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第六十七章『そして、伝説へ……』

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 回廊を平定し、クックルーン教皇庁とは講和を結んだ。北部戦線で小競り合いが続く中、
ネスゲルナはラティエナ魔法学園の中庭の芝生で横になり、自分の右手にまいた布を外し
た。
「……参ったな」
紋章の跡がない。魔人との戦いで消えてしまっていた。
「そりゃ――そうか」
化けて出てきても、故人の使い魔はありえない。魔人との戦闘の直前、山城アーチェから
送られた.rarファイルを展開して、後で気がついた。
「――『恐るべき子供達計画』……はぁ? 訳がわかんねーよ……クソッ!」
 ダンッ――
 彼は芝生を拳で殴った。
「何をしているのでありますか?」
それを見て、傷心者同士である金剛吹雪が話しかけた。
「いや、ちょっと……って、お前。男だよな?」
「ふふふ、なるほど――試してみたいのでありますか」
後ろから首に手を回して抱きついた。
「おい、ヤメロ! ふざけるな! ――って、イタ! イタタ!」
金剛吹雪に力で抑え込まれる。見かけによらず、とんでもない馬鹿力だ。
『ふっ――』
 と、金剛吹雪は両腕を解いて言った。
「自慢ではないのでありますが……」
フィルティノはニヤリと笑った。
「ナンだよ? もったいぶらずに言えよ」
心底、ネスゲルナは機嫌が悪かった。
「昔、教官殿を押さえ込んだ事も――おっと!」
ぱしっ!っと、ネスゲルナの拳を平手で受け止める。彼は男女を睨み付けたままだ。
「単刀直入。今より、強くなりたいのでありますか?」
「もう、殺し合いはうんざりだ!」
ネスゲルナは吐き捨てるように言った。
「それは、それで……困ったことになるのでありますよ?」
彼は無言だった。考えが読めたからだ。金剛吹雪は立ち上がり、人差し指を立てていった。
「まぁ、例えば――先程の様に、羽交い絞めで、男の腕の中で死にたい趣味でもあるなら、
別ではありますが」
「利用されるのは御免だ。それと、雷暗やお前と違って、俺はホモじゃない」
金剛吹雪は、少しだけ、訝しげな顔をした。
「それこそ、何の話でありますか? 学級委員長の雷暗と……その、自分が?」
「いや、いい……忘れてくれ――って、アイツが学級委員長!?」
そう言えば、口止めされていた。
「然りなのであります。浮遊大陸を版図とすべく、生前、教官殿とやりとりしていたハズ
のでありますが……」
「うーん、解ったよ。ちょっと、興味が湧いて来たから、その話を続けてくれ」
金剛吹雪は腑に落ちない顔をしていた。
「不知火生徒総会長も自分達と同じく、感受性を多聞に受けるお年頃。エルフの差別感情
が、収まるまでの、見張り役だと言う見識は?」
ネスゲルナは目の色を変えた。
「――たった、今、聞いたところだ」
顔の曇りが晴れていた。面白そうな、話になった。
「強くなる方法……何か、心当たりでも?」
「ああ、ちょっと――な」
『ふむ』と金剛吹雪は目を伏せた。
「愛国者達のイコン。それを、探すと言うなら留めはしないのであります……が」
「ん? 他にもあるのか。でも、残念だったな。守りたいモノがなければ、俺には戦う理
由がない」
金剛吹雪が腕組みをする。
「ちなみに、ここに自分が立っていないと――」
『ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
不知火が屋上からネスゲルナを目掛けて、フォーリンサンダーを放った。
「うわ……アイツ、正気じゃないだろ!?」
