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序章

 僕が家に帰るときに、それは起こった。
僕たちの住んでいたところではとても寒い山奥だった。だから学校帰りには、とても暗く列になって集団で道に迷わないように灯りをもって帰る。
 その日も暗い山の夜道を帰っていた、いつもと違って僕には何故か、その日だけはとても寒く感じられた。灯りを手に持って細い夜道を歩いて帰る。
「なぁ、ティー知ってるか?」友達の一人、ボルグが話し掛けてきた。
「何を?」
「あんなぁ、隣の町の戦争なんだけど…」
「うん」
隣の町まで機械兵が攻めてきたことは聞いていた。
僕の父さんも兵隊として、隣町で戦っているからだ。
歩みの遅くなった僕達に明かりが近づいてきた。
「そこ何、ひそひそ話ししてんだよ」
僕たちのグループの班長リーファーが、少し怒った様な機嫌の良くない声を出した。
リーファーはあまり機敏ではないボルグや僕を普段から、良くは思っていなかった。
「どうせくだらない話してんだろ… 俺ははやく帰りたいんだからぐずぐずしてるんじゃないよ。」
「ごめん」
「……」
すなおに謝る僕とは対照的に、ボルグはリーファーの方を見て露骨に嫌そうな顔をしていた。
「なんだよ! その顔、なんかいいたいことあんのかよ」
列の歩みが止まり、周りの子供たちが何事かと僕たちの方を見始めた。
慌てて僕達は列に戻り歩き始めた。列に戻ってもリーファーは僕とボルグのことが気に食わないのか、しつこく絡んできた。
「おいボルグ、ティーと何を話してたんだよ! ティー教えろよ」
「いや、まだ何も…」
「はぁ、嘘ついてんじゃないよ」
リーファーが僕を小突き始めた。何を云っても信じてもらえず、どうしていいか分からずに僕は困った様な表情でボルグを見た。
ボルグがいまいましげにリーファーを、そして困っている僕を見てもったいぶった調子で話し始めた。
「戦争終わったんだってよ」
「えっ?それって本当?」と僕。「ふかしこいてんじゃないよ」と、リーファーが同時にいった。
「絶対、間違いないって帰るときに先生が、言ってたんだから」自信を持ってボルグが答える。
「うっそー、マジかよ」そう言うと、リーファーは大声で「みんな戦争終わったんだってよ」と、言いながら、英雄顔で周りに教え始めた。
「本当に?」等の、周りの質問に自分が先生に聞いたといいながら嬉しそうに答えて周り始めた。
取り残される形になったボルグと僕はリーファーの後姿を見ながら、ゆっくりと話し始めた。
「ティー、今家に帰っても一人きりだろ。…もし良かったら家に来ないか」
「ありがとう… でもいいよ」
「そうか… あーでも戦争終わったから、もうすぐティーの父さんは帰ってくるよな」
「…うん」
ボルグが僕のことを心配してくれているのが分かったので、僕はボルグの顔を見て何かを言ったんだと思う。僕の顔を見てボルグは言った。
「だから元気だせって!」
 とにかくボルグの言葉に、僕は笑って何かを答え様としたんだと思う。
なぜなら僕がボルグの事で覚えているのは灯りに照らされた、ボルグの顔が笑い顔になった瞬間、宙を飛んでいたからだ。
「機械人だ!」
リーファーのわめく様な声が前の列から届いた。その瞬間、前の列の明かりがまるで蛍が飛び回るみたいにして動き出した。
「じゃまだ!どけよ!」
リーファーが僕を突き飛ばしていって、茂みに落ちたところで僕の記憶は抜けている。
次に気がついたときには夜道に灯りがいくつも落ちていった。
僕が自分の灯りを探そうと落ちている灯りを見たときに、見知った顔が沢山ころがっていた。
 僕はそれからどうやって帰ったかわからないけれど、家に帰ったのを覚えている。
第一章 暗がりの少年
 ゆっくりと地下の中を這いずり回る蟲の声が聴こえる。
 さっきまで聴こえていた蟲とは別の声だ。
 意識を集中させて沢山ある声の中から目的の声を探す。
 目的の声を見つけることが出来ずにイライラしていると、僕の耳には誰かの泣声が聞こえてきた。(何故か、イラつく)その耳障りな声を無視しようと何度も頑張っていたけれど、いつしか目的の声を探す事を止めて泣声の主を探そうとしていた。
「ティー、早くしろ」
 そんなときエリルの僕に負けず劣らずいらいらした声が届いた。表からだ。
 表のエリルの姿は堂々とした偉丈夫。
だが裏の姿は神経質そうな山羊の姿をしている。山羊のエリルは緊張しすぎているのだ。たかが諜報任務なのだから、もう少し気を楽にしてもらいたいもんだ。
 しかしいつもより時間がかかりすぎているのは確かだ。
 (わかったよ!)再び意識を集中させて、今度は本当に目的の声を探そうとする。
 裏の僕は此処ではない何処かの此処の中から、いたるところにある蓋を少し開けては目的のモノを探し続ける。
表では真っ白な病室の部屋が、裏では真っ白とは程遠い色をしている。いろいろな色を混ぜ作り出した紅色。黒になったり藍色になったりしている。
こっそりと這い回る地面の下、向こう側にいてこちらを伺っている異邦者に気づかれぬよう、そして片隅で蠢いている蟲が、隙間から這い出し気づかないうちに僕にまとわりつかないように注意深く
目標を探していると、ある蓋の隙間から蟲達に囲まれた泣いている白い影の女の子が見えた。
(さっきから聴こえている泣声の主か?)
