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当たり棒をぶっ挿して、夏

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  中学生の頃、都市伝説というほどのものではないが、町のある噂が学校中で広まりつつあった。それは校門を出て左に曲がった角にある2階が雀荘になっている駄菓子屋にまつわる噂だった。その駄菓子屋を切り盛りしているのは90手前くらいの老婆で、歳相応に耳が遠くて歳相応に背の曲がった婆さんだった。
俺は登下校でその駄菓子屋の前を必ず通るので、その婆さん自体は知っているが、その店で菓子を買ったことは一度もなかった。

 「で、そのボケーっとした老婆のもとにさ。」
隣の席の美川が椅子を近づけて話す。
「アイスの当たり棒持っていくだろ。おばちゃん当たったよって。」
俺の相槌に気をよくした美川は続けて話し出す。
「そしたらびっくり!車のクラクションさえ聞こえないあのババアがその言葉を聞くやいなや目が見開き赤く血走るんだ。それを見て逃げ腰になった子供の腕を・・・」
美川が俺の腕を掴んだ。俺は少しビクついた。
「ガッと掴んで奥の居間まで無理やり連れていくんだよ!」
話はいよいよ山場を迎え始めているという風に美川は声を大にして言った。
「でもあの婆さん、もう90近くてヨボヨボだぞ。いくら相手が小学生ったって抵抗されてお終いだろ。」
きちんと聞いていることを示すために質問をぶつける。すると美川はさらに調子付いた。
「当然そう思うよな。思うよなあ。ところが婆さんの腕を子供が見てびっくり。さっきまで枝切れみたいだった腕が全日本女子ボディビルでぶっちぎり優勝できちゃいそうな筋骨隆々の腕に変貌しちゃってんだよ。」
長台詞を言ってのけた美川はご満悦の表情を見せる。
「あまりに強く握られて子供の腕はボキっと折れ、手先は鬱血し始める・・・。」
もともと噂ということだったので話半分に聞いていたのだが、いよいよ馬鹿馬鹿しい展開になってきたので相槌もやめてしまった。
「居間に連れて行かれた子供は化け物ババアに何をされると思う?」
どうやら結末を早く言いたいらしくうずうずしていたので、俺は「わからない」とだけ答えた。
「もちろんアイスを貰えるわけじゃないぜ。」
言った本人もあまり巧いジョークではないと気付いたのか、ほとんど間を置かずに続きを話し始めた。
「犯されるんだよ。」
美川があえて声を小さくし耳元で囁くようにそう言った直後、授業のチャイムが5時間目の始まりを知らせた。せっかくの話も俺から碌なリアクションが貰えず空しく終わったので美川は授業中不満そうな顔をしていた。
 学校が終わった。美川と一緒に帰ろうと思ったが、すでに机の上にはランドセルがなかった。美川は一人で帰ったらしかった。さっき俺に適当にあしらわれた事に気を悪くしたのだろうかと少し反省しながら俺は校門を出た。

  校門を出ると前左右に道は三つ股になっている。生徒の半数は公営団地に住んでいて、彼らは右の道から帰る。前へ行く道で帰宅する生徒はその先に2,3ある大型マンションに住んでいる生徒だ。左へ行く道の先には住宅地があって、俺はそこにある一戸建てに住んでいる。

 その日、左の道から帰る生徒は俺一人だった。少し歩くと角につき当たり、右手にさっき美川の話に出てきた駄菓子屋がある。店内は暗くてはっきりは見えないが、店の奥にある銭湯の番台のようなところに婆さんはいた。目を瞑ってうつらうつらしている。これぞお婆さんといった感じで、ますます美川の話しが馬鹿馬鹿しいものに思えてきたが、字際の婆さんを目にし、夏の蒸し暑さのせいか思春期の性欲せいか分からないが、うかつにも彼女とのそれを瞬間的にだが想像してしまい気持ち悪くなった。
 
 喉が渇いていた。その日水筒を家に忘れたので、朝飯以来水分を取っていなかったからだ。学校の水道水など飲む気はしなかった。どうせだからこの店でジュースでも買おうと思い財布の中を確認していると、クラスメイトの桜田がいつの間にか店前にやって来ていた。桜田は小中とガキ大将で、背こそ低いががっしりとした体つきをしていて、町の子供相撲大会に出場すれば毎回優勝で対戦相手の中には病院送りになった子もいるくらいだ。予期せぬ暴君の登場に俺は舌打ちをしたが、相手に聞こえてはいまいかとすぐに心配になった。しかし桜田はアイスを漁るのに夢中になっているらしく、店前に置かれているケースに頭を突っ込んでいて、こちらの存在にすら気付いてない様子。桜田は金も払わないうちに袋をあけアイスキャンディーを取り出すと、ガボッとアイスの半分以上を口に咥えた。すると桜田が俺の存在に気付いた。
「おお!おおってうえるおあ!(おい!奢ってくれんのか!)。」
桜田の視線は俺の財布に向けられていた。
「いやあ、俺もお金ないよ。」
俺は顔を強張らせながらそう言い、早歩きでそこを後にしたのだった。
5, 4

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