「概ね、会った頃から、一月に一度ぐらい、一定周期で暴れているのを見かけるのであり
ますよ」
金剛吹雪は、ふっふっふ……と笑った。不知火の方はネスゲルナが見上げると『チッ!』
という舌打ちと共に、恨めしそうな顔をして、屋上のベランダから身を隠す様に走ってい
った。
「ここは任せて、何処へナリと行くがいいのであります」
「ああ、解った!」
立ち上がって走り去ろうとしたネスゲルナに、金剛吹雪は忠告した。
「それと、言い忘れた事が――」
ネスゲルナの目を見ずに、彼は言った。
「狙われた理由は霊的無能だからではありますが……くれぐれも、理法から外れたモノに
は手を染めないように」
真っ先にネスゲルナが思い浮かべてのは魔人。
「ああ、言われなくともっ!」
まだ、話し足りない事が金剛吹雪にはあるのだろう。この場を離れる時、ネスゲルナは彼
の言葉が聞こえた。
「さて、バイとは攻守の切り替えができないのが――持論なのでありますよ!」
理法から外れた手段とは、魔人絡みではない。それは『雷暗に接触しろ』と言う意味だっ
た。
 ルリタニアは山城アーチェが供養された寺で念仏を唱えていた。精神統一を目的とした
モノで、無論、まだ、17歳なので出家した訳ではない――が、ルリタニアの髪型は尼削
で、ツインポニテを切っていた。神仏習合に興味を持った為だ。山城アーチェの墓石(グ
レイヴストーン)を管理する密教の寺院は、彼女の修行を黙認した。
『神仏を尊び、神仏に頼らず!』
武蔵の様に二刀流では戦わなかったが、武士はくわねど高楊枝。山城アーチェは高周波ブ
レードも携帯していた。次の段階のヒントになるかも知れない。寮から通い、鍛錬を積む
事にした。カルキュラムだけでは編入生は、遅れを取り戻せないと言ったのは教官だ。な
らば、導いてくれるハズ。
 無心――
 しかし、自らの真名を伏せる為、二刀流の構えだけ、取っていたのかも知れない。彼女
の虎鉄は、今、自分が持っている。ブラフに為るよう、こちらも、ある程度は強化が施さ
れてはいた。出撃前に預かったままだ。念の為、分析してみたが、確かに、霊刀・菊一文
字に比べれば『ナマクラ』には間違いではない。それは、山城アーチェ専用装備であって、
自分に三段突きは不可能。神速とはその名の通り、神の領域――神器レベルまで武器と使
い手が一体になって、初めて可能。それは歩く人間山脈、霊峰・富士に対する山岳信仰に
結びつく。
(私様の精神修練は……)
瞬時に雑念が過ぎった――魔法学園から義姉の電波を受信した為だ。彼女は誰もいないお
堂で、立ち上がり、入り口の襖を見た。何者かが、息を荒げてこの寺へやって来る。
(はぁ……龍の咆哮を試射、もとい、誤射するいいテストになるわね)
強大な魔法力が感じられない。逆に言えば、誰なのか解らなかった。そういう、言い訳が
立つ。襖が開いて、誰だか確認した。
「なぁ! ルリタ――」
『グ、愚オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ怨!』
龍女の力で、耳には聞こえない空間の歪みと共に、本尊の一角が消し飛んだ。
「私様の修行の邪魔よ」
再び、禅を組んで、念仏を毘沙門天に唱え始めた。
「いや……えっと、お邪魔してすみませんでした。姫様」
「ふふっ、終わるまで、そこで正座して良し」
立場上、この前の葬儀で藻主であった為、姫には違いないが『恐るべき子供達計画』に気
づいている。笑っているようで、彼女の目は半開きだった。
 半刻ほど時間が経った。
「ふぅ――今日の補修は終わり。壊れた所はアンタの人件費から点引くわいいわね?」
「雰囲気が違う……いや、それよりも――」
伝説の使い魔は『姫』に話した。山城アーチェが送ってきた.txtファイルに書かれていた
