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五話/謎の姉妹と俳句帝國

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 …どういうことだろ。
「こんにちわ」
 玄関の前には、二人の、見た目が同じ小さな女の子。歳は、ソウちゃんと同じくらいだろうか。
うーん、どっちもカワイイ……
 でも、この家から、確かに怪物の気配が。
 ソウちゃんも、なんだか困惑してる。無理もないか。
 だって、今も気配が消えていない。それどころか、強くなる一方。あまりに禍々しくて、体がビ
リビリする……
「どうぞ、お入りください」
 笑顔で、二人揃った声で。ミステリアス。
 でも、ここは怪物の……
「どうぞ」
 さらにカワイイ笑顔。長い、綺麗な黒髪。くりっとした目――それが二人も。多分双子だろうけ
ど、この可愛さは双子の子供の武器だよねぇ……
「じゃ、じゃあお邪魔します」
「ちょ、お姉ちゃん!」
「はっ」
 か、可愛さに、負けた……!

「どうぞ、ソファーに座って♪」
「ママが買ってきた高~い高い紅茶を♪」
「お二人のために淹れてきます♪」
 なんだか、歌でも歌うように二人は言った。凄く嬉しそうに、二人して体を躍らせながら。
「ねえ、ソウちゃん。気配、さっぱり消えてないよね」
「うん。気配の中に入っちゃって、息苦しい感じ……なんか、体が締め付けられてる」
「台風の目って、こんな感じかなあ……」
「お姉ちゃん、怖いよぉ」
「正直、あたしも……」
 空は、すっかり黒い雲に包まれちゃった。灯りも点いていない、暗い部屋。可愛いけど、よくよ
く考えると、存在自体がおかしな双子……ここは、お化け屋敷かなんか?
「あの、電気点けていいかなあ?」
 堪りかねた。灯りさえ点けば、このざわざわした感じも少しは収まってくれるんじゃないかと…

