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07.創造主の塔

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*                                        *
*   ここは『創造主の塔』                           *
*                                        *
*   ここには長い長い年月を生きてきた大賢者が住んでいる            *
*                                        *
*   過去を知り尽くし、現在を把握し、未来さえも計算する            *
*                                        *
*   最も“神”に近い、人間……                        *
*                                        *
*                                        *
*                                        *
*   しかし、ここ十数年。大賢者の姿を見た者はいない              *
*                                        *
*   『創造主の塔』を取り巻く気配が不穏なものになっていた           *
*                                        *
*   財宝目当て、冒険心や好奇心だけの侵入者。大賢者を心配する人々       *
*                                        *
*   『創造主の塔』は多くを歓迎し、誰一人帰すことはなかった          *
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*                                        *
*   ここは『創造主の塔』                           *
*                                        *
*   その最上階に今、あなたはいる                       *
*                                        *
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*   創造主の塔 5F                             *
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「ん、んんっ」
 立川はるかの意識が戻った。まどろんだ意識で目を開けると、そこにはどんよりとした灰色の空が一面。雨雲のような厚い雲が空を覆い、どろりと漂う生暖かな空気が心地悪かった。
 気分が悪い。さっさと屋内に入ってしまいたい。身体を起こし五体を確認する。頭、首、胸、手、脚。傷もなければ痛みもなかったが、大量に汗で布の服が肌に張りついていた。
 
「うう、気持ち悪い……」
 
 程良く膨らんだ胸、引き締まった腰やすらりと伸びる脚。それらのラインが扇情的に浮かび上がっていた。
 ぐるりと周囲を見渡す。ごつごつとした石畳の床と、取り囲むようにそびえる壁、壁、壁、壁の四方。そしてあまり気づきたくはなかったが、ところどころに転がる人骨。冒険者の成れの果てなのか、大賢者が行った儀式の生贄なのか。どちらにせよ悲惨な末路。
 モンスターの姿はない。が、嫌な気配だけはあった。なにか霊的な悪寒を感じた。
 
 この状態はマズイ。高水準の危機管理能力が警笛を鳴らす。立川はるかは学者としての自分の貧弱さを自覚している。丸腰の状態ならゴブリンにすら敵わない。ゆえに過剰なほどの慎重さが必要だった。
 
 頭元には宝箱が3つあったが、宝箱に擬態しているモンスターも存在するため油断できない。しかし盗賊ではないので識別する手段がない。
 それなら、確定している嫌な気配を警戒するほうが良い。宝箱には武器なりアイテムなりが入っているかもしれない。右から順番に宝箱から開けた。
 
 
【メイスを手に入れた!】
 
【魔法学校の制服を手に入れた!】
 
【初級魔法入門書を手に入れた!】
 
 
【ステゴロ ―> メイス】
 
【布の服(濡れ透け) ―> 魔法学校の制服】
 
 
 手に入れた服(どう見てもセーラー服。スカートがちょっと短い)を着込み、メイスを構える。ひとまず体勢は整った。初級魔法入門書は余裕があれば目を通すことにする。
 気を張り、周囲をうかがう。
 
 近くに、いる。
 
 肌で感じるモンスターの気配が、濃くなってきた。
 
 来る。
 
 来る。
 
 来る!
 
 
 
 がしゃり。
 がしゃり。
 がしゃり。
 
 
 
 転がっていた人骨が集まり、人型が3体、形成された(元に戻った、というべきか?)。カタカタと、下手な操り人形のように不細工な動きで近寄ってくる。
 
 しかし立川はるかは何一つ、焦ることはなかった。
 
 じぃっと人骨たちを眺め、記憶を掘り返す。
 
 
 
【スケルトン(憑依型)
 比較的新しい人骨に死霊が取り憑き、生物を襲う
 単なる人骨が元になっているため耐久力はなく、特に関節部が脆く動いているだけで破損することもある
 下手に破壊すると取り憑いていた死霊が襲いかかってくるため、討伐するのであれば浄化する手段が必須】
 
 
 
 きっと知識のない戦士や盗賊なら先手を仕掛け、死霊に返り討ちにあっていただろう。最小の労力の最大の結果を出す。これが学者である立川はるかのタクティクス。
 
 スケルトンたちとはまだまだ距離がある。大丈夫だと判断し、初級魔法入門書を開いた。
 
 
【立川はるかは初級魔法を習得した!】
 
 
 体内から魔力が湧き上がる感覚。たしかに魔法を覚えることができた。だがどの魔法も新鮮さがないことから、おそらくここに来る前は知っていたのだろう。いつもの『食欲に似た性欲』がまったくなかった。
 残念なことに浄化の魔法は習得できなかった。となると撤退のみ。勝つためではなく、生きるための逃亡。
 
 スケルトンたちを無視しトビラへ向かう。呼吸が乱れては魔法を唱えることができない。運動が苦手で体力の少ない職業なので、なるべく息が切れないように早歩き。
 
 焦らず慌てず、進む。
 下のフロアに行くため、進む。
 モンスターから逃げるため、進む。
 
 万全に思えた。パーフェクトなプランだと、立川はるかは思い込んでいた。
 しかしたった1つ、塔内の脅威を忘れていた。
 
 
 
【トラバサミ
 設置型トラップ。少々のダメージに加え、動きを拘束する。非力な職業では逃げ出すのも困難
 無造作に設置されていることが多いで回避は容易】
 
 
 
 がしゅっ!
 
 
 
「ひっ、いいいいぃい!」
 トラバサミが右足に噛みついた。露骨すぎるそのトラップを、彼女は気づくことができなかった。
「いたい、いたいいたいいたいいたいいたい」
 不揃いな刃がざっくりと立川はるかの肉に食い込んでいた。熱さは一瞬、どんどんと寒くなっていく。おびただしい量の出血が体温を奪い焦りを与える。
 メイスを放り投げ、トラバサミを外そうとする。しかし非力な彼女にはあまりに強い締めつけで、少し開いた程度で到底外せそうになかった。
 当然、スケルトンたちはそれを待つはずがない。ゆっくり確実に距離を縮めてきていた。
 
「や、いたい、やだやだやだいたいいたいいたやだやだ」
 
 知で力を制する学者はいなくなった。そこにはトラップにかかった、モンスターに怯える少女しかいなかった。
 ゆらゆらと揺れながら近づくスケルトン。いよいよ手を伸ばせば届く距離。
 
 立川はるかは、覚悟を決めた。
 
 
 
 ずるっ
 
 
 
「あ、あ、あああああああああっ!」
 
 
 
 ずるずるずる、ずるり
 
 
 
 トラバサミは半開きのまま。その状態で足を引き抜いた。刃が食いついていたところは皮を裂き肉をえぐり、引っかかったくるぶしが少し削られた。
 
「ひぎ、いだ、いいいいぃぃ……!」
 
 気が狂いそうになるほど痛みに耐え、足を引きずり、転び、這いつくばりながもトビラの中へ入った。
 手に入れたばかりの服は石畳に擦れボロボロ。転がった拍子で脚には擦り傷ができ、指先はトラバサミの刃で無数に切れ、右足は言うまでもなく大怪我。
  
「いたい、やだ、いたい、いたいよぉ……」
 
 だらしない泣き顔で湧き出る血を手で押さえ、ゆっくりと魔法を唱える。淡い光と共に傷口は塞がっていくが、痛みは残ったまま。ずきずきと痛み、失われた血は戻らないため少し目眩がした。
 命があっただけマシ、と考えるしかない。
 
「あ、メイス……」
 
 トラップに動揺し、すっかり忘れてしまっていた。手に入れたばかりの武器を早くも失った。
 ……命があっただけマシ、と考えるしかなかった。
 
 
 
 頼れるのは己の知識と、少々の魔法のみ。
 気持ちを奮い立たせ、立川はるかは階段を降りた。
 
14, 13

  

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*   創造主の塔 4F                             *
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 そこは小さめの部屋だった。両手を大きく広げ、その倍ぐらいの長さの壁で囲まれた、正方形の部屋。
 正面と左には通路があった。先は暗くて何があるかは一見してわからない。
 
 立川はるかは考える。
 塔の形状や高さ、フロアの造りなどは当然知らない。が、塔の構造上、下に降りるにつれ広くなることはあっても狭くなることはない。となると、先ほどの最上階の面積がいい目安になる。
 この4Fもそれなりの広さがあるのだろう。今いる部屋の大きさから想像するに、いくつもの部屋が通路で繋がって構成されているに違いない。
 
 
 考える。とにかく考える。所詮推測の域は出ないが、考えることが学者の剣であり盾なのだ。
 しかし、そんな剣や盾を展開するも役に立たないことは多々ある。例えば、どの道を行くか、などである。
 盗賊のような直感も働かないため、なんとなくという理由で正面の通路を進むことにした。暗い通路。ぽつりぽつりと灯るランプの光が唯一の道しるべ。
 
 
 ……光が必要とされている?
 
 
 とにかく思考を働かせ、たとえ不要と思うようなことでも考える。
 
 通路が終わり、次の部屋に着いた。さっきの部屋よりずっと広い部屋、その中央には宝箱。先ほどの階層にあった木製の宝箱ではなく、色とりどりの宝石で装飾された宝箱が設置されていた。
 そしてそれを囲むように、4体の人骨。
 
 怪しい。
 怪しすぎる。
 が、少なくともモンスターの気配はない。
 
 単なる人骨と考えて問題なし。と、立川はるかは結論を出した。おそらく4人組のパーティが仲違いし、四つ巴になって共倒れをした……というストーリーを組み立ててみた。先ほどのトラップとスケルトンで疑心暗鬼になっているのだろう。
 装備されたままの剣や鎧が気になったが、どうせ装備できないしショップがあるとも限らない。余計な荷物を増やしたくないので無視。
 
 となるとやはり、宝箱。
 
 真近で宝石を眺める。きっと高価なものだろう、赤や青や緑の宝石に心が奪われた。宝石と石ころは紙一重と思っている彼女もやはり女性、見惚れるぐらいはしてしまう。
 
 中身もさぞ豪華に違いない。魔力を増大させる杖か、それとも魔法でコーティングされたローブか。はたまた金銀パールの宝石詰め合わせか。こすりこすりと手と手を合わせて品定め。
 
 ぺたり。宝石のひんやりとした感触。
 
 
 
 バシュッ
 
 
 
 左腕が吹き飛んだ。
 
 
 
「あれ?」
 
 宝箱にどばどばと血が降り注いでいる。色とりどりだった宝箱は赤一色へと変わっていく。
 ずいぶん遠くに左腕が転がっていた。あれが自分の腕だとは、すぐに理解できなかった。
 
「あ、あっ」
 
 真っ赤な宝箱。
 消えた左腕。
 
「っ、っっっ、っっっっっっっっっ!」
 
 
 
『死ぬ』
 
 
 
 身体を突き抜ける激痛、大量の出血。水を被ったように汗が溢れ流れ、思考は爆発しそうなぐらいに混乱している。
 
 
 撤退、撤退撤退撤退撤退撤退!
 
