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第九話:抗う者達。中編

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 驚きのあまり硬直する英正と上座。そして二人に近づいてくる足音が止まると共に、声の主の正体が露わになる。体中の血管に冷水を通したのかと錯覚するくらい寒気がする。かじかんだように手足の感覚が消えていく。

「……つまらんオチだな」

 顔は火傷でただれているが、間違いなくこの間太刀で襲ってきた男だ。
 恐怖が体中を包み込む。寒い。まるで真冬の雪山に裸で立っているようだ。

「あんた何!?」

 上座は英正をかばうように前に出た。

「ん? ……お嬢さんに用はない。用があるのは後ろの二代目だ」
「どうする気よ? まさか殺す気!?」
「今日は違う。仮面の英雄が何故腑抜けたかを確かめに来た。それに……見ての通りダメージもあるしな」
「……あんた何者? 敵? それにしては殺気が感じられないけど」

 一般人の女子高生がこの状況では言わないであろう言葉を上座は言う。違和感。何故彼女はこの状況に溶け込めている?

「俺は……」
 火傷男が口を開いた、その時だった。


――グオオオオオオ……


「……っ!?」
 男の言葉を遮るかのように遠くで響く咆哮。夜の静かな街に反響する。
「野犬?」
 上座は辺りを見回しながら言う。しかし野犬? こんな街中に?

「違う! おいお前達、こっから離れろ!!」

 取り乱す火傷男。躊躇する上座、訳も分からず立ち尽くす英正。


――ドスッ


 暗闇の奥で何かが空から落ちてきたような音がした。


「チッ! お前達、ここは俺が何とかする!」


――ペタリ、ペタリ……
 足音のような、水風船を地面に叩きつけたような、そんな奇妙な音が近づいてくる。直感で気づく。これはヤバイ奴だと。チュウ太と出会い、修羅場をいくつか抜けだ……逃げ出してきた英正は、経験則からそう確信した。


「何とかって何よ!?」
「いいから、死にたくなかったら逃げろ!!!」


 それでも火傷男をいまいち信用出来ない上座は喰い付く。状況を説明しろ、あんたは何を言っている? 
英正はそれを止め逃げようと思うが、情けない事に体はまだ動かない。声すら出ない。ヤバい、ヤバイんだ。逃げなきゃマズイ。声にならないその言葉は、無力という名の恐怖となって更に体を蹂躙する。


「来るっ!!!」
「何がよ!?」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 暗闇から飛び出してきた異形の生物が、咆哮した。






 丁度その頃謎の白衣の女が、その光景を近くのマンションの屋上から眺めていた。
「……さあ、見せてください。あなたのその力を」
 女は微笑む。ごうと風が吹き、白衣をなびかせる。


 そして、戦いは始まる。

 頭部は人間、だがそれに不釣り合いな肥大した手足。何か他の動物の一部のような部位もある。異形。その一言がぴったり当てはまる。

「チィッ!」

 一瞬、火傷男が消える。あの時襲われたの高速移動。そして、異形の生物の目の前現れるやいなやその腕に回し蹴りをクリーンヒットさせる。が、腕は微動だにせず、逆に腕を払われ火傷男はその反動で茂みに吹っ飛んでいった。
「なっ、何あれ……」
 さっきまで威勢の良かった上座は、その訳が分からない相手に怯えている。
「グアアアアアッ!!!」
 更に咆哮する怪物。英正は完全に圧倒されていた。

『おいっ! 何ぼーっとしてんだよ! 嬢ちゃん助けるぞ』
 チュウ太からの、耳を疑う言動。
(な……、アレを相手するのか?)
 無理に決まっている。絶対に無理だ。あんなの相手出来るわけない。そもそも相手をする前に終る。逃げる。それが最善。誰でも分かる。
『んな事言ってる場合かっ!』
 いきり立つチュウ太。そんなコイツに英正は卑屈になる。現実を直視できずに、理由を探して逃げ場を探す。

 女一人を残して自分だけどうにかなろうとしていた英正は、どれだけ最低と世間から思われるだろう。ただ、想像して欲しい。同じような状況で自分はどうするか。多分、ほとんどの人は自分を優先するだろう。
 正当化したい訳ではない。ただ、その思考は必然だったと知ってほしい。


 違うだろ。結局は正当化したいんじゃないか。世間に自分は悪くないって言いたいんだ。最低なクズ野郎。



『また逃げるのか?』


 寄生虫は問いただす。分かっているさ。最低なクズでも逃げてはいけないことくらい。立ち向かうという力を手にしていることくらい……。


『また、お前は何もしないのか?』


 何もしない? いや、出来無い? 違う、したくない。何もしたくない。他人に対して無関心で、他人も自分に無関心。それが心地よかった。世界が自分を無視しているようで、それは自分は何もしなくていいと感じられて。


