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第四話:へたれヒーロー見参?

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 川喜多 冷泉が英正のクラスに歓迎されてから数時間後、住江町商店街裏路地――

 現町長が就任してからここ数年で住江町は目覚ましく発展した。高層ビルが建ち並ぶようになったが、それに反して大型の食品スーパーなどが建つことはなかった。町長の「今の商店街を基盤とした町の発展」というコンセプトのためだ。
 ただ、高層ビルが立ち並ぶその発展と裏腹に、この町には「かげ」ができるようになった。――


「や、やめてくれ。俺が悪かった……」
「だってよ?」
「ふーん」
「まじうける」
 三人の若い男が一人のサラリーマン風の男を取り囲む。サラリーマン風の男はもうすでに何かやられたらしく、その場にへたり込んで満身創痍といった感じだ。対して三人の若い男はそれを薄ら笑いを浮かべながら見下している。
「あんたが先に俺達にぶつかってきたんだろ? なら謝り方ってあるよな~?」
 三人のうちのホスト風の一人がそう言うと他の二人もニタニタと笑った。
「本当に……申し訳なかった……っ!」
 サラリーマン風の男は額を地面に叩きつけるかのようにして土下座をした。しかし、それを見るや否やホスト風の男は間髪いれずに下腹部に強烈な蹴りを入れた。悶絶するサラリーマン風の男。相変わらず他の二人は笑っている。
「おっさん、謝る時ってのはさ、なんか物でも渡すのが礼儀だろ?」
「あーそれドラマで坂本竜馬も言ってな~。ゴワスゴワスって西郷どんも言ってたでゴワス」
「ブフッ。ばっか笑わすなし!」
「し、しかし私は……」
「あー?」
 更に腹に蹴りが入る。鈍い音が路地に響く。骨が折れたらしく、サラリーマン風の男は声にならない悲鳴をあげる。
「めんどくせーおっさんだな……。さっさと財布だせよ」
 ホスト風の男はしゃがんで悶絶する男の髪をつかみ無理矢理顔を持ち上げた。その時だった。
「んふふふ。血気お盛んですねぇ……」
 カツン、カツン……。足音と共に遠くから誰かがやってくる。薄暗いし、何よりトレンチコートを着て、深くハットをかぶっていいるので外見はよくわからない。だが性別は声からして多分男だろうとは予想がつく。
「んだよてめえ!」
「やんのか!?」
 他の二人がいきり立つ。ホスト風の男はサラリーマン風の男の顔を一発殴ってからゆっくり立ち上がった。
「あんた……誰? なんか用?」
「んふふふ。唐突ですが、あなた方、お金、欲しくはありませんか?」
 いきりのその言語に二人は唖然としていたが、ホスト風の男は怪しい男をじっと見据え、不敵な笑みを浮かべた。
「……向こうで聞こうか」
「話が早くて助かりますねぇ」


 ――この町には『かげ』ができるようになった。また一つ、『かげ』が生まれる。

「僕は日向野 英正! 今日から隣だね! よろしく!」
「まあなんて爽やかな人なの!? 私は川喜多 冷泉! 気軽にレイちゃんってよんでね!」
「レイちゃん! 僕とこれから素晴らしき学校生活を送ろうじゃないか!」
「嬉しい英正君! あたしここ転校してきてよかったわ!!」
「ふひひひひ」



 なんて素敵イベントは英正の妥協策でその可能性すら吹き飛んだ。そして川喜多は「転校生を歓迎しようの会」なるクラスの男子を筆頭としたグループに拉致れらて放課後の冷めやらぬ喧騒へと消えていった。どうやらクラスのほとんどはそれに誘われたらしい。
 ああ、なんだ。転校生が来て隣に座っても、結局僕はこうなんだな。と一人悟った放課後だった。




『そう言えば、朋也は交通事故で死んだってことになってたなあ』
 自転車置き場で自分の自転車の鍵を解除しようとしたとき、唐突にチュウ太が言った。
(なんだよ急に)
『いや、多分みんな花束とかはその事故現場に置くんだろうなあ』
 交通事故と偽装された場所には行っていない。でも、朋也は生前も意外と人望があったし、活発な性格も手伝って意外とモテていたから、きっとその場所にはお供え物とかが結構あるんだろう。まあ、結局は気持ちの問題だろうし、思いが強ければ場所なんて関係ないだろうが、それでも一人くらいは……。
(ちょっとコンビニよるわ)
『ん、わかった』
 酒は買えないから、とりあえずなんかおいしそうなジュースと適当なお菓子を買おう。カチャンと鍵が解除される音が駐輪場に響き渡った。