「いいですよ♪ただし……」
 二人は相変わらずお揃いで言った。張り付いたような、笑顔で。
「…点けられるのなら、ね♪」
 …どういうこと?
「…あれ? 点かない……」
 そういえば――灯りだけじゃない。この家、電化製品が一つも動いていない?
 停電……なのかな。
 とにかく、電気は点かない。諦めてソファーに戻った。
「おかしい……おかしいおかしいおかしい……」
「お姉ちゃん、怪物はどこにいるんだろう……」
「わかんない……」
 気配があるということは、今、怪物はこの家の中にいる。
 あの二人は、怪しいけど違うだろう。間違いなく人間の姿をしてる。これまで見た怪物は、皆お
かしなグロいカッコだったし。
 謎が多い……
「わっ」
 ソウちゃんが突然。あたしもビックリした。
 ついに、雷が。
「か、雷落ちたぁ」
「あたし、雷には嫌な思い出が……」
「なに?」
 本当は話したくもないけど、気を紛らわすためだ。ソウちゃんも怖がってるみたいだし。
「小学五年生のころ、あたしは雷が大の苦手で……いや、今も苦手なんだけど……その頃は、今の
ソウちゃんよりも凄い怯え方してて。今日みたいな、夕方から真っ暗な日、あたし布団被ってブル
ブル震えてたんだ。二階の部屋で。ホント、怖くて。その頃はもうお父さんもお母さんも死んでた
から、親戚の伯父さん伯母さんちにいたんだけど、階段を上ってくる足音が聞こえたの。ぎし、ぎ
しって。それと同時に、特大の雷が落ちてきて、部屋が一瞬眩く光って――」
「そ、それで?」
「体が反応して、布団からバッと飛び出したとき、部屋の中に人がいたの。刃物を持った」
 そのとき、今のところ最後のおしっこ漏らしをしたんだけど、それは言わないでおこう。
「すっごい、叫んだよ。結局、刃物だと思ったのはロウソクだったんだけどね。光で、シルエット
だけ見え――」
 ――空気の収束する感じ。
 来る。
 耳を塞いだ。それを見て、ソウちゃんも続いた。
 特大の、雷。
 あの時みたいに、一瞬真っ白になる。
「…でしたか?♪」
 声が、微かに聞こえた。シルエットは、刃物らしきものを。
「きゃあああああああああああ」
 思いがけず、同じ風景を見てしまった。
 雷が落ちた瞬間から、これまで沈黙していたテレビやラジオが急にうるさく騒ぎ始めた。
『おかあさん。息子さん、いやバカ息子は、つけ上がらせちゃダメだよ。息子、ニートでしょ? 
日本に何も貢献してないじゃない! ただ寝て起きてメシ食って親に金せびって漫画やらなんやら
買ってるんでしょう? そんなヤツ、刃物突きつけて無理矢理にでも働きに出させなきゃダメなん
だよ! 馬鹿は治そうとしなきゃ治せないんだからね』
『ラジパラネーム『黄金期ジャンプ再び』。マイクさんわんばんこー! わんばんこー! 実は、
今日は僕の誕生日です! って書けば読んでくれると思って書いたというのはナイショだ^^まあ
でも、誕生日ってのはマジなんです。だからなんか送ってくださーい♪ うーん、今日も程よくノ
リがいいねー。Happy Birthday 黄金期ジャンプ再び!』
『♪アカシヤの花が咲き乱れ 民族衣装に身を通す 先を見据えるCoolな瞳 パードゥン? アー
イウィッシュウィッシュウィッシュ ヘヴンリーハート ヘヴンリーペガサス 遥か彼方目指して
 飛べよやマテリアライザー!』
『福島県郡山市の主婦・小原祥子さん六十六歳。『紅の 夢咲き誇る 雁の山』どうでしょう、主
幹の新羅義先生。そうですね。鮮やかな紅葉の描写と、その後の雁が絶妙にマッチしてますね、え
え。次は広島県の無職の男性荏原文吾さん七十八歳の作品『ちかくさに きもちをこめる 味なヤ
ツ』どうでしょう新羅義先生。そうですね、盗作はいけませんよ荏原さん。今週も時間が来てしま
いました。『俳句帝國』ではまた次回お会いしましょう。さようなら』
 なに! なに! なに!?
「お姉ちゃん! いきなりすっごい煩くなったよう!」
「雷が落ちた瞬間、この家に電気が通ったっていうの? なにこれ、意味わかんない……!」
 首筋に、冷たい感触。あたしはそれを払い除け、その方向を見る。
 包丁を持ったさっきの女の子が、恐ろしい笑顔であたしを見ていた。
「私達は雷を呼ぶ怪物♪ 見た目が人間の子供だから油断したのであろう……人間など、所詮その
程度のものよ」
「しゃべる、怪物……それに、その姿は!」
 自分の中の常識だけで、“人間の姿の怪物なんていない”って判断したあたしがいけなかったん
だ……でも……どう判断しろと?
 ええい、後悔はあと! もう一人は!?
「あんた、一人なの? まだ奥で紅茶でも淹れてるのかしら」
「カイは、あちらよ」
 嫌な、予感がした。
「ソウちゃん!」
 やられた――ソウちゃんが、もう一人に捕らえられてる!
「ソウちゃんを放せッ!」
「この小僧の方が扱い易い。ほれ、首を掻き切ろうと思えば容易い……」
 ソウちゃん、叫ぼうとしてる……でも、首を強く締められてて、声が出せないんだ。
 あたしの、ソウちゃんを。
 可愛い可愛い、あたしの弟になろうとしてくれている子を。
 よくも。よくも。よくもよくもよくも――

 マイが、昂っている。

「あおみどろッ!!」

 マイは、目の内側にいるあおみどろに叫んだ。

「ソウちゃんを助けて!!」

 ソウちゃん。
 ソウちゃんとは、マイの目を通して見た、あの小さき、柔らかそうな塊のこと。
 そうか、そうか、そうか。
「出なさい、あおみどろ。マイと、真に同化するための道だと思いなさい」
 声がそう言うなら、私の意思など――意思? それはなんだ?

 これが、迷いというものか。
6

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