 
 自分が自分に警告している。警報を鳴らしている。それはあまりに遅い、遅すぎた。
 原因(このダメージの発生源。モンスターなのかトラップなのか、立川はるかは何一つ掴めていない)を確かめようとせず、身をひるがえして通路へ戻ろうとした、が。
 
 
 ブスリ
 
 
「ああ、あああああっ!!!!!」
 
 
 太ももを刺された。刺された左脚は機能しなくなり、ついに立川はるかは倒れた。
 仰向けに倒れる彼女を、そのモンスターは腹部を踏みつけ押さえつける。
 
 
 ドスリ
 
 
「うぐっ」
 剣先が彼女の形の良い胸を貫いた。
 
 
 ざりっ
 
 
「あ、うあああ!」
 突き刺さったまま横に薙がれ、点の傷が線の傷へ成長した。
 
 
 バギュ
 
 
「ひぎっ」
 振り上げられた剣は、ばっさりと立川はるかの身体を切り裂いた。
 
 
 ザクッ、ザクザクザクザクザクザクザクッ
 
 
 もはや動くことができなくなった彼女の胴体を、豪雨のように突き刺し、突き刺し、突き刺しまくる。
 
 
 バスリッ
 
 
 残ったもう1本の腕も胴体から離れた。
 
 
 ズドンッ
 
 
 おそらく最後の一撃。剣は狙いすましたかのように立川はるかの子宮を貫通した。
 
 
 
 意識が急速に失われていく。彼女は視界が閉じていく中、人骨の正体に気がついた。
 
 
 
【スケルトン(術士型)
 術士が創り出したスケルトン
 術士が下した命令を忠実に守るが、それ以外の行動は何一つ起こさない
 個体の強さは込められた魔力に大きく左右される。多くは関節部や骨の表面が強化されている。武器や防具を装備していることもあるため、まともに戦って勝つことはかなり難しい
 スケルトンが持つ条件さえひっかからなければ襲われることはない】
 
 
 
 何が問題なし、だ。
 
 立川はるかは己の愚かさを悔やんだ。
 
 
 
【ゲームオーバー】
 
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*   創造主の塔 4F(2回目)                        *
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 どうやら4体のうち1体がスケルトン(術士型)だったらしい。
 立川はるかは宝箱を諦めることにした。スケルトン(しかもかなり強い術士型)を相手にする無理ムリ絶対無理、でもそれを自覚できる私は実に理知的ステキよねアホな戦士やバニーガールだったら何度も挑んで犬死するんでしょうねホントばか、と言い訳と罵倒を惨めったらしく唱え続けた(心の中で。余計に惨めったらしい)。
 
 
 魅力的な宝箱を素通りし、次の部屋に向かった。
 
 
 そこからはごくごく普通の探索だった。いくらかのお金を拾い、魔力を引き上げる種と増幅薬を手に入れ、調合して効果を数倍に引き上げた。
 
 徘徊していたスケルトン(術士型。これはかなり風化していた)を風の魔法で吹き飛ばしたり、巨大な食虫植物(食人かもしれない)を燃やしてみたり。やっていることは単純だったが、貧弱な学者からすれば大冒険だった。
 
 ある程度フロアを徘徊していると、不思議な部屋を見つけた。階段があるトビラとは違う、木製のトビラ。ぼろぼろになっていて読めないが、ネームプレートもついている。
 そっと開けて、入った。
 
 そして気づいた、異様。そこら中に、紙、紙、紙。必ず何かしら書かれた紙が部屋中に貼りつけられていた。
 あとは威圧感さえある本棚。ぎっちりと本が詰まった本棚がいくつも並べられている。
 あって当たり前なベッドが逆に違和感を醸し出していた。
 
 間違いない。ここは大賢者の部屋。
 高いところ、あるいは奥の方には決まって重要なものがある……という、オカルトめいた彼女の持論がその答えを導いた。
 
 
 警戒しつつ奥へと向かうと作業机があった。そこは綺麗に整頓されていて、1冊の本が開かれてた。ワームのようにうねった、汚い手書きの文字が並んでいる。
 
 
 
 ごきゅり
 
 
 
 立川はるかの喉が鳴る。重度の愛書狂、知識欲の塊、知識の探求者。そんな彼女が大賢者の直筆(と思われる)書物を前にして我慢できるはずがなかった。
 しかし見たことのない言語。往々にして、偉大なる知識人たちは自分にしか解読できないような文字や文章で書物を記す。持てる知識をすべて注ぎ、その解読を試みた。
 
 それはあまりに難解だった。おそらく学者以外の職業では解読不可能、それほどのものだった。
 かなり時間はかかったが、少しずつ解読していった。
 
 
『そろそろ知識を蓄えることにも飽きてきた。それもそのはず、現在の学術はすべて私が生み出したようなものなのだから。
 だからこれからは未来の研究をしよう。多少の暇つぶしになるだろう』
 
 
 どうやら日記帳のようだった。が、そんなことは彼女には関係なかった。
 自分が培ってきた知識を生み出した親。知の母親であり父親、そんな大賢者の日記帳なのだ。どんどんテンションが上がっていく。
 
 ドロリ。垂れるヨダレを拭いもせず、読み進める。
 
 
『未来の研究もすぐ終わってしまった。まさかいくつかの数式に当てはめるだけで予知ができるとは思わなかった。
 しかし興味深いことを知った。
 過去が同じポイントから始まっても、経過が異なる現在があり、結果が異なる未来が同時に進行しているらしい。これを並行世界、パラレルワールドと言うようだ。
 これには私の胸も高鳴った。つまり、暴力的なピクシーや魔力以外で生きる魔法生物、完全な人間、男の私がいる世界があるかもしれない、というわけだ。
 考えるだけで楽しそうだ』
 
 
「す、すばらしい……!」
 
 どこに感動したのかは不明だったが、、立川はるかは言い知れぬトキメキを感じていた。
 
 びりっ
 ばくり
 
 次の瞬間、そのページを破り、食べた。
 
「もしゅ、もしゅ」
 
 知識になると思われるページを食す。それが彼女の悪癖だった。
 事実そうして知識になっていたが、おそらく思い込みによるものだろう。
 
「んきゅ、んきゅ……んぐ、ぐっ」
 
 たとえどんな内容であっても紙は紙、異物でしかないので当然身体は拒絶する。喉を詰まらせ、嘔吐感が咀嚼の邪魔をする。
 それでも涙目になりながらも、噛んで、ちぎって、舌に絡ませ、唾液で濡らし、ゆっくりと飲み込んでいく。
 
 こくり。
 
「……はふ」
 
 知識が身体に溶け込んだ。そう思うだけで下半身が潤み、空いた手が胸元をまさぐってしまう。
 もっと、もっと興奮させてくれる知識を。彼女は本能のままにページをめくる。
 
 
『初めて並行世界からの召喚に成功した!
 ……なんというか、実に低姿勢なサキュバスで、あまり得るものがなったような気がする。
 当のモンスターは元の世界に帰りたがっていたが、1回の儀式に使用する機器や材料、魔力や生贄が多すぎるため無理だと断った。が、さすがに気の毒だったので、使い魔にしてやることにした。
 使い魔“アカネ”。これから、よろしく』
 
 
『実験がうまくいかない。失敗はつきものだが、こうも大掛かりすぎると何度も試行できないのが問題だ。
 なにか楽な方法があればいいのだが』
 
 
『すごく簡単な儀式を思いついた。今までは媒介を準備していたが、そこがいけなかった。
 自分を使って召喚すればいいじゃないか。そうすれば魔力の調整もコントローラブルにできるはずだ。
 アカネが猛反対していたが、そんなことは知らない』
 
 
 書かれているページはそこまでで、あとはずっと白紙になっていた。
 
 嫌な予感がした。
 
 
 大賢者は実験に失敗した。しかも深刻なレベルの失敗を。
 その結果がスケルトンに顕著に出ている。術士型はともかく人間が居住しているところに憑依型がいる例は聞いたことがない。
 死霊を大量に召喚し、半永久的に塔の防衛(または徘徊)をさせて侵入者の排除を続けている。と言ったところだろうか。
 
 当の大賢者の生死が気になるところだったが、ひとまず脱出が先決。白紙が続く本を閉じ、他の本棚を探る。ジャンルに統一性がなく、大賢者が何をしたくて何に興味があるのか想像すらできなかった。
 何か浄化系の魔法を覚えたかった。が、見つからなかった。
 
 
 
 ふと、1冊の本に目が止まった。
 
 真っ赤な本。手垢がなく、端々はよれていない。分厚くタイトルがない。特筆するは、額縁に入っているということ。
 
 こんなとき、立川はるかは考える。
 
 戦士が新しい武器を手に入れたとき。
 魔法使いが新しい魔法を覚えたとき。
 盗賊が宝箱を見つけたとき。
 盛るメスがオスと肌を重ねるとき。
 きっと、こんな気分なのだろう。
 
 
 性的興奮。
 
 
 ひどく、ひどく情欲がそそられる。見たい、読みたい。そして、食べたい。
 新しい紙は飲み込みにくいが歯ごたえがあってジューシー、まるで肉厚なステーキ。古い紙は埃っぽさの中にあっさりとした旨み、まるで新鮮な白身の魚。
 インクの味にもこだわりがあった。一昔前に主流だった、身体に有害とされるタイプのインク、それが何より好きだった。ピリリとした痺れが口いっぱいに広がり、そしてやってくる嘔吐感。そんなエグみがたまらなかった。
 
 額縁に埋まったその赤い本を抜き取る。
 まずは抱き締める。すっぽりと胸の中に沈んだ。まるで赤子を抱いているような、温かな気分になれた。
 顔を近づけ、上質な蒸留酒と思わせるスモーキーな香りを楽しむ。どこか古臭いところが非常に良い。
 ぺろり。舌を這わす。ずいぶんとなめらかな作りで、舐めるのに夢中で唾液でべとべとになってしまった。
 
 生唾を飲み込み、そっと開いた。
 
 
 
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*   “主人公”は●●に▲▲▲▲                        *
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 たった1行。黒く塗り潰されている箇所が2つと、“主人公”という文字。
 
 また、やってしまった。立川はるかは何度目かわからない後悔を感じた。
 かかったあとにトラップだと気づいても意味がない。
 
 
 
【奇実小説
 特殊型トラップ。書かれた内容が現実で起こる】
 
 
 
 文字が変わっていく。
 
 
 
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*                                        *
*    立川はるかはゴブリンに奉仕を行う                    *
*                                        *
******************************************
16, 15

  

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*                                        *
*    立川はるかは振り向いた。そこにはゴブリンがいた             *
*                                        *
******************************************
 
 
 
「…………っ」
 身体が勝手に動く。先ほど現れたの1行の文章、そしてトラップの特性を考えると、これからの展開は間違いなく良くないことに決まっている。
 振り向く。振り向かされる。その先には簡素なベッド。しかしそこに、いた。
 
 ゴブリン。先ほどまではたしかにいなかった。それが突然湧いたかのように、そこにいた。
 これがトラップ、奇実小説の効果。現実をねじ曲げ、物理的なルールすら無視するほどの、強力なトラップ。
 
 ゴブリンの腰布は高く張っていた。もはや腰布を取るまでもなく、見るまでもなく、興奮状態ということがわかった。
 
 
 
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*                                        *
*    立川はるかはゴブリンに歩み寄り、膝をつく                *
*                                        *
*    そしてゴブリンの陰茎を愛撫し始める                   *
*                                        *
*    まるで恋人に行うように、愛おしそうに                  *
*                                        *
******************************************
 
 
 
 意思だけは自分にあって、身体は別の力で動いている。抵抗らしい抵抗もできず、ゆるゆると動いてしまう。
 歩く。近づく。静かにひざまずく。
 
 嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
 
 どれだけ心の中で叫んでも意味はなく、奇実小説の内容通りに進んでいく。
 腰布を外すと、そこには野性味のある猛々しい陰茎。明らかに人間のモノよりも大きく、先端から透明な液体をじとりとにじみ出て、びくん、びくんと大きく脈打っている。
 目を閉じてしまいたい。しかしそんなことは許されるはずもなく、どれだけ意識が拒んでも、身体は動いてしまう。
 
 立川はるかは、そっとそれに触れた。
 
 
 びゅる、ビュルッ
 
 
 たったそれだけで達したのか、ゴブリンの精液を吐き出した。勢いよく放物線を描いたそれは、立川はるかの服(魔法協会の制服。どう見てもセーラー服)をべっとりと汚した。
 生温かな精液が服越しに肌へ伝わってくる。間近で感じる雄の臭いは非常に不愉快なものだった。きっと彼女の身体が自由だったら眉をしかめていただろうし、突き飛ばして逃げるなり攻撃するなりしていていただろう。
 決して、付着した精液を指ですくい舐め取るなんてことは、しない。
(にがい……にがいよぉ……)
 独特の苦味とピリピリとした酸味。身体はそれを覚えようとしているようで、何度もすくい、指を舌でからめ、臭いを確かめ、あますことなく精液を味わった。
 すべて拭い終え、陰茎へ戻る。びくびくと震え、とろとろと精液がこぼれている陰茎。そんな目をそらしたくなようなものを、じぃっと見つめてしまう。
(うそ、うそうそ、やめ、やだっ)
 顔が前へ。陰茎に近づいていく。その身体の動きに、立川はるかは言いようのない絶望を感じた。
 口を大きく開く。そのまま、前へ、前へ。
 
「あむっ」
 
 人間よりも大きく太いそれを喉奥まで咥えこんだ。
「んっぷ……んぐっ」
 あまりに苦しく、えづいてしまう。それでも舌と顔を動かし、懸命にフェラチオを行う。唾液を口に溜め、舌で亀頭をグリグリと刺激させ、手は竿の根本から中央に往復する。
 処女である立川はるかは、フェラチオという行為は知識として持ってはいたものの、当然行ったことはなかった。それなのにさも熟練したような、やり慣れた動きをしていた。
「じゅる……んっ……んちゅ……」
(いやだ、いやだいやだぁ……)
 まるで愛する人に対して行うような愛撫。しかしその心中はずっと拒絶したまま。トラップの効果は絶対で、何度も噛み切ってやろうと考えたが、熱烈な奉仕しかできなかった。
(チクショウ……自由になったら覚えとけよ……)
 
