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第十五章『勇者の日常茶飯事』

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若葉は、どこがそんなに良いんだか、と思い、金剛吹雪を横目で見た。
(まぁ……確かに可愛いかな)
金剛吹雪がその視線に気付く。二人の視線が絡み合う。若葉は胸がドキドキしてしまい、
あわてて目線を逸らした。
(イカン、イカンぞ! 今は授業中だ。授業に集中しなくちゃ……)
そう思って視線を教科書に落とす。
(男を相手に何で焦ってるんだ、僕は!)
若葉の動揺を他所に、授業は進むのであった。昼休み――若葉、不知火、大淀葉月が三人
でご飯を食べていると、そこへ金剛吹雪がやって来た。
「ご一緒しても、宜しいのでありますか?」
「あ、ああ……別に構わないよな、二人共」
うんうん、と二人は頷いた。
「大淀葉月さんの様な可愛らしい方が、自分のパートナーになるのは、正直、緊張するの
であります」
『ぶッ――』
 大淀葉月は口に含んでいたお茶を思わず吹き出してしまった。
「ええ、大淀葉月=ツヴァイは外見は髪の色だけが違っていてよ」
しどろもどろする大淀葉月と対照的に、金剛吹雪はクスッと笑った。
「ところで……」
金剛吹雪は若葉と不知火を交互に見た。
「お二人はお付き合いしているのでありますか?」
「だよ」
「ですわ」
二人は即答した。
「それは残念であります。折角、親愛をこめてお近づきの印に頬にキスの一つでもしよう
と思ったのでありますのに」
「不知火は僕のモノだ、手を出したら承知しないよ」
若葉はナタルに似て頼もしかった。
「いえ、生徒会長殿にではなく、貴方にでありますよ?」
「721ーッ」
これが、八〇一、と言うヤツか。
「あら、それは見ない訳にはいかなくってよ?」
不知火まで、何を言い出すんだ。
「それでは、遠慮なく……」
金剛吹雪に若葉は押さえ付けられる。
(動かないッ――)
山城アーチェを圧倒したパワーの前に、若葉は無力だった。
(これが、円卓を統べる資質の持ち主――ガイゼリック王の力か!)
「夢の様な一時を過ごすのであります」
金剛吹雪の唇が若葉のそれに接触する。
「おおお!」
見ていた大淀葉月は興奮している。
(ちょっと、マテ。舌が……)
金剛吹雪は若葉の口内に舌を入れた。絡み合う二人の舌、その濃厚なキスにクラス中がど
よめいた。
「そこ、男同士で不潔よ!」
クラスの腐女子には、このカップリングは許せないらしく、若葉に非難が集中した。
「ぷはっ……ご馳走様なのであります」
金剛吹雪はナプキンで唇を拭いた。若葉は、まるで生気を抜き取られたかのように、ボケ
ーっとしている。どうやら放心状態のようだ。不知火が若葉の唇をナプキンで拭いた。
『キーン、コーン、カーン――』
 エルケレス魔法学園に予鈴が鳴り響いた。
「よーし、全員、揃っているな。授業を始めるぞ」
 山城アーチェが教壇に立ち、午後の授業が始まった――放課後。その日は、特にやる事
もなかったので真っ直ぐ帰る事にした。不知火と勉強したかったのだが、今日は生徒会の
役員会があるらしく、都合が合わなかった。
『ピンポーン――』
 呼び鈴が鳴った。誰かと思って扉の向こうを覗いて見ると、金剛吹雪だった。どうした
モノか、居留守を使おうか?
「クククッ、気配でそこに居るのは分かっているのでありますよ。出て来ないのでありま
すか? 然らばっ、力尽くでドアをブチ破る事になるのでありますよ」
金剛吹雪が構える。
『ガチャリ――』
「オーケー、分かった。だから物騒な真似はやめるんだ」
若葉は観念してドアを開けた。
「で、何か用か?」
「キスのお礼に歓迎会をして欲しいのであります」
(へー……意外に寂しがりやさんなのかな)
「僕は構わないけど、急な話だから人が集まるかは分からないよ」
「既に、山城アーチェ教官に声を掛けてみたのであります」
そうすると、後、呼べそうなのは……。
「帰りがもう少し後になるけど、不知火を呼ぶよ。それと、大淀葉月と……ここまでは、
確定。残りの面子は連絡網で片っ端から電話してみるね」
会場は、学園から近くの居酒屋を予約した。ゾロゾロと2‐Aのメンバーが集まってくる。
「歓迎会とは、お前にしては気が利いているな!」
山城アーチェは既に飲んでいるので、今はあまり相手にしたくなかった。
「ええ。まぁ……ちょっと、ありまして」
「ちょっと、とは何だ? んふふ、聞いたぞ? お前、あの転校生とキスしたんだってな。 
で、具合はどうだったんだ? ここは一つ、お姉さんに、ぶっちゃけ、話してみろ」
性質の悪い唯の酔っ払いでしかなかった。十数分後、全員が集まった。一応、金剛吹雪が
司会を務める。
