーチェはそう言うと、割と大き目のファイルをネスゲルナにだけ送信した。
出撃前に遺書を書いたのに、まだ、隠し事があるらしい。
「生み出されてから二千六百年、私はずっと『ヤナギ・バナ』と呼ばれてきた」
それが、彼女曰く、『今の』彼女の名前……
「なるほどな。外法の理を以って、姿形を変化した貴様には相応しいゾ?」
無言。彼女は挑発に乗らない。
「……待っていたぞ、壬生狼――」
おもむろに山城アーチェに向けて構える。
「ふふん、某は……所詮、一番隊局長のできそこないだ!」
ソル・カノンを搭載した戦艦の名前を八重山が変えた由縁はそこにある。
(しかし、思いも寄らぬ珍客がいたモノだ――)
刹那、彼女は一足飛びで、間合いを詰めた。
「父上のいない世界で二度目の人生に興味はない――だが、しかしッ!」
刃が交差するが、次元の違いから、ルリタニアは割って入れない。
「――だが、しかし?」
「決着を付ける為、あの世から戻ってきたァァ!」
竜の咆哮は――ネスゲルナは手にした単発式の破壊の杖『デス・クリムゾン2号』を、無
限バンダナの力で、弾数を補充して応戦した。しかし、攻撃が見えない力の干渉で反射さ
れ、一気に吹っ飛ばされた。彼女の力が鋼鉄の咆哮となって襲い来る!
「私が……あのミクロフォビアを破壊する――ククク」
「げっ! ここで教官が自爆したら、私様も巻き添えを食らう!?」
ルリタニアは青褪めた。この人ならやりかねない。何故ならば、格子状に展開するミノフ
スキー反粒子と、同じく、格子状に展開する四大元素。四大元素は、その粒子によって形
成される四角形の中心点を結ぶ。
「私の自爆はレボリューションだ!」
「世迷いごとを!」
格闘戦は空戦機甲戦闘の基本と言えど、割って入ることができない。雷暗は山城アーチェ
が自爆するなら、風水でこの場の精霊元素の安定を崩す訳にはいかなかった。
「アンタ! 私様の為に教官を止めなさいよ!?」
ルリタニアは泣いて喚いた。
「それは、できぬ相談だ。俺様はこの二人の戦いを、もう少し、見ていたい」
「オイ、正気なのかよ!? 心中とかゴメンだ、元の世界に返られなくなる!」
ゆっさゆっさとネスゲルナは雷暗の胸倉を掴んで、揺さ振った。彼はCQCを会得してい
ない為、紋章の力なしでは戦えない。反射される以上は打つ手がなかった。
「Lv475の人類と、魔人と化した無敵モードの英霊の戦い――滅びの美学こそ、目の
保養だ! がはははは!」
「冗談じゃないわよ! いいこと? アンタが普段やってる下劣な捕虜虐待行為について
の軍事裁判を、今、ここで行うわよ?」
ルリタニアがやつれた顔でボソボソと話し始めた。
「そんなのあるのかよ!? 何で俺に教えてくれないんだ! 性欲を――」
「持て余す!」
ゆっさゆっさとネスゲルナは雷暗の胸倉を掴んで、揺さ振った。死ぬ直前にして、錯乱し
ている。
「判決! 私の権限で、連邦に人質交換に出してあげるわ! 『えっちなのはいけないと
思います!』と言われて、即死刑になるわよ!?」
金剛吹雪の家庭教師が戦っていたアンドロイドに始末させると、ルリタニアは警告した。
念の為、雷暗は陰陽で結界を張った。
「この場を生き残ったら、考えてやる――が、生憎、俺様にロリコン趣味はない! 意見
したいなら、19歳まで待つことだ! 法律的に考えて、俺様の灰色の脳細胞がだな」
普段は下品な雷暗が、充足した気を放つ。覚悟を決めたと聞こえる発言だ。
「順序が逆なのよ! それと、私様は一つしか歳が違わないわ! このド低脳!」
「死ね、氏ねじゃなくて、死ね!」
山城アーチェの自爆で重力崩壊を起こせば、精霊元素と粒子――この二つが干渉して、均
一間隔が保てなくなる仕組みになっている。魔人の周りに浮遊している物体は等間隔を保
っていた。
(恐らく、アレが我が軍のオーラコンバーター技術に対抗する天使圏の新兵器! オーラ
アクセラレーターというヤツか!)