 できることは内心で復讐を誓う、それだけ。しかしそんな気持ちすら、トラップは改変を行った。
 
 
 
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*                                        *
*    立川はるかは自分の雌の部分を認め始める                 *
*                                        *
*    身体は火照り、受け入れる準備が整っていく                *
*                                        *
*    身体だけではなく、心も傾いていく                    *
*                                        *
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「ん、んむぅ……あう……」
 彼女の中に、認めたくない感情が生まれつつあった。
(イヤなのに……イヤ、なのに……)
 身体が熱くなっていく。
 くねくねと腰を揺らしてしまう。
(すごく、気分が……へん)
 両手を使っていた奉仕を片手にし、下着の上から秘所を触れる。そこは下着の意味がないほどに濡れていた。
(うう、イヤだ……でもぅ……)
 すりすりと上下に擦り、慰める。自慰は何度もしていたので、確実に悦べるポイントを掻き、どんどんと昂っていく。
 
 べと
 べとり、べとり
 
 頭に液体が降り注いできた。彼女はその鼻が曲がりそうな異臭で、それがゴブリンの唾液だとすぐに気がついた。
 ゴブリンは、初めて経験するフェラチオ独特の快感に耐えれず、口をだらしなく開きだらだらと垂れ流したのだ。
(きもち、よくなってるんだ……)
 嬉しい。嫌悪感はどこかに消え、ゴブリン相手にありえない気持ちが生まれていた。
 
 奉仕にも熱がこもる。
 
 ごぷりっ
 
 口の中に精液を放たれた。
 
「んんっ、ぐぐっ」
 
 ごぷり、ごぷり
 
 陰茎が震え、精液がどくどくと溜まっていく。
「んっんぐ、んぐっ」
 2回目とは思えないほど濃密で粘度のある大量の精液を、立川はるかは、少しずつ飲み込んでいった。
(あれれ、おいしい……もっと飲みたいよぅ……)
 ちゅうちゅうと吸う。尿道に残った精液までも飲み込み、堪能した。
 その顔は赤く、飢えた雌のように溶けていた。
 
 
 
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*                                        *
*    ついにそのときが訪れる                         *
*                                        *
*    立川はるかはベッドに横になり、脚を開く                 *
*                                        *
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「もう、もうっ……限界……」
 もそもそとベッドへ上った。下着を脱ぎ捨て下品に脚を開き、ゴブリンを招く。トラップの効果が作用しているのか、ゴブリンはおとなしく陰茎を突き立て、立川はるかにのしかかった。
 ゴブリンの性器が、立川はるかに触れる。
 
 
 
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*                                        *
*    彼女は、魔物と交わった                         *
*                                        *
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 ずっ
 
 
 
「いた、痛ぁぁっ」
 
 
 
 ず、ずずずっ
 
 
 
「あああああっ!」
 肉壁を削り、処女膜を破り、根本まで突き込まれた。
 
 
【立川はるかは非処女になりました】
 
 
 初めての相手がゴブリンという悲惨すぎる処女喪失。それなのに、立川はるかは未体験の快楽に達してしまっていた。
「きもち、気持ちいいよぉ」
 手足はヒクヒクと痙攣し、だらしなくヨダレを垂らし、ぎゅうぎゅうとゴブリンを締めつけていた。
 
 すでに、異形と交わっていることを疑問に思っていなかった。どこかのタイミングで壊れてしまい、あたかも恋人のように錯覚し、与えられる快感に狂っていた。
「ふひ、あ、あひ、ふああああああっ」
 激しいピストンに、立川はるかは何度も絶頂を迎える。そのたびに陰茎から精液を搾り出そうと締め上げる。
 
 ついに、ゴブリンの動きが止まる。
 
 
 
 どくんっ
 ドク、ドクドク、ドクッ
 
 
 
 ゴブリンは精を放った。3度目、それなのに、相手を孕ませようと濃い精液を捻出していた。
「はぁ……はぁ……あは、あはははっ」
 立川はるかは笑う。その笑みは人間と思えない不気味さがあった。
「あふ、あはは、あふははっはあははははあ」
 
 
 
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*                                        *
*    その後、立川はるかはゴブリンと生殖を続けた               *
*                                        *
*    塔からの脱出のことは、とっくに忘れてしまっていた            *
*                                        *
*                                        *
*                                        *
*    【完結】                                *
*                                        *
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*                                        *
*   創造主の塔 4F(3回目)                        *
*                                        *
******************************************
 
 
 
「うぇ……おぇぇ……」
 フロアの入り口に戻ってから、立川はるかはずっと嘔吐していた。
 おそらくこの塔に来るまでに食べたであろうもの、探索の途中で食べたもの。それらすべてを床に吐き出した。
 いよいよ胃が空っぽになり、次は胃液。そして胃液すら出なくなったころ、彼女は理解した。
 
 死亡したり致命的な状態になった場合、フロアの入り口に戻されてしまうという摩訶不思議な現象。けれど、ただ戻るだけでなく時間が巻き戻るようで、負った怪我や拾ったアイテムはなかったことになっている。
 しかしそれはごくごく些細なこと。一番の問題は、あいまいに記憶が残ってしまっていること。
 
 スケルトン(術士型)に惨殺されたこと。致命傷に伴う激痛みは覚えていなかったが、白骨死体が何度も何度も剣を突き刺してきた光景は鮮明に覚えている。
 ゴブリンと交尾を行ったこと。破瓜の痛さや(認めたくはないが)快楽は覚えていなかったが、嫌悪感が悦びになったときの、人間をやめてしまった瞬間のことは鮮明に憶えている。
 
「…………」
 
 口元を拭う。汲んだ湧き水を飲み、吐き出す。これで少しはすっきりできた。
 
 そして彼女は決意する。
 さっさと出よう。
 このクソッタレな塔、さっさと出てやる!
 
 探索を再開した。先ほどの大賢者の部屋は無視し、程なくして3Fに続くトビラを見つけ、階段を降りた。
 
 
 
 立川はるかは覚えていない。
 先ほどの大賢者の部屋。トラップ以外に読んだ本のことを、立川はるかは覚えていない。
 
18, 17

  

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*                                        *
*   創造主の塔 3F                             *
*                                        *
******************************************
 
 
 
 なにか悪いことが起きそうだなと思いながら、立川はるかは3Fの悲惨な現状を眺めた。
 
 壁に沿って並ぶ、水槽だったと思われるもの。すべて割られていて謎の液体(おそらく培養液の類)が床にぶちまけられていた。
 その液体とは別で、凄まじい異臭を放つ赤と緑の液体。おそらくモンスターの体液だが、どの文献にも見たことがない類の体液だった。
 おおよそ生物のものとは考えられない形状の骨。刺が生えていたり妙に光沢があったりと、まるで統一性がなかった。
 そして石ころのように転がる、腐敗しきってドス黒く変色した肉塊と思われるもの。そこは蛆すら湧いていなかった。
 半壊した机の上や下には汚れきって読めなくなった書類や試験管が散らかっている。まさに惨劇だった。
 
 きっとこのフロアは大賢者の工房。それは人類がとうてい到達できないレベルの研究成果を排出する、夢のような機関。
 正常な状態であれば心が踊る場所だったに違いない。けれど、この状況は危機しか感じなかった。
 
 この状況下はまずい、とてもまずい。
 
 まず、この工房の研究対象はモンスターの類だろう。もし未知の生物を生み出していた場合、知らないモンスターの情報はもちろん知らない。対策対応で切り抜ける理論派に死ねと言っているようなものだった。
 たとえ既知のモンスターでも何らかの強化が施されている場合、ただでさえ戦闘は不向き、容易く詰んでしまう。
 
 アイテム袋を探り、有用なアイテムを探す。4Fでいろいろ見つけていたが、有用なものはなかった。しかし単体で効果があるものでなくてもよい。学者のスキルである調合、これに生かせそうなものがあればと願った。
 
 あった。
 気つけ薬、そして媚薬、強化の丸薬。
 
 これらの組み合わせは知っている。2つの容器を手に持ち、片方の容器に移し替え、軽く混ぜる。それを丸薬に混ぜ込め、完成。
 口に入れ、モグモグと咀嚼する。
 
 すると。
 
 
 キリ、キリキリキリ。
 
 
 後頭部付近に鋭い痛み。それに少し耐えると、彼女の脳内にぼんやりと図形が浮かび上がる。
 多数の四角形、部屋。それらを繋ぐ直線、通路。その中をうろうろと動く複数の影、モンスター。地面に落ちるアイテムと、設置されているトラップ。
 
 気つけ薬、そして媚薬、強化の丸薬。これらを調合すると、一定の範囲のフロアの間取りやモンスター、アイテムの場所が明確になる効果が得られる。
 まるで盗賊が使用する魔法のような効果。それを複数の道具から生み出した。
 
 しかしこの調合には、大きな副作用があった。
 
「…………」
 
 もぞもぞと、立川はるかは脚と脚を擦り合わせる。
 当然と言えば当然だが、媚薬を使用するためもやもやとした気分になってしまうのだ。
 ふと、机の上の試験管に目が止まる。
 
 こくん。
 
 唾が出てきた。
 手に取り、しげしげと眺める。長さ、太さ。どれも知識にある中では理想的だった。
 壁にもたれ、ショーツを下ろす。そこはべっとりと濡れていて、雌が垂らす体液が手にまとわりついた。
 ぺろり、ぺろり。試験管を舐める。冷たくて、埃っぽくて、汚れていて、喉がイガイガとしてしまう。
 試験管が濡れる。それを見てさらに、胸がときめく。
 
 そっと、下の口にあてがう。その冷たい先端と過敏すぎる感覚に身体が震えた。
 押し、進める。
 
「ん、んんっ」
 
 ぞりぞりと、試験管はぴっちりと閉じた肉の谷間を突き進んでいく。通常、異物の侵入は痛覚しか与えないものの、媚薬の効果により次々と快感に変換されていた。
 突然、侵入が拒まれた。堅い、堅い壁。それは立川はるかが純血である証。それを、試験管が、こつこつとノックをしている。
 さすがに我に返った。だがそれも一瞬のこと。息を吸い、吐き。息を吸い、吐き。
 
 ず、い。
 ぷつり。
 
「あ、あぁぁぁっ、あ、あっ!」
 
 
【立川はるかは非処女になりました】
 
 
 試験管はそれを突き破った。そこに痛みはなかった。あまりに大きな快感にあっという間に絶頂へ到達してしまった。
 びくりびくりと、立川はるかの膣が試験管を締めつける。
 
 さらに我慢できなくなったのか、前後に動かし始める。最奥まで突っ込み、ぐりぐりと回し、快感を得ようとする。
 
「はふ、あ、あうぅ」
 
 さらなる快楽を。空いた手が乱暴に胸をつかむ。彼女の程よい膨らみの胸がぐにぐにと、衣服の上から形を変えていく。
 
「いいよぅ、気持ちいいよぉっ」
 
 ついに衣服を全部脱いでしまった。勃起した乳首とクリトリスをガリガリと指で引っ掻く。
 試験管に付着する体液は、摩擦によって白く変色していく。速度がどんどんと上がっていく。
 
「ん、ん、あ、あああっ!」
 
 何度も何度も、絶頂を迎えた。
 
 
 
 しばらくして媚薬の効果が切れたのか、少しずつ落ち着いていった。
 
「はあ、はあ……」
 
 冷静になり、徐々に後悔し始めた。
 よもや、自らの手で処女を捨ててしまうとは。
 
 後悔しても、もう戻らない。重い気分のまま探索を再開することにした。
 
 
 
 
 
 プツン
 
 
 
 
 
【プレイヤーがリセットボタンを押しました】
 
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*                                        *
*   創造主の塔 3F                             *
*                                        *
******************************************
 
 
 
 なにか悪いことが起きそうだなと思いながら、立川はるかは3Fの悲惨な現状を眺めた。
 
 壁に沿って並ぶ、水槽だったと思われるもの。すべて割られていて謎の液体(おそらく培養液の類)が床にぶちまけられていた。
 その液体とは別で、凄まじい異臭を放つ赤と緑の液体。おそらくモンスターの体液だが、どの文献にも見たことがない類の体液だった。
 おおよそ生物のものとは考えられない形状の骨。刺が生えていたり妙に光沢があったりと、まるで統一性がなかった。
 そして石ころのように転がる、腐敗しきってドス黒く変色した肉塊と思われるもの。そこは蛆すら湧いていなかった。
 半壊した机の上や下には汚れきって読めなくなった書類や試験管が散らかっている。まさに惨劇だった。
 