「急げ。あまり長く裏にいると表に帰って来れなくなるぞ!」
エリルが早口に告げる言葉に反応するように、急速に女の子にまとわりつく蟲達は僕に向かってくる。(いけない!)僕は声を探すのを諦めて、蓋を閉じて、急いで表への階段を昇るイメージを作り出した。

「だめだ。みつからない」
「くそ、役立たずの蝙蝠め。だからお前と組むのはいやなんだ。さっさとずらかるぞ!」
 エリルが表の僕の襟首を引っ張り、強引に立たせようとする。表の僕は彼よりも頭一つ分も背が低く、まるで濡れた猫の様に痩せている。
 それでも立ち上がることの出来ない僕をエリルは勢いよく片手で肩の上に抱え挙げると、迫り来る警備を振り切りながらエリルはずんずんと進んでいく。
上手く警備を完全に振り切って病院の裏口へと向かう。裏口から街の中の喧騒に紛れ込んでゆく。そうしてエリルは数度振り返りもう誰も追ってこないのを確認すると、抱えていた僕を地面に降ろす。黙ったまま歩きだした。
 僕も表に戻ってきたばかりで、上手く操れない体を立たせ『邸』へ向かって歩き出す。ふらふらする僕を見て、ため息をつきながらエリルが方に手を廻す。その手を振り払おうとはしたが、振り払うほどの力はなく支えてもらい歩き出した。
 暗闇の中を進むのとは違い、表で明かりの下を歩く事はあまり慣れていない。これが夜ならばまだ楽なんだが…
『邸』へ向かう間、誰かに見咎められてもいいように『邸』に向かう病人の振りをすることが必要ないくらいに僕の体は思うように動いてくれない。
実際エリルが手を貸してくれなければ、どこかで体を休めなければ『邸』へ帰ることは出来ないだろう。
「大丈夫か。しっかりしろ」
頭の上から聴こえる声、必要以上に肩に廻されるエリルの手を感じながら、今回の任務の事を考えていた。
依頼人は僕が『邸』に来た時から知っている男だった。
その依頼人は僕がなんとか『邸』で十六になれた今でも、『邸』で始めて出あった頃の姿をしている。
一度、主に依頼者の事を聞いたが何も教えてはくれなかった。年齢不詳の依頼者から頼まれる任務は基本的に『邸』にとっては美味しくない仕事だった。今回失敗に終わったとしても、さほど『邸』にとっては問題にはならないだろう。ただ付き合いが長い分、今回の仕事は一応の義理は果たしておく必要があるのだ。
『邸』で生きていくには、一定の額の食い扶持を稼がなくてはならない。
 僕が『邸』へ来たのは、まだ幼い頃だったので食い扶持を稼ぐ為に、『邸』の主と契約を交わし裏の業を学んだ。裏の業は使えば使うほど裏の中での動きが楽になる。代わりに表では生きていくことが困難になる。
 そのため裏の業を使う者は少ない。おかげで僕は幼い時から裏の業を必要とする時に任務についていたので、2~3年は任務に就かなくても大丈夫な蓄えが今ではある。今回この任務をやることにしたのは命の危険が少ない任務だからだ。
 通常『邸』の仲間が、なんらかの任務に就く時に裏の業を使う者をチームに誘うが裏の業を使う者は、仲間からも一線引かれている。はっきり言えば裏業使いは仲間からも忌み嫌われている。任務が失敗した時等に、体の動かない裏業使いは邪魔以外の何者でもないからだ。
 とにかく今回の任務は簡単なものの筈だった。入院した街の有力者の真実の声を聴きだすものだったからだ。入院先の病室の番号も有力者のビジョンも貰っていたので、すぐに目的の声を聴くことができると思っていたのだが、指定された病室にその姿は無く、病院内の全ての声をしらみつぶしに聴いてみたが、表のビジョンと一致する声がなかったので任務は失敗に終わった。

 小一時間ほど歩いただろうか、エリルに支えながら『邸』へと向かう最中に、他の帰還チームと出会った。
 額に僕達の属する『邸』の紋章をつけた蜘蛛の様な独特のフォルム。