「妹者――心配しなくても、先刻の殺気で、アレの片付け方が解った」
山城アーチェが『ペッ』と唾を吐いていった。口の中を斬ったらしく、血が混じっている。
半身半竜の彼女の周りに浮遊する物理リフレクタービットの射撃を交わしながら、山城ア
ーチェは余裕ぶって言った。ダンダラ羽織りに弾丸がかすり、火花が散る。
「なら、早くして下さいよ!」
精霊元素の正四面体を崩さない程度の結界しか、雷暗は張ることができない。精霊元素が
自爆で飛び散れば、空戦機甲のオーラバリアは吹き飛ぶ。この場の4人は黒魔術師ではな
いので、高位純正魔族から力を借りて、魔力障壁を作り出す事も不可能。
「貴様のその玩具……逆コンパイルして破壊してくれる!」
菊一文字を魔人ルビアノザウレスに向けて、山城アーチェは言い放った。
「……好きにするといい――できるものならッ!」
何度、切り結んだか解らないが、敵が飛び込んできた瞬間、これを受ける。そして、次に、
山城アーチェは狙いをバリアに向けた。瞬間――
「見えない!?」
ルリタニアは異変を感じた。通常、人の眼球から脳まで視覚情報を伝えるのに0.5秒掛
かる。魔法力が高いものでも、これは、同じだ。しかし、精霊元素は物理法則に干渉して
いるので、霊的優良種はこれに応じて集中力を向上させると、自らの周りの空間の時間軸
がずれる。それが、マッハを越える戦闘機を不知火が軽く100機を撃破できる理由でも
ある。つまりは、この瞬間、我流とは言え勇者の妹の血筋である、ルリタニアの動体視力
を超える速さを見せた。まさに、神の領域――これが、神速!
『ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!』
「……!?」
モードレッドは意表を突かれた。山城アーチェは攻撃を受けたのではなく、喰らったと―
―仕留めたと思ったからだろう。
「――脳波コントロールとて、完璧な代物ではない」
(割と消耗したが、まだ、いけるな……)
「なん……だと……」
一つ、破壊することによって、残り二つも竜王の元から制御が離れていた。
(残るは本体のみ、か……)
「1に満たない0以上の分数が割合という『概念』である以上、貴様が、例え、線形代数
学を書き換えようが、私の概念武装には勝てない――」
「!?」
この世界が三次元空間でできている以上、一点に三回の攻撃を同時に打ち込めば、その斬
っ先は一次元空間からの攻撃になる。しかし、一次元とて円には面積がある。彼女が行っ
たのは点からの攻撃にして、存在するようでしない代物。
「私の能力は99%中の100%を出し切ること……」
これぞ、天然理心流の極意『刹那の極み』――奥義、三段突!
 それは、松風ストックウェルが、かつて、メルザ・ナノ・ファストのメガカノンを回避
した縮地を弥生かに凌駕する。
「ひょっとして、山城アーチェ先生は異能者。なのか?」
ネスゲルナは疑問を口にした。
「どちらかと言うと存在そのものが全てペテン、ね」
「そんなことより、貧乳。問題は、アレが試作型だったって事だ」
見た感じ、魔人の戦闘力が上がっている。やはり、使い慣れない装備が重荷だった様だ。
「……これぞ、まさしく、僥倖。本気を出すに値する」
「ふふん」
あくまで、竜王を前に山城アーチェ先生は余裕の構えだ。
「世界の命運を左右するラティエナ軍産複合体によって作られた、バハムートを倒す為の
人体実験の被験体……それが――今日までの私だ!」
渾身の力で彼女は斬るのではなく――潰すッ! ファラ・ク・リスの武人としての存在意
義(レゾンデートル)は、今、この瞬間にある。そして、ネスゲルナと呼ぶ理由も、自ら
が大蛇ファラ・クを名乗るのは、ギガンテスの指揮官たる由縁だ。
「ラタトクス風情が……懐かしいな――ベヒーモスよりは聞こえがいい!」
鍔迫り合いで押し合いになる。バハムートと呼ばれ、拘束具を外した、もう一人の『武人』
が戦技で応えていた。
「だが、天帝に仕えし白龍は――」
世界樹の養分である地属性を吸い上げ続ける彼女を前に、柳の種は一歩も引かない。刀身
に籠められた属性吸収を、気合一閃で払い除ける。リスとは和の国で『栗鼠』の事である
と、彼女は知っていた。Eの発音記号を、和の生まれは苦手とする――相手はレスではな
くリス。多言語から成り立つアナグラムは、時に、霊的磁場の干渉を受ける。何故なら、
魔力の源は、言語レベルの発達の延長線上である為だ。詠唱と言霊を融合させた稀有なる
存在――
『日本狼より強暴だ!』
西方を司る白龍は魚に化けると言われるが、それは、人魚である事を知られぬ為、偶像崇
拝を禁止した湾岸を抜けるまでの話。後の人○の掟である。東方では鱗に光学迷彩を施し、