 きっとこのフロアは大賢者の工房。それは人類がとうてい到達できないレベルの研究成果を排出する、夢のような機関。
 正常な状態であれば心が踊る場所だったに違いない。けれど、この状況は危機しか感じなかった。
 
 この状況下はまずい、とてもまずい。
 
 まず、この工房の研究対象はモンスターの類だろう。もし未知の生物を生み出していた場合、知らないモンスターの情報はもちろん知らない。対策対応で切り抜ける理論派に死ねと言っているようなものだった。
 たとえ既知のモンスターでも何らかの強化が施されている場合、ただでさえ戦闘は不向き、容易く詰んでしまう。
 
 アイテム袋を探り、有用なアイテムを探す。4Fでいろいろ見つけていたが、有用なものはなかった。しかし単体で効果があるものでなくてもよい。学者のスキルである調合、これに生かせそうなものがあればと願った。
 
 なかった。
 何度見直しも、役に立ちそうなアイテムはない。
 
 となると、己の観察力と勘を信じるのみ。根性論のようなことは嫌いだったがしかたないと割り切った。
 
 じりじりと、ゆっくり部屋の中を探索する。アイテムはもちろん、情報になりそうな目ぼしいものもない。
 飾りでもいいので武器がほしかった。早々に落としたメイスが悔やまれた。あんな棒っきれでも威嚇には使えたことだろう。

 通路を使い、次の部屋へ。
 部屋に入った直後、中央で、何かが動いた。
 
「……きゃあ!」
 
 驚き、叫び、慌てて、しゃがみこんだ。
 ゆっくりと目を開け、それを見る。床にうねうねと動く生物がいた。
 手のひらサイズの大きさ。真緑が目に痛いぐらい鮮やかで、液体と固体の中間、それよりも液体寄りの形状。
 
 
 
【スライム(寄生型)
 通常のスライムとは違い、極小サイズ。とても弱く、踏むだけで絶命する。
 しかし一度体内に侵入されると繁殖が始まり、最悪の場合死に至る】
 
 
 
「なんだ、ただのスライムか……驚かせないでよ」
 
 彼女はため息をつく。言わずと知れた最弱モンスターの代名詞、スライム。警戒も度を超え、ついに雑魚モンスターにさえビクビクしてしまうとは。
 せめてもの慈悲、と言わんばかりに、立川はるかは無視することにした。動きも遅いので歩けば逃げられる。
 トラップには気をつけ、慎重に移動する。パッと見はないが、それでも感知型は発見が難しいので、念には念を入れる。
 
 床や壁、そこら一帯に危険はなかった。
 問題は天井だった。
 
 
 ビビビビビビッ
 
 
 羽音がしている。 蜂がいた。
 
 ふと見上げると、巣があった。
 
 
 
【麻痺バチ
 針を刺されると一定時間麻痺してしまう。麻痺バチはその一撃と共に絶命する。
 稀に巣も存在し、集団で襲われると大ダメージの怖れがある】
 
 
 
「これは……」
 巣からはさらに蜂が出てきている。遠巻きに、確実に距離を縮めてきていた。
 
 逃げる。まず最初に出た選択肢。しかし目の前の巣を放置してもいいものか? という疑問に行き着いた。
 ここで潰しておけば、今後の脅威の可能性を排除することができる。それは転ばぬ先の杖と成り得るかもしれない。
 
 手をかざし、巣に目がけて火の魔法を放った。最大火力だったの巣は一瞬で灰となり、ボロボロと崩れ落ちた。
 続けて周囲を巻き込む風の魔法を使用する。旋風とかまいたちを融合したもので、周囲に飛行していた麻痺バチをズタズタに切り裂いていく。
 
「や、やった……? へへ、ざまーみろ」
 
 舞い上がった砂埃を払いながら、注意深く周囲を伺う。
 しかし不運にも、1匹だけ生き残ってしまった。そして、それに立川はるかは気づかなかった。
 
 ブツッ
 
「うっ」
 
 一瞬の痛み。そして、全身に弾ける電流、痺れ。
 立川はるかは、身体をくの字に曲げ、床に倒れた。全身が痺れ、動くことができない。思考と呼吸ができるのがせめてもの救いだった。
「……っ、……っ」
 どれぐらいで麻痺が抜けただろうか。たしか体力が関係したような。せめて思考は巡らせる。
 そんな彼女に、すっかり忘れていたモンスターが忍び寄る。
 
 
 ぬるり。
 
 
「……っ!」
 
 目の前に、それがいた。
 
 先ほどのスライム。最弱モンスターを鼻で笑い、雑魚モンスターと馬鹿にし、せめてもの慈悲で生かした、スライム。
 
「……っ! ……っ!」
 
 タイミングが最悪すぎた。抵抗しようにも身体は動かない。
 ずりずりとスライムが近づいてくる。
 そして。
 
「……っ! っ! っ! っ! っ!」
 
 彼女の口から、ゆっくりと侵入していった。生温かな無味無臭の果汁のような粘液が、ぬるりぬるりと口に入り、喉を降りていった。
 えづくことなく、嘔吐感があるわけでもなく、安々とスライムは体内に入った。
 
 痺れが取れない。その時間が彼女に絶望を与える。
 進行形で、体内でスライムの繁殖が始まっている。早くどうにかしないと取り返しがつかないことになる。
 
 痺れが取れたのは、それからしばらくしてからだった。
 
「……っ、く、うえええぇ」
 
 すぐさま喉に指を突っ込み吐き出そうとする。けれど、ひどくえづくだけで何も出てこない。
 そう、何も出てこない。胃の中のもの、そして胃液さえも、出てこなかった。それは異常、異常すぎた。
 
 身体に違和感はない。しかし、確実に寄生され、増殖している!
 散らす薬も存在するが、所持していない。アイテム袋を見返したが調合しても作れそうにない。
 
 びくん。
 
 腕が震えた。痙攣したかのように、筋肉が動いている。
 
 
 ぴしゅっ
 
 
 右手の指先、爪からそれが飛び出た。
 
「ひいっ」
 
 ゲル状の緑の液体。指先からデロデロと流れていた。もはや爪はマニキュアを塗ったように綺麗な緑色に統一されていた。
 スライムの増殖が、指先まで進んでいた。さすがに部位へ到達する順序までは知らない。だが、確実に寄生・増殖していることがわかった。
 靴の中も吹き出しているのだろう。ぎゅうぎゅうと苦しかった。
 
「ああ、あああっ」
 
 脚が変だった。膨張、内側から膨張している。
 顔もそうだ、痛い。内側が、痛い。
 
 ドロリ
 
 鼻から、鼻水ではない液体が流れる。
 
 ゴプリ
 
 喉奥から、ゲル状のそれが飛び出した。気管が塞がれてしまい、呼吸が不可能になった。
 
 ぶつんっ
 
 耳からは鼓膜を破り、スライムがこぼれ落ちていく。すさまじい吐き気が彼女を襲い、抵抗することもできず嘔吐し、さらにスライムを排出する。
 
 目は緑に充血していた。すでに涙は流れなかった。その代わりのものがこぼれていた。
 
 
 
 ぐつぐつと下腹部に圧力がかかる。
 ぽっこりと膨らんでいるのがわかる。
 腸がぎゅるぎゅると音を鳴らしている。
 
 
 それだけは。そう思って堪えるものの、彼女の我慢は何一つ通じなかった。
 
 
 
 ぷしゅっ
 
 
 
 出た。出てしまった。
 
 下腹部を推し進めていたものは直腸を突き抜け、吹き出した。
 
「っ…………」
 
 越えてはいけない一線を越えてしまった。恥ずかしさとショックでおかしくなりそうだった。
 
 
 
 意識が急激に薄れていく。
 呼吸困難よりも早く、身体中の水分の枯渇により、意識が消えた。
 
 
 
【ゲームオーバー】
 
20, 19

  

******************************************
*                                        *
*   創造主の塔 3F(2回目)                        *
*                                        *
******************************************
 
 
 
 スライムというのは常々最弱というイメージがついてまわる。しかし実態は案外そうでもない。単純に斬ったり殴ったしても効果はなく、焼き尽くすなり氷漬けにするなり魔法の要素が必要になってくる。
 ちなみに、塩を振りかけて水分と枯らすという手段は貿易商の陰謀で、魔法生物がそんなことで討伐できたら苦労しない。そう、スライムは研究者の叡智の結晶なのである。
 繰り返して言うと、スライムは、かなり侮れないモンスター。
 
 という言い訳を誰に対して言うでもなく、立川はるかは考え続けていた。
 
 それにしても運が悪すぎる気がした。まさかあんな最悪の組み合わせになっていると、誰が想像できただろうか。まだ肌の中に何かが蠢いている感覚があった。いっそ肌を剥がせて掻きむしりたい、それほどの不快さだった。
 
 とても探索する気にもなれなかったが、しないことには文字通り進まないので探索を再開。先ほどとは違うルートを通り、安全を第一に探索を行う。
 長い通路を抜け、部屋が見えてきた。照明が弱いのか、鈍い光が通路に差し込んでくる。
 
 慎重に歩を進め、部屋に入る。
 
 
 
 どぷんっ
 
 
 
「………っ!」
 突然身体が重くなった。首から下の重力が10倍ほどになったような感覚。手や足の動きに鈍い。まるで時間が遅くなったようにゆっくりとしか動かせない。
 
 彼女は気づいた。
 
 最初はトラップの一種かと考えた。動きを制限したり拘束するトラップは数多く、その中の一つかとも考えた。しかし首から下を埋めている透明な半固体のモノ。
 
 これが、原因。
 
(こ、これは……)
 
 形状、性質。おそらく種族はスライムなのだろうと、推測した。
 そう、推測。立川はるかの知識の中に、この透明なスライムはいなかった。
 
(マズい……これはきっと、実験で生まれた新種……!)
 
 特徴がわからないので対処方法を思いつかなかった。
 火の魔法。引火するかもしれない。
 雷の魔法。帯電するかもしれない。
 水か風の魔法ならまだマシかもしれない。が、どんなことが起きるかわからない。
 
 ひとまず力技で脱出するしかなかった。ゆっくりでも確実に動いている。とりあえずスライム内から出てから考えよう。と、彼女は暫定的な結論を出す。
 
 
 ――このとき立川はるかは気づかなかったが、アイテム袋内の、媚薬が入った小瓶の蓋が開き、スライムに溶け込んだ。
 
 
「え、ええ!?」
 
 突然、透明だったスライムの色がピンク色に変わった。
 それと同時に訪れる、肌をちりちり焦がすような痺れ。
 
「なによ、これぇ……」
 
 最初は酸による溶解が始まったのだと思い、いちかばちかで魔法を唱え始めた。しかしすぐに脳に突き刺さるような、性的な燻りが発生していた。
 ピンク色に変わったことが起因なのだろう。そこまでは思考が働いていた。けれどそこから先は、甘く切ない暴力的な快楽に流されつつあった。
 もちろん、この効果が媚薬によるものだとは、立川はるかは知るはずもない。
 
「んん、あああああアッ!」
 
 大きく身体を仰け反り、立川はるかは痙攣を起こした。媚薬の効果で一方的に絶頂で送られた末路、だった。スライムはただ彼女を拘束しているだけでなく、ゆるりゆるりと、静かに流れを起こしていた。肌をさするように、媚薬を塗り込むように、神経をピンと弾くように。
 実に性的なマッサージは、確実に立川はるかを昂らせていった。
 
「まほう、まほうぉお」
 
 舌が回っていない。とても魔法を唱えられる状態ではなく、途中で噛んでしまってはやり直し、また噛んでしまう。
 次第に喘ぎが混ざり始め、もはや魔法どころではなくなった。頬は紅に染まり、息はハァハァと荒い。目は虚ろで、かろうじて意識がある程度。
 脱出する。そんな目的は、どこかへ埋もれてしまっていた。
 