 商店街はこの間の夜とは打って変わって活気に満ち溢れていた。もうすぐ主婦らは忙しくなる時間帯のせいだろうか、心なしかみんな足早に商店街を通り過ぎていく。でも、英正には彼女らがこの場を無意識に避けているかのようにも見えた。
 目的の路地に入る。薄暗さは夜ほどではなかった。といっても一番奥の壁がかろうじて見える程度だけど。ここは何か改善策を作った方がいいと思った。
 奥の方はあれからもう一週間以上経ってるいるので、この間みたいには散らかっていなかった。でも、相変わらずゴミは居酒屋の隣というこもあって多かった。
 とりあえず、買ったものをレジ袋から取り出して、はじの方に置いた。ゴミと間違われて回収されてしまうかもしれないが、それはしょうがないということで許してほしい。そして、少ししゃがんで手を合わせた。
『これで少しは喜ぶかもな』
(そうだな)
 そう言って立ち上がった時、ゴミとゴミの間にちらっと目に付くものがあった。花束だった。それも新しい。しかもご丁寧に花瓶に挿してある。明らかにお供えとして置かれているのは明白だ。
(な、なんで……。俺たちしか知らないはずじゃ……)
 さらに英正を驚かせることがあった。それは、その花束のすぐ近くにお面があったということだ。
「これって、朋也の……」
 思わず声が出た。
『ああ、まちがいねえな』
 朋也が最後につけていたお面。つまり形見と言うべきもの。それと同時に彼がオメンダーとして生きていた証。あの時落としてしまったので、もう捨てられてしまったかと思っていた。
『それは、お前が持ってた方がいいかもしれないな』
 チュウ太は静かな声でそう言った。
(……わかった)
 英正はそのお面を拾い上げ、持っていた鞄の中にしまった。


 その時だった。遠くで風船が割れるような音が数回して、「キャー」という模範的な悲鳴が表通りから聞こえてきた。


『何だ?』
(何かあったみたいだな)
 そう言っている間に辺りはどんどん騒がしくなっていく。路地の入り口の方を見ていると、「あっちだ」とか言いながらどんどん人が入れ替わり走っていく。
 足早に路地から出ると、近くを通りかかったおじさんに声をかけた。
「ああ、なんか銀行強盗があったらしいよ。しかも人質がいるとか。いやあ物騒になったもんだねえ」
 そうおじさんは何故か嬉しそうに言い、「俺もこれから見に行くところなんだ」と言って小走りで走っていた。
 人間は好奇心が旺盛な動物であると改めて認識した。それは英正だって例外じゃない。人間なら気になったら行ってみたいと思うのは当たり前の思考だろう。絶対そうだ。
 というわけで自分も野次馬の仲間入りすべく事件現場へと急行した。
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 けたたましいサイレンを発しながらものすごいスピードでパトカーが国道を走り抜ける。理由はたった数分前に入った無線。
『住江信用金庫で強盗事件が発生。人数はおそらくニ名。中に何人か人質になっている模様。近くにいる者は至急現場に向かってくれ。以上』
 ぶつっという音とともに無線機の通信が切れた。
「……住江信用庫か。こっから二キロもないな――」
「ってことは僕たちが一番乗りってことですね、大分さん!!! やった!!!!!」
 運転をしている若い警官が鼻息荒げに言った。その隣の助手席の初老の「大分」と呼ばれる男性は、タバコをふかしながら、はあとため息をついた。
「木下あ、お前遊びじゃねえんだぞ」
「だって大分さん、僕が警察になってこんな大きな事件は初めてなんですよ!」
「はあ……、これだから最近の連中は。第一なあ――」
 大分の言葉は木下の耳にはもう届いていなかった。
 小さい頃から憧れていた。ヒーローになって、悪を倒すということを。小学生のころ描いた、つたない夢だ。それが成長するにつれ、警察官になって世間を騒がす悪を罰する、という具体的な夢にいつしかなっていた。そして、警察学校に入りそのまま警察になった。が、夢と遠く離れた現場という現実。住江町なんて田舎には大きな事件が起きることはない。つまり、やると言ったら聴取の用紙の整理などの事務ばかり。自分がやりたかったのはこんなちんけなことか? と自問する日々。
 そんな日々に起こった青天の霹靂。これはきっと神様が与えてくれた自分がヒーローになる最後のチャンスだ。そう木下は思って仕方なかった。

