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第十二話:夕立。

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 夏休み開始一週間。日向野英正の生活は――
「なあっ!? こいつ課金武器かよ。即BANだわ」
『よそ見すんな! グレネードが来るぞ!』
「ちっ。この英正様に投擲とは良い度胸してるじゃない。プレイ五日は伊達じゃないってこと見せてやんよ!」
 堕落しきっていた。
 遡ること五日前。つまり夏休み三日目だが、既に暇を持て余していた。高校生になると夏休みの課題といってもそれ程出るわけでもなく、バイトをしようにも学校が禁止しているので出来ない。友人と遊ぶなどは英正には論外であり、必然的にインドアな暇つぶしを求めるようなった。DVD鑑賞するにも外に出るのすら億劫であったので、消去法でパソコンをすることにした。
 そして以前から興味のあったファーストパーソン・シューティング、いわゆるFPSなるものに手を伸ばした。このゲームはなるほど人を引き込む魔力を持っている。人を殺傷するのが楽しい訳ではないが、魔力としか形容詞し難い魅了する力だ。
「あのスナイパーうぜえな。グレネード投げ込んどくか」
『いや、回り込んだほうが確実だ』
「おけ」
 一日のプレイ時間は平均八時間は超えていよう。今の生活は飯と睡眠と深夜アニメ、FPSの四つから成り立っている。本日も午前十一時から初めてもう午後一時になろうとしている。そろそろ昼食ができる頃である。母さんの呼び出しがもうすぐある筈だ。
 ドタドタと階段を上がる音が聞こえて来る。そら来た。
「英正! お友達よ!」
「え? 昼飯じゃないの?」
「何言ってんのこの子は。それよりアンタ、お友達!」
「誰?」
 朋也の居ない今、英正の家を訪ねてくる友達なんて皆無である。
「女の子よぉ! あんたいつの間にあんな可愛い彼女作ったのぉ!」
「へっ?」
「とぼけんじゃないヨォ!」
 下衆な笑みを浮かべながら母さんは肩をバシバシと叩く。英正は鬱陶しく思いながらも、急いで階段をかけ降りた。
 玄関先には麦わら帽子に今風の清楚だが露出度の高い服装をした女の子が立っていた。
「あ、日向野君!」
「か、上座さん!?」
 一瞬誰かと思ってしまった。余りにも学校と違う姿に英正は困惑してしまう。彼女の夏を感じさせる服装に、自分が夏休みを過ごしているのだと改めて実感した。
「な、何しに来たの?」
 スパンッと後頭部でいい音がなった。
「ばか! ごめんなさいねぇ! 折角来てくれたのにこの子は……」
 母さんは英正の頭を鷲掴みにするとグイッと下に押した。英正は倒れないようにそれを押し返す。
「いえ! あの、日向野君をお借りしてもいいですか?」
「えーえー! どうぞこんな馬鹿息子で宜しかったら何時でも連れてっちゃって!」
「ふふ、ありがとうございます」
『なーにがふふだ。この嬢ちゃんの腹黒さは絶品だな』
(激しく同意)
 一瞬、上座さんの鋭い眼光が英正を貫く。悪寒が走る。が、次の瞬間には元笑顔に戻っていた。
『お、俺の声聞こえてんのか!?』
(怖すぎるわ)
「では、遠慮無くお借りしますね」
「どーぞどーぞ!」
「あ、僕昼飯がまだ――」
「い っ て き な !」
「は、はひ!」
『かーちゃんもこえー……』
 そして英正はこの一週間の長いようで短い引き篭もりライフとおさらばし、お外に一歩を踏み出したのであった。