 ドロリ。
 
【魔法学校の制服は溶け始めた】
 
 都合の良いことに、衣服が解ける程度の酸の成分も混じり始めた。魔法学校の制服はぼろぼろに穴が空き、ある意味全裸よりも下品で、無様で、エロティックな姿になっていた。
 
「うぅ、あうぅゥウウウう」
 
 スライムは狙ったかのように膣内へ入っていく。いつの間にやら溢れでていた愛液と混ざり合い、媚薬の効果がどんどんと浸透していく。
 
「あギャ、ぎゃ、ひ、ヒ、いいぃいイイイィ」
 
 ヌルヌルと、そして激流のように半固体のスライムは膣内を暴れ始める。半開きの口からは唾液が垂れ、それすらもスライムの一部となっていく。
 スライムの猛攻は留まることを知らず、ついに直腸に侵入した。アルコールやドラッグのように、あっという間に媚薬が身体中を駆け巡った。
 
「――、――っ、――! !!!!!?!?!!!??!」
 
 数度、十数度、数十度。快楽が立川はるかのすべてを追いぬき、絶頂へ誘い続ける。
 
「イ、イく……あっ、あっ、まっ、でちゃう、でちゃうううぅぅうぅうぅ」
 
 下腹部を襲う、尿意。急激に膨らんだそれは、ゆっくりと萎んでいった。
 じんわりと、生温かな液体が、下半身を包み始める。
 
「あう、いいょう、また、またっ、イ、く……!」
 
 
 
 その後、何百回とイき続け、スライムの成分のほとんどが立川はるかの体液になるころ、彼女の意識は事切れた。
 
 
 
【ゲームオーバー】
 
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*                                        *
*   創造主の塔 3F(3回目)                        *
*                                        *
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 まず何がダメだったのかを考えることにした。
 
 1回目。スライム(寄生型)に苗床されたことを思い出す。
 真っ先にスライム(寄生型)を潰す必要があった。
 1匹でも麻痺バチを残らせたのがマズかった。
 そもそも行き着いた部屋がダメだったのかもしれない。
 
 2回目。新種のスライムで弄ばれたことを思い出す。
 知らないことは当然知らない。だから仕方ない。悪くない。
 しかし次からは大丈夫だろう。
 
 
「……ん?」
 
 
 無意識のうちに、手がアイテム袋をまさぐっていた。
 その中から毒草と増幅薬を取り出した。
 
「え、えええ?」
 
 意に反してそれらの調合を始める。
 毒草と増幅薬、調合の結果、毒薬となった。当然作った本人はこの毒薬の危険性を知っている。
 あっという間に体内の血管が破裂。まばたきをする暇もなく、もれなく死亡。そんな毒薬の入った瓶を、口にあてた。
 
(うそ、なんで、なんでなんで!? どうして勝手に、飲もうと……!?)
 
 自分の意思ではない、他の誰かの意思がそうさせていた。
 
 
 こきゅん
 
 
 一気に飲み干した。
 
 
「ぐっ」
 喉を押さえる。
 
 吐き出せない。身体が吐き出すことを拒否している。
 
 
 
 ゴプッ
 
 
 
 代わりに吐き出したのは、ドス黒い血。
 
 
 
 立川はるかは絶命し【プレイヤーがリセットボタンを押しました】
 
22, 21

  

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*                                        *
*   創造主の塔 3F(3回目)                        *
*                                        *
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 まず何がダメだったのかを考えることにした。
 
 1回目。スライム(寄生型)に苗床されたことを思い出す。
 真っ先にスライム(寄生型)を潰す必要があった。
 1匹でも麻痺バチを残らせたのがマズかった。
 そもそも行き着いた部屋がダメだったのかもしれない。
 
 2回目。新種のスライムで弄ばれたことを思い出す。
 知らないことは当然知らない。だから仕方ない。悪くない。
 しかし次からは大丈夫だろう。
 
 それらをすべて考慮し、最初のルート、つまりスライム(寄生型)と麻痺バチを相手にすることにした。
 未知のモンスターを相手にするのは分が悪すぎる、と考えた結果だった。
 
 最初に訪れた部屋に進み、スライム(寄生型)は真っ先に潰し、ゆっくりと麻痺バチの相手をした。このプランは予想以上に大成功で、何一つダメージを負うことなく部屋を通り抜けることができた。
 その後は徘徊しているスケルトン(術士型)や半分以上溶けた魔法生物(きっと未完成)を討伐し、進んでいった。
 
 ほとんど探索が終えたところで、気づいた。
 
 不思議な部屋がある。
 
「え、え?」
 
 目に入るのは、目を疑うような光景。まさか、こんなところにあるはずがない。そんな場所が、そこにあった。
 
 
 
「え、えええ?」
 
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*                                        *
*   ショップ『アカギリ』                           *
*                                        *
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「いらっしゃいませ」
 そこは場違いにも程があるほどに、ショップだった。武器、防具、道具や書物、様々なものが並んでいた。
 そんな場違いなショップから現れたのは、男性。人畜無害そうな様子の男性だった。
 
「えっと……ここは?」
「申し遅れました。ここはショップ『アカギリ』。私は店長をさせていただいています、アカギリです」
「立川はるかです……」
 
 自己紹介する意味もないだろうとも思ったが、流れで名乗っておいた。
 
 
 
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*                                        *
*   塔にはショップや宿屋があることもある                   *
*                                        *
*   もちろんお金が必要だが、探索をするにあたり手助けとなるだろう       *
*                                        *
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「なんでこんなところにショップが?」
「ナツメさん……いえ、大賢者様のご好意で開かせてもらっているんです」
 店長が言うに、買出しが億劫になった大賢者が「塔内に店を造ればいいじゃないか」と思いつき、渡り鳥で商売をしているところを拾ってもらった、らしい。
「本当はお酒を売っていたんですけどね」
「はあ、そうですか」
 店主の身の上話に興味はなかったが、お金もそこそこにあるのでここで装備を整えるのも悪くないだろう、と考えた。ひとまず僥倖と思ってもいいだろう。
 
「魔法書、試食していいですか?」
「それ人間のすることですか?」
「なら、読むだけでじゅるるる」
「よだれ。よだれで全部言えてませんよ」
 
 本棚まで案内してもらい、じっくりと見つめる。結局読むことすら許されなかった。
「じゅるる」
 値段が上がるにつれ、生唾の量が増える。難しいことほど、知らないことほど、食欲が増していく。
 気づけば手には本、本、本。
 
 ほしい。
 ここにある本、全部ほしい。
 
 もちろんお金は足りない。
 
 きっと盗賊なら万引きしているに違いない。それほど欲しかった。
 
 結局、泣く泣く手に持っていたすべての魔法書を本棚に戻した。
 いや実際、泣いていた。
「どうかされましたか?」
「ひもじいだけです……」
「あの、とりあえず武器や防具とかはどうでしょうか? 見たところ、武器は持っていないようですし」
「そ、そうですねー」
 とはいえ装備品にはあまり興味がなかったので、店長に適当に見繕ってもらった。
 
「武器や防具は装備しないと意味ないですよ?」
「はい、知ってます」
 
【ステゴロ ―> 教鞭】
 
【魔法学校の制服 ―> 魔法学校の制服+白衣】
 
【生脚 ―> ニーソックス】
 
「あのぉ、これぇ……」
「制服の上から白衣、そして丸出しだった脚にはニーソックスを守ります。
 あまり武器に興味がなさそうでしたので、合わせて教鞭を用意してみました」
「…………」
「イメージは化学部の女子生徒、ですね」
「趣味ですか?」
「既婚者にそんなこと訊かないでください」
 
 教鞭を振ってみると、意外なことに振り心地が良く、威嚇程度にはなるだろう。
 白衣はいたって普通の素材だったが、多少守備力も上がっているはずだ。
 何よりニーソックス。無防備だった脚を守ることができている。これは大きい。
 
 もっと良い装備もありそうだったが、そこは予算の都合。ひとまず購入した。
 
 それはそれとして。
 やはり魔法書が気になった。
 
 ほしい。
 やっぱり、魔法書は全部、ほしい。
 
 
 
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*                                        *
*     諦める                                *
*                                        *
*     色仕掛けで口説き落とす                        *
*                                        *
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24, 23

  

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*                                        *
*     諦める                                *
*                                        *
*   ―>色仕掛けで口説き落とす                        *
*                                        *
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 彼女は学者の知識・知恵をフル稼働させ、魔法書を値切る(目指すはタダ)方法を考えた。
 そこで思いついた第1プランが、もはや職業関係なしの、色仕掛けであった。
 
 オスの性欲はメスの想像を絶するもので、そこをうまく使えば物事を有利に進めることができるはず……というのが、学者の立川はるか(処女)の仮説。
 
 しかし、そのイロジカケとやらを実行することができるのか。学者とはいえ、そんな俗っぽい知識はそれなりにある。
 それらを総動員すればできるだろうか、イロジカケ。
 
「…………」
 
**** 立川はるかのたくましい妄想をお楽しみください ****
 
 えっと、とりあえず服を脱げばいいのかな……て、脱がないほうがいいんですか? ならこのまま……やぁん、いきなり後ろから……耳に吐息が当たって変な気分……え、「大きいね、着痩せするタイプ?」って、そんな恥ずかしい……! わ、わ、手を潜り込ませて直接だなんてっ。んっ、そこ、そんなとこ引っ掻いちゃ……ダメ、じゃ、ないです……そこ、もっとぉ……もっと引っ掻いてぇ、もっと強く揉んでほしいで……あん、そっちの手はそんなとこ、ちょっと早すぎないですか……ううう、そうです、そうですよぉ、もう濡れちゃってるんです……! くぅぅ……ほしいです、指、入れてほしいです……っ、ああああっ、上、上側、コリコリしちゃダメっ、私、もう、イって……! っ、あ、あ、あっ……ご、ごめんなさい、私だけ気持ち良くなっちゃって。え、え? 服を脱いで、白衣と、ニーソックスだけ、ですか? それちょっとアブノーマルすぎないですか? やっぱり趣味なんですよね? ふふふ、わかりました、ちょっと待っててくださいね…………はい、ご希望通りの格好ですよ。じゃあ、次は私の番ですね。では失礼して……わ、もうこんなになってる。あは、じゃあさっそく……ん、んちゅ、ちゅ……キス、だけでピクピクしちゃって、可愛いです……んー、んん、唾液でべっとべとにしてあげますねー? もう、我慢できないですか? えー、どうしようかなー? ふふ、嘘ですよ、ごめんなさい。じゃあ、いただきます……あむ、むむ、んぐ……ぷは、こんな太くっちゃ、苦しいじゃないですか。あむぅ、んん、んー……ん、ん、ん、ぷは。え? もう限界なんですか? えっと、じゃあ挿れ、ますか……ええええっ、立ったまま、後ろから!? うー、変態さんですね……えっとー、カウンターに身体を預けて……あっ、ああっ、クる、入って、ク、ル……あ、はぁ、はぁ、また、イっちゃいました……どうぞ、動いちゃってください……! あー、ダメ、もう立って、られないです……! あ、あ! あ! あ! はげし、はげしい! こわれ、そんなされちゃ、こわレ、あああああああああああああ! ……! ……! ……! ……あ、でてる、すっごいたくさん……んっ、抜いたらたくさんこぼれてきた……あ、綺麗にしますね。あむ、むー……ん、これが、精液の味……なんだかやみつきになりそう……わわ、また元気になってきた……次はベッドの上でお願いできますか? あっ、お姫様だっこ……嬉しいなぁ。今度は正常位で……んんん、あー、まだ精液が中に残ってるからすっごいぬるぬる。あ、あー、なんだか夢の中にいるみたいです。もうずっとこうしていたい……あ、またイきそうですか? はい、どうぞ、中に出して……もっと、もっとはげしく、はげしく……! ん~~~~、あっ……あ、はぁ……また、たくさん……あの、えっと……キス、してもいいですか?
 
