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第十二章『絆』

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 若葉のお父さんと、二人になってしまった。何を話そうか悩んでいると、お父さんの方
から声を掛けて来た――
「アイツは……若葉は本当に勇者なのかな。俺は、時折、とても不安になる」
「それは間違いなくってよ、お義父様」
なら良いんだが……と口を塞ぐ。恐らく、この方も天啓の持ち主で、フェアリーと契約し
なかったのだろうと、不知火は直感した。
「何の話をしてるの?」
若葉が、母が切ったカステラと紅茶を持ってきた。
「いや、お前の学校生活について、色々と聞いてみたくてな」
ふーん、と言ってテーブルにカステラと紅茶を並べる。
「そうだ、テストあったんだろ? どうだったんだ、進級できそうか?」
「ああ、それはバッチリ」
不知火と目を合わせる。笑みが零れた。
「何だ、いきなり。良い雰囲気だな、説明してみろ」
「何でもないよ。唯、一緒に勉強したってだけで」
嘘は言ってなかった。
「本当かぁ? ふたりでイチャ付いてただけじゃ――痛っ、痛いよ、母さん」
お父さんはお母さんに耳を引っ張られて退場した。
「気を悪くしたらごめんなさい、この人は空気が読めないから」
不知火にそう言ってから、お母さんは手を離した。どうやら、この家で、一番、偉いのは
お母さんだったようだ。と、不知火は理解した。
 一家、改まって――
「まだ、二人の名前を言ってなかったね。父の名がナタルで母の名がメネシス」
あー、そう言えば――と父が切り出す。
「ルリタニアが、今日は帰ってるぞ。だから、お前、今日は居間で寝るんだな」
誰ですの? ――と、不知火が聞く。
「妹が居るんだよ、今、十六歳で一つ下の。普段は、学校から近い親戚の家から通学して
るから、居ないんだけどな」
呼んで来るか――と、言って若葉が席を立つ。若葉は二階に上がると、奥の部屋へ向かう。
部屋の前で立ち止まると、ノックをした。
「おーい、お客さんを連れて来たから、挨拶してくれよ。紹介したいんだ」
返事がない。鍵は開いていた。意を決して、若葉は中に入ってみる。案の定、妹は下着姿
のまま寝ていた。
(今、気付かれたらマズイ……)
『バタン――』
 音を立てないように妹の部屋から出る。
『ギギィ――』
ドアを開く音が背後からする。若葉は、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
「……見たわね、お兄ちゃん」
「今回だけで良いから見逃してくれ! 今、下に恋人を連れて来ているんだ……」
『何ですってー!』と、父親バリに大袈裟に叫ぶルリタニア。その声に気付いたメネシス
が様子を見に上がって来た。
「あら。何、ルリタニア、その格好は……」
来たのが母さんで助かった。早く嗜めてやってくれ。若葉はそう思った、が……
「まさか、無理矢理?」
「そうね、でも安心して。私、お兄ちゃんの事、何て、これっぽっちも好きじゃないの」
あのな、良いから服を着ろと――
「お兄ちゃんは今、大事な用があるの。大人しくしてなくちゃダメよ?」
「じゃ、着替えてくるわ……このエッチ!」
あっかんべーをして、部屋に妹が戻るのを確認すると、ここは母さんに任せて、自分は居
間へ戻る事にした。
「ん、ルリタニアはどうした?」
「今、寝巻きだから着替えるって」
座ってカステラを食べる。
「指輪の話を聞いたんだが、お前って、案外に一途なんだな。俺に似て」
誰が誰に似ているのか、聞き返すのは辞めて措いた。幻聴かも知れない。
「勇者の血筋ですわね」
それには同意せざるを得ない。親父は宝剣ヴレナスレイデッカを抜けなかったんじゃない、
抜かなかったんだ。
「弱きを助け、強きを挫く。正義の味方だな」
「何、バカな事を言ってるの? お父さん、お兄ちゃんの保険料がまた上がったんだよ」
二階から妹と母が降りてきた。
「はじめまして、若葉の妹をやっているルリタニア=秋雲と言います」
「こちらこそ、宜しくてよ。ラティエナ王立魔法学園で生徒会長を務めている不知火=R・
スカーレッドですわ」
押し掛け女房は、義妹の放つ邪険にしたオーラに怯む事なく、言葉を返した。
30, 29