 上座さんは英正の少し前を歩いた。両者、英正宅を出てから終始無言。英正はそれに少しイライラしていた。どうやって家を特定したかは知らないが、わざわざ押しかけておいて何も言わずにただ歩みを進めているだけとは、一体どういう了見だ。ただの冷やかしでは無さそうだけれど、言ってくれないと分からない。自分から話すだろうと悠長に構えていたら話す機会すら無くしてしまったし、これではただ気不味いだけだ。ああ、ストレスが貯まる。
『つまんねー意地張ってないで聞けばいいだろ』
(そうするよ……)
 もうこれ以上は我慢の限界である。
「あの、上座さん」
 声を掛けると、彼女の足はピタリと止まった。
「今日は何の――」
「遊びに行くわよ!」
「へ?」
 その言葉を理解するのに若干時間を有した。
「何? 私と遊ぶのは嫌なの?」
「いやいやいや……え?」
 言葉の意味は理解できる。そのまま遊ぼうってことだろう。うん、間違ってない。
「あ、遊ぶ?」
 つまり、この状況は、あれか。非リア充男子が掻き毟る程夢焦がれる、あれなのか?
『デデデ、デートだイヤッフウウウウウウウウウウ!!!!』
(うわああああああああああああああああああ!?!?!?)
 体中の汗腺が開いた。体が夏の熱気とは無関係に火照る。
「あ、あうそじょがftgyふじこlp;@」
「ちょっ、何!? どうしたの!?」
「だだだだだだ大丈夫でですすう」
 デートって言ったらあれだ。お手手つないであんなトコ行ったりこんなトコ行ったり終いにはあんなことやこんなことしてもううわああああああああああ!?
 えええ、エスコートしなければ!? 男として!? エスコート!? できんの僕!? うわああああああああ!?!?
『落ち着け! やはり始めが肝心だ。向こうの意見を参考にしつつ男らしく決めてやれ!』
(わわわわかった)
「かか、上座さん! どど何処行きたいですだしょうか?」
「……? まあいいわ。私行きたいところあるから、付き合って」
「そ、そうですね! い、行きたいところありますよね! じゃあどこ行きましょ……行きたいところ?」
『あちゃー』
「だからそう言ってるじゃない。さっきからどうしたの?」
「ああいえ、あの、男……。な、なんでもないです」
「ならとっとと行くわよ!」
 そこから二人は街に繰り出した。どこに連れて行かれるのか当初は身構えたが、ゲームセンターにファミレス、商店街でウィンドウショッピング、以前襲われた公園で一休みし、最後に街から少し離れた街を一望できる小高い丘へ行くという至って普通のデデデ、デートだった。
 丘へついた時には、もう空は少しずつ赤く染まり始めていた。英正にはこの一日はとてつもなく長く感じた。上座さんは終始笑っていたが、時々無表情になる時があった。その度に英正はチュウ太の良さそうで良くないアドバイスを実行し、ど突かれた。
 この丘でも、上座さんは無表情になった。むしろ、悲しそうと言ったほうが適当かもしれない。
 涼しい風が吹いた。少しずつ雲行きが怪しくなってきている。夕立が来る。
「雨降りそうだし、帰りません?」
「ちょっと待って」
 上座さんはそう言うと空を仰いだ。さっきよりも暗雲が立ち込めている。これは帰る前に一雨来てしまいそうだ。
「ほら、雲もすごいですし」
「話があるの」
「いや、それより雨宿りしないと、多分雨降ってきますよ!」
「いいからっ!!!」
「か、上座さん?」

 ポツリ、ポツリと――

「うわっ降ってきた!」
「……」
「ほら、行きま……上座さん?」

 ――雨が降り始めた。





54, 53

  

 その雨はまるで上座さんの涙の様に思えた。
「あんたに話しておきたい事があるの」
 震える声は雨音に掻き乱される。
「これが……私の、力!」
 すでにビショビショの服の袖で涙を拭い、また空を仰ぐ。
「……嘘、だろ?」
 上座さんの様子はこれといってく変わっていない。だが、目の前で起きている現象に英正は呆然と眺めることしか出来なかった。
「空が……割れてる!?」
「正確には、私の半径約五百メートルの雨雲を消しただけ」
「はい?」
「だから、これが私の力! あんたとトモヤの力と似たような物よ!!」
 朋也や英正と似た力。つまりは超能力といった類の異能力。
「え、ええええ!?」
 自分以外でここまでまざまざと異能の力を見たのは初めてで、取り乱さずにはいられなかった。
 だが、それに反してチュウ太は冷静だった。
『なんつう……危険な能力だ』
(き、危険?)
『天候の操作なんてお前、国の一つや二つ、簡単に落とせるぞ!?』
(国!?) 
「本当はここまで大袈裟に力を使う気は無かったんだけど……。今日回ったところ、トモヤとの思い出の場所だったから、ちょっと、興奮しちゃった……」
 上座さんはそう言い終えたかどうかの所で濡れた地面に膝から崩れ落ちた。
「ちょっ!?」
 肩を抱き上げると、体は小刻みに震えていた。息も荒く、これは尋常ではないと感じた。急いで救急車を呼ぼうと思ったその時、背後から人が近寄ってくる気配がした。
「はーい、ご苦労ちゃーん!」
「さ、生徒会長さん?」
 ビニール傘を振り回しながら、ごきげんな様子で生徒会長さんが現れた。生徒会長さんは上座さんをまるで物を見るかのように一瞥し、表情も変えずに英正に話しだした。
「これで準備は整った。おまっとさん。ようやくヒーローの出番だ」
「えっ!?」
「そいつはあれだ、すっげえ能力者なんだよね。天候操作! まあ自分の半径一キロメートル以内だけしか操れないんだけど、それでもすっげえんだよ。すっげえってことはさ、欲しい奴もいるんだよね。そういうのが、今ので多分気づいたはずだ。日向野、そいつらを倒して、ヒーローになれ!」
 ぐるぐると頭の中が揺らいでいる。上座さんが超能力者で、狙われていて、それを倒してヒーローになれと生徒会長さんが言っている。ヒーローになれと、敵を倒せと。それが、ヒーロー。
 スーパー戦隊だって、ライダーだって、敵を倒している。悪いことをする敵を倒して、みんなに認められて、ヒーローになる。当然の事。周知の事実。常識だ。
『違うな。敵を倒した奴がヒーローじゃない』
(違う?)
『お前の腕の中には何がある?』
 腕の中、そこには辛そうにうずくまる上座さんが居た。
『守るんだよ、そいつを。そのために倒すんだよ。本質を見極めろ。お前はただの殺戮者になりたいのか?』
 違う。殺戮者になりたくはない。しかしヒーローになるというのも何故か少し違う気がしてしまう。今振り返っても、自分が何故ヒーローになりたいのか良く解らない。
(でも……)
「とりあえず救急車、お願いできますか!?」
「……あいよ」
 目の前のものは守ろう。そう思った。
 
 










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