**** 以上、妄想でした ****
 
「さすがにこれはないわ」
 
 その後、不足していた回復薬などを買い込み、店をあとにした。
 
 
 
 そして、2Fに続くトビラを見つけた。
 
 
 
 創造主の塔、残すはあと2F。
 
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*                                        *
*   創造主の塔 2F                             *
*                                        *
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 2Fは今までのフロアに比べ、至って普通の塔内だった。スケルトンやスライム、ゴブリンなどのモンスターがちらほらと徘徊し、それをひたすらに討伐して進むだけの作業。
 途中魔法薬を飲んだり休息したりなど、こまめに回復をしながら探索を続けた。
 
 そんなとき、出会った。
 
 女性がいた。真っ黒な髪を腰まで垂らしている。その上真っ黒なローブを羽織っているのでどこまでも黒い。
 しかし、ゆったりとしたローブを着ていてもわかる、胸の大きさ。自分の胸と比べるとおよそ倍近くは違う(さすがに言い過ぎ。でも推測だとGカップはある)。身長も高く、腰の位置も高いように見えた。きっと全体のラインも艶めかしく美しいことだろう。
 それ以上に顔。今は驚いた表情をしているが、大人っぽさの中に少女のような可愛さが見える、とても魅力的な造りをしていた。
 
 なぜこんな美女がこんなところに。
 
「え、人間……え?」
 
 謎の美女は取り乱してる様子。
 考えてみると侵入者の自分かもしれない、気づいたら屋上だったし。なんてことを思いつつ、立川はるかは謎の美女に尋ねた。
 
 
 
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*                                        *
*     あなたは誰?                             *
*                                        *
*     1Fへの階段は?                           *
*                                        *
*     ??????????                         *
*                                        *
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26, 25

  

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*                                        *
*   ―>あなたは誰?                             *
*                                        *
*     1Fへの階段は?                           *
*                                        *
*     ??????????                         *
*                                        *
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「私は立川はるか。なぜだかこの塔の最上階にいて、出たいと思っているんです。あなたは誰ですか?」
「え゛、ああ……そ、そうですか……私は、この塔の使用人、単なる使用人です!」
 
 使用人がそんなローブ(しかも胸がパツンパツン)を着ているとは思えなかった。どうせ着るのならメイド服だろう。長身に黒髪、抜群なスタイル。きっと似合わないだろう。むしろ民族衣装、特に東洋系の衣装が似合うだろう。チラリズムに特化された衣装ならさぞかしぴったりなはず……
 
「あ、あの、立川さん?」
「……え、はい?」
「どうかされましたか?」
 
 気づけば妄想の海に浸り、そのまま遠くへ流されていた。なぜだろう、この美女を見ているだけで心が奪われる。いつのまにか妄想をしてしまう。いまだってそのローブをひん剥いて真っ裸にしてやりたいなんて思ってしまう。
 
「だめ、これじゃあダメ!」
 
 声を出して一喝。
 
 
 
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*                                        *
*     あなたは誰?                             *
*                                        *
*     1Fへの階段は?                           *
*                                        *
*     ??????????                         *
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*     あなたは誰?                             *
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*   ―>1Fへの階段は?                           *
*                                        *
*     ??????????                         *
*                                        *
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「この塔から出たいんですが、1Fへの階段はどこですか?」
「1Fですか……」
 
 目の前の自称使用人の美女はすごく言いにくそうな様子だった。
 
「なにかあるんですか?」
「いえ、その……例えばですね」
 
 何かめんどくさそうな話しが始まりそうだった。
 
「1Fにですね……大賢者様がいたとして、悪霊に操られていたとしたら、どうしますか?」
「……私は戦闘向きではないので、なるべくなら逃げたいと思います」
 
 なにか意味ありげな問いかけ。しかし白衣に教鞭、これで戦えというのが無理な話。しかも相手は大賢者、得たいの知れない魔法を使うかもしれない。
 最良は話しあって和平、無理なら逃亡、可能であるのなら力づくでねじ伏せる。
 
「あ、そうですか……殺されるよりはマシですよね……」
「はい?」
「い、いえ。1Fはあそこの通路をまっすぐです」
「ありがとうっ」
 
 立川はるかはさっさと通路に向かった。
 
 
 
 いよいよ、最後のフロア。
 
 
 
「あのっ」
「はい?」
「ハマり防止のため、1Fではオートセーブされないようになっています」
「……はあ?」
 
28, 27

  

******************************************
*                                        *
*   創造主の塔 1F                             *
*                                        *
******************************************
 
 
 
 1Fはアイテムどころかモンスターすらいなかった。床や壁は汚れや劣化などなく、まるで時間が止まっているかのように綺麗なままだった。
 
『1Fにですね……大賢者様がいたとして、悪霊に操られていたとしたら、どうしますか?』
 
 美女(自称使用人)の言葉が気になっていた。忠告か、懇願か。そのどちらかでも、それ以外でも、結局は大賢者(いるかどうかは不明だが)次第だった。自由に選択肢を選べるほど戦力がないことぐらい、彼女は自覚していた。
 
 奥へ奥へと進む。そしておそらく最奥、広い広い部屋に着いた。その真正面に、あった。塔から出れる、トビラ。
 
 そのトビラの前に、いた。
 
 小柄で、シャツとハーフパンツ。遠目で見ると性別がわからなかった。女性っぽい男の子、男の子っぽい女性。実に中性的な人物だった。
 おそらく彼(と立川はるかは思うことにした)が大賢者なのだろう。
 
 ビリビリと殺気が伝わってくる。悪霊に操られていようがいまいが関係ない。この敵意は危険、早急に対応・対策が必要だった。
 立川はるかは強く教鞭を握り、呪文の唱える。周囲に薄い魔法の膜を張り、自身の魔力を上昇させる。
 
 
 
 始まる。
 
 大賢者と、立川はるか。互いの放った魔法が部屋の中心でぶつかり合い――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 プツン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【プレイヤーがリセットボタンを押しました】
 
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*   創造主の塔 2F <―> 4F

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 立川はるかは4Fまで戻った。そんな意思なんてなかったはずなのに、なぜか足がそちらに向いていた。強いて言えば神の意思、まるで操作されているように抗うことができなかった。
 
 その4Fのとある部屋。
 大賢者の部屋。
 
 記憶にはあった。特殊型トラップに引っかかりゴブリンと――そう、あの部屋。
 その部屋の最奥、机の上にある本。
 
【使い魔“アカネ”】
 
 なぜかはわからなかったが、この部分が読みたかったのだ。なにか重要なキーワードなのかもしれない(これも神の意思と思わせるような直感)。
 しっかりと記憶して、急いで2Fへ戻る。
 
 
 
 2Fは今までのフロアに比べ、至って普通の塔内だった。スケルトンやスライム、ゴブリンなどのモンスターがちらほらと徘徊し、それをひたすら討伐して進むだけの作業。
 途中魔法薬を飲んだり休息したりなど、こまめに回復をしながら探索を続けた。
 
 そんなとき、出会った。
 
 女性がいた。真っ黒な髪を腰まで垂らしている。その上真っ黒なローブを羽織っているのでどこまでも黒い。
 しかし、ゆったりとしたローブを着ていてもわかる、胸の大きさ。自分の胸と比べるとおよそ倍近くは違う(さすがに言い過ぎ。でも推測だとGカップはある)。身長も高く、腰の位置も高いように見えた。きっと全体のラインも艶めかしく美しいことだろう。
 それ以上に顔。今は驚いた表情をしているが、大人っぽさの中に少女のような可愛さが見える、とても魅力的な造りをしていた。
 
 なぜこんな美女がこんなところに。
 
「え、人間……え?」
 
 謎の美女は取り乱してる様子。
 考えてみると侵入者の自分かもしれない、気づいたら屋上だったし。なんてことを思いつつ、立川はるかは謎の美女に尋ねた。
 
 
 
******************************************

*     あなたは誰?

*     1Fへの階段は?

*     もしかして、使い魔“アカネ”?

******************************************
30, 29

  

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*     あなたは誰?

*     1Fへの階段は?

*   ―>もしかして、使い魔“アカネ”?

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「アナタが使い魔“アカネ”?」
「え、どうして知っているんです?」
 
 別に確信があったわけでなく、もしかしたら……ぐらいの気持ちで尋ねただけだった。ただ、あまりにグラマラスな容姿におどおどとした態度。たしかに、低姿勢なサキュバスかもしれない。
 ついつい妄想してしまいそうになるのは、サキュバス特有の色香が原因なのだろう。
 
「やっぱり……勝手だとは思ったけど、大賢者様の日記に書かれていたの」
「え゛、ナツメさ……ご主人様、日記なんて書いてたんだ……」
 
 あっさり主人の名前を言いかけるあたり、使い魔としての能力も知れていた。
 ともあれ重要な情報源。何か塔攻略の鍵はないかと、立川はるかは尋ねる。
 
「なにかトラブルが起きているみたいですね。それも深刻な」
「む、何を証拠に……」
「3Fの様子はスケルトンなどの死霊、どれを見ても異常です。どうなんですか?」
「うう、ううう……」
 
 言い詰められ、追い詰められ、アカネは観念した。
 そしてなぜか、立川はるかに抱きついた。
 
「そうなんです、そうなんですよ! どうすればいいんでしょうか!?」
 
 よほど心細かったのか、すさまじい力(と言っても人間レベル)だった。身長差があったため、立川はるかの顔面はアカネの胸の谷間にすっぽりと埋まってしまった。
 
「あの、胸、胸が苦しっ」
「ナツメさん、あれほど反対したのに実験して! 挙句、別世界のゴーストに憑依されて! ネタ集めもさすがに体当たりすぎですよ!」
「あ、いい香り……」
「私は貧弱なのでどうすることもできなかったんです……! だから、アナタのような人を待っていたんです!
 ナツメさんは1Fにいます! お願いです、いっしょに来てください!」
「うー、はうぅ」
 
 わしわし。たゆんたゆん
 
 立川はるかの手は、アカネの豊満すぎる胸を揉んでいた。いくら低姿勢とはいえ、種族はあくまでサキュバス。立川はるかは、気づかないうちにその色香に誘われていた。
 
「ちょっと……喝!」
 
 アカネの鉄拳で立川はるかは正気に戻った。
 
「聞いてましたか?」
「あ、はい……おっぱい、気持ち良かったです」
「ナツメさんしか許しません! それはともかく、私じゃナツメさんは助けることができないんです……!
 お願いします、ナツメさんを助けてください……」
 
 
 
******************************************

*     手伝うも何も、1Fにいるんじゃあしょうがない……

*     今晩の、ベッドの中のアナタ次第ですよ?

*     キミは処女?

******************************************
******************************************

*   ―>手伝うも何も、1Fにいるんじゃあしょうがない……

*     今晩の、ベッドの中のアナタ次第ですよ?

*     キミは処女?

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「まあ、やりますよ? そりゃあやりますけど……正直、大賢者様を相手にするというのは……」
「ナツメさんの説得は私がします! ただ、そこに行くまでがちょっとツラくって……
 私、サキュバスなんで、モンスター相手というのは……ちょっと……」
 
 つまり、大賢者がいるところまで護衛する、ということだろう。
 
「自分の身は自分で守る、それならオッケーです」
「大丈夫です、ピンチになったらさっさと逃げますから!」
「逃げるのかよ……」
 
【使い魔“アカネ”が仲間になった!】
 
「私は安全を確認できたら進みますので、まず先に進んでモンスターを蹴散らしてください」
「はいはい」
「なお、オートセーブはこの時点で行われます。この先の1Fは通常よりも極めて難易度が高いので、気をつけてくださいね」
「……はあ」
 
32, 31

  

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*   創造主の塔 1F

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 1Fのフロアに降り立つと、それはあまりに突然だった。
 
 
 
 ヒュンッ
 
 
 
 立川はるかの腕に何かが巻きついた。
 ツタ? ロープ? どちらも違った。
 
 生物の触手。どくんどくんと脈打っている。
 
 本能的に、今までにないほどの危険を感じた。ありったけの魔力を込め火の魔法を解き放つ。すぐ目の前で業火が暴れ、その熱気がチリチリと肌を焼いた。これで魔力を使い切ってしまい、小指ほどの火も出せないほどに魔力が枯れた。
 しかし。
 
 シュルッ
 シュルシュルシュルッ
 
 触手は何一つダメージを負っていなかった。さらに数本の触手が巻きついた。
 両腕、両脚、腰。がっちりと巻き込まれ、身動きができなくなった。
 
 ああ、死んだ。
 という諦めも、見当違いだということにすぐ気がついた。
 触手の目的がわかってしまった。
 
 触手の先端。男性器の形をしていた。
 
「アカ、アカネ! 助け」
 
 唯一の仲間(本当は護衛する立場だが)に助けを求めた。
 
【使い魔“アカネ”は逃亡していた】
 
 そこには誰もいなかった。
 
「くそ、アカネ、アカネ! て、めえええええええっ!」
 
 立川はるかはフロアの奥へ引きこまれていった。
 
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*   創造主の塔 1F 触手の部屋

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「うぅ……どうすれば……」
 フロアの最奥の部屋。そこは床も壁も天井も触手がひしめく部屋だった。
 触手に四肢をがっしりと拘束され、立川はるかは身動き一つ取れなかった。ただただ困惑と恐怖するばかりの彼女に、うねうねと、じりじりと、じわりじわりと触手がにじり寄ってくる。
「やだ、やだよぅ」
 涙目でどうにか拘束を振りほどこうとするものの、ぴくりとも動かなかった。震える声で魔法を唱えてもみたが、魔力は尽きていて煙どころか湯気すら出なかった。
 