 ――ブブッ

 また無線が入った。
『犯人の仲間と思われる中型のトラックが銀行前に止まった模様――』
「うわあああ! 盛り上がってきましたねえ!!」
「お前俺の話聞いてたのかあ……?」
 大分はまた大きなため息をついた。しかし、ため息をつきつつもタバコを携帯灰皿に押しつけて、前方を鋭い目線で見つめた。ここがさすがベテランといったところだろうか。
 そして、数分もしないうちに、目的の銀行と白いトラックが姿を現した。そして犯人達はパトカーに気づいたのか、トラックを急発進させた。
「あー、こちら大分。犯人の物と思われるトラックを発見。ナンバーは00-××□。今急発進した。追跡を始める」
 大分が無線で本部へ報告をする。車内に緊張が走る。ハンドルを握る手が湿る。鼻息が荒くなる。もうすぐ、もうすぐ僕もヒーローになれるかもしれない……っ!
 
 ――ズガンッ

 一瞬で木下を現実に戻した大きな音。いや、音だけではまだ戻ってこなかっただろう。目の前のトラックに、人らしきものが落ちてきたのだから。住江町に、お面。といったらあいつしかいない。
「本物の……ヒーロー……」
「我らお面の英雄様のご登場だ。あいつがいたら警察はいらねえんじゃねえかあ?」
 大分はまたため息をついた。 
 

 
 ほんの数分前だった。英正は確かに銀行へ野次馬をしに行った。だが、あまりにも人が多くて、現場をみることはできなかった。
 そして、その時のチュウ太の一言、『俺、ここをよく見れるいいとこ知ってるけど、行くか?』
 これを聞いているかいないかで、この後の運命は大きくかわったと思う。つまり、人生の岐路という奴だ。こいつは本当にいつ現れるか分からない。
 そのマンションは銀行と同じ道路沿いで、そこからちょっと歩いたところにあった。エレベーターを使い最上階まで行き、そこから階段を使って屋上へと向かった。なるほど、確かにこの位置にあるなら屋上からいろいろ見えるかもしれない。
 屋上へ出るためのドアを開けると、ビル風がごうっと吹き抜けた。。腕を顔の上の方に上げ風を避ける。そしてそのまま屋上へと足を踏み入れた。
 少し辺りを見渡し、どの方向に銀行があるのかを探した。見慣れた景色なのに少し高いところから見ると自分の家の方角すら分からなくなる。この現象に名前はあるのだろうか? まあどうでもいいか。
 その問題は最近高層ビルが増えたおかげで、それを目印に方向を割り出すことで解決し目的地はすんなり見つかった。でも見つかったはよかったが、障害物が邪魔であまりよくは見えなかった。
「んー、よく見れるって言ったわりには……そうでもねえのな」
『そうか? 前はよく見えたんだけど……あれ、なんかいろいろ看板とか立ってるな』
「おいおい、無駄骨かよ……」
 すまんすまん、と謝るチュウ太。だがその言葉には何か余裕があった。
 その数秒後、看板やら建物やらの隙間から、一台のトラックが銀行の前に止まるのが見えた。野次馬の人達の騒ぎ声がにわかに大きくなった。
「……トラックだな」
『来たな……、もうちょっと前でみようぜ! 英正!』
「前……?」