  

 一家、揃って。居間にて――
「その眼鏡、似合ってるわ……」
『モグモグ――』
 テーブルに用意してあったカステラを食べるルリタニア。もっとも、ルリタニアの分ま
で用意して於らず、今、彼女が口にしているのは若葉の分だった。
「ずずず……」
紅茶を飲み干す。
「それ、若葉の……ではなくって?」
「ああ、間接キスね。兄妹なのでお構いなく」
で、でも……と狼狽する不知火。
「因みに先刻も下着姿を覗かれましたが、兄妹なのでお構いなく」
若葉は頭が痛くなった。明らかに不知火は困惑している。
「う、嘘ではなくって?」
「ゴメン、だけど、全て、コイツが悪いんだ。年頃なのに羞恥心がないらしい。平気で下
着姿で家の中をウロウロするんだよ」
(くくく……動揺しとる、動揺しとる。馬鹿兄貴は失恋するが良いわ)
 ――窮地の若葉に、頼もしい助っ人が。
「ふむ。しかし、待って欲しい」
 ナタルが会話に割って入る。そうだ、父さんは二人の仲を認めてくれているんだから、
ここは、何とかしてくれる筈だ。父の威厳を、一発、見せてやってくれ。
「ルリタニアの体には凹凸がない。これはセーフなのではないのかと! ぶっちゃけ、男
と変わら……うわー。やめろ、何をするー」
『ビリビリビリ――』
「スタンガン程度で済んで助かったと思ってよ。本当なら、家ごと爆破してる所だわ」
凹凸がなければセーフって、殿方はそれで宜しくて? などと、狼狽した不知火が若葉を
問い詰める。
「安心して。私は、別にお兄ちゃんの事をどうとも思ってないから。さっきのも事故で、
ちょっと、貴方をからかってみただけ」
やっぱり、ダメだこの人……と思いながら、若葉はナタルを担ぎ上げる。
「僕は父さんを部屋で横にしてくるから、ルリタニアは不知火に家の中を案内しておいて
くれ」
案内する程、広い家ではないが。
「よいしょっと……何だ、もう気付いたんだ」
「世界も彼女も救って見せろ。俺の出せなかった答えを、俺に見せてくれ」
ああ……と答えた後、養生しろよ、とだけ付け加えて、親父の書斎を後にした。
 居間に戻ると三人は居なかった。風呂場へは行き違いにならなかったし、二階だろう。
多分、自分の部屋かな、と階段を上がり入ってみた。そこでは――
「あ、来たな。この変態!」
物色の後がある。ギャルゲーのビジュアルファンブックやフィギュアが発見されてしまっ
た。結構、際どいアングルのものもあるので言い訳できない。ルリタニアには、あれ程、
部屋に入らないでくれと、言って於いたのだが……
「か、可愛らしい絵ではなくて」
「え、そう? 実は僕、このゲームのファンなんだよね。このソフトハウスのファン会員
にもなってるんだ」
意外にも好感触、みたいな?
「なワケあるかー!」
ルリタニアにグーで頭を殴られる。
「どう見ても引いてます! 変態っぷりを見せつけてくれて、本当にありがとうございま
した。永遠に二次元の世界の勇者を目指して下さい!」
取り敢えず、之は、母さんが没収する事になった。無慈悲な仕打ちが若葉を襲った。
(まだだ、まだ終わらんよ。既にスキャン済の画像がPCに……)
「って、アレ? 僕のパソコンは?」
「OSを再インスコして私が使ってるわよ」
――な、なんだってー!?
「一応、バックアップを取ってあるけど、中身をバラされたくなかったら、条件があるわ」
交換条件とは、小賢しい。
「何だよ、言ってみなよ」
どうせ、ロクでもない企みだろう。
「私を魔法学園に転校させて」
「いや、それは僕の一存では決まらないと言うか……入りたいなら、転入すれば良いだ
ろ?」