「御集まりの皆さん、本日は不肖、この金剛吹雪=ストックウェルの歓迎会に参加して頂
き、感謝感激なのであります!」
「いよっ、日本一! 待ってました!」
山城アーチェは完全に酔っているようだ。
(日本ってドコの国だよ。確か、中世期に温暖化で水没した経済大国に伝わる格言だ)
「この後は、順番にカラオケを歌ってもらいながら、親睦を深めるように各人で交流を―
―」
「はいはい! その前に、先生からも日頃の皆への感謝の気持ちを表して、もう一人、紹
介したい子がいます! よし、入っていいゾー」
ドアから銀色の髪を靡かせ、一人の少女が入って来た。
「あの、始めましてなのだ。るな=シャルロット=タイケヌサと言うのだ」
「強化ルクシーフェレンスこけら落とし記念の幕開けだッ」
山城アーチェはマイクを握り締めて言った。その夜の宴会は翌日まで続いたと言う。
 ――金剛吹雪が転向して来てから二週間、季節はすっかり紅葉が訪れ、魔法学園では一
部の生徒を除いて安穏と日々を過ごしていた。
「期間出力八十パーセント」
ここ、フリートエルケレスでは、延期されていた修学旅行へ向けて最終調整が行われてい
た。
「良いぞ。これならクックルーン教国まで飛んで行ける」
問題だったクリスタルも何とか集まりそうで、山城アーチェは御満悦だった。
 クリスタルの鉱山で大規模な落盤事故が起こり、成仏できない怨霊が大量に沸いたらし
い。鉱山を所有していた会社はエクソシストを雇うのを辞退し、鉱山をそのままの形で売
りに出したのだ。それを魔法学園が買い取った、と言う訳だ。
「何、悪霊如き、我が空戦機甲部隊ならば楽勝だ」
「それは良いんですが……」
若葉は顔を顰めて言った。
「修学旅行前に転入試験を行うのは、できれば避けて頂きたいのですが」
「ふふん。空戦機甲の性能を試すには、御誂え向きの効果測定になると思ってな。当然、
1‐A・2‐Aも参加するから危険性も極めて低い」
若葉が反対するには理由があった。数日前――若葉はその日、フリートエルケレスの起動
実験の為、帰るのが遅くなった。既に午後七時を周っている。
(何だ? 留守電が入っている、誰からだろう?)
電話番号は叔母さんの家からだった。と云う事は、ルリタニアからか。嫌な予感がする…
…が、再生してみる事にした。
「ディア、お兄ちゃんへ。私様は、今度、魔法学園の転入試験を受ける事になりました。
試験の前日に顔を見せに行きます。かしこ」
 アイツが来る!? それを思うだけで、不安の種にしか為らず、胃が痛かった。
「仕方あるまい? クックルーン教皇に拝礼するのだから、艦載機の頭数は揃えろと御上
からのお達しだ」
 教皇庁圏内の全ての軍艦を揃えた観艦式が行われる予定で、それはクックルーン教の、
空の一大ページェントとも呼べるモノだった。若葉の心配を余所に、鉱山探索の前日――
「着いたわよ」
ルリタニアが若葉の部屋へやって来た。
「まぁ、何て言うか……明日は、怪我なく無事に頑張ってみてくれ」
「炎の剣は、早速、フェアリーを呼び出して憑依したわ。森の妖精、ジムスナイパー・カ
スタム。私様の空戦機甲かぁ……超楽しみ」
その、私様と言うのは何とかならないのだろうか……と、若葉は頭を抱えた。そして当日
の朝が来た。
「えー、諸君。我等は、これより北東の鉱山にて、悪霊どもからの奪還作戦を開始する。
尚、本作戦は編入試験も兼ねているが、戦場では焦らず、2‐Aの指示に従って欲しい。
以上」
(ルリタニアに、もしもの事があったら親父に申し訳が立たないよ)
 今回、若葉は魔力供給の為にアカシックレコードラインを繋いで出撃する心積もりだっ
た。飛行テストを兼ねて、フリートエルケレスを稼動させる。
「発進!」
巨大な艦がゆっくりと浮上する。
『ゴゴゴゴゴ――』
轟音と共に空を舞い、目的地を目指して魔道戦艦は動き出した。
「若葉、大淀葉月、何か異常はないか?」
「オールグリーンなのです、教官」
「こっちもです」
二人は山城アーチェに答えた――半日掛けて、目的の鉱山に辿り着いた。
「何故、自分は待機なんですか?」
若葉は声を荒げて言った。
「お前は、この艦の艦長だ。もしもの事があったら、困る。お前の持ち場はここだ」
山城アーチェには逆らえない。若葉は、ここは引き下がる他なかった。
「分かりました……けど、一つお願いがあります」
「何だ? 言ってみろ」
 私情を戦いに持ち込まない山城アーチェが聞き届けてくれるかは、不安だったが、頼ん
でみる事にした。
「今日の試験、以前にお会いしたウチの妹が来てるんです。妹の事、頼みます」
「分かった。私に可能な限り、善処しよう」
そう言って、山城アーチェはブリッジを後にした。
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