 『邸』所属の機械人の連中で、僕やエリルの様子を見て不気味な機械の眼を光らせながら、『邸』へと到る路地裏を颯爽と駆け抜けていった。
 『邸』の入り口には魔力の網が張られていて、『邸』の住人以外は入れないようになっている。
 特殊な力の網は、この『邸』に300年近く張り巡らされたままらしい。そしてその『邸』の主はその頃からずっと生きている。
 僕の体はすっかり回復してきたらしく、エリルの手を借りなくても動けるようになってきた。
僕とエリルは主に任務の報告をするために、最上階にある主の元へ向かった。主の部屋の前は細長い廊下で、任務を終えたチームとこれから任務を受けるチームが主に報告をするために並んでいた。
 並んでいた何人かがエリルに気が付き近寄ってきた。
「よお、エリル首尾良くいったか?」
「いや失敗した」
「ほう、そりゃまたなんで」
狐顔の男は、そういいながら僕の方を盗み見る。
「たしか今回の任務は諜報任務だったんだろ。裏業使いがいて失敗するなんてな」
その言葉に同調するかのように、周りの何人かが僕の方を見て嘲るかのような表情を浮かべる。仲間からの嘲弄いいかげんに慣れたがあまり気分の良いものではない。…僕は何事も無い様に、周りを無視する。
「おや、だまるところをみるとやっぱり今回も裏業使いのせいで失敗したのかな?」
「いいかげんにしろパウロ」
意外にもエリルが、その男に向かって僕を馬鹿にするのをやめるように言った。
「なんでだ。俺は本当のことをいっただけだぞ」
「いいか主の前で裏業使いを馬鹿にしていて、主に聞かれたらどうするんだ?」
パウロと呼ばれた男は慌てて、主の部屋のドアを振り返り、怯えるようにして元居た場所へ戻った。
 ここでは主は神に近い存在だった。まだ僕が幼い頃、表で暮らしていた時に表では各地にある『邸』の主の事を怪物や悪魔と同じようなものだと教えられていた。主の姿ははっきりとはわからない。任務の報告をする時も、巨大な椅子に座った後ろ姿を見ることしか出来ない。椅子に置かれた腕から身長は3メートル以上在るのではないかと思う。その声は聴くものに恐怖を呼び起こす。もっとも僕は小さな頃に一度だけその姿を見ているはずなんだが、思い出そうとする度に頭に靄がかかってしまう。
 暫らくして報告をする順番が回ってきて、主の部屋へはいった。
「エリルとティータ、報告します。今回の任務は失敗に終わりました」
主の背中に向かって、二人で復唱する。
「ご苦労だった」
椅子に座っている主の手が陽炎の様な淡い光を発光しているのが見て取れる。案の定あまり感情のこもらない声で一言返ってきただけだった。
いつもなら任務の報告をすると、成功しても失敗してもすぐに部屋に帰ることが出来るのに、この日は違った。
「エリルとティータの二人は新たな任務に就け」
発光する手で宙に文字を描く仕草をすると、新たな依頼書が目の前に現れた。依頼書を受け取ると部屋に誰かが入ってきたのが分かった。
「へぇ、任務を失敗するような奴と組まなきゃならないんだ」
エリルの後ろから声がする。この声はレイナードだ。『邸』一番のクラッカーだ。僕が生物(いきもの)の担当だとすると、機械人相手の担当だ。振り向けばやはりレイナードで長い髪を背中を隠すくらいまで伸ばし、大きな両目で僕らを見下すようにして眺めている。レイナードの他にも幾人かが部屋に入ってきている。部屋の中にいるのは全部で僕を除いて8人。
「蝙蝠を連れて仕事をするのは気が進まないね」
レイナードは平然と他のメンバーに聴こえるよう、特に僕に聴こえるように言った。
「だいいちクラッカーと裏業使いが一緒に任務に就く事なんてありえなくない」
「今回の任務に裏業使いは必要だ」
レイナードの言葉に、一人だけ椅子に座っていた男が答えた。今回の任務のリーダーなのだろうか?
