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プロローグ

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季節は春の半ばだった。
冬の肌寒さはすっかりなくなり、今では暖かな日の光が気持ちいいくらい。
町を歩く人々はこの間まで防寒具をつけていたのに、今では涼しい格好になっている。

とは言っても、今日の天気は少し違っていた。
梅雨が近い所為か、昨日は曇り空であった。
明日雨が降るだろうとは容易に想像できる。天気予報でも、明日は雨だと言っていたのだから。

そんなわけで今日は雨が降っていた。
さして雨足は強いわけでもないが、虚無主義者(ニヒリスト)を憂鬱にさせるには十分であった。


「今日は雨だから学校休むか」

とある木造家屋の二階の窓辺に立つ男が、雨の降る外を見て言った。
彼の名は秋山利秋。職業は高校二年生で、決してニートではない。
趣味は読書。体型はピザではなく、むしろホッソリしている。

そんな彼だが、学校では誰とも話さずに読書をしている。
人と関わることを嫌う、対人恐怖症を持っているのだった。
誰が話しかけても、何も反応せずに読書。いつしか利秋は周囲に避けられる存在となっていた。

稀に、自分の方を見て話している人を見かける。
その話の内容を一回だけ、小耳に挟んだことがあった。

「秋山君ってさ、オタクだよね」
「気持ち悪いよね、そういうの」

利秋はこの言葉をきいて以来、鬱病にかかっていた。

利秋は、自分がオタクであると言う意識は持っていない。
家には二次元キャラのフィギュアやエロゲはないし、学校でも萌えだの何だの発言をしたことはない。
ならば何故自分がオタクと言われるようになったのか? 原因が読書と人を寄せ付けないことだと気づいたのは、すぐだった。

それ以来、利秋は学校で読書をしなくなった。
暇なときがあれば、そのまま机にうなだれて時間を潰していた。

利秋は、そうしている内に誰かが話しかけてくれることを期待していたのだ。
だが、一回もたれたイメージはもう変わらない。利秋のこの行動は、オタクがナルシストになったと笑いのネタにされただけであった。

利秋はそれ以来、学校をよく休むようになっていた。
強いて言うなれば、雨の日は必ず学校を欠席している。
もちろん、そんなことでは進学が出来ないのも利秋にはわかっていた。

しかし、利秋は進学することなど考えていなかった。
彼の両親は地方の有力者であった。その両親は利秋が中学生のときに不慮の事故で死亡した。
無論、遺産は全て息子である利秋が引き取った。親戚などが遺産を奪い取ろうとしに来たこともあったが、利秋の親愛なる執事の黒沼が法的に親戚を説得してくれた。

高校へ行く必要はなかった。
だが、この頃の利秋は真面目だった。

自分だけがそんな楽をしてはいけないと黒沼に言い、近所の高校に入学した。


それが間違いだとも知らずに。


利秋が地方有力者の息子で、莫大な金を持っていると言う噂は、入学後すぐに広まった。
誰が言ったのかはわからない。だが、それは本当のことだったのだ。

ある日、利秋は屋上に呼び出された。
世間知らずであった利秋は何も知らずに屋上に向かい、そこで初めて恐喝された。
抵抗した利秋は顔面を殴られ、無理やりに財布の中身を全て抜き取られた後、虚ろな目で立ち尽くしていた。

それから利秋はすぐに転校した。
両親と一緒に住んでいた豪邸を売り払い、黒沼と一緒に田舎の一軒家に住むことにした。


新しい学校でいじめはなかった。
だが、利秋は恐喝のことで心に深い傷を負ってしまい、対人恐怖症になっていたのだ。
誰が声をかけようが、その全てを無視し続けた。いつ、誰が自分をまた恐喝しに来るのかわからないから。

人とかかわることを嫌った利秋は、読書をするようになっていた。
本など滅多に読むことはなかったのだが、人と関わることがないと暇なものであった。
読み始めるとこれが以外に面白く、いつしか利秋は読書を愛する人間となっていった。
暇があればいつでも読書。学校でも、家でも読書。そんな利秋がオタクであると偏見をもたれるのに時間はかからなかった。

そして利秋は今に至る。
最近では、黒沼ともめっきり話さなくなっていた。
黒沼は利秋を気遣ってか、食事を利秋の部屋の前にそっと置いていくだけだった。

利秋は、黒沼がどんな気持ちかもわかっているつもりだった。
だが、今更他人とかかわるのは疲れてしまった。だから楽になりたかった。


利秋は先週、自殺未遂をした。
庭の太い木の幹にロープをくくりつけ、わっかの中に首を通し、足場にしていた台を蹴り飛ばした。
段々と薄れ行く意識の中で、利秋は楽になれることを嬉しく思っていた。

だのに、運命は残酷であった。
利秋が倉庫から引っ張り出してきたそのロープは、老朽していたのだろう。
利秋をもう少しで黄泉の国へ送ると言うところで重さに耐え切れず、ブチリと鈍い音を立てて切れてしまった。
利秋はそのまま地面に仰向けに落下した。


ああ、神は僕を死なせてくれることすら許さないのか。


利秋はそれ以来虚無を覚え、部屋に引きこもりがちになっていた。
学校にももう行っていない。ついに登校拒否になってしまった。
だが、どうでもいいんだ。誰とも関わることがなければ、それでどうでもいいんだ。
利秋はそう自分に言い聞かせ、一日を読書とパソコンを相手に済ませてきた。



そんな彼の目の前に、謎の女が現れたのはごく最近のことであった。
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