勉強なら私が御教してもよろしくてよ――と、いう不知火の提案にも首を横に振る。
「私も空戦機甲に乗りたいの。レアリック・オーブを手に入れて頂戴」
若葉と不知火は顔を見合わせる。
「レアリック・オーブって高いんだぞ? それにあそこは第一線で危険、極まりない」
ルリタニアの防御陣なら、通用するのかも知れないが。
「危険は承知の上よ? 私も、自分の力を有効に使いたいの」
「そうは言われても、レアリック・オーブがな……」
うーん、と若葉が考えているとナタルが部屋に入ってきた。
「レアリック・オーブなら、ここにあるぞ。昔、ブラックドラゴンをペルステン火山で、
ぶっ倒した時に手に入れた、コイツがな」
剣をテーブルの上に置くナタル。
「こ、これは……」
「炎の剣。元は封印城クーザーに眠っていたスペリオルドラゴンの尻尾で、バーサるなイ
ト=鈴木が第六天魔王ジークジオンに、止めを刺した時に使ったと言われる、曰く付きの
剣だ。大したレアリック・オーブじゃないが要するに、魔法学園の空戦機甲科に入りたい
んだろ? なら、之で充分」
(アンタ、娘を戦地に送ってどうするんだ――)
「まさか、守れと?」
「俺は、お前と同じ光属性だからナノトレーダス合体できないんだよな。世の中がキナ臭
く為ってきてるから、之を有効に使った方が安全かも知れないと思ってな。ルリタニアだ
って、悔いは残したくないだろうし」
早速、ルリタニアは感触を確かめるように素振りをしている。
「お前たち兄妹は、それぞれ、一つの火でしかないが、二人揃えば炎になる」
「三人が揃えば、より強力な火炎になるのではなくって?」
妹を尻目に、若葉は困惑していた。
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 ――そんなこんなで。
「体が熱い、力が溢れる!」
『シャキィン――』
 窓から庭に飛び降り気合一閃、灯篭を真っ二つにした。
「お~」
「アーッ!」
若葉は感嘆の溜息をして、ナタルは頭を抱えた。
「よし!」
「よし! じゃねーよ、どうすんだよ。庭の灯篭を壊しやがって」
庭に下りてナタルがバシッとルリタニアの頭を叩く。
「ちょっと、お父さん。痛いじゃない!」
まぁまぁ、とそれまで傍観していた不知火が二人の会話に割って入る。
「これはこれで、妹さんの成長の記録に、丁度、良いオブジェではなくって?」
それは、名案だとルリタニアは思った。
「空戦機甲が手に入るのが楽しみだわ。今度は、金剛石でも用意しといてね」
 ったく。と言い頭を掻く父――。
「家を壊したら承知しねぇからな。ローンはお前が払えよ」
その時は空戦機甲を質に入れる事になりそうだなぁ、と若葉は思った。
「さて……それじゃ、僕は布団を持って降りようかな」
「待って」
立ち上がろうとした若葉をルリタニアが制した。
「不知火さんは私と一緒に寝れば良いわ」
「お前が良くても、不知火は良いとは限らないだろ」
若葉は不知火の顔を見る。
「私なら構わなくってよ?」
「そうか。なら、そうしようか」
風呂に入ってくると言い残して居間を後にする。その後、順番に入り各々の寝床に付いた。
この時、若葉は、まさか、先程の安易な選択が、この後の悲劇を齎すとは予期もしなかっ
た。
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 ――深夜。
「こ、こ、これは……大変、宜しくなくってよ!」
「シッ、声が大きい。お兄ちゃんに気付かれるわ」
ここはルリタニアの部屋。二人はPCのモニターに釘付けになっていた。