「今回の任務が上手く事を運べば、暫くはうまいものが食えるようになるだろう。だから仲良くやってくれ」
「任務が上手くいけばいいさ、失敗して蝙蝠のおかげで全員が捕まったらどうするのさ。あなたが蝙蝠の面倒を見るなら最後までみてあげなよ。僕は蝙蝠の面倒は見たくないからな」
「ああ。分かった。今回は俺が裏業使いの面倒を見よう」
レイナードと男は知り合いなのだろうか? 男のセリフにレイナードの感情が高ぶるのが感じられる。
レイナードが男に近寄り睨みつける。「フン、好きがするにいいさ!!」
男とレイナードの姿を見て一番左にいる男が鼻先で笑い出した。
「ミーシャ、なに笑ってるのさ」レイナードがムキになって噛み付こうとする。
「いや、何痴話喧嘩はそれくらいにしてもらいたいんだが…。本題に入りたいんだよ」
ミーシャと呼ばれた男の言葉に、他のメンバーからも同感の気配が漏れる。
 部屋にいるメンバーを見渡す。メンバーを見れば分かるが、雰囲気からして今回の任務はどうやら断れる類ではないらしい…
「そうだな。本題に入るとするか」
先程の男が説明を始め、空間に任務が表示される。
男の名前はイシュ、やはり今回のチームリーダーを務めるらしい。精悍な顔つきと無駄の無い肉体をしている。
「今回の任務は護送されているものの奪取だ。 相手は機械人だ」
イシュのセリフに先程の怒りの収まらないレイナードが声をあげる。
「相手が機械人なら、なんで蝙蝠を連れて行く必要があるの」
「護送されているものの探索に裏業使いが必要なんだ」
イシュは、そういい捨てるとレイナードを無視して話を続ける。
「当然機械人相手の任務だから、命乞いは通用しない。通常なら機械人が相手の場合はリスクが多いので戦闘を極力避け万一戦闘になった場合でも撃破より個々の生還を優先するが、今回は機械人と戦闘を行った場合はこれを殲滅する必要がある。完璧な任務成功か我々が全滅した時点でのみ任務は終了する。」

僕を含め、ミーシャ、エリル、レイナードが息を呑む気配が伝わった。
「ただし機械人の殲滅は一度で行う必要は無い」空間に地図を表示させるとイシュは説明を続ける。「機械人の一団が目指している目的地シーランまでに殲滅すれば良い」言いながら地図を指差す。指差された先は大陸の北端にある山頂の町だった。シーランまではずいぶん遠く普通に行こうと思えば空を飛んでもここから最低2週間位かかる距離だろう。ましてターゲットの機械人たちが使っている陸上移動では2ヶ月はかかるだろう。「他のチームからの最新情報ではターゲットを運ぶ一団はこの辺りにいる」再びイシュが指を差した先は先程よりも『邸』近くの山道だった。
「複数あるチームが交互にターゲットを狙っている。すでにターゲットを狙って各地の『邸』から派遣されたものが幾度か機械人たちと戦ったらしい」にやりと笑うとイシュは話を続ける。「既に機械人は数度襲撃を受けている、つまり我々は後詰めの為に派遣される。完璧な任務遂行のためにな…」イシュは話し終え、イシュのセリフにレイナードを除く全員が、静かに頷いた。
僕はふとレイナードに視線を向けた。レイナードは視線を無視し部屋から出て行ってしまった。
それが合図だったかのように、皆が部屋から出て行きはじめた。
 僕も渡された資料を読みながら、部屋へと向かいだした。
今回の任務は、『邸』にとっては失敗できない部類に属するのだろう。
『邸』のメンバーは200名、通常一つの任務に2~3人しか派遣しないのに、多いときでさえ5人なのだから、今回のメンバー8人は異例の事態だといえるだろう。さらに他のチームが関わってくるのだから気を引き締めて取り掛からないといけない。
 それにしても奇妙なのは機械人相手の任務は『邸』では被害が多くなるので、ここの『邸』では極力関わらないようにしているのに、今回の任務は後詰めとはいえ本腰を入れているように思えるからだ。
資料に載っている相手の機械人は確認されているだけで4体。そして機械人を操作している筈の技術者がいるはずで、その相手の人数がわからないと言う事。
 機械人を使って護送する物なんて、最近ではめったに無い。生物と違って機械人はおよそ守るという性質には程遠いからだ。それに破壊の為に作られた機械人は活動の為のエネルギーが莫大にかかるから、戦地に向けて機械人を護送するならまだしも、機械人をつかって護送するなんてそうとうな物に違いない。(考えても仕方が無い…か)
