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6-2 解剖室でございます

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「……お前さ、アポって言葉知ってるか?」
「俺を馬鹿にしてるのかよ! 宇宙船だろ?」
 馬鹿にしてるんじゃなくて馬鹿なんだよお前は。
 俺の静止も聞かず、電車を乗り継いでいく田中。
 スマホで調べた灰塵衆の本部ビルに、思い立ったが吉日とばかりに乗り込むつもりらしい。
 曰く、『業界一位の大企業だぜ? まともに面接するよりも、直にトップと会って器のデカさを見せ付けた方が好印象ってもんよ!』とのこと。
 お前はそこまでアホだったのかと問い詰めたくなるような発言だ。サラリーマン金太郎でも読んだのかこいつ。
 いくらなんでもアポ無しで正面から乗り込んだ知り合いがゴミクズのように死ぬのを放置するのは忍びない……元からゴミクズではあるが。
 って言うか、灰塵衆も灰塵衆でそんなに簡単に住所を晒すなよ! 悪の組織だろ一応!
「仕方ない……」
 俺は霰に連絡を取り、どうにかこれから向かう事だけでも伝えることにする。
『白金くん? どうかしたの? 電話越しプレイ? まって今ちょっとバイブ持ってくるから』
 切りたい。
 俺は無視して要件だけを伝えた。
「急な話だが、色々あってちょっと今から灰塵衆に向かう事になってしまったんだ。悪いが灰塵衆の奴に取り次ぐように伝えてくれないか?」
『ふーん、私のコネを使おうとするなんていい度胸ね。まあいいわ』
「本当か。助か……」
『セックス三回で引き受けましょう』
 切った。
 
 着信。霰からだ。
 俺は仕方なく取る。
『……切るとはいい度胸ね白金くん。そんなに私とまぐわうのが嫌?』
「勘弁して下さい」
『傷つくわね……これでも結構身体には自信があるのに』
 不貞腐れてる声の霰。
 怒らせると後で面倒なので、適当におだてておくことにした。
「いや、可愛いとは思ってる、うん。迫られて悪い気はしないけど、俺は貞操観念とか大切にする感じのアレだから……」
 それっぽいことを言って誤魔化した。言った後に気づいたが、本心であった。
 しばしの沈黙の後で、ため息の音が携帯越しに聞こえる。
『……ま、いいわ。貸し一つね』
「悪い。頼んだぞ」
 これ以上何か言われる前に電話を切った。
 やれやれ……貸しを作りたくない相手に作ってしまったな……。