「け、汚らわしくはなくって……」
「筋金入りの二次コンだわ……げっ、妹モノまである! 何を考えているんだ、あの変態」
実は、OSの再インスコなどして於らず、HDDは若葉が使用していたままの状態だった。
「之って、本当に若葉のパソコンに、間違いはなくって?」
「ええ、そうよ……どうやら、これは問い詰めてみる必要がありそうね」
 ――翌朝。
「おはよー、不知火」
「ご、ご機嫌、如何かしら、若葉」
「若葉は不知火のその視線が、腫れ物を見るような目だった事に気付いた。
(僕、また何か悪い事したかな……)
「あ、おはよう。ルリタニア」
「……」
(今度は無視だよ)
顔を洗って食事を摂る五人。楽しいハズの食卓が何故か暗い。
「おい、若葉。お前、また何かしたのか?」
隣に座っているなタルが、耳元に手を当て聞いてきた。
「知らないよ、僕は」
何か雰囲気が良くないが取り敢えず今日の事でも話を振ってみよう。若葉は重い空気の中、
口を開いた。
「今日はこれからドコか出かける? 近所と言っても市内だし、学園生活で大体、見て周
ってるから、観光地も特に案内すべき所がないけど……」
しーん――
(……反応がない)
「今日は納涼祭で縁日が出てるから、夕方から三人で行ってらっしゃい。母さん、浴衣を
出しとかないと」
そう言って、メネシスが朝食の食器を片付け始める。
「あ。お母様、私も手伝ってもよくって?」
不知火が、居間を後にする。
「お前も見習えよ」
若葉はルリタニアに言った。
「……うん、そうね」
TVを付けてニュースを見るなタルも新聞を読んでいた。
「女児誘拐か……最近、こう云う事件が多いなぁ。お前も気を付けるんだぞ、ルリタニア」
『がちゃん――』
 台所から皿の割れる音がした。
「母さん、大丈夫か?」
ナタルが声を大きくして聞いた。
「申し訳なくってよ、私ですわ」
台所から返事が返ってくる。若葉が席を立った。
「怪我してない?」
「大丈夫ですわ。ちょっと、動揺しただけで、別に問題なくってよ」
(何の話だろうか……)
「動揺って?」
「あ、えーと……妹さんに直接、お伺いになって」
不知火は痛々しくも、笑顔を取り繕った。そう言われて、再び、居間に戻る若葉。
「なぁ、何かあったのか?」
若葉がルリタニアに尋ねる。
「えぇ、ちょっとね……」
 ルリタニアが深刻そうな顔をする。やっぱり、二人で寝たのがマズかったのだろうか。
言い争いにでも為ったとか?でも、何故……
(ひょっとして――)
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 ――彼は何を血迷ったのか。
「はっ、まさか、お前! 実は、ブラコンで、不知火に嫉妬してるんじゃ……」
呆れて言葉も出ないルリタニア。
「……それは、どちらかと言うと、逆ね」
ルリタニアの顔は引き攣っている。我慢の限界だ。
「ああ、何だ。やっぱり、昨日の件か。アレは、お前が悪いだろ? 下着で部屋から出る
わ、人の飲み掛けの紅茶を飲むわ」
「それはだって、お兄ちゃんが妹萌えだって知らなかったんだもん」
ルリタニアはモジモジしてみせる。
「お前、妹を馬鹿にしているのか?」
「誰が誰をバカにしてるって?」
軽蔑の視線をルリタニアは向ける。
 ――可哀相なので合いの手を入れる人。
「一人っ子の私は、そうやって喧嘩できるのが羨ましくてよ」
不知火が朝食の後片付けを終えてやって来た。
「エプロン姿も可愛いよ」
「もう、いやですわ」
不知火は満更でもなかった。こうやって若葉と毎朝、朝食を共にする。想像するに、幸せ
を感じた。
38, 37

