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オーバードーズ・レインボー(ストーリー・チルドレンのいる部屋)

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 照りつける太陽の下でも乾くことのない虹色の水溜まりを窓の外に眺めながら、僕はボロアパートの一室で身に憶えのありすぎるオーバードーズに苦しんでいる。
「マリファナは煙草よりずっと害はないし、楽しい気分になるし、いいことばっかりだよ」
 そう言っていたインド帰りの少女は、風呂場でフラッシュバックに襲われて死にかけたという体験談も教えてくれた。そもそも煙草を吸わない僕に、煙草より害が少ないという理由でマリファナに手を出す理由はなかったし、楽しい気分になんて少しいやらしいことを妄想すれば簡単になれた。
 その少女は十八歳になったと同時に、当時付き合っていた背の小さい男に殺されてバラバラの遺体となって発見された、と、あまり付き合いのない誰かから噂を聞かされた。少しは気になって彼女の名前をネットで検索したけれどどこにもそんな記事は見つからなかった。彼女が被害者ではない殺人事件の記事なら見つけたくもないのにいくらでも出てきた。加害者の側に同級生の名前を発見したりした。

 ストーリー・チルドレンの一人が部屋の片隅から僕を見つめている。投げ捨てた小説作品に登場したキャラクター達が、捨ておかれた恨めしさから作者を恨んで現実に出没して続きを書けと迫ってくる。彼女が股間を濡らしているのは何も感じているからではなくて、小便を漏らしているのだ。麻雀対局中に緊張のあまり失禁した彼女の名前は「人数合わせの伊藤」といって下の名前はそもそもつけていなかった。
「畳が腐る」
 そう言って僕は彼女をせめてトイレへなりと運ぼうとするのだけれど、実体ではないから抱え上げられないし、実際に放尿しているわけではないから本当はどうでもいい。雨漏りやら汗やら反吐やらでとっくに畳は腐れてしまっている。

 僕が取り込みすぎたのはマリファナでも煙草でもなくて物語で、そんなものにうつつを抜かしているうちに自分でも物語を書くようになって、でも大半は放り出してしまったからこうしてストーリー・チルドレンに悩まされている。虹色の水溜まりの中で泳ぎの下手な蛙が溺れている。
 ねえこっち来て一緒に見ようよ、と僕は伊藤さんに話しかけるけれどもう彼女はいなくなっていて、そうタイミングよく他のストーリー・チルドレンも現れなくて。僕は一人で、真昼なのに眠い目をこすって窓の外の風景を眺めている。

 小説を書きかけている途中、キーボードに指を置いたままうとうとしてしまい、大量の鍵括弧の上半分が打ち込まれていた。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「
 まるでとにかく誰かに何かを話したくてたまらなかったみたいに。

(了)
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