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第二十八章『蠢く新世界秩序』

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 山城アーチェは悩んでいた。何でも良いから、誰も泣かない世界が欲しい。
「できれば、事を穏便に進めたいのだがな……悩ましい」
 若葉派にも二つ派閥があって、一方は、普岳プリシラとの婚約を求める保守派層。そし
て、革新派はラティエナ王家の血筋を絶やす事を望んでいた。つまり、若葉が始祖になる
と言う選択である。之を、魔王ゲルキアデイオスとの大戦(おおいくさ)、通称、降魔戦争
で痛手を蒙ったラティエナ王国を、分割統治せんとする対外的な圧力が後押しし、最悪の
ケースを想定すると、過激派組織がカリスマ的存在の普岳プリシラ姫を暗殺する、と言う
懸案も出始めた。
「観艦式を滅茶苦茶にされましたからね、藁をも掴む思いなんでしょう」
望月がティーカップの紅茶を啜りながら言った。
「どの道、暗殺は失敗し、クックルーン『法王』 NATO・ルーン・響は失脚する」
 同じ教皇庁圏内の国同士でも領土問題は起きていた。魔王ゲルキアデイオスの攻撃によ
り主力艦艇を失った国と、そうでない国との国境が、柔然に兵站されるという軍事的緊張
が生まれるのは、必然だった。故に『法王』 NATO・ルーン・響の求心力は降魔戦争
以降、急激に失墜し、鼎の慶弔を問われる事態に陥った。教皇庁は、今、一度、信仰心を
人々に喚起させんと、降魔戦争で受けた各国の痛手を補填する為、ラティエナ王国を解体
する目論見が顕になるのは、時間の問題だった。そして――
「何だかんだと天下はお祭り騒ぎだな……大佐、依然、国境線上に残存兵力が集結中の様
だ」
最前線で魔王ゲルキアデイオスと戦ったラティエナ王国の被害は甚大だった。
「攻めては来るまい、陣形もそのままだ」
山城アーチェは敵情視察を行っていた。まだ、雪の降るハイクレア湖の畔から、地平線に
布陣した、スウィネフェルドの艦隊を睨む。
「学園に戻って対策を練る。行くぞ、雷暗」
「アイ、サー」
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 山城アーチェは進路指導室で普岳プリシラに状況を報告した。
「――と、言うのが之までの経緯です。『法王』 NATO・ルーン・響は、領空侵犯を黙
認する構えです。如何、致しましょうか?」
「若葉が始祖になれば、その子供を王に擁立できるから、ラティエナ王国内部でも、あら
ゆる陰謀が蠢いとるんやな?」
王位継承権と神器を扱える系譜は別である。大鑑巨砲主義の末、神器不要論に辿り着いた
国もあった。その一つが、ラティエナの隣国、大スウィネフェルド帝国なのである。
「空戦機甲は優れて魔法的な兵器や。遅まきながら、奴等はそれに気付いた。だから、開
発基地は教皇庁圏内か、浮遊大陸のどこかに、ある……この間の降魔戦争の帰趨を決した
のは空戦機甲や。事はその優劣や。せやから、隣国の新しい動きは見逃せへんのやけど―
―」
山城アーチェは頷いた。
「新型空戦機甲開発計画の脅威なぞと言っても、所詮、判らん人には判らへん。父上です
らスウィネフェルドの進攻を控えた、今、敢えてクックルーンの残存勢力が蝟集している
ジステッドやるな・ツーと言う、厄介な蜂の巣をつつこうとは考えておらへんからな」
だからと言って、放置して置くワケにもいかなかった。
「ま、せやけど……もっと根本的な話をすると、若葉は不知火しか選ばんやろなぁ。二人
が持つ絆は、もう、敵にも誰にも斬られへん」
「ですね。彼は一途ですから」
山城アーチェは、不知火が率直に羨ましかった。
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