  

 ――逆襲の妹。
「いやですわ、お兄様。照れてしまいますわ」
ルリタニアがスカートの裾をすすすっと捲って、若葉に見せる。
『ゴンッ――』
「いったい何のつもりかね? 事と次第によっては俺の岩山両斬波が炸裂するぞ」
「コレはその技ではないんでスネ?」
ナタルの右手は若葉の頭部を捉え、『ふしゅ~』と音を立て大きな瘤を作った。
「アナタ。お客さんの前で、朝からドメスティックバイオレンスは辞めてね?」
メネシスは若葉を庇った。
「お父様の右腕よりも、私の切なさが炸裂しそうですわ」
しかし、一部始終を見ていた不知火の精神的ダメージは大きそうだ。
「あら、お姉様。御免あそばせ。お兄様は生粋の妹萌えではなくて。禁断の愛ではなくっ
て。愛する二人は最早、誰にも止められなくってよ」
白々しくルリタニアは言った。
「お父さん、いえ、お父様。私に若葉を下さい! きっと幸せにしてみせますからー!」
ルリタニアは迫真の演技でナタルに迫ると、目を潤ませた。
「あのな、ルリタニア……」
ナタルが困惑した表情で答えた。
「俺がさっき若葉を殴ったのは、不知火ちゃんが泣きそうだったからだ。俺、個人の意見
を言わせて貰えば、お前の色香に誑かされる男など、特殊なロリコン野朗だけな気がする
んだぜ?」
そんな事を言うと、どうせまたスタンガンで沈められる。懲りない人だなと若葉が思って
いると、ルリタニアは、何を血迷ったか暴挙に打って出た。
「コレをご覧になって、お父様」
「何だ、母さんの若い頃の写真じゃないか」
んっふっふ、とルリタニアは不敵な笑みを浮かべる。
「私にそっくりだと思わなくって?」
「い、言われてみれば……フム、確かに」
どれどれ、と若葉が覗き込む。確かに、似てない事もないが、そりゃ、親子だし。
(僕と父さんは全く似てないね……)
「でしょ? じゃあ、お父さん。お母さんに内緒で育てゲーやってるでしょ。それと同様
に、私を妄想の世界でグイグイ育ててみて」
「お、お前をか」
 脳内でシミュレートするなタル。若葉も試みるが、生理的に血の繋がった妹では無理だ
った。
「――娘は誰にも渡さん!」
「お父さん、頼もし過ぎ!」
ルリタニアはナタルに抱きついた。
「あの、親子。失礼ながら、嗜好が少し変ではなくって」
「何だ? ルリタニアがこんなにも父親思いだったなんて! オオ……我が胸に去来する
思いは、もしかして愛!?」
若葉の隣でその様を見ていた母が、微笑ましいと言ってるのを聞いて、若葉は安心した。
メネシスは怒ると怖いのだ。この場の要因となった自分にまで危害が及ぶのは避けたい。
「さて、用も済んだし夕方まで何をしようか?」
若葉は茶番に付き合うつもりはなかった。
「僕の部屋でゲームでもする? PCなくてもハードあるし」
「ゲームはあまりした事がなくってよ。それより、まだ、ちょっとだけ眠いですわ……」
不知火が目を擦る。
 ちょっと、疲れてきた人――
「へぇ。昨日の晩、ルリタニアと何か話をしてたんだ。ウチの妹ヤンチャでさぁ」
屈託のない笑顔で若葉が話し掛けてくるので、不知火は、正直、戸惑った。
「何々ですの、この軽薄な男は」
不知火の耳元でルリタニアは囁いた。
「そうは思わなくってよ。唯……想像すると、汚らわしくも哀れ(アワレ)で、私、涙が
止まらなくってよ」
40, 39

  

ん、何の話だろう? そう思い、若葉は二人に聞いた。
「何の話だい? 二人だけの秘密かな……参ったな」
「こ、この際、秘密でも良くってよ」
 ナタルとメネシスはアルバムを引っ張り出して昔話をすると言い出したので部屋から出
て行った。
「そうね、これは罠かも知れないわ。私達に言わせて辱めるつもりだったとしたら、既に
お兄ちゃんの脳内ではスゴイ事に……セクハラだわ!」
「辱めるも何も、お前、さっき自分で痴態を晒してたじゃないか」
 むむむ……と不知火は考え込んだ。ルリタニアの方が、何だ、勘だ言って、若葉に女の
子っぽい所をアピールしている気がする。この子のペースに合わせるのも良いとは言えな
い。
「で、でも、若葉が本当に妹萌えなら、こんなに、可愛らしい妹さんですわ。転校してく
る前に、何か間違いが起こっていても、不思議ではなくってよ?」
42, 41

  