内容だ。
『アナログクローン技術とスーパーベイビー法を用いて伏姫のクローン人間を8人作製し、
うち6人を意図的に間引きして、異世界に送り込む。残った2人の能力を増大させるとい
うもので、2人はそれぞれの代理母の身に宿され誕生した』
「ほうほう、それでそれで。私様と愚兄の血が繋がっていないなら、次期後継者の母たる
資格は――ないわね」
むぅ……と、ネスゲルナは口篭った。
「答えられないなら、軍規に反する行為として、消す必要があるわよ、ふふっ――次は当
てるわ!」
くわっと、半開きだった彼女の目が開いた。
「待ってくれ! 時間がほしい……30秒ルールだ!」
(そんなに、悠長な事を言ってる暇はないと思うケド、ね)
「どうするのかしら? 時間が経つわよ」
カレは苦し紛れに言った。
「お、俺と……」
「頭の悪さに感心するわ。最期に言い残す言葉が、それで、間違っているかどうかを判断
しなさいよ」
ヒントを出してやった。少なからず、山城アーチェの教え的には背いていない。手を出し
辛くなるのは確かだった。
「俺と結婚してください!」
刹那――丸腰のルリタニアはネスゲルナの懐に潜り込み、カレを背負い投げで、投げ飛ば
した。
「どうかしら? 10メートルは年下の女の子に投げ飛ばされて、壁に叩きつけられた気
分は!」
「い、痛い……ケド、これが正解なのかよ」
ルリタニアはネスゲルナのナメた発言が気に食わなかったようだ。邪悪なオーラをまとっ
ている。同時に、それは、かつて、山城アーチェがネスゲルナに尋問した際、殺気を当て
られた事を思い出していた。
「やっぱり――」
ネスゲルナは勘違いしているので、説明する事にした。
「私様とアンタの力量、どちらが、上だったと思う?」
「だった? ――どういう意味だよ」
直情径行の従犬と聞いている。プライドが傷つけられたのだろう。
「客観的に判断しなさい。そうしないと、見えてくるものも見えないわ」
「!? まさか……先生を――見殺しにしたのか!」
ルリタニアはネスゲルナの方を向くのを辞めて、帰り支度を始めた。
「交換条件ね、軍規違反に対する」
総括すると、即死耐性以外は同等の能力を持つ。二人掛りで、攻撃すべきだった。
「いや、今ので解ったこともある……秋雲一家は先生の遠縁だ」
「――さっき、アンタがここに来る前に、魔法学園の方位から、強烈な思念が飛んできた
わ」
ルリタニアは誰が庇ったのか、聞いておく必要があった。
「危うく、不知火に殺されそうになった」
はぁ……と、ネスゲルナは息を吐いた。
「そう、殺されそうになった理由は、気づいてるわよね」
「何となく……能力のカラクリが解った時、この世に二人もバカは要らないんだろ」
思念は明らかに殺意。魔法力も確認できたが、精神修練の賜物か、思念を感知できた。
「誰がアンタを助けたの?」
「金剛吹雪……あ。馬鹿は、もう一人いた。それで、ここに来た」
ルリタニアは眉間にシワを寄せた。
「んっと……雷暗先輩自身じゃないのね?」
顎に手を当てて、ルリタニアは考えた。いや、迷った。
「気づいてなかったよ、火遊びの件。それと、雷暗が学級委員長で不知火のお目付け役と
は言ってたけどよ」
(……これって、どういう意味なの?)
ルリタニアは金剛吹雪の造反を危惧した。いや、頼まれただけにしても、ここにネスゲル
ナを送り込んだのかどうか。雷暗が裏切る事は、先ず、ない。情報の漏洩を確認する為に、
手が出せなかった。
「当然、金剛吹雪は伏姫の話も知らなかったわよね?」
そこで、ネスゲルナが黙った。
「――さあな」
ここに別人が他人を送り込むとなると、それなりに、意図がある。ネスゲルナは確信犯的
に答えた。
「解ったわ。結婚できない理由から答える」