人魚と半身半竜の姿を彼女は使い分ける……そうは聞いていたが、肝心な戦闘力は未知数。
山城アーチェは対応できたが、三人は、ここまで手も足も出ない。
 先程まで、若干、ネジが飛んでいて威勢の良かった雷暗が、フッと気を抜いて軽く言っ
た。
「さて、加勢します」
「え? ……もう少し、様子を見た方がいいんじゃないの?」
ルリタニアは全体防御式神を解こうとした雷暗に言った。
「残り、いくつの命を持っているか、本人にしか解らない……」
雷暗が小声で呟くと、ルリタニアとネスゲルナは振り返った。彼は手にしていた弓を取っ
た。
「珍しいわね、アンタも戦うの?」
雷暗は口だけは大きいが、前線に出ない。性格とは裏腹で、近接攻撃型ではない為だ。非
力では有るが、その実、豪胆。強欲。
「弓とかアイツに通用するのか?」
伝説の使い魔は疑問を口にした。例えば、殺傷能力がない武器のATKを自分は増幅させ
られない。
「するはず」
少々、退廃的なだけでもある。若葉は馬鹿、呼ばわりしていたが、そのフリをせねば、不
知火の混血本能を生徒会で抑えられない。歳相応に、鬼畜を振舞うが、華奢なのだ。よっ
て、馬鹿と天才は紙一重――若葉は艦長として、有頂天になっている。捕虜に対する性暴
力は、軍師として『必要悪』として教えられている。それは、山城アーチェ本人の教えだ。
「その前に」
雷暗はルリタニアを見て言った。
「ん?」
「先程の件、このタイミングでの人質交換を? 上官殿」
雷暗は、多少、困った顔をしている。
「はぁ? 今の状況が解ってるの!?」
「念の為、ね……同じ異民族として」
レムレース出身だが、彼も山城アーチェ同様――和人の血が流れている。むしろ、陰陽と
五行思想を駆使できるから、ラティエナ魔法学園に入学できた。
「基地外のフリをする理由は知らないケド……まぁ、相手が納得しているなら仕方ないわ」
弓を彼は構える。
「交渉成立――殺生よりも、マシという話です」
そう言った、雷暗の雰囲気が変わる。元が優顔なので、酷く真面目な顔をしている。眼光
も違う。
「戦死した父親の血を残す為に、徹底的に子宝を増やす。それも、バレてるわよ。少なく
とも、私と霧島薙外相には――」
レムレース出身であり、二度の戦争で、彼の生い立ちについては外交筋で調べる事になっ
た。秘密裏に行われた調査の結果、雷暗には、この歳で隠し子が山ほどいる事が判明した
が、霧島薙が尋問した後、握り潰した。雷暗の母はお家再興の為、片足を失いながら子供
を残した。その後、両親は戦死。だから、先祖代々、孜々営々……自らの血を残す。
「では……この場を退けるので、約束して頂きます。私の本性と、その話は他言しない様
に」
「俺も聞いた事になるのかよ?」
ネスゲルナは隠し事はキライだった。それと、見たところ、優顔で、声もか細い。そんな、
度胸がある人間には見えない。はじめは如何わしい捕虜虐待とは、もう少し、ソフトなも
のを予想していたらしい。
「実のところ、父上のように性欲を満たす必要性はあまり……」
彼は苦笑いしてはにかんだ。目的の為に色情魔も演じてみせれば『顔はいいのに下品だ』
などと、陰口を叩かれる。
「ナンだよ、実はホモなのを隠してるだけなのか」
「父親が鬼畜戦士で、性道徳がコイツは捻じ曲がってるのよ」
祖国の英雄を鬼畜戦士と呼ばれて、彼はカチンときた。側室の数が多かっただけだ、避妊
魔法など大陸の迷信だ……と、親代わりの爺に教えられている。若干、擦れていた。唯、
馬鹿のフリをするのは簡単だった。
「先程、私が年上だと言ったのはアナタだったはず――センパイに対する生意気な口を塞
いでやろうか?」
雷暗は邪笑を浮かべた。魔人を真っ直ぐ見据えて。
「その尊大な余裕……母親似はヴィクトリア閣下と同じで、私様に対して、一言、多いわ
ね」
故・ヴィクトリア陸相の母親も天使なのでアンドロイドだが、元は本屋の店員をキューピ
ッドがサボる為に作られた。何かの間違いな気がしないでもない。他のアンドロイド型天
使とは違い、ヴィクトリアと、その母だけ有翼人種なのは、その為だ。超科学文明時代、
開発者が人を殺してパクられた為、有翼の機種の許可が、他のアンドロイドには下りなか
った。
「――総大将の器には欠けてるわよ、適正じゃないわ。つまり、それも無理な相談ってワ
ケね」
ルリタニアが『ふっ』と藁って目を閉じた。二人も構えの体勢に入った。
「くるぞっ!」
はじめはこの世界の狂った戦争倫理が解ってきた。人が命がけで戦ってる横で女生徒と猥
談している。
(……普通なら『この戦いを生き残ったら結婚しよう!』みたいな流れじゃないのよ!?)