 ルリタニアは一瞬、何を言われたのか、分からなかった。頭がどうにか為りそうだった。
実妹に嫉妬だとか、ヘンタイを受け入れる偉大な包容力だとか、断じて、そんなチャチな
モンじゃない。もっと途轍もない、自信の片鱗を味わった。
「私だって成長してるから、これから先だって、間違いが起こっても不思議じゃないわ!」
 妹の安全装置が外れて闘争本能に火がついた様だ。木っ端微塵になるのは、どちらのハ
ートか……
「まぁ! それは、失礼しましたわ」
 不知火のターン。流石に体型には差が有り過ぎた。その容姿で言われれば、皮肉にしか
聞こえない。
「そう驚かないでよ、コイツが本気になっちゃうからさ」
ドロー、俺のターン。このカードは自分なりに妹を宥める事ができる。唯、負けず嫌いな
だけで、本気になりそうだったルリタニアにフォローを入れる。兄が、自分の気持ちを察
してくれていると思ったルリタニアは精神的に優位に立った。今、自分は兄の心を鷲?みに
している。
「どうやら、勝負あったようね。この勝負、私様の勝ちよ、お姉様」
ダメ押しに私に様をつけた。高飛車な不知火を、自分なりに最大限、皮肉ったつもりだっ
た。
「可愛さ余って、憎さ、百倍だ」
若葉は、ヤレヤレと微笑みながらルリタニアの頭を撫でた。
「ふふふ、私様はいつだってお兄様に本気ですわ」
ルリタニアが気味の悪い発言をした。
「何せ、妹フォルダを作ってらした、お兄様ですもの。こんなに嬉しい事はなくってよ」
若葉の血の気が引いた。見る見る青褪めていく。
「ちょっと、ルリタニアちゃん! その話はもう済んだ話ではなくって?」
「何で、不知火まで知ってるの」
若葉は顔面蒼白で尋ねた。
「昨晩、若葉のパソコンの中身を見てましたの。そうしたら……」
44, 43

  

不知火は素直に喋る事にした。赫々、云々――
「まぁ、あまり、人の趣味にとやかく文句を言うモノではなくってよ」
若葉はあまりのショックの大きさに、部屋の隅でズーンとなっている。
「そんな変態は放って措いて、昼ご飯の材料の買い物に出よう、お姉様。親睦を兼ねて一
緒に作るの」
不知火は、家族の一員としてルリタニアに認められたようだ。
「良いですわね、カレーなんてどうかしら? 今晩は、縁日で食べ歩きをやらないつもり
はなくってよ? 帰って来た時に小腹が空いていたら、余った分を食べられて、丁度、良
くってよ」
「ナイスアイディアよ、お姉様。それでいきましょう」
メネシスにお金を貰い、早速、近くのスーパーに買い出しに三人は出掛けた。
「重い……」
五人前プラス夜食分なので材料は、そこそこあった。
「一袋持ちますわ」
「甘やかしちゃダメよ、お姉様。そいつは本来なら二、三日はご飯抜きでもおかしくない
わ」
帰ってキッチンで不知火とルリタニアは料理を始めた。
「良いニオイだな」
ナタルが居間へやってきた。
「お義父様の分もありましてよ」
「おお、そいつは楽しみだ」
数十分後――
「できた!」
食卓にカレーが並べられる。
「これは、ウマい」
「そんなに慌てなくても、なくならなくってよ。若葉、頬にご飯粒が付いなくって?」
そう言うと、不知火は、それを指でとって口へと運んだ。
「いやぁ、あまりの美味しさに、つい」
ウフフと不知火が笑う。
「何、デレデレしてるのよ。私様だって手伝ったのよ!?」
「それが心配だったんだけどね。何せ、鍋が爆発するかもしれないし」
 まぁ! それはルリタニアちゃんに失礼ではなくって――とか、笑顔で言われると我慢
できなくなる。
「お兄様、また頬にご飯粒が付いてますわよ」
「え、どこに?」
頬を手で触ってみたが、付いてない。
「此処よ」
ちゅ――ルリタニアが若葉の頬にキスをした。
「お前な、カレーを食べた口でキスをするなよ。後で、顔を洗わなければならないだろ」
そうだな……とだけナタルが言っただけで、ルリタニアを除く四人は黙々とカレーを食べ
ている。
「詰まらないわ」
ルリタニアはそう言って、また、スプーンでカレーを口に運び始めた。
46, 45

  

 昼食を終えた後、後片付けも済ませ、さぁ、今から何をするかと為った所で、不知火は
提案した――。
「占いをしますわ」
不知火の魔法なら当たるかも知れないので、四人はちょっと期待していた。不知火は持っ
てきた荷物の中から水晶球を取り出して呪文を唱える。まずは、若葉と不知火の恋愛運。
「うーん……前途多難と言えど、流石に、悪くはなくってよ?」
次はルリタニアを占う。
「この世界の創造主に見初められていてよ」
最後にメネシスとナタルを占う。
「平穏な余生を送ると出ていますわ」
一回の占いに数十分は掛かる。運が悪かったり、アバウトな質問や難解だったりする場合
は、数時間掛かる事もある。特にルリタニアの占いのような場合だと、二時間を費やした。
 ここで神様から一言――
「創造主って、どんな人なの?」
ルリタニアは自分に惚れている神の存在が気に為った。
「思うに、大淀葉月ちゃんに聞けば、何か手掛かりが掴めなくって?」
「誰よ? それ」
48, 47