それよりも憂鬱なのはレイナードと組むことになったことだ。以前レイナードとミーシャと組まされたときに、何故だかはわからないけれど任務に行くまでの間中レイナードは怒りの矛先を僕に向けた。
「表では動けない蝙蝠がいるせいで、せっかく街での任務だってのに夜間作業のおかげでショッピングができなくなったじゃないか!」
そうして任務の間中も…
「蝙蝠野郎が側にいるせいで気が散って集中できないじゃないか!」
それを見ながらミーシャがクスクス笑っていた。
肌が合わない相手なのかもしれないが、あそこまで言わなくてもいいと思う。
 思い出してもうんざりする。
それにしてもなんで嫌なことは忘れることができないんだろう。嫌なことを思い出すとすぐ気分が悪くなることはできるのに、嬉しかったことを思い出してもあんまり気分はよくならないなんてナンセンスだ。
「ティー、今日の収穫は?」
僕が憂鬱な気分になりかけているときに背中から誰かに声をかけられた。振り向くと体中から淡い光を発している者が立っていた。ブレンだ。
 華奢な体つきに、病的なまでの白い肌。衣服から出ている肌がぼんやりと発光している。僕と同じ裏業使いだが技を使いすぎた為にこんな姿になってしまったらしい。
「さっぱりだったよ」
ブレンは僕と比較的、仲がいい部類に入る。僕が始めて邸に来た時からブレンは裏業使いとして働いていたので、まだ新米の時には色々と教わったものだ。
発光が始まった事に気づいたのは、つい最近のことだブレンが前の任務から帰ってきたときには光るようになっていた。
「そうか… それでしばらくは邸にいられるのかい?それともまたすぐに任務に出るのかい?」
 僕が首を項垂れるジェスチャーで答えを返す。そんな僕の姿を見てブレンが残念そうな表情をみせる。
 ブレンは僕にバイバイと手を振ると、何事も無かったかのように、暗い所に潜るようにして去っていった。
 もしかしたらブレンの時間は、もうあまり無いのかもしれない。今まで邸にいた裏業使いは表で生きていくことができなくなると、『邸』から出て行くことがなくなるらしい。そうして気が付くと『邸』からも居なくなってしまうらしい。

 消えてしまった裏業使いのことは誰も知らない。
 一度、ブレンに消えてしまった裏業使いのことを聞いたが何も教えてはくれなかった。多分ブレンも詳しくは知らないんだろう。
 ブレンの去っていった方向を見てみると、闇の中に小さな消えそうな蝋燭が一本立っているみたいだった。
 僕も体が光り始めるのはそう遠くないかも知れない… いけない…
 歳を取り分別がつくとどうも辛気臭くなってしまうらしい。そんなこと考えるより僕も早く部屋に帰って明日に備えないと…
2, 1

  

第2章出発
 人形はあらかじめ決められていた行動を終えると、電池が切れた時計のように突然行動を終える。
 夕日に照らされた指揮車から現れた人影が指に挟んだ棒状のものに、ポッと赤い緋を灯す。
 ガザ地区からユーラシアへやってきたその人形は、人形遣いに従ってやってきた。識別番号は77653番。
 人形が繋がられている輸送車へと人影は近づいてゆく。
 そこには同じような人形が数体並んでいた。一見すると出来の悪いおもちゃのようだが、現存するシリーズの中では最新のものだった。
 77653番に近づいた人影は手馴れた様子で作業を始める。
 彼は人形についている汚れを落とそうと、人形を洗い始めた。神経質なくらい汚れを落としたあとに、今日の成果を確認するために人形の見てきた記録を確認するために、無造作に人形の頭を開け人の脳のようなものにジャックを差し込む。
 次々と映し出される殺害現場の数は全てで16回。相手は無造作に、ただそこにいただけで不運にも殺されることになってしまったものや、こちらを伺っていたであろうと思われるものの姿が映し出された。
 灰皿にタバコを押し付け、新たなタバコを吸い始める。
 結果は満足するに十分に足るものだった。引きちぎり、切断するその様は子供が無邪気に虫を殺すがごとく嬉々として見える。
 これでレポートに並べられているテストケースはあらかた確かめることが出来た。あとは思いつくだけのテストを行ってみる必要があると感じられる。
