トップに戻る

<< 前 次 >>

第十七章『機動文化祭』

単ページ   最大化   

 二年生の修学旅行であるのに、全学年がクックルーンへ行く事に為っている。観艦式に
王立エルケレス魔法学園が列席する事に為っていた。そこで不知火率いる生徒会は、ある
提案を出した。
「いっそ、クックルーンまでの航行期間に文化祭を行わなくって?」
「うむ、確かにそれは名案だな」
 山城アーチェは職員会議でその話を取り上げた。
「今年は観艦式に合わせる形で修学旅行の日程を決めましたが、併せて、文化祭も行って
はどうでしょう?」
長旅を想定し、生徒に配慮した判断だった為、満場一致の形で賛同が得られた――翌日。
「と言う訳で、修学旅行期間の初日と翌日の二日間、フリートエルケレスで移動するこの
間に、文化祭を行う事になった」
 数日後、文化祭の準備に負われていた。クックルーン教皇が、直接、勇者に会いたいと
申し出た為、赤絨毯を引いたり、クラシックを艦内で流す準備をしたり、観艦式の準備と
平行して文化祭の準備は行われていた。文化祭の企画は生徒が楽しめるようにと、軽音楽
同好会がライヴを企画したり、出店を生徒会に申請するクラスがあったり――
「盛り上がっているようだな」
「教官も働いてくださいよ」
山城アーチェは、特に、之と言って手伝わなかった。
「生徒が楽しむのが第一だ。教師が邪魔しては悪いと思ってな」
缶汁粉を飲みながら、山城アーチェは若葉に言った。
「それより、小耳に挟んだが、軽音楽同好会に入ったらしいな。お前の妹」
66, 65

  