 しゅる、しゅるり
 
 ついに、他の触手が腕や脚に巻きついた。
「やだ、やめて、やめてええええっ」
 触手がそんな訴えを聞くはずもなく、顔付近を浮遊していた触手の先端が彼女の頬をふにふにと押しつけた。男性器を模した触手の先端から滲み出る粘液が、ねっとりと顔を汚す。
 
 ぷしゅっ
 
「ひゃっ……」
 目の前にあった触手が突然、体液を発射した。弧を描いたそれは前髪から顎まで、一筋の線となって付着した。鼻の奥までつつかれるような、それでいて胸焼けしてしまいそうになる、すっぱくて甘ったるい臭いだった。
(変な臭い……気持ち悪くなってきた)
 身体が拒絶している。しかしどこかクセになってしまいそうな、不思議な感覚だった。脳がとろとろに溶けてしまい、思考が働かない。徐々に身体の力が抜けてきている。
 学者の彼女すら知らなかったことだが、この触手の体液には媚薬・麻薬効果があった。肌と呼吸による吸収、身体や思考に作用し、本能だけに忠実になるよう、理性を壊し始めていた。
 ずるり。腹を舐めるように、触手は制服の中に侵入した。ぬるぬると肌を這い、豊かに膨らんだ乳房を覆う。
「やめろぉ……くそぅ……」
 
 ぶしゅ、ぶしゅぶしゅぶしゅ
 
 制服の中、乳房に向かって大量の体液がぶちまけられた。制服は内側からドロドロに汚れ、肌と服は体液によってべっとりと張りつき、外からは肌や触手が透けて見えていた。
(だめ……なんも、かんがえられない……)
 いよいよ媚薬と麻薬が周り始めたのか、意識は朦朧と、しかし身体はぐつぐつと煮えたぎり、内から膨れ上がる本能に理性はヒビが入り始めていた。
 頬をふにふにといじっていた触手が口元に来ていた。
「あ、あっ……」
 立川はるかは口を開いた。決して自分の意思ではなく、停止した理性に代わって本能が行動を指示していた。この良い香りがする体液がほしい。それはつまり、異常な状態であるという証拠でもあった。
 
 ぐぷり
 
「んぐ、んんっ」
 今までの体液と違い、粘度の低い液体状のそれが口目がけて吐き出された。さらさらと、まるで喉を潤すように飲みほしていく。度数の強い酒の呑んだときのように、カっと胃の中で火が灯った。それは当然媚薬・麻薬の効果であり、言ってしまえば薬漬け。だが立川はるかにはどうだっていいことだった。
(おいし……あつい……もっと、もっとぉ……)
 ぱくぱくと口を開け閉めして求める彼女に、ついにそれはやって来た。脚から這い上がっていた触手が下着を破り、愛液したたる女性器にあてがわれた。 
(そこ、いっちゃうんだ)
 ぬるりぬるり。触手は彼女の体液を絡ませ、挿入するタイミングを計っていた。
(初めてなんだけど……まあ、いっかな)
 
 ぬるりぬるり
 
「……ねぇ」
 
 ぬるりぬるり
 
「きて、いいよ?」
 
 触手は前進した。
 
【立川はるかは非処女になりました】
 
「ん、んんんーっ」
 ぷつぷつと、狭い膣内を裂きながら進んでいく。あっさりと子宮まで到達し、何の感慨もなく処女は散らされ、彼女は散ったに対してあまり真剣に考えることができなかった。
(きもちいー……ぜんぜんいたくないし)
 薬漬けにされた身体は瞬時に痛覚を快楽へ変換し、脳に伝えていた。その間にも触手は膣の奥、子宮をすりすり、ぐりぐりと擦り、どくどくと、今度は子種を過剰に含んだ体液を吐き出していた。
(どうなるのかなぁ……こども、できちゃうのかな……)
 自分の体温よりも高い体液を子宮に浴びながら、立川はるかはぼんやり考えていた。
 ゆっくりと確実に壊れていた。しかしわずかにまだ人間の理性が残っていたのか、別の触手の行動で突然意識が戻った。
(え、そこ、違う……そこは、お尻……!)
 触手が、決して受け入れたくないところを進もうとしていた。
「だめ、そこは……!」
 ぎしぎしと拘束する触手を解こうとするが、もちろん意味はなかった。
 
 すぶっ、ずずずずっ
 
「あああああああー!!!!!!」
 明らかに大きな触手が、直腸をぐんぐんと上昇していった。内から裂けてしまいそうな圧迫感と、排泄のときのようなむずむずとした感覚が強制的に与え続けられる。。
 触手は遠慮なく、どんどんと突き進んでいく。
(いたい、くるしい……くるしい、やめろ、やめろやめろやめろやめろ……!)
 それはあまりにショックが大きかったのか、立川はるかは幸か不幸か正気に戻り、ぼろぼろと涙を流し続けた。
 そんな苗床の様子に気づいたのか、今までにない触手が現れた。
 まずは細い管の触手。それは勢い良く彼女の鼻から入り、喉を通り胃の入口まで到達した。
「ぐ、うぐぁ……」
 言いようのない奇妙なな感覚。そこから、胃に直接液体が流し込まれるような感覚。触手は跡形もなく理性を壊すつもりで、高濃度の麻薬物質を体内へ流し込んでいた。
 そしてハリガネムシのように細い触手。それは耳の中へ入った。
 ぷつんっ。鼓膜を破り、さらに奥へ進んでいく。
(い、いた……あたまが、いたい、いたいイタイいたイ!)。
 その細い触手は耳から脳へ進み、あらゆる感覚や機能を停止させ、ただ生きるためだけの状態への改造を行っていた。
 一方、体内を突き進んでいた触手は腸を通過し、胃へ、喉へ口へ、そして。
「おぇ、うぇぇぇぇっ」
 口から触手が生えた。肛門から入った触手が身体を貫通し、口から出てきたのだった。
(なにこれ、なにこ)
 
(あレ、わたしハ)
 
 
(アレ、れ?)
 
 
(……………………………………)
 
 
 立川はるかの目から光が消えた。しかしか細く呼吸だけはしていた。
 これから先、彼女は意識なくただ繁殖のためだけに生かされ続ける。
 
 拒むも臨むも、そんな意思は、彼女にはすでになかった。
 
 
 
【ゲームオーバー】
 
34, 33

  

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*                                        *
*   創造主の塔 2F(2回目)                        *
*                                        *
******************************************
 
 
 
「おえ、おえぇぇぇぇぇ」
「だ、大丈夫ですか?」
 
 突然嘔吐を始めた立川はるかを、アカネは優しく背中を撫でる。
 アカネからすれば突然の出来事だが、立川はるかからすれば死亡後のリスタート。しかもあまりに無残な出来事だったためか、すさまじい心的外傷を負っていた。
 いくら吐き出しても、いまだ全身に薬物が残っているような感覚。残っているはずもないが、鮮明に覚えていた。
 
 アカネはどうすることもできず、ただ背中を撫でるだけ。当然、触手を前に全力で逃亡したリスタート前の自分を、アカネは知るはずもない。
 
「う、うっ」
 
 ようやく落ち着いたかと思いきや、立川はるかは、言葉を詰まらせていた。
 ついに、決壊。
 
「うぇぇぇぇぇぇぇんっ」
「え、え?」
「うわあああああああん!」
 
 先ほどの触手はあまりにショッキングだったらしく、今までのゲームオーバー直前の記憶が蘇り、彼女を押し潰した。
 そもそも、なんだってこんな塔に幽閉されているのか。そんな大前提なところから恨んでいた。
 
「アカネ、あなたにわかりますか? 触手に薬漬け種付けされ放題、しかも下から縦に貫通される感覚を!」
「いえ、そんなマニアックなのはちょっと……」
「本を読んだらゴブリンなんかに奉仕してしまった私の気持ち、わかりますか!?」
「あー、あのトラップ引っかかる人いたんだ」
「スケルトンにはバラバラにされるし、スライムには寄生されたりいいようにされたり、もう、もう……」
 
 
 
「もう、やだ」
 
 
 
 彼女は顔を手で覆った。
 
 そして、魔法を放つ。
 
 
 
 爆散した。
 
 
 
【ゲームオーバー】
 
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*                                        *
*   創造主の塔 2F(3回目)                        *
*                                        *
******************************************
 
 
 
 自殺なんてしたもののどうせ巻き戻る。ちょっとカっとなっただけだった。
 
「さて、と」
 
 首をカキコキと鳴らし、状況の確認から始める。
 
「アカネ、1Fの、あの触手はなに?」
「触手って……なんです、それ?」
 
 どうやら塔の住人も知らない様子。となると実験だか召喚だかの失敗で発生したモンスター、なのだろう。なにせ、知識の中にあの触手はいないのだから。
 アカネの胸をちらちらと見ながら、あの触手の対策を考えた。今のままでは何度挑戦しても苗床にされてしまうだけだろう。少なくとも、全力で魔法をぶつけても無理だったのだから。
 
 どうやら、知恵だけでは攻略できそうにない。
 隣の使い魔は役に立ちそうにもない。
 
 
 となると。
 
「アカネ」
「は、はい!」
「ちょっとお暇をいただきます」
 
36, 35

  

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*                                        *
*   創造主の塔 2F(3回目)                        *
*                                        *
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「あるー晴れーたーひ……るーさがりー」
 
 アカネは一人寂しく歌っていた。立川はるかと別れてから数時間。
 帰ってきた。
 
「あ、おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
 
 戻ってきた立川はるかは様子が変わっていた。一言で表すと、百戦錬磨。修羅場を多くくぐってきた風格があった。
 
「いった何が……」
「経験値を積んできました」
 
 目つきが変わっていた。しかし、特筆すべきは装備品。
 
【武器:賢者の指輪(魔力増幅)】
 
【防具:魔法協会の制服(学者の装備で最高の守備力。ブレザー+チェックのスカート)】
 
【装飾1:魔法学校卒業の証(なんてことない普通のメガネ。消費MPが少し減る)】
 
【装飾2:ニーソックス(温かい)】
 
「えらく豪華になりましたね」
「装備だけではありません。読める魔法書をすべて読みました」
 
 ぐにゃり
 
 立川はるかが手に込めた魔力周辺が、歪曲していた。
 
「今の私は重力すら操ります。これでモンスターの身体をバラバラにしてしまうんです」
「なんだか知りませんがすごいですね。よーし、私もがんばりますよー」
 
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*                                        *
*   創造主の塔 1F                             *
*                                        *
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【使い魔“アカネ”は逃げ出した】
 
 1Fのフロアに降り立つと、それはあまりに突然だった。
 
 
 
 ヒュンッ
 
 
 
「っ!」
 
 襲いかかってきた触手を魔法の障壁で守り、弾く。そして重力弾を放つ。
 
 
 
 ぐにゃり
 
 
 
 触手周辺の空間が大きく歪んだ。今までのモンスターはこれでバラバラに引きちぎることができた。
 しかし、この触手は無傷だった。
 
「う、そっ」
 
 目を疑った。が、悠長にもしていられない。
 
 
 
 めき、メキメキメキメキッ!
 
 
 
 今度は全力で重力弾を放った。今度は周辺の空間どころか、部屋全体、塔全体を巻き込むほどの重力を歪ませた。ミシミシと部屋の壁が軋み、床は大きくへこんだ。
 それでも触手は多少動きを鈍らせたものの、無傷で立川はるかの身体に巻きついた。
 
 彼女は理解した。
 このモンスターには魔法が効かない。
 
「なんだよ、ならどうすればいいんだよおおおおお!」
 
 あっという間にフロアの奥へと引きずり込まれた。
 
 
 
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*                                        *
*   触手による陵辱イベントを見ますか?(閲覧済のためスキップ可能)      *
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*                                        *
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38, 37

  

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*                                        *
*   創造主の塔 2F                             *
*                                        *
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「おえ、おえぇぇぇぇぇ」
「だ、大丈夫ですか?」
 
 何一つ変わらないリスタートだった。あえて違うところを言うとすれば、経験を積んでなお歯が立たなかったという絶望と失望の有無だった。
 しかし先ほどの敗北でわかった。あの触手には魔法が効かない。
 
 事態はいよいよ詰んできていた。
 
 魔法がダメなら物理攻撃。しかしそうなると、非力な学者はどうすればいいか。肉体改造の秘薬か、それとも強力な武器を作ってしまうか。
 前者は調合すれば作成は可能。しかし短時間しか持たない上に、副作用(微毒薬と媚薬を使用するため)のリスクが高い。
 後者は、結局学者が使う武器なのでたかが知れている。早い段階で壊れてしまう可能性もある。
 
 なら、どうする。
 
 どうする。
 どうする。
 
 どうする!?
 