ルリタニアにセクハラを噛ましたので、後で若葉と、また、喧嘩になる。それぐらい、予
想はついた。
211, 210

  

 四人で戦っても数が足りない。絶好調時のムドーより強い。山城アーチェはHPが47
5Lv分と、蘇生魔法を20回分受ける必要がないだけで、それが、瀕死から回復すると
きに消費するLPと違う点。よって、疑似LPと呼ばれる。
「私は死の囚人だ……」
暗い声で魔人は言った。
「闘争こそが私を解放してくれる!」
元々、彼女は英霊だ。二度目の人生に損得勘定はない。山城アーチェと言えど、何度も、
姿を変え、名前を変え、教義の抜け穴を潜り、地に降り立った魔物と戦うのは限界がある。
何度か即死ダメージを負っている。
(これは……マズいな)
そう思った山城アーチェは、通信で、ルリタニアに告げた。以前から言うべきか悩んだが、
不知火の混血本能を抑えられる人間で適任はルリタニアしかいない。
「――不知火の両親を殺したのは私なんだ」
「えっと……ええ?」
ルリタニアは、一瞬、動揺した。
「私亡き後、霧島薙を補佐できるのはルリタニアだけだ。この戦いは、極力手を出すな。
そして、生き残って、お前から伝えてくれ、本当の仇は、この私だと!」
もっとも、地下牢に幽閉していた時代に、気づいていたのかも知れない。戦線が拡大する
につれて、そういう素振りも見せていた。彼女が真人間になるまで、一緒に居たかったが、
それは、どうやら適わない。ひょっとすると、教会の孤児院に――山城アーチェの墓前に
花を添える修道女と、不知火の姿が見えた気がする。
(フッ、まさかな!)
彼女は最後の突撃を敢行した。
 山城アーチェは刃を水平に構える。
「――決着をつける時だな」
 この構えは左手上段突き。壬生狼の本気の構えだ。戦場で同じ敵と相対する事は珍しい。
よって、一つの技を絶対的なまでに昇華させる。それは、手の内を最後までとって置くと
言う事であり、初弾で使わないのは、相手が仕留められないケースとなる。連隊長ファラ・
ク・リスの場合、疑似LPが残り僅かを意味していた。
「フェンリるなイトの最後の切り札だ!」
エクスカリバーと霊刀・菊一文字が、三度、交錯する。
「アナタの動き! 既に見切った!」
(仕留め損ねた、な……最早、これまで――か)
「よく手立てを尽くし――よく持ち応えた……」
魔人の方も『ハァ……ハァ』と肩で息をしている。両者、傷だらけだ。
「やめる訳には……グハッ! ――いかないのか?」
壁に叩きつけられて内蔵を傷めたネスゲルナは、吐血しながら、休戦を求めた。これが、
最後の説得になる。
「冗談では――ない、ここまできて……」
「ふふん。ならば、どちらかが死ぬな?」
せめて、山城アーチェに残された手段は『囮』になる事ぐらい。
「――ケリをつける!」
徐に山城アーチェが疾風った。
「クッ! 何度やっても……同じことを!」