 過去に彼が手がけた作品は、全てが好評だった。今回はそれを越える評価の作品を作る気でいる。
彼は暴発する銃を誰もが欲しがらないように、作品に欠陥があってはならないと信じている。
故郷で禁止されている実験も、ここでは行えるので作品を限界まで調整することができる。
誰よりもしっかりしたテストが出来るので、予想外の自体が起こりにくいから安全な商品になるだろう。
彼の品はそのおかげで他者の作品よりも高い値段で売買されるのだ。
彼はレポートから目を離すとそばにある通信機の電源をつけた。
そろそろ次のテストを始める時間だった。
相手が通信に応答するまでの間、彼は灰皿から溢れ出たタバコの灰を見て、タバコの量を減らしたほうが体にはいいかもしれないと思っていた。


エアバイクを運転しながら、僕たちは主に言われた場所へと向かっていた。
先頭を走るのは、戦闘用の機械人ザッソーとリーダーのイシュ、次に装甲戦士であるエリルと僕のペア、すぐ後ろに整備士のミーシャとクラッカーのレイナードのペア、後尾に付いているのは索敵用の機械人マリアと狙撃主のクラウドの二人、計8人のメンバーだ。
移動を始めて1時間ほどたった時だった。
「約束の時間までには目的地に着けそうだな。少しぐらい休憩を取ってゆくか、なあイシュ?」
通信機に馴れ馴れしいミーシャの声が響く。振り向けば沢山の工具に囲まれたミーシャが眼下に見える街を指差して言う。
彼の使うのは主に工具だ。しかし強力な武器よりもより多くの価値が彼の使う工具にはある、機械人たちが使うような特殊な武器や工具を彼は解体し使うようにすることができる。また嘘か本当かは分からないが機械人そのものを破壊するのではなく、解体したことがあるという噂もある位だ。
ミーシャにはポリシーがある。彼いわく「戦うしか能の無い連中より、何かを直したり作ったりすることのできる人間はそれだけで周りの人間よりも価値があるんだ」といってはばからない。そう広言してるのだからミーシャの態度は常にふてぶてしいが仕方の無いことかも知れない。
でもいうだけのことはあると思う今乗っているエアバイクもミーシャのお手製の作品だし、邸にいる機械人はミーシャ達整備士によって整備されているのだから…
 「そうだね。ちょっと寄っていこうよイシュ」
 ミーシャの提案に、レイナードが賛同の声をあげる。
 通信機から聴こえる声は、僕が聞いたことの無いレイナードの声が聞こえてきた。そうどこか媚びているような
 「…任務が優先だ。仕事が終わった後に街に寄ることしよう」
 イシュが少しの間、考えてからそう答えた。
 「あーあ、残念だな。少しぐらい休んだって問題ないのにさ」
 レイナードが再び、甘い声で囁く様に言う。
 「あんたが仕事優先だっていうんなら、それに従うけど少しはこっちのことを考えてもらいたいな」
 レイナードの台詞はまるで恋人が言うみたいな台詞だなと思う。
「無駄話はそれくらいにしてくれ」
 初めて聞く声だ。通信をしてきたのは一番後ろのエアバイクを指す4号機から発しられている。クラウドだ。
 「一緒に行動しているこちらの身になってみてくれ…」
 明らかに不機嫌な声で話している。
クラウドの台詞にレイナードが過敏に反応する。
「何! 文句があるんだったら俺が相手になるよ」
レイナードの言葉を遮る様にしてイシュからの通信が入る。
 「…分かった。以降目的地まで指令の変更は一切ない。無駄話は止めるぞ」
 「えー、いいじゃん少しぐらい」
 「うるさい、いいから黙れ」
心なしかイシュの声に険悪な響きを感じる。レイナードもそれを感じ取ったのか、それ以上は何も言わずに黙った。
通信機のスイッチはONになったままだが、それから話そうとするものはいなかった。このまま行けば30分後には目的地に着くだろう。
エリルが運転をしている為、暇な僕はとりあえず再び今回の任務について考えていた。任務に赴くのに与えられた情報は極端に少なく。指令自体も対象の奪取もしくは破壊、それらが不可能な場合は情報を『邸』にもって帰る事。最上が奪取で次が破壊。及第点で情報収集か。まあ現時点で対象そのものが不明なので結局何がなんだかわからないのだが…
それにしても今回のメンバーはどのような状況を想定した組み合わせなのだろうか?
