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4-3 脱出

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 「何なんだよ、あれは……」
 
 落ち着いてきた所で、誰にでもなく呟く。
 逃げた先に敵の気配は無かった。どうやら本来の囮役を差し置いて暴れている奴がいるせいで、完全にそっちに人が回されているらしい。
 こっちにも向こうにも完全にイレギュラーな存在。あんなのには近づかないのが一番だ。
 立ち止まり、時計を見る。もう予定の時間まで五分と少ししかなかった。
 「……急ぐか」
 幸いにも、集合の出入口まではそう距離は無い。
 俺は悪夢を振り払い、誰もいない廊下を疾駆していく。
 
 シャッターが指定通りに動いている。という事は、彼女の方は無事だろう。
 そう言えば、名前を聞いていなかったことを思い出した。まあ、後で聞けばいいだけの話だ。
 上から降りてくる一つ目を通過し、角を右に曲がる。
 非常シャッターによるサポートも、隔絶する敵がいないのでは大した意味を成さない。
 強いて意味を挙げるなら、出口への道標になると言ったことくらいか。
 スイッチを入れればものの数秒で完全に閉ざされるシャッターだが、この身体なら、見える距離のシャッターは滑り込める。
 間違えて自分が閉じ込められでもしたら大きなタイムロスだ。
 彼女には『時間に遅れたら置いてくわよ』と言われている。このどこだかわからないような場所から俺一人で逃げられるとは思わないので、絶対に遅れるわけにはいかない。
 次々と道を阻もうとするシャッターを走り抜ける。
 一つ。二つ。三つ。
 最後のシャッターだけは、逆に下からせり上がってくる。この基地でも知ってる人は少ないらしいトラップを、俺はベリーロールで飛び越えた。
 「…っと」
 勢いがつき過ぎて天井に激突しそうになるのを、右半身全体で衝撃を吸収するように接地し、反動付きで地面へと落下する。
 背中を床に打ちつけ着地は成功とは言いがたいものになってしまったが、ダメージはほとんどない。実に丈夫な身体だ。
 「上手くはいかないもんだな……」
 さっきのあいつは天井に足を付けた状態から勢いを付けて急降下し、見事に足から着地していた。それも手刀で敵をぶった斬るオマケ付きだ。
 どんな研鑽を積めば、そんな真似ができるのだろうか。少なくとも一朝一夕の特訓では不可能だ。
 まあ、もう会う事もないだろう。忘れる事にしよう。そうしよう。
 直線を進み、鍵のかかっていない扉に手をかける。
 23時59分32秒。
 俺は基地の外へ、足を踏み出した。



 「あら、ちゃんと脱出できたのね。良かった」
 笑顔と同時に、彼女は構えていた拳銃を下ろした。
 外は宵闇に包まれ、明りも三日月くらいしかなかった。
 だが、俺の目は随分と便利な機能が付いているらしい。色こそ緑色だが、彼女の表情から周りの景色まではっきりと見える。
 どうやらここは森の中らしい。駐車場から横に走る道路があるが、それ以外は木々しか見えない。
 「レディを待たせでもしたら、大変な事になっていたわよ、貴方」
 「待ってくれるつもりも無かったんだろ。組織に捕まって洗脳の続き……いや、あの黒いのに殺されるのが早いか」
 「黒いの?」
 彼女が首を傾げる。ショートカットの髪が、細波のように闇に流れた。
 どうやら、あれとは遭遇しなかったようだ。
 当たり前だ。遭遇していたらこんな落ち着いてるはずはないだろう。
 「いや、こっちの話だ」
 「? そう、まあいいわ。じゃ、もっとこっちに来なさい。危ないわよ」
 言って、彼女は俺を手招きする。
 「危ないって――」

 どう、と言う音が闇に轟いた。
 ……背後だ。
 背中に熱を感じながら、俺は反射的に振り向く。
 
 燃え滾る業火。吹き荒ぶ熱風。立ち上る黒煙。
 染み付きそうなほどの炎の匂いに、むせかける。
 つい一分前まで俺がいたその基地が、ものの見事に爆発炎上していた。
 「大変な事」
 前を向けば、彼女がしたり顔で笑っていた。何かスイッチを押した形跡は見られない。
 俺は手にしたままだった時計を、恐る恐る見る。
 00時01分、05秒。
 爆発が起こったのは、大体5秒前だった。
 ……時限式か、この野郎。
 「って言うか、おい! これはやりすぎだろ! 丸々吹き飛ばしたら死ぬだろ、全員!!」
 その全員の中には、『間に合わなかった場合の俺』も含んでいる。
 いずれにせよ、やりすぎだ。ここまでする必要はない。
 「いいのよ、どうせ社会のゴミクズ未満の害虫しかいないんだから」
 彼女は数十人もの命を奪ったと言うのに、顔色の一つも変えずに悪態をついている。
 「どんな悪人でも、人は人だ! 殺していいわけないだろ!!」
 「はぁ……? あなた、この後に及んで随分常識的と言うか、お人よしなのね。言っておくけどあいつらは全員、来世とその来世に苦行を背負うレベルの大悪人揃いよ?」
 彼女は呆れた様子で答える。 
 例えがいまいちわかりにくいが、死刑になるのは確実と言う事らしい。
 「それでもだ、悪人だって何か理由があったのかもしれないだろ! そうでなくても、法で裁かれるのが道理ってもんじゃないのか!」
 「……勝手に改造手術までされておいてそこまで言えるとは、あなたも私達とは違う意味で異常者ね。恐れ入ったわ」
 呆れるのを通り越して、感服されてしまった。
 何か根本的なところで、俺と彼女にはズレがあるようだ。
 「さて、行くわよ。向こうに車を待たせてあるの」
 そう言って彼女は話を切り上げ、俺の手を掴む。
 「おい、話はまだ終わってな――」




 首の裏で、バチィと弾けるような音がした。
 「かはっ……!?」
 同時に、痺れるような強い痛み。身体の自由が奪われる。
 全身の力が抜けていくような感覚と共に、変身が解除されたのがわかった。

 「何が起こった? って顔だから教えてあげる。『ネオヒューマンズ』の新型怪人も一撃で麻痺させる特製スタンガンよ」
 彼女は嗜虐的に笑いながら、手に持ったそれを見せ付ける。
 「次の組織に渡す手土産よ。私としてもいいポジションに付きたいから、ま……悪く思わないでね」
 一瞬考え、手土産とは俺の事だと理解した。
 俺が見事に騙されていたのだということも、同時に理解した。
 力が入らずに倒れている俺を彼女は持ち上げようとする。も、少し頑張ってはみたものの諦めて地面に下ろした。
 「あー……重いわね。迎えに来てもらいましょ」
 そう言って、彼女は道路の方へ手を振った。
 どうやら、車はもう来ているらしい。そしてその車は、別の組織のものらしい。
 彼女の事を疑いもしなかった。抵抗しようにも、身体は言う事を聞かない。

 おいおい、冗談だと言ってくれよ。
 俺みたいな馬鹿は、生き残れないのか。
 そう思った、ちょうどその時だった。




 






 「ちょっと待て」

 その声が聞こえたのは、前からではなく後ろから。
 燃え盛る炎の方から聞こえる静かな声は、爆発音よりも衝撃的だった。
 彼女は、驚いて振り返る。
 「誰っ!? この爆発で、生きてるわけがっ……」
 俺は振り返る事ができない。できないが、この声の主が誰だかはわかる。一人しかいないだろう。
 

 「変身してなかったら死んでたぞ、この糞女……!!」


 最悪の事態だと思っていた、その時に。
 真の最悪はやってくるものらしい。 
20

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