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Script02「脚本指名と僕」

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   2.「脚本指名と僕」

 その話はおよそ一ヶ月ほど前にさかのぼる。
 僕が演劇部に入部して、先輩や同級生のメンツにもある程度馴染んできた時の事だ。
「さあて、じゃあじゃあ! 早速だけど夏期に行われる地区大会に向けての話をするぞ~!」
 京子先輩が部室に入ってくるや否や、集まってる面々を一瞥する間も無いままに開口一番言い放った台詞だ。その日のこの言葉は忘れもしない、僕と京子先輩が恋人ごっこなんていうある種の倒錯にも似た行為をすることになる流れを作った言葉と言って良かった。
 いや、実際の所は単純に「演劇部なんだからそら毎年聞くわな」なんていうツッコミはさておいて、問題は地区大会の役割分担を決めた後の話。より正確に言えば先輩の些細な一言が、発端だった。
「そういえば西原って中学時代は小説を書いてたよな。ほら、『神様ロワイヤル』とかいう奴。あれ、お前じゃないっけ?」
 その一言を言われた時、僕は実はぎくりとした。
 確かに趣味で小説は書いているが、どちらかといえばライトノベル寄りの内容の物を書いていた。
 中学時代は文芸部に入っていて、半年に一回発行される部誌の中で目立ったことがしたいと、wikipediaでキリスト教の神話や北欧神話、日本の神話を調べたりして神様同士で生き残りと真の神様の座をかけたバトルロイヤルをする――そんな内容の話を連載していた事がある。
 それはもう完結していて、自分のホームページでまだ掲載はしているが当時は目立とうとして張り切った結果、相当コメディ色が強い方向に進んでしまって公開しているのにも若干の恥はある。半分、黒歴史みたいなものだ。
 内容もそれなりに酷い。オーディンは屋台で大好物のおでんを食べながら一杯やってばかりの中年サラリーマンになっていたし、天照大神はひきこもりのニート、ルシファーが新世界の神になろうとする中二病患者のテロリストをしていたり、人間代表の神様という事で手だけが神様の考古学者や自分が唯一の神だと言い張る政治家、昭和天皇が出てくる内容になっているなどなどのハチャメチャな設定のせいで人に見せるのは正直勇気が要ったが、校内の評判はそれなりに好評ではあった。
「何で京子先輩がそれを知っているんですか?」
「ん? ほら、西原の出身中学にあたしも通ってたから。それにあたしが中学の頃は生徒会をやってたから、部誌に目を通してたからそれとなく噂は聞いてたんだよ。文芸部の西原って奴が書いてるって。ペンネームは何だったけ?」
 あっけらかんと言ってくる先輩。京子先輩が同じ中学で、生徒会役員だったなんてことは知らなかった。当時は、ひたすら小説のことばかり考えていたから勉強と小説以外の事はそれほど気にとめていなかったせいもあるのかもしれない。
「ん~? もしかして、ニシヘヒガシヘさんなのかなぁ?」
 そんな間延びした声を上げたのは、橘真奈美(たちばなまなみ)先輩だ。いつもニコニコしていて温厚そうに見える容姿、性格も見た通りの少し天然ボケな感じの先輩で、京子先輩とは中学時代からの付き合いだ。一年生からは親しみをこめてマナ先輩と呼ばれている。
 ちなみにニシヘヒガシヘなんて妙に忙しく奔走してそうな名前を名乗った覚えは僕にはない。
「マナ、それを言うなら西野あずまでしょ」
「あれぇ~? そうだっけ~?」
 そしてもう一人。きっちりとした風貌に野暮ったいフレームの太い眼鏡をかけた先輩、片桐あさぎ先輩がマナ先輩にこれまたきっちりとしたツッコミを入れた。あさぎ先輩もまた京子先輩と中学時代からの付き合いで勿論マナ先輩とも同じ。演劇部の二年の女子トリオという言葉はこの三人の事を表している。
 あさぎ先輩は例えるなら日本人形がセルフレーム眼鏡をかけてブレザーを着ているなんて表せれる風貌の持ち主だ。白くて細い顎に指を添えて、ふむふむと頷きながら僕の方をちらりと見てくる。
「ふぅん、西野あずまが西原クンだったとはね……」
「な、意外だろ。今年の新入部員は文才のある奴がいるんだ。これは面白い事になりそうだよね」
「そうね、京子の言う通りかも。うちの演劇部は創作脚本では演った事ないし」
「それで、だ」
 京子先輩がニッと口の端を上げると、おもむろに僕の座っている椅子の横に近付いてきて、バンッと机に手をつくと僕の顔を覗きこむようにして言った。「夏休みが明けてからの文化祭でやる脚本を西原に書いて貰おうと思うんだ。うちの部は女子が多いから、どうせなら恋愛物の脚本が良いと思うんだ。西原が書いたのだったら、評価も良さそうだしさ。どう? 西原、できる?」
 じっと見つめてくる京子先輩の瞳に弱ってしまって、ついでに言うと京子先輩の指名に応えて自分の株を上げようなんて考えてつい舞い上がってしまったせいで、僕はやすやすとその依頼を受けた。
「頑張ったら、あたしがご褒美あげるよ。だから、頑張れ」
 京子先輩のその言葉は余計に僕を舞い上がらせた。