  

 確かに、大淀葉月は超科学文明時代の生き残りだ――
「宝剣ヴレナスレイデッカのフェアリーで、実体のある霊体なんだ。世界の危機に直面し
てないから、憑依はできないんだけどね。魔法学園の寮で暮らしているんだ」
ちょっと電話をしてみる事にした。
「え、所長がどんな人か、ですか? 一言で言うのは、何と言うか難しいのです。気難し
くて、変わった人なのですよ。見た目のカッコは普通なのです。まぁ、悪い人ではないと
思うのです」
この世界の崩壊前、つまりは始めて魔王ゲルキアデイオスが降臨する前に、この世界には
超科学文明が存在した。大淀葉月や魔王ゲルキアデイオスを始め、フェアリーや魔法技術
はその時代に作られたものだ。
「知り合いだってさ。ちょっと変人だけど、良い人らしいよ」
「人柄なんて聞いてどうするのよ……」
ルリタニアは呆れて言った。
「所長の事だから、この世界には凄い裏技が用意されているかも知れないのです」
大淀葉月からは、結局、それぐらいしか聞けなかった。何一つ手掛かりを得られぬまま、
占いは終わった。そして夕方を迎えた。
「あら、似合う!」
不知火がメネシスの浴衣を着ていた。
「感謝しますわ、お母様」
ルリタニアがくるりと一回転してみせる。
「どう、似合う? お兄ちゃん」
まぁコイツは何を着ても似合うが……
「とても似合ってるよ、二人とも」
「お前、今日は両手に華だな」
ナタルが若葉を茶化した。
「ルリタニアも早く一緒に歩ける男を見つけるんだね」
「何よ、それ」
仲良くしてらっしゃい、とメネシスに見送られ近くの神社に向かった。
「おお、人が一杯、居るな」
縁日は思いの他、賑わいを見せていた。
「商店街の福引にカラオケ大会、花火も打ち上がるらしいよ」
出店で適当に食べ歩く。時間が程なく経ち、花火が上がった。
『オオーッ!』
歓声が起こる。
「ロマンティックですわね」
不知火は若葉と腕を組んだ。瞳と瞳が合う。二人の顔は距離を縮め――
「はいはい。そこまでよ、そこのバカップル」
『バコッ』とルリタニアが若葉の頭を叩く。
「痛っ、何すんだよ!」
「煩い、このドキュン!」
不知火は、はわわ……と、している。かくして三人は夏の夜空を楽しむのであった。
 ――一夜明けて。
「紹介すべき家族が、私には居なくてよ……父は戦死。母は、幼い私を残して病気で他界
してしまいましたの」
 不知火の表情が暗くなる。
「それでも墓前に花を添えるぐらいはできるさ」
 若葉の言う通り、二人は墓参りをする事にした。
「それにしても大きな家だね」
「まぁ……ここも、もう、必要なくってよ」
 卒業した後、どちらの家に住むか悩む。いっそ、この屋敷は売り払うべきか……固定資
産税も高そうだし。そんな話を一通り終え、特に二人はする事もないので、若葉の家に帰
ることにした。不知火が、もっと、ルリタニアと一緒に話がしたいらしい。打ち解けてく
れて、若葉はホッとした。
 秋雲家の居間――
「アルバムを持ってキマシタワー」
そこには、幼き不知火の姿と彼女の家族の写真が写っていた。
「不知火はお母さん似だね」
「ですの」
不知火はちょっとだけ嬉しそうな顔をした。今まで一人で生きてきたので、寂しさを感じ
ていたのだ。
「これからは私様を家族だと思ってね、だから悲しむ必要はないわ」
こうやって、ガンガン、自己主張してくるルリタニアが気に入ってしまうのだ。 
50, 49

片瀬拓也 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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