「えー、いや……理由? それは、霧島薙が王制を打ち立てるから、邪魔になるとか――」
ルリタニアは脱力して話し始めた。
「一応、違うわよ。雷暗の子供の話だけど、アレはね……ん~」
言うのを躊躇った。今なら、カレは生きて余生を静かに過ごせる。逃がす事も可能。義姉
が暴れるのも、最近はアレの日と決まっている。
「また、隠し事かよ」
「いや、人の気も知らないで……これを言う以上、私様はあまり、アンタを好いてないっ
て事になるわよ。軍規で縛る事になるから」
そういう関係を夫婦仲に取り入れたくはない。
「不知火と若葉だって同じ様なもんだろ!」
確かに、浮遊大陸を大聖堂に落とそうとした、極悪夫婦である。
「M&Aって言葉解る?」
「企業買収だろ」
(やはり、馬鹿ね……)
「本土で税法を撤廃して、植民地だけからマージンを頂いていく。本土には多国籍企業と
外資が参入して、貨幣価値が上がる。空戦機甲を脅威と見做した非魔装国家及び沿岸諸国
連邦、合わせてルーラシアン沿岸諸国連合は、大量の国債を発行して、富国強兵、軍備増
強しなければならない――解るわね? 後は、その国債を、上がった貨幣価値で買い漁る。
そうすると、将来的に金利で国家予算を賄える。勿論、その時には、領土拡大もしてるわ
よ? この場合の国家予算とは、本土だけの物を示す訳じゃないの」
これは、山城アーチェからも教えられているし、閣内不一致で総選挙を仕掛けたのは、カ
レが教官の護衛に就いたより後。
「だんだん、嫌になってきた」
「奇遇ね、私様もよ――始めから、そう言うべきね。ふふっ」
頭を抱えてしゃがみ込んでいるネスゲルナの頭を、ルリタニアは母親の様に撫でた。
「その場合、話を戻すけど、M&Aの最も効率よいやり方は?」
「んー、いや、その話がどう繋がるんだ?」
ルリタニアは、少しだけ、きょとんとした。
「い、いや……まぁ、話を続けるわよ? 貴族や大企業、政治家の令嬢を、一人の少年が
全て手篭めにして、グループ系列化するのよ」
「あー、なるほど……って、マジなのかよ!?」
それが雷暗の宿命。
「そう、例えば、レムレース――だとかね。アンタは聞いちゃイケナイことを聞いてるわ」
霧島薙が握りつぶした理由が、俗物だからではなく、乱世において合理的――故に脅威と
判断した。
「留める方法は?」
「――学級委員と生徒会は別物。教師と生徒間のクラス委員としてのお仕事になるわよ? 
つまり……」
ヤラせていたのは山城アーチェと言う事に為る。
(私が流した涙は私利私欲に見えるでしょうね――話すんじゃなかったわ)
「ちょっと、雷暗をぶん殴ってくる――」
「はぁ? 今、学校に戻ったら、確実にお姉さまに殺されるわよ!?」
まだ、近くに、ウロウロしている。母親譲りのセンサーを超越して、彼女は高性能レーダ
ーである心眼で霊的無能を探している気配が、思念を電波として受信して、逆探知できる。
「嫌だね、いーや、殴るね」
「一応、重婚という制度は向こうに済む支配層の妖怪達が決めた事。主権侵害になるの!」
この戦の発端、レムレースだと言う説もルリタニアには合った。浮遊大陸を解して、旧ス
ウィネフェルド帝国は連邦から支援を受けていた。
「だから、殴るだけだって言ってるだろ!」
「それもダメってばダメ! 父親を真似て基地外のフリしてるケド、見れば解る。わんわ
ん、泣くわ……そしたら、お姉様を抑えられなくなる! 第一、アンタには殴る力もない。
殴り返されるのがヲチ!」
むぅ……とネスゲルナは一瞬、怯んだ後にルリタニアに言った。
「じゃあ、殴れる様にする為に、もう一度、使い魔にしてくれ」
「第二にアンタ……山城アーチェ先生が憑依しているところを見たことあるの?」