薙ぎ払うが、魔人も、山城アーチェを目で追うのが精一杯だった。
「私がやつの動きを止める!」
刃を交差させたが、これまで互角以上だった山城アーチェの方が、動きが鈍い。遂に、人
間山脈――歩く霊峰・富士が血飛沫で真っ赤に染まる。陥落寸前を意味していた。後は光
の弓と矢を構えた雷暗の精密誘導射撃で、本体には攻撃は届かなくとも、直前で炸裂させ
て、魔力障壁をレベルダウンさせる。
 合図と共に雷暗の術式が発動する。
『玉帝有勅 神硯四方 金木水火土雷風 雷電神勅――』
しかし、山城アーチェは一人で引き付けすぎた。ここまで弱った魔人なら、ルリタニアに
任せても良かったかも知れない。結局、不知火への伝達が最重要任務に切り替わっていた
為、ルリタニアは援護しかしていない。もどかしさのあまり、彼女は声を張り上げようと
した。
「正面で私が戦いま――」
その、刹那。山城アーチェの腹部に魔人の剣が胴をかすめた。山城アーチェは『グハッ』
と大量の血を口から吹いた。
「ク……ハッ――フッ、掛かった、な」
この状況下、全滅は避けなければならない。矢は一本しかない。機会は一度――それが、
例え、今生の別れに為ろうとも。
『軽磨霹靂電光転 急々如律令!』
そして、雷暗の矢が放たれた後、魔力障壁が『パリーンッ!』と割れた。ここで、ネスゲ
ルナも躊躇うわけにはいかない。カレは照準が見えているのか怪しかった。それは、かす
り傷の出血が目に染みたのか、もしくは――
(その場合、恨まれるわね……一生涯)
ルリタニアが全力を出していない事に、伝説の使い魔は気づいていない。不知火宛の文書
を渡されていたから、今、一歩、踏み込んで戦わなかったが、カレは自分よりルリタニア
が格下だと思っている節がある。それは、女の子だから――それは、カレが先程の雷暗と
のやり取りに、多少、困惑していた。自分は処女には違いない。貞操観念も持っている。
(……ケドね、ここは戦場なのよ?)
護衛の傭兵が雇い主に向けて引き金を引いた時、ルリタニアは目を瞑っていた。直撃は確
信していたが、矛盾に気づかないカレを直視はできない。戦争屋が人殺しでないかと言え
ば嘘になる。常々、自分達は山城アーチェに教えられてきた。
『アナタはそうじゃないみたいね、はぁ……帰られると良いわね、元の世界に』
この一文だけ、通信で送った。その後、返信はない。恐らく、通信機器の故障だと思って
いるのだろう。
(そろそろ、ね……)
ルリタニアは遠目で着弾を確認した。一見、それは冷めた目に見えるのかもしれない。悲
しみを前に出せない複雑なロジックが軍人にはある。やはり、山城アーチェも爆発に巻き
込んだものの、魔人・ヤナギ=バナに直撃していた。
爆煙の中に立っている人影が見える。近づいて来たが、よろめいていた。もし、魔人だと
しても、既に脅威ではない。
(生きて……る!?)