 だが違った。結局自分だけが無関心だった。向こうから、世界から、他人から、友人から、いつか自分が注目されるんだ、だからこっちは無関心でいいだ。そう思っていた。受動的、自分がしなくても誰かがする。どこかで自分中心に世界が回っていると勘違いしていた。


 世間には見放され、他人からは無視され、それでもかまってくれるほんの少しの友人に縋り付く。糞ったれの人生。だから何も手に入れられない。


『おいっ! 嬢ちゃんやばいぞ! 早く助けなきゃ!!』
 怪物は興奮し、 地面に腕を殴りつける。その一発一発が上座をすくみ上がらせる。茂みから蚊の鳴くような声で「逃げろ」と聞こえてきたが、もう彼女の耳には届かない。

 英正は深く深呼吸をした。初夏といえども、まだ夜は寒く、冷たい空気が心地よく肺に届く。


『おい!!!!!!』


 分かってる。もう、後は無い。変わらなきゃいけない。
 さっき受け取ったお面をつける。少しだけでいい。一緒に戦ってくれ。勇気をくれ。

 

 僕は……――


「嫌っ!」
「ギィアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」

 恐怖で動けない上座へ、無情な拳が振り下ろされる。





 ――……俺は!!!!!!!!!!!






「ギャアアッ!?!?!?!」

 黒い閃光が走った。そして、怪物の手が地面へと激突する。その下にあるのは、土のみ。



 そのヒーローは、ビルからビルへと飛び移り、喧嘩をすれば百戦錬磨。風よりも速く、困っている人がいればすぐに駆けつける。



「オメンダー……」



 少女を抱きかかえ、青年は言う。




「もう、逃げない。俺が……ヒーローだ!!!!」







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「ここに居て。後は、何とかするから」

 上座をそっと地面に立たせると、怪物に振り向きながら英正は言った。

「は、はい。……って日向野の分際で何言ってるの!!!」
「はは。それだけ元気な平気だね」


 瞬間に見せた英正の言葉遣いから、上座は察した。さっきまでと英正の纏っている空気が違う。何か決心した? それよりも何かを捨てたような清々しさ、悲しさ……? そんなものを感ぜずにはいられなかった。


『ふん……』
(なんだよ)
『別に』


 何故かお面の下で微笑んだ。吹っ切れたからだろうか、本人にも分からなかった。


「行くぞ」
『おう』 


 怪物に向きあう。そして、構える。構えは朋也と同じ、左手足を前に出し、右手足は力を込める。腰を落とし、相手を見据える。見よう見まねだが、形にはなっている。怪物も臨戦態勢に入ったらしく、低く唸りながら四つん這いで前傾姿勢を取る。まるで陸上選手のロケットスタートの構えのようだ。


『突進、かな』
(大体予想はできるね。あの構えだし)


 予想はできる。ただ対処法が問題だ。以前くらったからわかるが、火傷男は肉弾戦も相当なものだ。その蹴りをくらってもびくともしなかった相手。更に向こうが突進してくるのを迎え撃つとしたら、火傷男の数倍の力をぶつけなければならない。それでは余りにも不利。ならば、やることは一つ。


「やられる前に」
『殺るしかねえな!!』


 力を込めた右足を開放する。と、同時に周りの景色が吹き飛ぶような錯覚。そしてすぐに怪物が眼前に現れる。すかさず右拳を振り込む。鉄を殴ったような鈍い音が響く。とっさに防御したらしく、両腕にクリーンヒットした。

「ガァッ!?」

 怪物がたじろぐ。両手が後方に吹っ飛びガードが空く。英正は手を止めない。更に左足に力を込め瞬時に解放する。体をスライドさせ、右肘を怪物の腹部らしき場所へぶつける。よろける怪物の背後に周り、左足を払うように回し蹴りを入れる。仰向けに倒れてくる怪物を避け、怪物の真上へ飛び上がる。空中で前転し、体勢を整える。頂点に達し、真っ逆さまに急降下する。


「トドメだ!!!」


『舞うは英雄、出すは必殺。受ければ最後、勝負は終わる。空前絶後の無敵技!!!!!』


「必殺、ダイナマイト・キック!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
『必殺、ダイナマイト・キック!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 激突の衝撃音と、怪物の叫び声が夜の街に響き渡った。



 
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