ルリタニアの発言の意図がネスゲルナは解らない。
「知るかよ!」
「あの人は魔法力は高くないケド、装甲飛行は可能なの。砲撃しなければ、剣の腕前で精
霊憑依の必要はないのよ! この世界は精霊が使い魔なのよ!?」
そう言って、イノラッサーパルガをルリタニアは具現化してみた。
「こ、これは……なんってこった!?」
「もっとも、憑依していない最中は、力を使わないから。こうやって、精霊元素と隔絶さ
れた亜空間にしまっておける。アンタに紋章とかつけたら、私が……それこそ、どんな目
に合うか解んないわ」
冗談ではない。それこそ、雷暗の正室にでもされてしまう――と言うより、他に軍事的価
値が自分にない。
「つまり、お前は……ああいうナヨナヨしたのがタイプなのかよ!」
ルリタニアの考えは読まれていた。そこに、不意に声がした。
「そういう話はだな――」
霊的感応波を外に出さない人物。魔法も扱わないので気配が消せる。ただ、山城アーチェ
がHPが膨大で、精霊が必要ない力量の持ち主だとすれば! 逆にッ――MPが無尽蔵で、
精霊が必要ない空戦機甲操縦技術の持ち主――彼女こそ空戦機甲の『国手』
「議論したければ、まずは、宮城で行え。ちなみに、生徒総会長は停学になった」
目の色が違う。かなり、怒っているようだ。
「いや、あのですね……これは、その」
ルリタニアはしどろもどろしている。
「痴情のもつれなら許してやろう」
「流石、国王陛下!」
しかし、フリートエルケレス建造前に出たプランの一つのように、複座式のロボットに乗
る他ない。
「陛下、お言葉ですが……複座式ではカレが足手まといなのは事実です」
先程の超音波攻撃を、操縦席からでは使えない。
「そのために余がここに居るのだ――死神!」
山城アーチェと『もう一人の伏姫』のクローンは試験管の中で、一方に優性遺伝子を一方
にだけ集約することで、霊力を向上させた。ファラ・ク・レスの持つ、男子魂と精神犠牲
はここから来ている。しかし、それでは、残った劣性遺伝はどこへ行ったのか。それは、
ルリタニアがデザイナーベビーであり、ジーン・リッチの際、融合遺伝子として使われて
いた。
「話が見えてこないんだけど……」
「余は精霊憑依の必要がなく、そもそも、契約を結んでいない」
それは、ネスゲルナも承知していた。共を連れなくても良いのは、彼女は魔法として出力
はできずとも、周りが遅く見える。むしろ、ステルス性が高く、機動力を犠牲にして運動
性を上げた、大型のメルザ・ナノ・ファストが敵に察知されない理由でもある。
「でも、如月八房の気を受けて、八犬士を生んだ単性生殖の伏姫のクローンでなければ…
…人を使い魔にするのは――」
これが、山城アーチェの100分率を概念と捉えた限界であり、単性生殖機能が備わって
望月家とラティエナ軍産複合体は、次期皇太子を造る筈が女性を生んだ。子に己が力を再
転させ続ける純潔の戦女とは違う。ルリタニアの流れる因子は融合遺伝子である為、単性
生殖の遺伝子破壊プログラムを組み込む事に成功していた。
「いや、余には可能だ……そうだな?」
「その前に、先生を犠牲にした理由を聞いてない」
陰陽。ネスゲルナが月の満ち欠けで、異世界からオーラロードを通過する方法。海と陸地
の狭間にある陸海空の軍事境界線は、満潮と引き潮で変化する。太南洋上のゲートと同じ
理屈だった。
「先程、龍の啼き声を見たのではないのか? 貴様の元いた世界は四大属性しかない――
違うのか?」
ネスゲルナは押し黙った。
「へー……そうなの」
「もっとも、この場合――」
女王が先ず、自分を指指し、そして、ルリタニアへ向ける。そして、ルリタニアに向けた
指を彼に向けた。
「げっ!?」
「え、そうなのかよ?」