やがて、人影は姿を現した。立っていたのは山城アーチェだった。魔人は横たわり絶命し
ている。
「教官!」
ルリタニアは戦場で始めて他人の生き死にで泣いた。山城アーチェに駆け寄り身を支えた。
しかし、その時、手にドロっとした感覚があった。これは助からない、そう思ったとき、
表情が曇り、苦々しそうな顔に変わっていった。他の二人が目をやるので、ルリタニアは
首を振って答えた。そうしたら、今度は悔し涙が流れてきた。
 爆発で穴の開いた巨大な洞窟に、日の光が差し込んでくる。
 最期の時まで彼女は彼女であり続ける。既に、山城アーチェの目にその光は入っていな
い。軍神は息絶え絶えに口を開いた。
「お前たちは――」
「喋ると……傷に触ります」
こうやって、感傷に浸らせてくれさえしない。思えば厳しい人だった。訃報を兄に、正確
に伝えさせる為だ。
『平時に汗を流せば、戦時に涙を流さずに済む』
「政府や誰かの道具じゃない」
これは、この場に居合わせた三人とも立場が異なる。耳を傾ける必要性があった。そして、
山城アーチェの最後の仕事でもある。魔法学園の生徒であるルリタニア、異世界の勇者で
自分の首を狙ったはじめ、そして、浮遊大陸群寄りの雷暗。
「戦うことでしか……自分を表現できなかったが」
 ルリタニアにとっては歌の挫折。これは、今は亡きラティエナ王家への忠誠心を、山城
アーチェが死して、尚、暗に示すもの。でも、どちらかと言えば、あの時、普岳プリシラ
が声を掛けてくれただけで、ルリタニアは嬉しかった。しかし、崩御された後、自分がガ
ルフェニアに突入した時、武勲を焦っておられたのを白鷹に伝えられたのは、少なからず、
ショックでもあった。存在がいてくれただけで良かった為だ。だから、後悔したくはない。
それが、兄ではなく、霧島薙私兵団を指揮する理由でもある。カリスマなら容姿端麗で霧
島薙は負けていないが、帝室出身で手癖が悪い。幼いうちに教養が必要になる。自分が育
てる――そして、それを山城アーチェ中将は認めた。
不知火の両親を殺したと伝えるように頼まれたのだ。必要あらば、兄……ではなく、勇者
も殺す覚悟をこのときしていた。それが合った為、雷暗と接触だけではなく、大坂城を掌
握できたのは大きい。
「いつも自分の意思で戦ってきた――」
その時、一縷の涙を彼女は流した。確認できたのは、傍で抱えていたルリタニアだけだ。
それは、誰を思っての『血涙』なのか……恐らく、金剛吹雪だとルリタニアは推測した。
それを、軍事的に雷暗に利用されない様に、そして、仇討ちを嗾ける為、もう一人の自分
を看取ってくれた『親友』を騙す目的で、最期の言葉を綴った。
「さらばだ」
そして、山城アーチェ先生は――その場で亡き崩れて逝去した……遠い旅へと、教官は一
人で行ってしまった。
213, 212

  

 死後、山城アーチェの遺体は冷凍保存され、本国へと送られた。八重山だけは任を離れ
るわけにはいかず、葬儀には出席していない。共和制に移行する前の、旧ラティエナ王家
の反旗がエルケレス城に掲げられた。
「飴を……」
金剛吹雪は棺の中に飴玉を入れた。ホワイトデーで渡しそびれたのを思い出していた。そ
の話は、弥生も知っている。唯、受け取らなかったのは、こうなる事を、ある程度、山城
アーチェは覚悟していた節もあった。
「食事を断ったのが……ダメだったんじゃないかしら?」
少し、弥生は言葉が詰まりそうになった。望月タキジがこちらを見ている。王家の反旗に
は思惑が絡んでいる。普岳プリシラが戦死して、髪留めをあげた友人を失った。立て続け
に、周りの人間が帰らぬ人となり、彼は取り残されていた。
『他人の好意を安易に受け取ると、自分が死んだ時に悲しむ人間が一人でも増えるのはイ
ヤなものです』
山城アーチェの生前の言葉だ。
「私がチョコレートを山ほど買ってあげる」
そう言って弥生は金剛吹雪を後ろから抱きしめた。
「好きなだけ買ってあげるわ」
気休め程度だが、人間、孤独とは戦わなければならない。金剛吹雪がクックルーン戦線か
ら撤退戦を行って本国へ帰還した時には、既に、山城アーチェ戦死の知らせが届いていた。
ヴィクトリア個人は計画を止めさせたに過ぎない上で、姫様の友達になってほしいと思っ
ていた。それは、先代が記憶が消えている事情もあった。似たもの同士だったから、とい
うのが、二人の縁談でアウトクロスと嘘をついた理由だ。
 金剛吹雪の後ろ盾だったヴィクトリア陸相、望月家を始めとした軍産複合体の切り札で
あった山城アーチェ。この国は、実質的にすべてを失った。若葉を即位させてと・R・ス
カーレッド家の末裔を王妃にするならば、国内では女帝としてルリタニアを擁立して、若