今回与えられた指令書で唯一はっきりしたことが書かれている部分。パラパラとメンバーの経歴を見てみることにした。
リーダーに分析官のイシュ、サブリーダーに剣鬼エリル、そして機械人のザッソーとマリア、クラッカーのレイナード、技師のミーシャ、スナイパーのクラウド、それに裏業使いの僕。
なんとはなしにクラウドの経歴情報を見ていて僕は少しクラウドに興味を持った。クラウドの経歴に賞金稼ぎと書かれていたからだ。『邸』に集うのは雑多な種類の者たちなので賞金稼ぎを過去にやっていても不思議ではない。現にエリルも『邸』で働く前は賞金稼ぎをやっていたことがあるはずだ。
ただ僕の眼を引いたのはクラウドが所属していた賞金稼ぎのギルド名だ。それはつい最近滅亡した街の名前が書かれていたからだ。
その街の滅亡は噂では機械人の襲来の為だと言われたり、恐ろしい伝染病が流行ったためだといわれている。
「見えたぞ。あそこが目的地だ」
 イシュからの通信が入ってきた。眼下を見てみるとうっそうと茂った林の中に、小さな集落の廃墟があった。
 僕たち4台のエアバイクは集落にある一番白く見える家の壁の前にゆっくりとバイクを止めた。
「ここでほかのチームと合流することになっている。約束の刻限が来るまで自由にしていい。これから本格的な作戦が始まったら『邸』に帰るまで休息は取れないと思っておけ」
 言いながらイシュは休憩の要らない機械人に辺りの索敵を命じている。
 「マリアからの連絡があった場合は各自すぐにこの場所に集まること」
 イシュが廃墟になった家の中を除きながら、後ろ指でエアバイクの置いてある場所を指差す。
 「約束の刻限までは3時間程あるが、最低15分前までにここに集まっていてくれ」
 それだけいうとイシュは廃墟の家の中に入っていった。
 「俺は一応、この家の中にいるから、なにかあれば呼んでくれ」
 慌ててイシュの姿を追いかけるレイナードとミーシャの姿も家の中に消えた。
取り残される形になった僕とエリルとクラウド。周りでは辺りを警戒する機械人の二人が規則正しく動いている。
互いに相手のことをよく知らない仲同士の人間が集まっても何か話が弾むわけが無いので、すぐにエリルは日当たりのよさそうな場所で寝始めだし、クラウドは長い銃身の部分を磨きだした。
僕は特に何もやることがないのでボーっとしていた。
廃墟となった村でボーっとしていても仕方がないので辺りをぐるりと見渡してみると、廃墟となった家の一つに、ちょうど僕がやっと通り抜けられそうな穴があるのを見つけた。
暇つぶしに穴を覗いて見ると、なにかが這った後が残っていた。僕はその穴に興味をそそられ入ってみようかと考えた。
少しの間考え他のメンバーといてもすることが無いし、索敵中のマリアが何も反応を示さないことはこの辺りに危険が無いことだし、ちょっとぐらい穴の中を探ってきても支障はないだろうと結論を下した。
 十分な時間があるわけでもないので、それ以上考えるのはやめて入り口に這いつくばって穴に入る格好になると、穴に入りだした。
少しもぐると僕の体が邪魔し穴の中に日が射さないので、僕は裏業使いとして初級の技である暗視を使い、先を探ってみた。慎重にゆっくりと這ったままの状態で先に進むと目に入ってきたのはもう何年も使われていないことを予測出来る部屋の様子だった。
 部屋に繋がった状態の穴から、身を乗り出して部屋の中に入る。
 立ち上がり部屋の中を見回すと思っていたよりも広い。入ってきた穴の反対側に部屋の入り口が見えた。他に何か無いかと見てみると、がらんとした感じで特に興味を引かれるものは無かった。空っぽになった受け皿と、汚れた布が見つかっただけだった。
 僕は扉を開けると、真っ暗な廊下を歩き出した。廊下に出ると、出てきた部屋の扉と同じ物が左右に二つずつ、そして正面には階段が見えた。
 すぐにある部屋に入ろうとすると、鍵が掛かっているのか扉は開こうとしなかった。
 その部屋に入るのを諦めた僕は、左側の扉を開けようとした。
 幸いこちら側には、鍵が掛かっていないのかすぐに入ることが出来た。
 部屋に入って見えたのは最初の部屋と同じがらんとした感じの空間だった。違っていたのは不自然なふくらみを見せた布だった。布に近づいてめくってみるとそこには白い骨が見えた。その白い骨は所々かじられた痕があり、見ていて痛々しかった。多分鼠か何かだろう――
僕は部屋を出ると残った二つの部屋を調べてみることにした。
――そうかあそこは地下牢だったんだ――(閉じ込めていた)
 階段を上りながら、僕はそんなことを思っていた。
 あのあと残った二つの部屋を調べて分かったことは、やはり白骨化した遺体が数体あることだった。
 白骨化した遺体は四体見つかった。僕よりも小さな遺体が二体と、頭蓋骨と胴体だけが残されたいた遺体。頭蓋骨と手足だけが残された遺体。
――ここにはあまりいてはいけない――(恐ろしい恐ろしい)
 ここで何が起こったのか知りたいとは思ったけれども、生来臆病な僕は不必要な好奇心は自身の身を滅ぼすことを知っていた。
 とにかく早く、ここから出て待ち合わせ場所に向かわなくては…
――あの穴から逃げ出したんだ――(何が?)