 都心の一等地、オフィス街。
 夕焼けに染まるビル群のど真ん中に、『株式会社 灰塵衆』と全く隠そうともせず、かと言って特に目立とうともしない文字が入った石碑。
 その数メートル奥には、一際大きい高層ビルが聳え立っていた。
「株式会社だったのか……」
 呆然とする俺に対しずんずんと田中は進んでいく。
 ボロボロのジーンズにくすんだジャンパーで面接に挑む度胸はある意味大物と言えなくもない。行動力のある馬鹿は厄介だ。
「お前は一緒に来るなよ。一人で行った方がインパクトがあるからな!」
「馬鹿をぬかすな」
 自動ドアを潜る。もう一枚、ガラス製ではない扉を潜る。
 奥には広いエントランスホールと、受付。
 受付嬢が一人、にこにこと笑顔で座っている以外に人はいなかった。
「……見れば見るほど、普通の……といってもかなりでかいが、オフィスビルだな」
 キョロキョロと見回す俺。悪の組織の本拠地にはチェリオの自販機があるのか。誰の趣味だ。
「すんませーん! 社長に会いに来たんすけどー!」
 手をぶんぶんと振りながら受付へと進む田中に、俺は小走りで駆け寄る。
 20代後半の清楚そうな受付嬢は一礼して尋ねる。ここ本当に灰塵衆なんだよな?
「いらっしゃいませ。ご予約はされておりますか?」
「されてません!」
「かしこまりました」
 かしこまるのか……。
 小学生のように元気に応える田中に対し、受付嬢は眉一つ動かすことなく案内を開始した。こちらから見て右側のエレベーターを左手で示す。
「それではあちらのエレベーターより地下3階へどうぞ」
「ういっす!」
 社長……っていうか首領って地下室にいるのか?
 俺は疑問に思ったが、田中は何も考えずにるんたったと(本当に口で言っている)エレベーターへと歩き始めた。
 まあ仕方ない、地下にだって待合室くらいあるだろう。俺もついていこうとする。も。
「あ、白金様はどうぞそちらのソファでお待ち下さい。ただいま担当の者が参りますので」
「へ? ……え?」
 なんで別なんだ? それと、何で俺の名前を知っているんだ? 俺はまだ名乗ってないぞ?
 疑問に思うと同時に嫌な予感を察して受付嬢からステップで離れる。
 彼女は攻撃こそしてこないものの、先程の営業スマイルよりも更に深い笑顔を作った。
 どう見ても善人の表情ではない。悪巧みをしている霰のような、いやらしい笑みだ。
 今気づいたが、髪飾りがドクロだ。歳の割にはちょっとキツい。
「お答え致しましょう。それは私がクサナギ式の怪人で、ESP能力者だからです」
「!?」
 言いながら彼女は自分の胸を指差す。
 正確には、ネームプレートを。
 5メートル離れた距離からもでも、その小さな文字はしっかりと捉えることができた。
「自己紹介が遅れました。私は灰塵衆第三連隊副隊長の――天崎 由佳(あまざき ゆか)と申します。よろしくお願いいたします」
「あ、あぁ……」
 よくは知らないが、副隊長と言うからにはそれなり以上の地位の人間らしい。
「……俺は、さっきの奴の付き添いで来ただけだ。今日のところは、俺個人としての用はない。呼んでおいて悪いが担当の人は――」
 と言いかけると、由佳はあらまぁ、と口に手を当て驚く素振りだけする。
 全て知っていたような顔だ。全て知っていたのだろう。恐らく。
「お連れ様なら解剖室にご案内してしまいましたわ」
 ……今。なんかとても不穏な言葉を聞いた気がする。
 俺の聞き違えだといいのだが、聴力の悪さには自信がない。
 改造室なら、まあ本人も望んでたし三歩譲ってまあ、なんとかセーフではあるだろう。問題なくはないが。
「……改造室? って言った?」
 どうか解剖室じゃありませんように。
「解剖室でございます」
 解剖室だった。
「はぁ!? 何やってんのお前!?」
 見れば田中は既にエレベーターに乗った後である。
「だってぇ、実力が伴わない癖に首領に直接会えばなんとか登用してもらえるとか思ってる身の程知らずの馬鹿はぁ、バラバラにしてパーツに腑分けて使った方が弊社に貢献できるって言うんですもぉん」
「クソっ、間違ってない!」
 とは言っても放置するわけにもいかない。
 俺は何しに来たんだと言う話になってしまう。
「おい、止めさせてくれ! できるんだろ!?」
 由佳に詰め寄ると、由佳は唇に人差し指を当ててう~ん、とわざとらしく考える。
 そして。またしても。
 前々からそうするつもりだったとしか思えない悪女の笑顔で、そうだ! と手を叩く。

「それでは、こう致しましょう。担当の者がここに降りてくるまで、白金様が立っていられたら|彼《あのゴミ》は解放致します。できなかったら、残念賞としてお好きな内臓を一つお土産に差し上げます。いかがですか?」

 否も応もなく。
 彼女は受付を軽い跳躍前転で乗り越えて。
 俺の前へと立った。

「手加減は無用ですよ白金様。女性は殴れないなんて甘い事を言うようでしたら――
 ――殺してもいいと申し付けられておりますので」
 
 わかったことは三つ。
 まず、この女は俺の心を読む。
 次に、さっきキツいとか心の中で言ったのを根に持っている。
 そして最後に。

 こいつは俺より――明らかに強い。
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