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二話/イライダとディステファノ

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 奥から声がする。
「あれらは脅かすもの」
 それと共に、奥から流れ出てくるなにか。
 それがなにかなど、知ったことではない。
 私はただ行動し、声の命じる通りの状況を作るのみである。
 声には逆らえない。声に逆らった瞬間、私は私でなくなるのだ。
「あれらを破壊せよ」
 そこに意志は要らない。
 私の体は、意志に拠らず動く。
 私は動き出した。
 私は向かう。
 声の言う、破壊すべき対象――目の前の緑色の塊へ。
 衝撃。
 塊が、なにかを放った。
 なにかがなにかはどうでもよい。
 ただ、私は弾き飛ばされた。
 私の傷口からは、先ほどの人間のそれとは違う色の液体が流れ出してきていた。
 外から、私とは違う声がする。
「ディステファノ、抵抗。威力を高め、次は――」
「待て、イライダ」
 私とは違う二つの声が、外から聞こえる。
「あれを殺してはならない」
「何故だ、コウモリ。新種だからか」
「いや……ああ、そうだ」
「私には、そんなことは関係ない。新種だろうがありふれていようが、怪物はただ殺戮するのみ。お前に私を縛りつけることはできん」
 緑色の塊と、空を飛んでいる小型の塊が、どうやらその二つの声の主であるようだった。どちらの声も、同じようにしか聞こえない。
 しかし見える。小型の塊は、“馬鹿なロシアの小娘めが。マイを殺させることだけは、なんとしても避けなければ……”と心が言っている。緑の塊といえば、“醜悪な青紫のモンスター。なんという悪臭だ。早く始末せねば。しかし、あまりに手応えがない。あの程度の威力の攻撃で血が止まっていないではないか。つまらん”
「あれは、さらに強くなる」
「ならば尚更。弱い今殺しておけば、後顧の憂いもなくなるというもの」
「嘘をつけ」
「なに」
「心からの言葉ではあるまいて。本音を言えと言っている。イライダ、お前はただの戦闘狂だ。怪物殺しなどを稼業としているのも、人間の世界の罪にあたらないから好きなだけ殺せるという、何とも身勝手な理由だろう。そしてお前は、強者との闘いを望んでいる。弱い怪物である私を始末せず、あまつさえその怪物と手を組んで、他の怪物の情報を集めようというのだからな……」
「…本当か?」
 緑の塊の、心の波長が変化した。
「本当に、ディステファノは強くなるのか?」
 “ディステファノなどと、つまらん名前をつけるな。馬鹿が。マイ。マイ。マイ……”小型の塊の心は、紅く染まっていた。
「あれは成長する怪物だ。人より巨大な怪物は、成長する。そんなことも知らなかったか?」
「…そうか」
 緑色の塊の心は、その体と同じく緑色になった。
「それが本当ならば……今は去ろう。興が削がれたからな」
“コウモリと組めば、怪物を捜す手間も省ける。怪物など始末してやりたいが、まだ生かしておいてやる”“諦めたか……使いづらい人間を選んでしまったかもしれんな。しかし、間違いなく腕は立つ”

「私はあれの監視に戻る。他の怪物を発見したらその都度教える」
 コウモリは、それだけ言って、私の元から離れた。
 良かった。
 低級とはいえ、怪物が付近に存在している状況では、私の精神部分における戦闘態勢は解けることがない。
 あと三十分も遅ければ、私はコウモリを殺していただろう。
 無論、あのコウモリも私を信頼してはいまい。何か防衛手段を持っているかもしれないが、私の“第二の意志”は全てを撃ち砕く。あの程度の雑魚、敵ではない。
 …ピョートル。
 偉大な皇帝の名を冠する、我が弟よ。
 愛している。
 いつまでも、愛している。
 お前の声、身体、臭い、行動、遺伝子……
 子供を、宿したかった。
 子供さえ、お前の血を継ぐ人間と再び出会うことさえできれば、私は闘いなど……
 …違う。
 愛する弟よ。
 お前を殺した怪物を、私は決して許さない。
 ただの戦闘狂だと? ほざけ。
 今日の怪物も、いつか殺してやる。
 コウモリよ。お前を生かしておいてやるのも、全ては効率よく怪物を始末していくため。
 怪物を、殺して殺して殺して……殺し尽くしたとき、最後にお前を殺してやるよ。
 そして、その時こそ……私は、本当に満ち足りた思いで、お前のところへ行けるのさ。
 私を――姉を、待っていてくれ。ピョートル。
 お前を殺した怪物達の末路と、このイライダの勇姿を!

「マイ」
…だれ?
「マイよ」
…おかあさんだぁ……
「マイよ、起きなさい」
…ちがうの?
「起きなさい」

 ここは……橋の下?
 あたし、生きてるの?
「起きましたね、マイ」
 あたしの奥から声がする。この声知ってる気がする。誰だかは思いだせないけど、懐かしい声。
「立ちなさい」
 あたしは立ち上がった。立ち上がろうと思ったわけじゃないのに……声に、動かされた?
「あなたは、先程までの自分の姿を憶えていないでしょう。見せておきます。目に焼き付けておくのです」
 さっきまでの、自分の――!!
 これは、鏡の……!!
 あたしが、これだった……
 もう、思考は続かなかった。襲い来る吐気が思考を押し流して行った。
 あたしは吐いた。
 ただひたすら吐いた。
 胃になにも入っていないのに、吐き続けた。
「見ましたね。それは“あおみどろ”あなたのもう一つの姿」
 何か言っている。聞こえない。考えられない考えられない考えられない……
「それはあなた。あなたはそれ。あなたは、マイであり、あおみどろ」
 こんなに気持ち悪いのは、ヘンなの見たからだけじゃないきっと病気のせいだ。
 あいつだ。あいつだ。あいつだあいつだあいつだ! 悠斗……あいつのせいで!!
「元に戻る方法は一つだけ」
 すっぱい、口の中が、苦い。
2

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