 思ったよりも階段が長い。
――でも何故、一つだけ扉が閉まっているんだろう?――(あそこには何が?)
 らせん状の階段をくるくる回りながら上ってゆく
――何故子供を閉じ込めていたのかな?――(子供達?)
時々頭になにか考えがよぎる。
――腕と足の無い死体に胴体の無い死体――(どうしてあんな姿で?)
 気が付くと頭上に木の板が見える。僕は下から押し上げるようにして空けようとしたが、外側から打ち付けられているのか空く気配が感じられなかった。ここまで階段を上ってきたのに…腹立ち紛れに数回思い切り、頭上の板を叩いた。
 のぼって来た階段を戻ろうと思ったときに、頭上からドンドンと音がした。なんだろうと不審に思い、また再び板を叩くと上から声が聴こえてきた。
「何、誰か居るの?」
 この声はレイナードだ。
「僕だよ。ティーだ。ここを開けてくれ!!」
「……」
 頭上で板を叩いている音がする。突如バリッと言う音と共にパラパラと木屑が頭に舞い落ちる。突然差す光に瞳が適応しきれずに一瞬何にも見ることが出来なかった。
「なんだ蝙蝠、そこで何をしている?」
 その声は、いつもの不機嫌な声を通り越して、怒りをにじませた声である事に気が付き、光に慣らすよう恐る恐る目を開けて声の方を見た。
「まさか覗きにきたんじゃないよな」
目を開けてみると、眼前に刃物が突き出されているのが分かった。
――冗談じゃない――
「っつ、違うよ…」
レイナードは僕の顔を見てから暫らくの間、逡巡していたが刃物を下ろそうとはしなかった。
「レイ! どうした?」
レイナードの後ろ側からドアを叩くような音とイシュの声が聞こえてきた。
「おい、ミーシャさっさとこのドアをこじあけろ」
「わかっておる。あまりせかすでない」
ドドドッと言う勢いでミーシャとイシュの二人が部屋に入り込んできた。
刃物を突きつけられた僕は、二人に向かって救いを求めるような目を向けた。
「イシュ! ミーシャ! 」
入ってきた二人は、こちらを見て状況を理解したのか、レイナードに落ち着くよう言い出した。
「よせレイ」
「そうじゃ、その男を殺せば探し物が分からなくなる.。落ち着くんじゃ」
「だけどもし見られていたら、どうするんだ!」
――何を?何を見たんだというんだ?――(そうか!)
「僕は地下にあるものは見てない。見てないよ」
いまだ向けられ続けているレイナードの刃物に込められている力が伝わる。
「地下? …いいからレイナードはその物騒なものをしまうんだな」
僕のセリフにイシュはレイナードの刃物をしまわせ、こちらに近づいて僕ののぼって来た階段を覗き込んだ。
「ここから昇って来たのか? この建物には別の入り口があったのか」
「ふむ、わしらが入ってきた所からしか入り口はないと思ってたのにな」
二人は失敗したという感じで話していた。
「で、ここに何があったんだ」
「…いや、なにも…」
「いいから見たモノを正直に話せよ。蝙蝠!」
僕はレイナードを見て、恐る恐る話し始めた。
「…子供の死体」
「子供の死体だと?」
「うん、奇妙な感じの…」

ミーシャもこちらへ近づき真っ黒な暗がりの下を覗き込む。
「ふむ、どうだろう、その坊主は嘘をついておらんようだしこどもの死体とは興味をそそる.、まだ、時間はあるしワシ等も見てみようじゃないか」
暗がりを照らすランタンが、ゆれながら奇妙な4人を照らしていた。
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