 ――そして


 英正はなぜ朋也の形見である仮面をつけているのか? そして、フェンスを超えた向こう側の、後一歩前に出たらフライアウェイというところに立っている。どうしてこうなった?
『お前が飛ばなきゃ始まらない! ほれ飛んで飛んで飛んで!』
「うるせええ!! なななんでこんな高いところから!? 無理! 絶対無理!」
 怒鳴り声もビル風にかき消される。下を見たら、息子がひゅんとなった。さっきから何回ひゅんとなったか分からない。
 流れを説明すると、前で見ようぜ → あのお面つけると、視野が絞られてもっとよく見えるようになるぜ! → さあ飛べ! 
 乗せられた自分もバカだった。 
『死にやしねえよ! 行けるって!』
「死ぬから! 絶対死ぬから!」
 そんな堂々巡りを続けていた。遠くからはかすかだがパトカーのサイレンの音が聞こえた。
『ヒーローになりたいだろ! さっさと飛べや!』
「いつそんなこと何時言ったよ!?」

 
 ――カンカンカンッ


 不意に階段を上がってくる音が聞こえた。ぱっと入り口を見る。スナック菓子の袋を持った、パーカーを着た女の子が立っていた。まずい。こんな変な仮面をつけてフェンスの向こう側に立っている時点でもう通報ものだ。この年で変な噂を町内に流されたりでもしたら、自分どころか家庭も崩壊しかねない!!!
 けれど、その反応は想像の物と違った。
「……えっ、トモヤ?」
 その言葉を聞いた瞬間、強い風が屋上を吹き抜けた。女の子の髪が舞うのが見えた。そして、自分の体がまるで風船にでもなったかのようにふわっとなった。一瞬、遠くで女の子が手を伸ばした。
 
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 最初は背中から落ちたのだが、勢いとか、物理の法則? まあ文系なのでよくわからないけど、それのせいか今は頭が下の体勢で落ちてる。だから道路が見えた。一瞬。でも風が目に入ってすぐ開けられなくなった。一秒だったか、一分だったか分からないけど、体に強い衝撃が走った。今、グシャアってなったんだなあと思った。


 そしてすぐ、意識が飛んだ。


「ななんあなnうbほいjpkl@;」
 これは天使の声だろうか。それにしては……気持ち悪い声だ。何言っているのか分からないのはきっと自分が日本人だからだ。たぶん。さて、そろそろ目を開けて極楽浄土の景色を拝んでやろうか。そう思い、目を開けた。
 そこにあったのは見渡す限りの札束、札束。地獄の沙汰も金次第とはいうが、天国というのは金の溢れる世界だったのか。さらに札束の奥には、拳銃を持ったホスト風の男と、上着を破かれて下着があらわになった女子高生が居た。どうやら天国は金と女と拳銃というギャングの世界のような場所のようだ。


「ってそんなわけあるか!」とノリツッコミ。


 目の前の状況を整理しよう。どうやら僕はあの高さから落ちたのに、奇跡的に助かったようだ。そして、ここ。狭い空間。しかも、音と振動からしてこれは走っている。つまり車かなにかの中だろう。目の前には――


 ――腹部に衝撃が走った。


「なにボーッとしてんだバーカ」
 銃口から出る薄い煙。女の子の甲高い悲鳴。右わき腹に走る肉をえぐるような痛み。自分が撃たれたのだと認識するには十分すぎる情報だった。
 痛い。単純なその一つの感情を機に、怖いだとか逃げたいだとかそういった感情が体中を駆け巡って英正の体を振動させた。
「すげえと思わねえ? 銃ってさ。これ一発で人が死ぬんだぜ? こいつがあれば俺は王にだってなれるさ! いや神かな!! 見ろ!! 現に女も!!! 金も!!!! 思いのままだぜえ!?!?」
 目が逝っている。漫画とかでみる麻薬中毒者はたしかこんな感じだった。漫画なら笑って読めるこの状況、でも今は得体のしれない恐怖が精神を蹂躙している。そして痛みがそれをより強固に、巨大にしていく。
 もう駄目だ。死ぬ。ここで。俺の人生は終了。

『……痛いだけだろう。大げさだぞ』
  
 その声を聞いて、なんとなく腹部を触ってみた。服に穴は開いていたけど、血は出てない。
「あ、本当だ。生きてる」
「な……じゅ、銃だぞ!? 何で死なねえんだよお!?」
 更に銃声が何発も響いた。でも、痛いだけで我慢すればどうってことない。いつしか向こうは弾切れを起こしていた。これはチャンスと言わんばかりに英正は立ちあがった。
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