「あのぅ」
「静かにするか、そのおっぱいを背中から当てるか、どちらかにしてください」
「……静かにしときます」
 
 
 
 考えること十数分。
 
 
 
「ドナドナドーナー」
「思いつきました」
 
 立川はるかはアイテム袋をひっくり返し、今まで集めてきたアイテムを品定めをした。
 多くは体力や魔力の回復薬。その他は調合や合成用の素材。ありきたりな物からレアな物までよりどりみどり。
 
「……よしっ」
 
 かけ声1つのあと、調合が始まった。潰し、混ぜ、溶かして、融合する。ほぼすべてのアイテムを使い切るように調合する。
 そして、完成した。
 
「それ、なんですか?」
「爆弾です」
「え? それが?」
「この形状にするの、大変だったんですよ」
 
 立川はるかはこんな結論を出した。
 まずあの触手の凶暴性。あれほど攻撃的な生物はより強い生物に淘汰されるか、活動範囲内でトップに君臨するかのどちらか。真っ先に襲われたことから後者。しかもあの様子だと1Fに他のモンスターはいないだろう。文字通り、フロアのトップに鎮座しているのだ。
 あとは触手の生体。あの量の触手を操作するにはそれなりに大きな核(脳のような中枢)があるはずだ。それも触手の規模から考えて、部屋の大半を占めるぐらいの大きさだろう。そもそも一般的に、触手とは無脊椎動物から伸びる身体の一部である。いくら実験生物とはいえ、その大前提が崩されることはなかなかない。
 そして攻撃手段。魔法が通用せず、物理攻撃は自信がない。となるとアイテムでどうにかするしかない。体力的、魔力的な問題から長期戦は避け、短期決戦といきたいところ。そこで爆弾。核だけを狙い破壊できるように、超小規模でかつ高威力の兵器を作り出した。
 
 触手の攻撃はすべて魔法の障壁で守り、出来うる限り最速でフロアを探索し、爆弾で吹き飛ばす。なかなか武闘派なプランだったが、それ以外の良案はなかった。
 
「なるほどー。それは良さそうですね」
「気楽に言ってくれますが、一度でも捕まればアウトなんですから。命がけなんですよ?」
 
 たゆんたゆん
 
「触らないでください!」
「はーい」
 
 スキンシップのようにセクハラをしたところで、いよいよ触手討伐に向かう。
 
「あむっ」
「……どうしました?」
「いえ、なんでもないです」
 
 立川はるかはころころと、口の中のものを転がした。
 
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*                                        *
*   創造主の塔 1F                             *
*                                        *
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 ヒュンッ
 
 
【使い魔“アカネ”は逃げ出した】
 
 フロアに入って最初の一撃目。すでに2回経験していたので、入る前から魔法を唱えていた(アカネのことは期待していない)。
 触手の攻撃を防ぎ、風の加護を唱えて駈け出した。加護がついている間は疲労を感じず、まるで突風のように部屋を、通路を駆けていく。
 目指すは触手の核。そこを爆破すれば良い。いや、その方法しかない。
 
 いくつもの部屋を巡り、何本もの触手を防ぎ、核を探す。が、通路を移動中、行き止まりに着いてしまった。
 
 後ろからは隙間を埋め尽くすように触手が迫ってきている。
 
 絶体絶命。しかし立川はるかは慌てず、魔法を唱える。
 
 
 
 ぐっ、ぐぐぐっ
 
 
 
 空間が曲がり、大きな穴が開いた。そこに飛び込むと、その先は1Fの入り口近辺。
 
 空間と空間を繋ぎ合わせ、別の場所へ移動する魔法。彼女が覚えている中で、最も上級で最も魔力の消費が多い魔法だった。
 さらに風の加護を唱え、アイテム袋から魔力回復薬を取り出して使用し、探索を再開。
 
 探せど探せど核は見つからない。魔力回復薬を尽き、いよいよ後がなくなってきていた。
 
 そんなとき、ようやく核が見つかった。入り口から見て最奥の、大きなフロア。その壁一面を覆う触手、そして大きな大きな、ウツボカズラ。人間なら十数人は飲み込めそうなそれが核だと、立川はるかは確信した。
 あとは爆弾で破壊するのみ。イソギンチャクをイメージしていたので重力弾で爆弾を叩きつけてやろうと考えていたが、ウツボカズラであれば中に入れて爆発させるのがいいだろう。
 ウツボカズラが開くのを待つ。ひたすら触手から逃げ、防ぎ、耐える。
 
 しかし、開かない。
 
 さすがに焦り始めた。魔力が尽きてしまえばそこで終わり。なんとかしたい。
 意識が触手からウツボカズラに向いてしまった。その隙をつくように、1本の触手が、動いた。
 
【アイテム袋を盗まれました】
 
「……っ!」
 
 触手はアイテム袋を掠め取った。それに驚き、立川はるかの脚がもつれ、倒れてしまった。
 
 
 
 シュル、シュルルルルルッ
 
 
 
 四肢に触手が巻きついた。そのまま持ち上げられる。
 
 
 
 ぱかり
 
 
 
 開いた。ウツボカズラが開いた。そして、その中に叩き込まれた。
 
 
 
「うわ、うっ」
 そこは意外にもすっきりとした空間だった。まっ黄色な液体が溜まったウツボカズラの中。ばしゃりと浸かってしまった。
 
 どろり。
 
 液体が降ってくる。どろどろとした液体が上から、そして側面から湧き出てきた。
 それに触れた服がボロボロと溶け始めた。
 
 ニーソックスに穴が開き始める。
 ブレザーが溶け始めた。
 魔法学校卒業の証(普通のメガネ)や賢者の指輪は壊れてしまった。
 
 今まで通りの、絶対絶命。そんな中、彼女は。
 
 
 ニタリ。
 
 
 笑っていた。
 
 鼻からめいいっぱい、空気を吸い込んだ。
 口の中のそれを、ぐっと噛み締めた。
 そして口をすぼめる。
 
 
 ぷっ
 
 
 歯型のついた小さな球を吐き出した。
 
 これが切り札、爆弾だった。拘束されることを見越して、手を使わなければならないものは不採用としていた。そこで口の中に入れられるほどの大きさで、噛み締めることで起動ができ、魔法の障壁を唱えるだけのタイムラグがある、そんな爆弾を作っていた。
 
 爆発の威力を考えると、この距離では残っている魔力をすべて使ったところで助かる保障はない。しかし、彼女は知っている。たとえ死亡しても巻き戻る、というこの塔のカラクリを。
 
 衣服はもはや原型を残さないほど、ボロボロに溶けてしまった。裸体に酸が降りかかり肌が灼かれていた。
 
 それでも彼女は笑うのをやめない。
 やるべきことはやった、あとは、学者らしくなく、祈るのみ。
 
 
 
 残り、3秒。
 
 2秒。
 
 1秒。
 
 
 
「くたばれ、雑草もどき」
 
40, 39

  

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆                                        ◆
◆   イベント『二人の再会』                          ◆
◆                                        ◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



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*                                        *
*   爆音が響いた                               *
*                                        *
*   塔全体がぐらぐらと揺れた                         *
*                                        *
*   しかしそれは一瞬のこと。すぐに静けさが戻った               *
*                                        *
*                                        *
*                                        *
*   アカネは恐る恐る1Fのトビラを開いた                   *
*                                        *
*   不気味な触手が床いっぱいに転がっていた                  *
*                                        *
*                                        *
*                                        *
*   それは、知らない光景だった                        *
*                                        *
******************************************
 
 
 
「はるかさん、はるかさーん」
 
 
 
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*                                        *
*   触手につまづきそうになりながら、屋上から来たらしい少女の名前を叫んだ   *
*                                        *
*   すべての望みを託した相手。とにかく、信じるしかなかった          *
*                                        *
*                                        *
*                                        *
*   塔の出口へ向かった                            *
*                                        *
*   そして、見つけた                             *
*                                        *
*   彼女を、立川はるかを                           *
*                                        *
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「大丈夫ですか!?」
「…………」
 
 
 
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*                                        *
*   無残な姿だった                              *
*                                        *
*   服はもちろん、肌が酸で灼かれていた                    *
*                                        *
*   爆発の衝撃で壁に打ちつけられたのか、至る所から流血している        *
*                                        *
*   手足が本来曲がるはずのない方向に曲がっていた               *
*                                        *
*   一目でわかる。重傷だった                         *
*                                        *
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「はるか、さん……」
「……行って」
「え?」
「そのさき……まだ通路がある……いるとすれば、そこに、いる」
 
 
 
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*                                        *
*   放ってはおけない。アカネは思った                     *
*                                        *
*   しかし、立川はるかの目が、助けを拒んでいた                *
*                                        *
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「大丈夫、巻き戻らないから……こんなチャンス、もうないかもしれない……早く、行って」
 
 
 
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*                                        *
*   言っている意味はわからなかった                      *
*                                        *
*   だが、今やるべきことはわかった                      *
*                                        *
*                                        *
*                                        *
*   アカネは、走った                             *
*                                        *
*   先にいるだろう大賢者を、助けるために                   *
*                                        *
*                                        *
*                                        *
*   いた                                   *
*                                        *
*   塔の出口の前に、いた                           *
*                                        *
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「アカ、ネ?」
 
 
 
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*                                        *
*   会いたかった、ずっと会いたかった大賢者が、そこにいた           *
*                                        *
*   取り巻く雰囲気は、負のオーラ                       *
*                                        *
*   ……死霊に操られている                          *
*                                        *
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「ナツメさん」
 
 
 
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*                                        *
*   助けたら、まずどうしようか                        *
*                                        *
*   いっぱい叱ろう                              *
*                                        *
*   立川はるかに謝らせよう                          *
*                                        *
*   今後危険な実験は禁止させよう                       *
*                                        *
*   そして                                  *
*                                        *
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「あなたを、助けにきました」
 
 
 
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*                                        *
*   めいいっぱい、泣こう                           *
*                                        *
*   寂しくてたまらなかった                          *
*                                        *
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*                                        *
*   イベント『貴女を取り戻すために』を見ますか?               *
*                                        *
*     見る                                 *
*                                        *
*   ―>見ない                                *
*                                        *
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*                                        *
*   エンディング                               *
*                                        *
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「お身体はいかがですか?」
「はい、もう大丈夫ですっ」
 
 立川はるかはそれをアピールするように、手を大きく開いた。
 
「その、ごめんね……迷惑かけちゃったみたいで」
「いえいえ、私もなぜだか最上階にいたので、侵入みたいなものですよ」
 
 謝るナツメに、彼女は元気な様子で答える。
 実際、なぜ最上階にいたのかはわからないままだった。ナツメからは記憶の治療も施されたが、まるで効果がなかった。
 
 道中、モンスターに殺されたり犯されたりと散々な目にあったが、こうして無事に物事が収束したのだ、すべて忘れることにした。
 
「ところで行く先は?」
「うーん、とりあえずブラブラしてみます」
「ふふふ、はるかさんらしいですね」
「らしいってなんですか、らしいって」
「キミたち仲いいねぇ」
 
 そんなやりとりもつかの間。
 
「では、そろそろ行きますね」
「短い間でしたが、ありがとうございました」
「近くに来たら寄ってよ。歓迎するよ」
「ありがとうございます! それでは」
 
 
 
「さようなら」
 
 
 
 
 
「それにしてもあの人……本当に人間なのでしょうか?」
「ずいぶんひどいことを言うね、アカネ」
「ですが、単なる学者がこの塔を攻略というのは、さすがに……」
「結局、知がモノを言うのさ。……まあたしかに、ああいった存在はめずらしいね。ひさしぶりに見た」
「ひさしぶり、ですか?」
「たまーにね。世の中が狂い始めたり、多くの人がその存在を望んだときに登場する、そんな感じの人。
 ……そうだね、英雄だとか、ヒーローだとか。
 でも、多くの人はこう呼ぶんだ」
 
 
 
「『救世主』、てね」
 
42, 41

  

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*                                        *
*   『創造主の塔』クリア!                          *
*                                        *
*   次はいよいよ『最後の塔』だ!                       *
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*                                        *
*   ※ボーナス特典                              *
*                                        *
*    エンディング「救世主あらわる」を達成しました。             *
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*    職業選択時『救世主』を選べるようになりました              *
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