葉を去勢する慎重論が出始めていた。
「……母様」
不知火は、以前、若葉に言った母親の写真を入れたペンダント。それを、棺に添えた。不
知火と同じく金髪で、アホ毛がセンサーのように動く、彼女の母親の遺影が映っている。
こうなる事が解っていたから、両親は殺された。ルリタニアが剣幕な顔で迫ってきたので、
エルフの血量の話をした。補助種族の血が流れていながら、能力が高すぎる。エルフに人
の霊的固体識別はできないが、ハーフやクォーターには、それが可能――だと。
 それでも、精神的に安定すれば人に仇をなす事がない。
『でも、最近は……実家で、ひっそりと、暮らすのも悪くはないのではなくて?』
 しかしながら、ルリタニアはこれを公表した。エリッサリアの暫定自治政府は傀儡と化
している。むしろ、よくぞ吐露してくれたと思った。精神的な安息へ義姉が向かおうとも、
ここで引くわけには往かない。
『そん……なッ!』
パチーンと不知火の頬を引っ叩いた右手を、葬儀の最中、ルリタニアは見た。
『死んだ将兵達が――無駄死にになるわ!』
それは、山城アーチェも含まれる。当然、女王陛下も。そして、ラティエナの分割統治は
国民に厄災をもたらす。例え、参考人招致で霊的無能と罵った経緯があったとしても、お
釣りが来るのがTS砲だった。これまで、ラティエナに進出してきた多国籍企業や外資系
も、大損をこく。国家や軍隊ではなく、あくまで、空戦機甲の戦闘能力に彼らは投資して
きた。
 それでも、不知火女史が旧王家を少なからず攻撃した事になる。いや、事実……一連の
軍事行動は、そういった側面も持つ。血の粛清でしかない。北部戦線の突出は、ヴィクト
リアを無闇に煽った結果だった。
 しかし、その指摘に、『現』ラティエナ王が難色を示した。軍がバラバラになる為だ。ル
リタニアと密会したとも報じられていた―― 帰還したカシスの証言に対し、霧島薙は言
った。
『故・普岳プリシラ女王が凡将と揶揄ったのは、貴殿ではなく、ヴィクトリア陸相を指す』
 矛盾は生じなかった。軍閥に対する見地が深い。ルリタニアは密会した際、誰の策か聞
いて、泣き崩れた。
 メガネを掛けた生徒会長が張り巡らした、二重、三重の手だった。生徒会匿秘はあらゆ
る命令系統の上位に位置する。カシスが聞かされていなかったのは、この話である。要は、
不知火の混血本能に、真っ向から若葉の奪い合いを選択していた。それを望んだのは、死
んで逝った元・女王陛下自身であり、諸君等が敬愛していたのでは、一人の女の子だった
と言う話だ。ヴィクトリアは過去に、婿探しをやっていた頃、ヴィリエの理想的水準につ
いて、知っていた。金剛吹雪は客人の心積もりで連れてきている。政略結婚の無理強いは
していない。第二、第三の自分が生まれるのを危惧した。ただ、忠告はした――にも、関
わらず、普岳プリシラは手を打ってあると武装竜騎士師団長に言った。
 そして、霧島薙は、名実、共に最高指導者になった。デス・フォッグとの交信記録の解
明が、それを裏付ける証拠となった為だ。悲劇のヒロインこそ、自らに相応しい。彼女の
願いは神に聞き届けられた。金剛吹雪は、まだまだ、弱い。これから先、強くなってもら
う必要がある。
「ある者は死して、尚、義を貫き、死して、尚、君臨せり!」
『死んだ時にはな……アンタはこの世界で、私が人生の中で最も愛した存在には違いない』
若葉が好きだった訳ではない。普岳プリシラは不知火が好きだった。三角関係を演じなけ
れば、彼女は、達観した後なら、良い。過ちに気づいた時、孤独を感じてほしくはない。
胸中を婿養子には打ち明けていた。
山城アーチェが火葬される時、正規兵全員が敬礼していた。
『長いようで、短い人生だった――』
それは、喪主が不在で取りやめた普岳プリシラ女王陛下への最期が最初の忠誠と也、北部
戦線にリュテェエナは進軍する号令だった。
「ラティエナという国の中に、スウィネフェルドという第二の故郷(くに)が創るのだ! 
さすれば、余とこの郁の民は、最終皇后の元に召されるであろう!」
霧島薙は自らの領土的野心を覆す、大義名分を国家に権勢した――
 葬儀で棺に別れ際、宝剣ヴレナスレイデッカの次期継承者の母として、この国葬の喪主
であるルリタニアは静かに告げた。既に、彼女の頭の中は怨鎖で呪力渦巻く戦闘モードだ
った。
「涙は既に、枯れている。我々に黄色いハンカチは必要ない」
 だが、彼女の目は、慕っていた教官が死後数週間経った、今、尚――幾許か、充血して
いた。不知火の預けられた孤児院には、黄色いハンカチが掲げられていた。
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