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麗しき、殺意。

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 ところどころ濡れた跡のある手紙を、僕は数度読み返した。それから僕は手紙をダイニングの机に置いて、ベッドに潜り込んで丸くなった。丁寧な、しかし時々震えたものが混ざる文字で書かれた、大人が小学生に宛てるような平仮名混じりの母の遺書は、僕に母の時間が父と別れる少し前の状態で止まっていたことを、否応なしに突きつけた。それがなんだかひどく悲しいことのように思えた。
 遠くで救急車の、啜り泣きみたいなサイレンが聞こえる。僕は身を守るように、より一層強く縮こまった。安心感は皆無だ。母の死を前もって知っていたはずなのに、どうしてこんなにも陰鬱な気分になるのだろう。いや、これでもましな方なのかも知れない。何も知らないままあの手紙を読んだら、僕はまた呼吸困難で倒れていたかも知れないから。死は、母を救済したろうか。それこそが母が望んでいたものだったのだろうか。あれほどまでに会いたがっていた父や僕と会う機会を永遠に差し出してしまっても良いほどに母が死を望んでいたのだとしたら、母にとってこの世界はどれほどつらいものだったのだろうか。考えても答えの出ない問いばかりが、膨らんではしぼんでいく。それはまるでサイレンみたいに僕を苛んだ。
 先ごろまで真っ赤に染まっていた部屋の中は、今ではもう僅かに物の形が判別できるばかりだ。突然ひどい閉塞感に襲われた。光が欲しくなった僕は体を起こして、携帯電話を探した。しかし部屋の中を見回してみても、ベッドの上からではどこにあるかわからない。仕方なく僕はベッドから脱け出して明かりを点けた。蛍光灯の光は冷たく、白々しい。果たして、それはダイニングの机の上に在った。横目に母の遺書を見ながら携帯電話を開いてみるも、電源が切れてしまっている。そういえば旅行には持って行かなかったし、帰ってからも開くことはしなかったから、充電が切れてしまっているのだろう。面倒に思いながらも、僕は携帯電話を充電器に繋ぐ。充電中を示す、赤いランプが点った。
 ダイニングに戻って、コップに一杯の水を汲んだ。口に含むと微妙に鉄くさいような気がして、ひどい不快感に襲われる。僕はそれを、全部吐き出してしまった。直後、猛烈な吐き気に襲われ激しく嘔吐いたものの、僅かに胃液が出るばかりだった。
「母さん」
 水で漱いだ口許を拭いながら僕は背後の封筒に話しかけた。声は速やかに白々しい光の中に拡散して、もうそれが僕が発したものなのか、それとも頭の中で呼びかけただけだったのかわからなくなってしまった。静かだ。この部屋は、どうしようもなく。

 その晩はそのまま眠りについた。意外にも寝入りは速やかで、夢も見ないままぐっすりと眠った。旅の疲れが出ていたのだろうか。
 息を吹き返した携帯電話を見ると、先輩からのメールと不在着信の通知が何通も届いていた。見る気にはなれず、僕はクローゼットからBlack Peace Now for Menのカットソーを抜き出した。今日の学校帰りは、あの人に逢う約束があるのだ。
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