若葉は何も聞いてなかった。
「何でも学祭のステージでボーカル担当だとか」
「えー!」
それは見に行くべきなのか、兄として。
「まぁ、楽しみだな」
汁粉を飲み終えると、軽く空き缶を握ってぺったんこに潰し、ゴミ箱に捨てた後、山城ア
ーチェは去って行った。
(スチール缶も紙切れ、同然。本気で拳を握ると、自らの握力で拳の骨が砕けると言う噂
は、あながち、ホラではないのかも知れない)
「ああやって、他人も捻り潰して踏み台にしてきたんだろうね」
背後から気配を消して、べったり抱き着いてきた人物に若葉は言った。
「むしろ、教官殿には、是非、一度、踏まれてみたいのでありますよ」
やっぱり、コイツは唯の変態だと、臀部に押し付けられた股間から若葉は再認識した。
 ――若葉は未来の学園のアイドルに会いに行く事にした。
「何か用?」
「特に用が有る訳じゃないけどね……文化祭のステージで歌うんだって?」
若葉には自分の妹が歌うだけあって、ちょっとだけ興味があった。
「まぁね、私様がロック☆スターになる所を見ているが良いわ」
ルリタニアは自信満々に、不敵な笑みを浮かべた。
「僕は、その時間、艦を動かさなければならないから、ブリッジのコンパネで見る事にな
る」
「ま、艦長って仕事も名誉な事じゃない」
妹の晴れ姿を生で見られないのは、家族として寂しい限りなのだが――
「頑張れよ、それだけ伝えに来た」
「ベストを尽くすわ」
若葉はルリタニアの部屋を後にした――思い思いの後、本番の文化祭へ。
 数日後、フリートエルケレスはクックルーンへの航路を取った。文化祭は三日間に渡っ
て行われ、初日が各クラスの出し物で、二日目がステージ、三日目が観艦式と分かれてい
た。二日後の観艦式までは、フリートエルケレスはクックルーンを目指す為、初日と二日
目はブリッジクルーは参加できない。
「不知火と二人で楽しみたかったな」
「こっちも忙しくはなくってよ」
山城アーチェが見張っている為、砲術長の不知火も動く事ができない。
「退屈なのですよ」
大淀葉月も暇そうだった。こう云うのを軟禁と言うのだろうか?
「それじゃあ、暇潰しに大淀葉月に昔話でもしてもらおう。初代ラティエナ王ってどんな
人だったの? 同じ宝剣ヴレナスレイデッカの持ち主として興味があるんだ」
若葉は大淀葉月に聞いた。
「えっと、はじめは小さな集落の少年だったのです。その集落は、超科学文明の頃から存
在していたのですが、魔物が抑止力として開発された後、獣人族と共存すべく条約を、彼
のネオ・ビーストキングダムと結んだのです」
「ふーん、それで選ばれたのか」
若葉は、何が起こったか理解した。
「ええ、世界崩壊の切っ掛けは、人類同士の戦争だったのです。世界のバランスが著しく
狂った上、戦争で疲弊した人類に、大量に沸いた魔物を討伐する力は残されていなかった
のです」
人の意思と記憶にレアリック・オーブは呼応する。
「つまり、シャドウ・ウェアウルフと共存を目指していた集落の人間だったって事が、勇
者の資質だった訳だな」
爆発的に増加した他のシャドウ・ウェアウルフをどうしたのか気になる。
「結局、その村は他の獣人族に襲われ、少年以外は、誰一人として生き残らなかったので
すが、巡り会わせなのです。強い意志によって私は導かれ、気付けば、その集落の跡地に、
私は立っていたのですよ」
切っ掛けは裏切りだった訳だ。
「それって、ちょっとだけ、怖い話ではなくって?」
「暗い話ですよ。音もない世界は、二度と見たくはない情景なのです」
大淀葉月は『はぅ……』と、溜め息をついた。空気が重い。常に戦いに身を投じてきた大
淀葉月に話を振ったのは失敗だったようだ。
「このバイオセンサーの回路は、誰かの残留思念なのかも知れないな」
 宝剣ヴレナスレイデッカの魔力の大半は、大淀葉月に宿っている。このバイオセンサー
には、最早、憑依の代替として作動するキーとしての能力しか持ち合わせていないと言っ
ても、過言ではない。
「凡人には、理解できなくってよ」
「求めていた夢は、今は、唯の、幻。誰かの囁きが、心の中、聞こえる……天啓かな」
繰り返される運命を断ち切るならば、魔王ゲルキアデイオスを封印ではなく、消滅させな
ければ為らない。
 数時間後――すっかり日が暮れ、辺りは真っ暗になっている。
「今日のフライト時間はここまでだ、着艇して良いぞ」
「了解です」
フリートエルケレスがゆっくりと大地に降下する。
「皆さん、お疲れではなくって」
 これから明日のフライトに備え、ブリッジクルーは睡眠を取る事になっていた。若葉も
当然ながらそのつもりでいたが、部屋に戻るとルリタニアが待っていた。
「今からリハーサルやるから見に来ない?」
「ん、それじゃ見に行こうかな」
大ホールへと向かう二人。ホールには音響も照明も既にセットは終わっていた。
「観客は僕、一人なのか」
イントロが流れ始める。若葉も知っている曲だった。
「Beliving a sign of VIPPER!」
ルリタニアは歌がかなり巧い。
「beyond the hard times from nowッ!!」
若葉は心動かされるものがあった。
 数分後――
「どうだった?」
歌い終えたルリタニアが若葉の元へと駆け寄って来た。
「良かったよ、かなり」
「最高だった、でしょ?」
ルリタニアは自信に満ちていた。
68, 67

  