   ☆

 だが舞い上がっていられるのも束の間だった。帰宅してから執筆にかかった時に、現実の壁は忽然と現れて京子先輩にご褒美を貰える事に脳細胞の隅から隅までを桃色一色に染め上げていた僕の行く手を阻んでくれた。
「……かっ、書けない……だと……」
 現実は非情だった。さっそく机の上にノートパソコンを広げて作業に入るも、恋愛経験0の僕(涙)が演劇部の劇で出せる恋愛物なんて書けるはずもなく、はじめの八行で打ち止めになるありさまだった。僕の悪戦苦闘ぶりは相当な物だった。
「そもそも、恋愛物って事は……一番盛り上がるところはキスシーンでしめる感じが良いのかな……。ええと……どんな出会い方をさせよう……ああ、ダメだ。全然思いつかない……」
 ディスプレイとにらめっこをする事、約3時間。結局、何も進まないままでその日はベッドの中でごろ寝をして朝まで過ごした。
 そうしてメールで京子先輩を屋上に呼び出して相談に乗って貰う事にした。演劇部の部員達は連絡事項があると携帯で全員に連絡をする習慣があり、ほかの演劇部員のメールアドレスは全員の物を知っている。もちろん、京子先輩のもだからプライベートのメールも送れない訳じゃなかった。
「ええと……、『突然ですがすみません。今日の昼、屋上に来てください』……じゃない。これじゃ、まるで告白するみたいじゃないか……。ええと、どうしようかな……。妙な文面じゃ送れないよな……」
 メールは学校に行く前に送ろうとした。メールの文面を考えている時はいつもよりも早く起きたのにとにかく緊張して、文面を考え終えるのに1時間もかかった。
「『脚本の事で相談があります。今日の昼、屋上に来て貰っても良いですか?』これでいいか」
 結局書き終えたのは遅刻ぎりぎりの時間で、すぐにでも家を出なくちゃいけなかったからやけくそに送信ボタンを押して自転車を馬車馬のように走らせた。京子先輩の返事を見たのは結局、一時間目が終わった後だった。
「ふむーん、ふぇんあいふぇいぇんがふぁいくぁらふぁっふぁくふぁふぇふぁいっふぇ?」
 昼休みの時間。京子先輩が購買のパン争奪戦で獅子奮迅の活躍をして手に入れてきたハムタマゴサンドイッチを頬張りながら言った言葉だ。
 まるで外国語か宇宙人の言語のようにも思えるが、一応日本語だ。もちろん聞いていて訳が分からないが、意味はこういう事だ。
「京子先輩、何を言ってるかわからないんですが……。『うーん、恋愛経験がないから全く書けないって?』ですか?」
「ふむふむぅん」
「『うんうん』ですね」
「ふむぅん」
 そう言って、口一杯に頬張ってたサンドイッチを飲み込むと京子先輩は腕を組んで考え始めた。
 目測EカップかFカップはある豊かな膨らみの下へ通すように腕を組むものだから、寄せて上げられて強調された膨らみに思わず視線を落としそうになるがそこを我慢して目をそらす。梅雨の季節としては珍しくからっからに晴れた空を見上げて気を紛らわす。
 愛飲しているパックのレモンティーをストローでずずずとやって、京子先輩からの言葉が返ってくるのを待っていると、ひとしきり考えていた京子先輩がぽつりと言葉を発した。
「もしかして西原ってさ――」
「はい?」
「……童貞?」
「ぶっ!?」
 思わず、口に含んだレモンティーを吹き出していた。
「な、ななな、何をいきなり聞いてくるんですか! 京子先輩!」
「あはは、ごめん。その慌てようだと図星なんだな」
「いえ……まあ、確かにそうですけど――」
 あんまりな質問に、僕はぶすっとしてそう答えるがそれを気にする様子もなくからからと笑って京子先輩が続ける。
「彼女もいた事がない?」
「そうですよ。何せ恋愛経験0ですから」
「今、好きな人もいないの?」
「えっ――」
 思わず、どきっとした。好きな人にそんな事を言われても、恋愛経験が豊富な人ならさらりと言葉を返せれるのかもしれないけれど、僕はといえばどうにも思考が回らなくなっていた。
 不意打ちされたような感覚だった。このまま、「本当は先輩の事が好きなんです。付き合ってください」と言ってしまえば今頃はもう少し違う展開になっていただろう。
 そう、これはきっとチャンスだったのかもしれなかった。少なくとも、恋愛ごっこなんて関係にならなかったかもしれない。振られていたかもしれないし、もしかするとカップルになっていたかもしれない。
 でも、今そういう関係になっているのは間違いなくその時にそんな言葉を言うことができなかったからだ。
「いや……えーと……好きな人は……」
 情けない話だけれど、自分の顔が熱くなってくるのを感じて京子先輩と目を合わせる事もできずにしどろもどろになった。
「好きな人は?」そう言って僕の瞳を覗きこんで、京子先輩がもう一度聞いてくるのに耐えきれなくて結局出た言葉はこれだ。
「……いま……せん」
 意気地なしである。ヘタレである。こんがり焼き色のついた正真正銘のチキンである。
 僕がそう答えるのに、京子先輩は息を吐き出して遠くの空を眺めると、
「そっか」
 そう言ってしばらくの間黙っていたが、ふと何かを思いついたようにはっとするとこちらを向いた。
「そうだ西原、あたしに良い考えがあるんだ」
「はい?」
「ほら、あたしが言い出しっぺで西原に恋愛物の脚本を書かせる事になったんだし。あたしだって部長だからちゃんとした良い脚本で劇をしたいんだ。だから、あたしが西原の恋愛経験の無さをカバーしようと思う。西原もあたしに協力してよ!」
 随分と熱っぽく言う京子先輩の勢いに押され気味に、
「協力……ですか」
 ぽかんとしている僕に京子先輩が投げかけた一言が、その後の僕と京子先輩との関係を作る事になった。
「あたしと恋人ごっこしよう!」
 
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