それは、ルリタニアを自分の使い魔にして、少年に『如月八房』の紋章をくれてやると言
うモノ。
「里見藩主は最期、池田光正に領地を没収される。光正は確かに源氏の出だが……その領
地没収は、千姫の娘である勝姫を正室にした後。里見忠義の『忠』の文字。これは狸の妖
怪王・秀忠から譲り受けた物だ」
これは、半分、史実です。英語で言うとノンフィクション。
「……詳しいですね」
「フッ――作者が旧斐川郡(現出雲市)生まれ。実家は松江市にあり、鳥取市育ちだから
な……出雲風土記に因んで神奈備を『カンナビ』とIME登録してあったりする!」
自慢じゃないが、新都社の取材で風土記の丘にも往った事さえある。しかし、位相空間を
大量に作り出して、元あった世界を大宇宙の意思と共に消し飛ばしているのに、メタな発
言は、如何なものかと。
「うざっ!」
「うざっ!」
二人は瞬時に反応した。この辺り、気が合うのは事実だろう。
「で? そこな、流れる肥河が八岐大蛇であると言う。最初はリヴァイアサンかと思った
が――」
「え?」
ネスゲルナは疑問を口にした。
「話しなさい」
ルリタニアが帰り支度で荷物から短刀を取り出して、彼の喉元に当てた。
「素手でも殴り殺せるのに、刃物を見せられて、誰が怯むんだよ!」
ネスゲルナはこの威勢がいい。
「ほー、貴様がこの場で小便を漏らしたら、余は初等部中に言い触らすだろう」
ルリタニアと霧島薙には予想がついた。
「なるほど……純潔の戦女は『リヴァイア・サン』と名乗ったわけね」
「それがどうかしたかよ? だいたい、女王陛下の前で堂々と抜刀するな!」
霧島薙は『コツコツコツ……』と横へ三歩ほど、考えるフリをして歩いた。それは、ルリ
タニアに辺りの気配を察知させる為だ。生徒会匿秘に痕跡が残らないのは、こういうブロ
ックサインを幾つか使い分けている賜物だった。
「ふむ。確かに、ビッグクランチの後、虚無の中に『注水』したのは竜吉公主だ」
霧島薙は振り返って言った。
「だが……余は――名乗らずとも龍だ。天下とは、龍の棲家だ!」
それが、この国が戦う本当の理由(わけ)――
「でも、『主人が魔法が使えない』と、どうして解ったのか、聞いておきたいです」
「最近、温暖化の影響でな……月の満ち欠けで、白兎海岸の淤岐島が満潮によって沈んで
おる故な――」
女王は何かを閃いた。
「しかし、この代償は高くつくぞ?」
淤岐島が夕暮れ時に沈むのは事実です。付近で著者を稀によく見ます。多分、幼女です。
「ああ、それと、私様が修行していた理由も言っておくわ」
「ん? アレが鍛錬になるのか?」
古墳でもない富士山を山岳信仰の対象にした理由が、ネスゲルナには解らなかった。
「アイヌ語源説のフンチヌプリを祀れば、アペフチムカイへの信仰心が、巨大な囲炉裏に
見立てた八神蜂に届くのよ」
「悪い、アイヌ語とか解らないから、その、ナンだ……もっと解り易い、日本語で頼む」
はぁ……と溜息をついた後、ルリタニアは簡単に説明した。
「私様は火属性だから――それだけよ。密教とは、そういうものなの」
越えられない壁を越えようとしている。普通、才能は壁にブチ当たる。ルリタニアは白龍
の足枷を、ねじ伏せようとしていた。それは、切支丹麻利亜仏を信仰して、一神教に対抗
したように――もっとも、慕っていた教官は、京都守護職を任された壬生狼。蝦夷の『五
稜郭』で戦う以上、将軍家とは相容れない。
「ま、望むところだわ……」
しかし、霧島薙がアドバイスをくれた。千姫の娘を娶った後、勝姫の手によって里美家が
伯耆でお家断絶なら、悪くない条件だ。処女性を保ったまま、神性を有するのは弁才天と
は違う点。
(『忠』を謀れば『忠』に報いるべきよ……次は、火遁の術ね。まさに、私様に打ってつけ!)