粉砕、玉砕、大喝采――
「本番、緊張して声が震えるとかしないようにしろよ」
「それは、有り得ないわ」
その瞳は輝いていた。
「何かを達成するのは凄い事だと思った」
他の道があったのではないか。ナタルの影が若葉の脳裏を過ぎった。
「まぁ頑張ってね、勇者様。誰も、お兄ちゃんの事を非難はしないわ」
その後、二、三、言葉を交わしてルリタニアと別れた。
 明日は文化祭二日目、いよいよクックルーンとの国境線を越える。
(今晩は嵐の前の静けさか……)
劃して役者は壇上へと登り、暁の喜劇の幕を開ける――二日目はルリタニアの独壇場だっ
た。
「三回もアンコールを歌うとはな……」
「とても可愛い妹さんなのであります」
金剛吹雪が話し掛けてきた。るなも、うんうんと頷いている。
「猫を被っているだけだよ」
「是非、お義兄さんと呼ばせて欲しいのでありますよ」
 冗談交じりに他愛のない会話を交わす。ルリタニアは名実共に学園のアイドルになった。
兄としても嬉しかった。二日目のフライト時間が終わり、若葉が部屋に戻ると、昨日と同
じ様にルリタニアが待っていた。
「今から打ち上げをやるから、一緒に来て。皆に紹介するわ」
「僕を? 何か場違いな様な気がするけど……」
良いから、良いから、とルリタニアが言うので、若葉は付き合うハメになった。一応、未
成年の集まりなので、ジュースで乾杯した後、カラオケをやったりゲームをやったりして
盛り上がった。
(気を使ってもらった側面も当然ある。が……)
それだけでは申し訳ないと思い、何かやらねばと云う事で、兄妹でポッキーゲームをやる
事にした。その一部始終の映像が艦内放送で流され、若葉は、一躍、変態の称号を得たの
であった。
(もう勘弁してくれ……)
実妹とはどう云う関係なのか、質問攻めに遭うわ、知り合いからは冷やかされるわ、最悪
だった。艦長の航海日誌は、早くも後悔日誌となってしまった――三日目、正午。観艦式
が始まり、全校生徒が起立して敬礼をする。空戦機甲によるアクロバットショーがプログ
ラムの演目にあった。カタパルトデッキから射出される2‐A・1‐Aの生徒、合わせて
六十余名。一番、最後に金剛吹雪の強化ルクシーフェレンスが飛び立つことになっていた。
「そろそろ順番なのであります。るな、憑依を」
るなが憑依した、その時だった。
『ドゴォォォオン――』
 爆発が起こった。
「敵襲だと? 被害状況は!」
山城アーチェが、オペレーターに確認を急がせる。
「クックルーンの艦隊が攻撃を受けている模様ッ! 既に、空中戦艦重巡ウペラ・レ・バ
ルガー級、四隻が大破轟沈しました! これはっ……敵はセラフィックゲートの内部から
出現しています!」
「封印が……解けたと云うのか」
戦力を終結させれば、抑止力として魔王ゲルキアデイオスが目覚めるのではないかと云う
指摘はあったが、だからこそ、観艦式には意味があった。教皇庁圏内に置ける持続可能な
開発の統治を、世界に向けて顕示する機会だったのだが、その目論見は現実として、脆く
も崩れ去った。
「私が憑依できない様なので、ホムンクルスの製造は無関係なのですよ」
大淀葉月が言った。
「当然だ、それは計算の内だ」
若葉は迷っていた。
「どうします、教官。空戦機甲部隊を回収してラティエナまで退却しますか?」
「馬鹿を言うな、戦うに決まっているだろうが」
山城アーチェは若葉の頬を抓って言った。
「ならば出撃するのでありますッ」
金剛吹雪が巨大な鉈を片手に、敵陣目掛けて発進する。
「魔王ゲルキアデイオスまでの血路を開く。各員、砲座に付け。フリートエルケレス、微
速前進!」
ZOC(ゾーン・オブ・コントロール)に阻まれ、空戦機甲部隊は魔王ゲルキアデイオス
に取り付けない。
「主砲で、派手に道を開く用意はよくってよ! ブリッジは、射線上の味方を回避させる
準備の程は宜しくて?」
不知火の片目が変色する。
「サンダーストームッ!」
「いいぞ、不知火。引く事を知らないのが、よく訓練された魔法使いだ」
そう言うと山城アーチェは艦橋の席を立った。
「教官、どちらへ?」
「私も出る。殿のルリタニアの部隊が気になる。後の指揮はお前に任せた」
――数時間経過。うねる大空の果てで、眠る時へと逆らい進もう。
「第三艦橋被弾、第二、第七砲塔、完全に沈黙!」
「空戦機甲デッキに直撃だとッ」
(沈む、なぁ……)
不沈艦と歌われても、そんなモノは幻想に過ぎない。混沌から生まれし何千のダーク・エ
ンジェるなイトを山城アーチェが葬ったか分からない。敵陣の真っ只中で孤軍奮闘してい
たので、味方が優勢なのか劣勢なのか、戦況の把握もできない。
69

片瀬拓也 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る