「肝心の――」
「伏姫は白龍の力を授かってるわ。自ら囮になるから、白龍の化身である魔人には手を出
すなって言ってるわよ」
ルリタニアは、今、さも――あの時、言うべきセリフを、その会話のトーンで言った。
「勝算はあったのか?」
(はぁ……これだから、アマちゃんわ――困るのよ)
「あの人と関係性がこの世界で生じた場合、100分率は99%止まり。最悪でも1%の
勝率は保障される……この世界から、教官は独立した因果律で動く事が可能だった――そ
れは、見たでしょ?」
むしろ、魔人を潰すのが大変だった。
「今や、妹が計画の本線で――あちらがダミーだ。もっとも、余は生き残ってほしかった
のだがな。強欲ゆえ」
霧島薙はそういった後、思案した。
「しかし、浮遊大陸――か、弱ったモノだ」
呑気な女王を前に、ネスゲルナはキレた。
「あんなマネをさせるから!」
「な、な、な……」
霧島薙は顔が赤い。ルリタニアが動く前に、さっと、右手で彼女を制した。
「今一度聞くが……コヤツ――信用してよいのか?」
「あー、いや」
苦渋の顔をしている。
「ん? ……え!?」
「戯け! 違うわっ! ナンなのだ、その驚きは! 余の年齢を考えろっ!」
自分が同じぐらいの年頃・立場なら殺している。ルリタニアはそう思った。
「はぁー、焦ったよ。この国は、もうダメかと思った、はは……ははは」
顔に出てしまったらしく、ルリタニアの殺気をカレは感じ取ったようだ。
「いや……呆れて、モノも言えない。余は、そう、言っておく。受け取り方は自由だが、
とりあえず、ルリタニアの紋章はくれてやる」
「やた!」
手放しで喜んでいる少年を尻目に、ルリタニアは忠告した。
「その代わり、火属性だから……限定されるわよ? 教官の属性は五行にも大別できるか
ら、変化がなかったかもしれないけど」
「ああ、構わないと言うか。それより――だな」
ネスゲルナは何かを悩み始めた。
「アンタの悩みがナンなのか知らないけど、人間と契約する方法を私様は聞いてないわ」
「え、他の精霊憑依と違うのか?」
はぁ……と霧島薙は溜息をついた。
「それが解っていれば、余は、当の昔に、従者がいる。調べてみたが、山城アーチェ元帥
の時は、昔の主と一致した為だな」
「言っても良いけど――絶対に信じそうにない! 絶対にだ!」
ルリタニアは、少し、戸惑った。
「いや、こう……余も、老婆心ながらでは有るが。子供を作るだとか! だな、反対だな」
女王は『うんうん』と頷いている。しかし、何故か、愉快そうだった。やはり、雷暗の正
室などにされては給ったものではない――ルリタニアは不安だった。
「じょ、冗談は……そ、そうやめるべき!」
「あのな、否定も肯定もしないけど『殺生よりマシ』とか言っておいて、自分達だけは、
許されるのか?」
ネスゲルナの発言に、女王は眼光を光らせた。
「それが逆に、生き残った王家のみが信仰の対象となる。余も、王家の沽券に関わるし、
覚悟はできている。実際、それこそ、自慢ではないが、自害しようとした痕もある」
そう言って、嘗て、旧式ガルフェニアが陥落した時――自らがつけた首筋を、金髪の髪の
毛を掻き揚げて、彼に見せた。
「……わ、私様は――」
「解った、そこまでやるなら言うけどさ」
ネスゲルナはルリタニアの発言を遮って、言った。
 数分後――
「気絶したままですね」
少々、ルリタニアはウットリしていたが――それは、キスしたからではなく、気絶してい
るのを見て、愉悦に浸っていただけだ。どちらかと言わなくても、殴りたかっただけで、
清々していた。
(もう、7時だし……寮長に門限を破った罰を与えられる方が、気分が悪いわ)
「ふっ、考えたな、殴って事を済ませるとは……相変わらず、黒くて頼もしい――」
『ゴンッ!』
「ふふふ……承知しないわよ。私様が如月八房を殴った理由が解ってないわね」
そう、目撃者がいない。
(神隠しの時点で、気づくべきだったわ……)
大淀葉月が愚兄のファーストである話を聞いていた為だ。精霊と人のハーフ故に、実体化
する霊体。召喚された大淀葉月は霊体のままでも、移動できる。式神(鬼など)と人間の
子どもは神隠しにあって消えてしまう。しかし、精霊なら、神隠しにはあわない。
「痛いよー……」
「時には体罰も必要。仕付けに関しては、不肖、この伏姫……心得て織ります由え」
喪に伏する姫と書いて、彼女の字(あざな)は『伏姫』――同志(なかま)と共に、誇り
高き背を追う者なり!
216, 215

片瀬拓也 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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